【トレンド研究】スタートアップの地方進出、決め手とカギは?──事例に学ぶ

スタートアップにおいて最も重要なのは、急成長を続けること。そのため、大きな市場で大きな課題を解決していくことを描き、その出発点としての事業・プロダクトは小さいところにフォーカスして始めていく。これが定石となっている。

この「フォーカス」を、どのフェーズまで続けるだろうか?PMF?いわゆる「0→1」が終わる頃?それともIPO?考え方は、さまざまあるだろう。今回はその「フォーカス」に変化を与える一つの施策例として、「地方展開」に迫る。

どちらかといえば、より大きな市場を狙いに行くイメージの強い「海外進出」が、スタートアップの新たな戦略として印象深い。メルカリやスマートニュースの挑戦に始まり、最近はコミューンやキャディの進出が話題になった。

だから、国内の地方展開は相対的に小さな挑戦に見える……そんな声も聞こえてくるようだ。だが、それぞれのミッションやビジョン、事業特性を考えれば、国内にこそ将来に向けた大きなチャンスが眠っている可能性だってある。その事例を知り、事業展開戦略やキャリア戦略に活かしてほしい。

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上場ベンチャーは、地方拠点が当たり前

まずはベンチャー・スタートアップの地方展開について概観をまとめていこう。見ていくべきはやはり、いわゆる上場ベンチャーと呼ばれる企業だ。ただ、その定義は人によってさまざま、という状態になってしまっている。

そこで今回は、早船明夫氏の『企業データが使えるノート』で「主要SaaS27社」としてまとめられている企業を対象に見ていこう。

※a-z, アイウエオ順

AI inside株式会社
Chatwork株式会社
freee株式会社
HENNGE株式会社
rakumo株式会社
株式会社Photosynth
Sansan株式会社
株式会社インフォマート
ウォンテッドリー株式会社
株式会社オロ
株式会社カオナビ
株式会社サイバーセキュリティクラウド
サイボウズ株式会社
スパイダープラス株式会社
株式会社スマレジ
セーフィー株式会社
株式会社チームスピリット
株式会社ネオジャパン
株式会社プラスアルファ・コンサルティング
株式会社プレイド
弁護士ドットコム株式会社
株式会社マネーフォワード
ヤプリ株式会社
株式会社ユーザーローカル
株式会社ユーザベース
株式会社ラクス
ロジザード株式会社

このうち、コーポレートサイトに地方拠点(オフィスや支社、支店、営業所)を記載しているのは20社(上表の★印)。いずれも、研究やカスタマーサポートだけを担うような拠点ではなく、その地方での営業によって拡販を狙う拠点のようだ。つまり、首都圏以外で顧客を獲得していこうという戦略が明らかなのだ。

経済産業省の調査によると、民間の事業所数は東京都が全国の14.3%を占め、埼玉・千葉・神奈川も含めると28.1%にのぼる。このほかの70%ほどが、全国43道府県に散らばっていることを考えると、やはり首都圏にリソースを集中させた方が効率的にも思える。それでも上場企業の多くが、多拠点展開を進めている。

なお、直営の拠点を置いていない企業でも、パートナー戦略によって地方企業の開拓を進める企業は存在する点には、注意が必要になる。

簡単ではあるが概観を確認できた。ここからは、未上場企業も含め、個別の事例を見ていこう。

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一つのサービスから地方へ──ラクス

「楽楽精算」のサービス提供体制の強化を目的として──。

ラクスがこの1~2年で、北海道と広島に進出した。その目的は上述の通りだ。『楽楽精算』『楽楽明細』『メールディーラー』などいくつもの事業・サービスを抱える同社の地方展開は、まず特定のサービスに特化させた営業戦略のもと、行われているようだ。

これは、事業特性と社会変化による影響が大きい。ラクスの事業領域は、経費精算や請求書発行といった個別契約に関するものが多く、大企業から中小企業、さらには個人事業主に至るまで、ステークホルダーが広がる。となると、避けて通れない社会変化が、インボイス制度の開始だ。

デジタル化・効率化を求める機運はさらに高まり、ラクスへの問い合わせ増加が見込まれるとのこと。地方からの声には、やはり地方に根付いた営業チームが対応できることが理想だ。とはいえ、いきなり大きなチームを置くことはできない。そこで、特に効果が見込まれるサービス『楽楽精算』にまずは集中する形での営業所開設となった。

