「製造部品」か「サービス」か?──電動スクーター/自転車市場から学ぶ2つの戦略軸

2017年を節目に、新たな移動手段として電動スクーター/自転車市場が花開いた。

『Research and Markets』のデータによると、全世界での2016年の市場規模は129.6億ドル(約1.4兆円)だったが、2025年には221.9億ドル(約2.4兆円)まで成長するという。

配車サービスの「Uber」や「Lyft」は、アプリ上で指定した場所にピンを置くだけで車を呼べる手軽さがウケた。

電動スクーターも同じように、最寄りの駐輪スペースに置かれた機器のQRコードを読み取るだけで、1ドルから利用できる手軽な乗車体験が受け入れられている。

わざわざ車に乗る必要のない短距離移動の需要を囲い込んだのだ。

本記事では、電動スクーター/自転車市場で活躍するスタートアップを簡単に総括しつつ、同市場でこれから注目されるであろう分野について考察していきたい。

  • TEXT BY TAKASHI FUKE
  • EDIT BY TOMOAKI SHOJI
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製造からサービスへ。電動スクーター/自転車市場の原点

Flickr ©Eric Fischer

その最前線にいるのが自動車製造企業Ford Motor(フォード・モーター)である。配車サービスが普及したいま、自動車を所有するのではなく共有することが当たり前となりつつある。この潮流が、移動手段全てに広がることをいち早く察知していたのだ。

同社は、2013年に電動自転車レンタルサービス「GoBike(ゴーバイク)」の提供を開始、2015年にはGetaround(ゲットアラウンド)と提携して、カーシェアリングサービスも始めた。また、2016年にはChariot(シャリオット)を買収。同社は、住宅街とオフィス街をつなぐ約5〜8人乗りのバンを運用し、ユーザー投票による路線決定の仕組みを導入したクラウドバス会社だ。投票数のデータをもとに、乗車需要や見込み売り上げを事前に把握できるため、赤字を出しにくいビジネスモデルをとっている。

Fordは自動車の製造にこだわるのではなく、あらゆる移動手段を提供するサービス業態に転換する戦略へと、他社よりも早く舵を取っていた。こうした移動手段のサービス化の流れを考えれば、電動スクーター/自転車のシェアリングが流行ってもおかしくなかったといえる。

こうして市場が爆発的に成長したのが2017年だった。先陣を切ったのはUberだ。

同社は2018年4月に電動自動車シェアリングサービスを運営するJUMP Bikes(ジャンプ・バイクス)を買収した。Lyft(リフト)も同年7月にMotivate(モチベート)を買収して、MaaS化を進めている。配車を通じた長距離移動から、スクーター/自転車を使った短距離移動手段までを幅広く提供するMaaSプラットフォーム戦略を進めている証左だ。

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電動自動車向けのスマート車輪を販売するCopenhagen Wheel

Superpedestrian

世界各国、どの都市へ移動しても最短時間で移動できることを目指すのが、Fordを始めとする大手企業である。しかし、市場が急激に成長し、大型調達の流れがひと段落してしまったいま、スタートアップがMaaSプラットフォームを構築するのは難しい。

「製造」や「保険」に代表されるインフラ領域に目をやることがポイントとなるだろう。

MIT発のスタートアップSuperpedestrian(スーパーペデストリアン)は2018年5月に1,650万ドル(約18.3億円)を資金調達。同社は電動自動車向けのスマート車輪「Copenhagen Wheel(コペンハーゲン・ウィール)」を1,749ドル(約19.4万円)で販売する。

利用者がペダルを踏むクセや、力の入れ方といった各データをセンサーを通じて取得。最適な電力で漕ぎ進めるようにパーソナライズ化をおこなう。

利用企業側の想定メリットは、スマート車輪から得られたデータをもとにユーザーに最適化した体験を届けられることだ。電動自動車を利用する際にQRコードを読み込む。その際に利用者のアカウント情報と紐付け、どの自転車を使ったとしても、毎回電力を最適化する。最小のストレスかつ最短時間で移動する体験を提供できるのだ。

