『キングダム』だけでなく、坂本龍馬に学べ!
Holmes笹原健太流「時代を読む」経営戦略

インタビュイー
笹原 健太

司法試験合格後、弁護士として法律事務所に勤務。2013年に弁護士法人 PRESIDENTを設立。 「世の中から紛争裁判をなくす」という志を実現すべく、 17年に株式会社リグシー(現・株式会社Holmes)を設立。 現在は弁護士登録を抹消し、CEOとして同社の提供する契約マネジメントシステム「ホームズクラウド」の成長に向けて力を注いでいる。

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ときに「戦」にたとえられる事業運営。『孫子』では「道(大義)・天(タイミング)・地(地の利)・将(軍を率いる将軍)・法(軍の規律)を相手と比較したうえで、勝てると確信できる状況になってから戦をせよ」と説かれている。

契約マネジメントシステム『ホームズクラウド』を提供するHolmesの代表取締役CEO・笹原健太氏は「なかでもタイミングが最重要」と語る。

Holmesは2020年2月、電子契約システム『クラウドサイン』を提供する弁護士ドットコムとの業務提携を発表した。一見すると競合にも思える企業との提携だが、そこには笹原氏流の「時代を読む」経営戦略があった。リーガルテックをつなぎ、スムーズな「権利」の実現と「義務」の履行を目指す笹原氏に、歴史上の偉人たちから学んだという経営戦略を聞いた。

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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クラウドサインとの提携を導き出した、戦略立案の極意

笹原最近、ビジネスパーソンの間で漫画の『キングダム』が流行っていますよね。でも、あの作品から学んだ戦略立案の極意を現実のビジネスに活かすのは、限界があると思っています。

笹原氏は歴史を題材にした小説や漫画を、戦略立案の参考にしていると話す。具体的に作品を尋ねると、上記のように答えてくれた。

「戦略レイヤーでの失敗は、戦術レイヤーでは取り返せない」と笹原氏。しかし、キングダムの世界では、戦略の失敗を、戦術どころか、超人的な能力を持った個人が挽回してしまう。それゆえ、現実のビジネスには活かしづらい。

笹原氏が強く影響を受けているのは、坂本龍馬だ。倒幕を実現させ、近代日本の誕生に大きく貢献した龍馬の物語から、タイミングの重要性を学んだという。龍馬は「行動すべきタイミング」を見ることに優れていたと笹原氏は分析する。

株式会社Holmes 代表取締役CEO・笹原健太氏

笹原龍馬は『孫子』で説かれている「天」、すなわち行動すべきタイミングを待ち、アクションしたことで日本を変えたんです。適切なタイミングで脱藩したからこそ、数々の功績を残せた。僕たちも龍馬のように、「天」を見ていかなければならないと思っています。

笹原氏が見据える「天」は、電子契約の一般化だ。

Holmesは、契約プロセス構築と一元管理を実現する契約マネジメントシステム『ホームズクラウド』を提供している。契約の作成・承認・締結・管理のみならず、複数の契約から構成されるプロジェクト全体の進捗管理も含め、契約業務の広範な領域をカバーしている。

同社は契約に伴うすべての業務を管理し、最適なプロセスを生み出そうとしているのだ。しかし、笹原氏は「世の中を変えるのは、もう少し先になる」と見ている。

笹原シェア拡大のために大規模な投資を実行するのは、国が電子契約に舵を切り始めるタイミングを待たなければいけません。公的機関は、依然として紙を使用しています。社会保険や労働保険など、一部では電子化を進めている分野もありますが、提出書類の多くは紙です。

とはいえ、リーガルテックが普及しはじめていることからも、契約に注目が集まり始めていることは明らかです。契約マネジメントシステムで世の中を変えられる時代は、必ずやって来る。来るべきチャンスに備えて、いまは「種まき」をしているんです。

