N=1、ブランド構築、M&A、そして事業成長……すべては“マーケティング”から──注目すべき経営者・起業家4名のマーケ思想に学ぶ
N=1を、いつまでも忘れるな──元P&G西口氏のマーケティング経営思想
顧客起点マーケティングは経営者が率先してやるべき──。
この言葉を発したのが、あの西口一希氏。マーケター経営者として名前が挙がる筆頭候補だと言えるだろう。P&G出身で、ロクシタン代表取締役社長やSmartNewsのマーケティング担当執行役員などを歴任してきた人物だ。
その特徴的な思想を、マーケター視点ではなく、経営者・事業家視点で見ていこう。
先の発言「顧客起点マーケティングは経営者が率先してやるべき」は、この記事で語られたアソビューの支援エピソードの一つだ。同社代表の山野智久氏と話す中で、「顧客増がイマイチわからない、というのが僕の正直な印象でした」と振り返っている。
そこで西口氏が提案したのは、顧客データを改めて分析すること。その結果、「事業に最も貢献してくれている顧客」の像が、従来の想定と異なるものだったとわかったのだ。
アソビューを批判する意図はないが、「顧客理解のミス」、つまり、「市場構造の把握=マーケティング」に失敗していた、と言えるのだろう。分析と理解が不正確だったため、注力すべき顧客セグメントの特定という意思決定において、正しい判断ができなかった事例だ。
ここでようやく、冒頭の発言に戻る。「顧客セグメントを新しく正確に特定すべき」という意思決定を成功につなげるため、経営者が自らN=1の顧客インタビューを“泥臭く”おこなっていくよう進言したのである。
コロナ禍でダメージを受けながら、新たな成長を遂げたアソビュー。その裏に、西口氏の支援があった。だが、あくまで西口氏がおこなったのは「支援」であり、経営者の山野氏自身が泥臭く戦ったからこそ、事業成長は生まれたわけだ。
クアンド対談企画第2弾!マーケティングの巨匠、西口一希さんに自社のPMFをガチ相談してみた!
— 下岡 純一郎 / QUANDO (@shimojquando) January 19, 2023
ロクシタン時代の話など具体的な事例が出るので納得度が高い!そして、私は『顧客起点の経営』を完全に読み違えていた。大切なのは戦略やフレームワークではないんですね。https://t.co/Cw69cUUwS3
こんな切り口を頭において西口氏のさまざまな著書や記事を見ていくことで、経営者・事業家としての思想をさらに鍛えることができるだろう。
さてここからは、西口氏を引き合いに出しつつ、FastGrowが注目している起業家・事業からのマーケティング思想、そしてそこから生まれているユニークな事業についてみていきたい。
継続成長に欠かせない“行動”と、その裏にある“ブランド”開発──しるし長井氏の思想・行動論
マーケティング戦略を緻密にくみ上げていくために、必須となるものは何だろうか?経営戦略?プロダクトビジョン?確かにそうしたものも必要だが、そのほかに、見逃しがちなことがある。それが、“ブランド”の考え方であり、それに伴う徹底した“行動”だ。
昨今よく使われる言葉で言えばユーザー体験(UX)、それを、“ブランド”として洗練させ、徹底的に伸ばし続けていくためのBrand EXperience Optimization(BXO)事業を展開するスタートアップ・しるし。その創業代表、長井秀興氏のブランドマーケティングを、ここでは解剖したい。
と言っても、誤解を恐れずに言えば、「マーケティング思想」よりもむしろ、「事業成長のための徹底した行動」こそが重要だ。
Amazonや楽天といった巨大ECモールの最新テクノロジーやデータを活用し、ブランドの事業成長のために、的確に収集・分析し、必要な施策を実行する。このサイクルを、徹底して泥臭く実行し続ける。長井氏はひたすら、この継続にこだわる。
つまり、しるしが取り組むのは単なる「支援事業」ではない。ブランド(顧客企業)のEC事業をまるごと請け負い、目標・戦略の策定から日々の施策推進まで、「事業に関わること全て」を行っているわけなのだ。
当然、P/Lの管理責任も伴う。だから、売上や利益に連動した成果報酬型での契約を基本としている。
そんな事業を裏で支えているのが、ブランドマーケティング思想というわけだ。