札幌営業所は2022年10月に、広島営業所はこの2023年1月に業務を開始したばかり。ニーズを的確に捉え、さらなる事業成長のきっかけをつくることとなるのか、注目だ。

また、大阪・名古屋・福岡を勤務地としてのフィールドセールス採用も、マネージャーポジション含めてオープンしていることからも、力の入れ具合がわかる。より詳しくは、西日本での営業を担っていた中村氏のインタビュー記事を読むのがいいだろう。

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地方でこそイノベーションの種を見つけ、育てる──Relic

未上場かつ、エクイティ調達をしていないにもかかわらず、大きな売り上げを実現しながら地方展開を同時多発的に進めているスタートアップがある。それがRelicだ。同社は新規事業開発に特化して主にコンサルティングサービスのかたちで事業を展開し、自社事業含め3,000以上の新規事業プロジェクトに携わってきた。日経ビジネスの調査によると、2020年には11億円の売り上げを残しており、さらに成長を続けている。

Relic社プレスリリースから引用

そんなRelicは2020年6月に大阪支社、同11月に福岡支社を開設。2021年10月には和歌山県和歌山市に「和歌山イノベーションラボ」、同県白浜町に「Growth Studio @Shirahama」を同時に設立した(当時の発表リリースはこちら)。

地方でのイノベーション促進とその貢献こそ目指す道として、2022年7月に福岡で「Fukuoka Incubtion Studio」、同月に富山県富山市で「Toyama Development Base」、翌8月には島根県松江市で「松江イノベーションスクエア」を、そして同年1月には大阪市で「Osaka Incubation Studio」を開設。

そして2023年1月には名古屋で「Nagoya Incubation Studio」を設立。この施策では、名古屋市ICT企業等集積促進補助金を活用した。

いずれも、地域人材・地域企業による新たなイノベーション創出を、力強く仕組みで支援する拠点だ。

今後、「47都道府県のすべてに順次拠点を開設し、展開していく考え」だという。力強いこの宣言を実行に移しながら、どのような事業を生み出していくのか、注目だ。

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「メンバーの想い」が、拠点設置の動力に──ネットプロテクションズ

2021年12月に、未上場からいきなり東証一部(当時)への上場を果たして話題をさらった、国内BNPL(後払い)サービスのリーディングカンパニーであるネットプロテクションズ。上場前から台湾に進出して新規事業を始めたり、上場後にはベトナムに子会社を設立したりと、地域の枠を超えた展開に意欲的だ。

国内でも同様に、2018年5月に関西オフィス、2019年3月に福岡オフィスを開設。福岡オフィス開設のプレスリリースでは「福岡県では、行政の支援を受けて、スタートアップ/ベンチャー企業の開業が多いことから、今後も当社サービスのターゲットとなり得る企業が多く生まれることが予想されます」と述べている。

そして2023年1月、新たに北海道オフィスを開設した。その経緯がnoteでも詳細に明かされる。なんと、北海道在住で起業経験のあるメンバーとして新岡唯氏が2022年10月に中途入社。拠点立ち上げという目標を会社と共有し、これが本格的に動き出すきっかけとなった。

新岡氏は、このnoteでその抱負を力強く語る。

私は「事業やサービスを拡大させる」以前に、「北海道をより良くしたい」という思いをすごく強く持っているんですよね。なので具体的には盛りだくさんになるのですが、一言で言うと北海道をより良くするために様々な方面で尽力できるような拠点にしたい

もちろん、企業としての戦略もある。だが、戦略として描かれていただけでは不十分。なによりも、実際にそれを実行する役割こそが重要であり、そこには個々人の強い意志が不可欠となる。新岡氏は、戦略を最前線で体現する、非常に稀有なメンバーとして、この地方展開を推し進めたわけだ。

国内のレガシーな地方に進出しようが、海外の大きな市場に進出しようが、共通して重要なのはやはり「人」だろう。このことがよくわかる事例だ。

「0→1」フェーズを超えれば、市場をどのように拡大していくか、という難しい課題が生まれ、目の前に立ちはだかり続ける。首都圏にいくら企業が多いとはいえ、限界は来るものであり、地方に進出し、絶妙なローカライズを施してセールス観点でのMarket Fitを実現していくことが必要になるのだろう。

そのための戦略と実行を推し進めている上場ベンチャー・未上場スタートアップの事例をまた再度深掘りして、学びを得ていきたい。

こちらの記事は2023年01月31日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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