リピート顧客を獲得するためには、常に最適なソリューションを求められる。そこで、最大の競合優位性として求められるのがパーソナライズ体験だ。市場がレッドオーシャン化しているなか、UberやLyftにとって電動自転車におけるパーソナライズデータ獲得への需要は非常に高いだろう。このハブとなるのが、Superpedestrianの立ち位置といえる。

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自転車業界に「クラウド保険」を生み出したLaka

Laka

サービス業へと市場が進化を遂げたときに、注目されるポイントの一つが保険だろう。たとえば、自転車のLaka(ラカ)がユニークな事例である。

Lakaはロードレーサー向けに自転車保険を提供するスタートアップだ。ロンドンで創業し、2018年7月には150万ドル(約1.6億円)を調達した。利用者は月額7〜17ユーロ(約900〜2,200円)の範囲で保険料を支払う。料金は利用者の持つ自転車の価値によって上下する。

従来の保険会社であれば、保険料の余剰金を収益として徴収するのが一般的だ。その点、Lakaは盗難や事故が発生した場合、利用者が支払った保険料のプール金から必要な額が差し引かれる。しかし、Lakaは保険料が支払われる際に20%の手数料を徴収するモデルをとっている。

余剰金はそのまま残され、次の利用者のために使われる「クラウド保険」の業態を自転車業界に生み出したのがLakaである。このビジネスモデルは、家財保険スタートアップとして一躍脚光を浴びているLemonade(レモネイド)と似ている。保険会社と被保険者が余剰金を引っ張り合う構図を、解決させる仕組みを作ったのだ。

Lakaのサービスは、ロードバイクに特化されているが、同じ事業モデルを電動スクーター/自転車市場に持ち込めば大きな成長が望めるはずだ。スクーターがありふれた米国では衝突事故が多発する事例も問題視されている。この市場課題を解決する特効薬になれるだろう。

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製造なのかサービスなのか。どちらに進出するのか?

Flickr ©Matthias Ripp

MaaS市場でスタートアップが見定めなければいけないのは、製造とサービスのどちらの側に軸を置くかだ。先述したSuperpedestrianは製造側に、Lakaはサービス側に徹している。

無意味に貸し出しシェアリングを提供する側になろうとしても、どのような文脈で成長戦略を描くのか理解できていない限り、生き残る勝算は薄い。

たとえば、米国シリコンバレーのLimeBike(ライムバイク)は創業2年も経たないが、これまでに4.6億ドル(約510億円)の資金を調達。Bird(バード)も同時期に創業したにも関わらず、すでに累計4.1億ドル(約450億円)の調達に成功したからだ。

次に目を向けるべき市場は、“空飛ぶタクシー”なのかもしれない。『TechCrunch』によると、Uberは自動車、電動自転車、そして少人数が乗れる小型飛行機と3つの移動網を作り、最適なソリューションをオンデマンドで提供するプラットフォーム化を目指しているという。空飛ぶタクシーの製造部品や、航空市場のサービスを提供する側の事業需要が盛り上がるかもしれない。

より直近の需要を予測すると、バスが挙げられる。冒頭で紹介したFordが買収したChariotのように、バンを移動手段として提供する需要が急増するかもしれない。その際、スマート車輪の製造や車内サービスを提供するスタートアップの活躍する場がより広がる。

移動手段は時代が進むにつれて進化する。こうした時代の大きな変化を見逃さず、適切な市場参入タイミングを見極める眼が求められるはずだ。

こちらの記事は2018年12月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

福家 隆

1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。

編集

庄司 智昭

ライター・編集者。東京にこだわらない働き方を支援するシビレと、編集デザインファームのinquireに所属。2015年アイティメディアに入社し、2年間製造業関連のWebメディアで編集記者を務めた。ローカルやテクノロジー関連の取材に関心があります。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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