西口氏と同じく、P&Gマーケティング部での勤務経験を持ち、ブランドマネジメント・ブラントマーケティングを担当。そんな経験から、「日本のブランドには、デジタルにおける体験設計が不足しており、エンドユーザーに価値が届けられていない」という課題感を携え、起業に踏み切った。
FastGrowの読者には、スタートアップでITプロダクトを展開している読者が比較的多いだろう。わかりやすいようにSalesforceというプロダクトを例にとれば、「営業進捗を入力する」というのはあくまで機能の一側面であり、意味やベネフィットとして考えるべきは「効率的な営業活動を継続させることにより、事業成長に貢献する」ということになる。端的に言えば「営業変革を起こすプロダクト」というのが、“ブランド”としての認知になる。
この認知を、適切に創出し、かつ、ブランド毀損につながるような事態を起こさない。そのための思想・行動論を蓄積し、実践に移しているのだ。
昨今、さまざまな思想や考え方が生まれ、書籍や雑誌、Web媒体で発信されている。わかりやすい方法論に次々と飛びつきがちな事業家やマーケターも多いだろう。そんな状況に陥っている人にこそ、伝えたい。行動をし続けなければ、成果が生まれていくことはなく、マーケティングも何もないということを。
そして、そんな活動を妥協せずに進めているスタートアップが、しるしだ。
“ブランド”思想や、妥協しない行動に対する姿勢について、より詳しい理解を進めたい場合は、同社の公式noteや、FastGrowのインタビューを参照してほしい。
「1ページ思考」の源流にあるマーケ思想──MOON-X長谷川氏の経営論
長井氏と同じく“ブランド”をキーワードとして事業を展開しているスタートアップが、MOON-Xだ。同じくP&G出身の長谷川晋氏が創業した。
同社の大きな強みが、「共創型M&A」という戦略にある。その裏にある思想や取り組みについて迫っていこう。
そもそも長谷川氏は、新卒で東京海上火災に入社した後、P&Gジャパンに移り、その後は楽天、Facebook Japanと名だたるIT企業で重要ポジションを務めてきた。そして2019年にMOON-Xを創業している。著書に『今すぐ結果が出る 1ページ思考』がある。その中でも触れられているマーケティングの、いや、ビジネスに広く通じる思考について紹介しよう。
「ビジネスプランの社内提案」に使える1ページ
— 長谷川 晋 (Shin)|MOON-X CEO (@ShinHasegawa8) December 9, 2022
『1ページ思考』の活用頻度が多いのは「ビジネスプランの社内提案」思います。目的・背景・討議ポイント・ネクストステップの4項目を抑えた1ページを用意すれば、承認される確率も高まるはずです。https://t.co/Cl9Se55BrL#1ページ思考 pic.twitter.com/mHyP59XdzZ
このツイートで紹介するように、1ページに目的や背景など重要な要素を表現し切るノウハウなどを伝えている。もととなったnote記事では、実際に長谷川氏が書いたコラボ商品開発に向けた1ページ提案書のドラフトが掲載されており、非常に学び深い内容となっている。
その中心に書かれているのが、「どこで何を、どう、どれくらい売りたいのか?」。まさにマーケティングにおいて最重要と言える要素であり、かつ、どんなビジネスにおいても重要なものだ。そしてその前後に、相談のポイントや背景、コンセプトなどが付記されている。
事業は概して、複雑なものだ。検討すべき要素は考えれば考えるほど、増えていく。だから、広く検討した後、しっかり絞ることが肝要だ。この提案書には、ビジネスを実際に進めていくためのマーケティング観点が、緻密に盛り込まれていると言えよう。
そんなMOON-Xの現在の中心事業は、買収したブランドを大きく育て上げていくこと。その「ブランドづくり」について、この記事で「ビジネスの総合格闘技」と表現している。その説明を引用する。
商品をつくる過程では製造、物流の知識が求められます。さらに、オンラインでの販売が中心となるため、デジタルマーケティングやページ制作の知識、さらに、画面映えする製品のデザインを考える力など多種多様なスキルが必要になります。さらには、お客様からの様々なご相談やお問い合わせにも向き合います。
まさに、マーケティングを中心に、事業を伸ばすため必要なことを精査し、実直に取り組んでいく姿が想像される。しるしとの共通点を感じる読者もいるだろう。参考にできそうな話はあっただろうか?