種まきのひとつが、弁護士ドットコムとの提携だ。同社が提供する電子契約システム『クラウドサイン』は、従来は紙の郵送が必須だった署名・捺印業務を、オンライン上で完結させられる。一見すると競合との提携にも思えるが、「契約業務は、企業ごとにオペレーションが異なるので、1プロダクトで全て賄えるようなものではない」と笹原氏は語る。だからこそ、契約書単位の最適化は各領域の専門家に任せ、Holmesは事業の流れに沿って複数の契約を統合管理する契約マネジメントの領域に集中するという。

笹原両サービスともに、企業にとっては必要不可欠な要素。両者が補完しあってこそ、スムーズな契約業務の顧客体験が実現できます。

電子契約システムでさえ、まだまだ世の中の「当たり前」ではありません。でも、クラウドサインは2015年10月のローンチ以降、6万社を超える企業に導入されてきました。電子契約の一般化に向けた、最初の取っ掛かりになると踏んでいるんです。

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すべての事業と表裏一体。それでも軽視される「契約」領域

笹原氏が手掛けている事業を構想した背景には、「契約」領域の現状がある。

すべての事業には、契約が存在する。両者は表裏一体だが、事業にまつわる業務改善にフォーカスが当たることは多くとも、契約業務の最適化やそれによる生産性向上の重要性については、これまでビジネスの世界で課題として明確に認識されることがなかった。

契約にまつわるフローは企業ごとに異なるうえに、業務領域が違えば、同じ企業内でも変わる。たとえば、人事部門が進める雇用契約と、営業部が顧客と結ぶ売買契約では、フローも、付帯する業務や関連書類も別物だ。

さらに、前段落でも触れたように、契約業務は「締結」だけではない。締結に至る前には「前業務」、締結後には「後業務」(総称して「関連業務」)が発生する。その進行においてさまざまな部署をまたいでいる現状が、円滑な業務を阻害している要因だと笹原氏は指摘する。

笹原情報の断絶が生じるんです。たとえば、前業務から契約業務へ移行する際、営業担当から契約書の作成を依頼されたケースを想定しましょう。

営業担当から伝えられた内容を見ると、法務の観点で必要とされる免責事項の取り決めなどの情報が足りていない。そこで、営業担当にヒアリングするものの、そもそも法務的な知識がないために取り決めてさえおらず、契約書の作成はおろか、改めて営業先への確認が必要になる。こんなこともよくあります。

「ライフサイクル」の存在も、契約業務を煩雑にする。契約には、更新や変更が付き物だ。一度は締結して後業務まで終了しても、内容の見直しが不十分で更新を見落としていたり、その時期を管理できていなかったりすると、事業が滞ってしまう。

「関連契約」も厄介だ。たとえば、個人が賃貸借契約を結ぶ際は、損害保険や火災保険への加入、保証会社との契約も付帯してくる。

個人が自宅を借りるくらいならまだしも、企業間取引によって複数の部署がそれぞれ複数の契約を結ぶといった場合、その管理は煩雑を極める。内容の確認のために関連する書類を探し出さなくてはならず、膨大な工数が割かれてしまうこともある。

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API連携では不十分。アプリ開放型のプラットフォームが必要な理由

こうした現状を変革すべく開発されたのが、契約マネジメントシステム『ホームズクラウド』だ。

契約書単位の課題のみならず、複数の契約から構成されるプロジェクト全体の進捗管理も含め、契約業務全体のマネジメントを遂行できる。企業の契約オペレーションに関与するすべてのメンバーが、引き継ぎ事項や共有すべき業務を一目で把握できるので、属人化が防げ、企業全体の生産性向上にもつながるサービスだ。

提供:株式会社Holmes

ホームズクラウドが目指すのは「Salesforceのような、アプリ開放型のプラットフォーム」だという。

業務支援ツールやSaaSは増え続けており、API連携によって相互にシステムの接続は可能になったが、「それだけではシームレスな業務を実現するには不十分」。それぞれのサービスのUXが、他のSaaSとの連携を想定して設計されていないため、「接続されているだけ」にとどまってしまうからだ。挙動が統一されず、データの受け渡しや統合にあたって、人の手が必要になってくる。