長谷川氏からは以前、「やめたこと」を起点にしてリーダー論も取材している。ぜひ合わせてお読みいただきたい。
ロイヤル顧客群の創出は、まず“4%”から始めよ──Asobica小父内氏のマーケティング経営思想
最後に紹介するのは、小父内信也氏。未上場時のSansanでデータ化部門責任者や『Eight』のコミュニティマネージャーを務めてきた、SaaSビジネスの先駆者だ。
2019年からジョインしたAsobicaでは取締役CCOを務め、ミッション・ビジョン・バリューの設計を推進するなど、「精神的支柱」と同社CSメンバーに言わしめる(こちらの記事を参照)。
そんな小父内氏が大切にしている「ロイヤル顧客マーケティング」について紹介しよう。
お客様と一緒になって、プロダクトやサービスを作る。そうすることで企業側だけでは思いもよらないようなインサイトを得られますし、直接声を聞くことができる、そしてテストマーケティングもできる。お客様が身近にいることは、企業にとって間違いなく良いことだと思っています。まだまだマーケティング施策としては浸透度が低いですが、このロイヤル顧客マーケティングを起点としたユーザーとのコミュニケーションが企業としてのあるべき姿だと思っています。
過去の記事で語られたように、ロイヤル顧客マーケティングこそが「企業としてのあるべき姿」をかたちづくるのである。まさに、経営者が常に意識すべき考え方だと言えよう。
とはいっても、大企業が大きな予算を組み、コミュニティを創出して……というかたちでなければ成果は得られない、そう感じた読者もいることだろう。いや、そんなことはないというのが小父内氏らの持論であり、Asobicaが展開している事業のキーとなる部分でもある。
仕事術について語られる場面でよくみられる「小さく始めよう」という考え方が、ここでも応用されるのだ。
Asobicaでは、最終的な目標である20%のうちのさらに20%、すなわち全体の4%を最初のKPIの目標として設置することが多いです。1万人の顧客がいるとすれば、そのうちの400人程度を集めるのが目標となりますね。
コミュニティが直接的に売上を上げるわけではなく、さまざまな要素が絡み合って、企業やブランドへの熱量が高まっていくものです。そのためKPIをどうするか一概には言いにくいのですが、まずはここまでやろうと言う目標を4%に設定し、施策を打ち出していくのが得策と言えるでしょう。
企業規模に限らず、いきなりコアユーザーを大量に発見し、コミュニケーションをとれるわけではない。一方で、少ない数なら、発見することは可能だ。
小父内氏の経験をふんだんに語ってもらった記事『【トレンド研究】「顧客不在の企画会議」は、もうやめよう──顧客をファンにする「ロイヤル顧客マーケティング」の最前線』では、多くの具体事例を紹介してもらった。ぜひ合わせて読むことで、理解を深めてほしい。
また、Asobicaが展開するプロダクト『coorum』の導入事例インタビューページでは、カインズや江崎グリコ、コメダ珈琲のようなtoC企業だけでなく、サイボウズやマネーフォワードといったtoB企業における活用事例も紹介されている。合わせて確認してほしい。
こちらの記事は2023年07月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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