現在は、そうしたAPI連携の限界を乗り越えうる存在として、iPaaS(「Integration Platform as a Service」の略)が注目されている。ホームズクラウドは、iPaaSのように、システムを連携させ、データの統合を可能にするクラウドサービスに近い方向性で展開しているという。さらに、笹原氏はホームズクラウドの未来像として、アプリ開放型のプラットフォームを目指す。

笹原アプリケーション同士をつなぐのではなく、アプリケーションをホームズクラウドのプラットフォームに乗せていくんです。そうすれば、契約業務に関するデータが連携できるだけでなく、それぞれのアプリケーションがひとつのUI / UXに統合され、契約マネジメントがよりスムーズに実現できます。

あらゆるプロダクトは、ひとつのプラットフォーム上に統廃合されていくでしょう。iPhoneという1つのプラットフォーム上でさまざまなアプリケーションが動くようになったのと同じです。

また、契約ごとの関連業務、ライフサイクル、関連契約をすべて可視化する「ポストストレージ」機能の実装も視野に入れている。この領域に限らず、紙書類を電子化し、クラウドストレージ上に保管することは一般的になってきた。しかし、他の契約との結びつき、更新時期、付帯する業務までを紐づけて管理することは依然として難しい。

笹原電子化するだけでは、紙をファイリングして保管しているのと大差ありません。ポストストレージが実装されれば、関連契約の有無もひと目でわかるようになります。「この契約の関連書類ってどこ?」「え?そもそもありましたっけ?」といった会話が、存在しない未来がやってくるんです。

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“権利の把握”が企業利益を生み出す。笹原氏が見据える「紛争裁判のない世界」

笹原氏は以前、弁護士として多くの紛争裁判を取り扱っていた。訴訟するには多額の費用と時間がかかり、精神的な負担も大きい。たとえ勝訴しても、争った友人や取引先との関係は簡単に復元できない。

「裁判では当事者たちを幸せにできない」と感じた笹原氏は、「世の中から紛争裁判をなくしたい」と志を抱くようになった。その想いが、ホームズクラウドの開発につながっている。

紛争裁判とは、「権利」と「義務」の裁判だ。義務を負う側がその務めを果たしていないとき、権利を持つ側が、その実現を求めて裁判を起こす。契約の不履行が、紛争裁判の引き金となるのだ。

笹原ほとんどの紛争裁判で争点になるのが、契約です。契約によって発生した権利と義務が自然に実行されれば、そもそも争いは起こらない。ホームズクラウドで、すべての権利と義務がスムーズに実行される世界を実現したいんです。

笹原氏は「正しく権利を把握しておくことは、企業の利益につながる」と言う。たとえば、設備が壊れてしまった場合。無償で修理してもらう権利を持っているにもかかわらず、その権利が行使されないケースも多い。こうした不履行をゼロにすべく、ホームズクラウドが整備するプロセスを、笹原氏は「道路」にたとえる。

笹原すべての企業が「ここさえ通っておけば、権利・義務が自然と意識されることなく実現される」と思える“道路”をつくりたい。目的地に向かって歩いている時、道を歩いていること自体はあまり意識しませんよね。契約時にホームズクラウドが整えたプロセスを実行するだけで、自然と権利が実現し、義務が果たされる──そんな仕組みを生み出したい。

一朝一夕には達成しえない構想だとは、笹原氏も理解している。“SaaSの王者”とも呼ばれるSalesforceですら、世界で15万社ほどにしか導入されていない。「自分の屍の上に理想の社会が築ければそれでいい」と語る姿は、彼の敬愛する坂本龍馬に重なった。

笹原龍馬は倒幕を目指し、大政奉還という偉業に大きく貢献したと言われています。明治の世を見ることなく志半ばでこの世を去りましたが、理想の社会をつくることの可能性を信じ、世の中を変えるために行動し続けた龍馬の想いは、確かに社会を変えたんです。

可能性を信じて動かなければ、社会は変わらない。いつか理想の社会を実現できると信じて、事業を推進していきます。

こちらの記事は2020年03月06日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

写真

藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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