通販会社から「ブランド」として再出発。
オルビスのクリエイティブ変革の裏側

インタビュイー
小林 琢磨
  • オルビス株式会社 代表取締役社長 

1977年生まれ。2002年にポーラ化粧品本舗(現ポーラ)へ入社し、2010年にDECENCIA社長へ就任。2017年にオルビスへ異動し、取締役兼商品・通販事業担当を務める。そして翌年の2018年にオルビスの取締役社長に就任する。

関連タグ

2018年、通販化粧品大手のオルビス株式会社は、CIのリファインからブランドコンセプトのアップデート、主力商品「オルビスユー」のリニューアルなど、大規模なブランド、クリエイティブの刷新を図った。

「我々の持つ思想を体現する。そのためのブランドであり、クリエイティブである」

代表取締役社長の小林琢磨氏は、刷新プロセスをこの言葉と共に振り返った。

オルビスでは、ブランド、クリエイティブの刷新にグラフィックデザイナーの佐藤卓氏を起用。今後はデザイン・イノベーション・ファームのTakramと共に、ブランドが提供する体験価値の設計、コンセプトショップの展開も計画するなど、クリエイティブに力を入れる姿勢を強めている。

オルビスはなぜ、今クリエイティブに力を入れるのか。その背景を伺った。

  • TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
SECTION
/

「通販会社」から「ビューティーブランド」への変革

1987年に創業したオルビスは、スキンケア商品などの通販事業を中心に事業を拡大してきた。

ただ、2000年代半ばから市場環境の変化に伴う競争の激化で成長は鈍化、苦しい時期が続いていた。小林氏は、ポーラ・オルビスグループの敏感肌ケアブランド「DECENCIA」を急成長させた実績を元に、2017年にオルビス取締役へ就任。2018年から代表取締役社長を務める。就任当初、小林氏の目に映るオルビスは、「もったいない状況」だった。

小林オルビスは本質的にコストパフォーマンスの高い良い商品を提供し続けてきた。これは間違いありません。しかし、企業として成熟期に入り、外に向くよりも、内向きの姿勢になっている印象を受けました。優秀な人材が揃っているにもかかわらず、日々の業務改善に尽力した結果視点が内向きになり、市場と価値観の乖離が生じていたんです。

この状況を打破すべく取り組んだのは、オルビスの根幹を問い直すことだった。オルビスが本来大切にしているもの、目指す姿があるはずなのに、そこが見えていないからこそ内向きになっている。自分たちの提供価値を再認識することで、意識を外へ向けようとした。

小林内向きになった思考を突然変える“魔法”はありません。ですから自分たち自身で、「我々は何者か」を問い、認識を整理していくことが必要でした。そこで、「事業ドメイン」の整理と、「コアバリュー」の定義、それを実現するための「ブランドコンセプト・メッセージ」の策定と打ち出しに、しっかりと向き合う決意をしました。

SECTION
/

内向きなマインドを外向きにし、旗印を立てる

まず取り組んだのは事業ドメインの整理だ。

オルビスは通販化粧品のパイオニアの一つとして先行者メリットを享受し、通販チャネルで成長した歴史を持つ。そのため、社内には通販事業を営む意識が強かった。ただ、オルビスはECのプラットフォーマーでもなければ、リテーラーでもない。まずは自分たちの事業を正しく認識しなおす必要があった。

小林通販会社という意識が強かったからこそ、内部のオペレーション改善に意識が向いていたのもありました。オルビスは「オルビスブランド」を作り、ブランドとしての価値を売っている会社。その意識を根付かせるため、「ブランドビジネス」を事業ドメインに定義し、我々はビューティーブランドであることを社内に向けて発信し続けていきました。その上で通販というチャネルを手段として選択・活用しているということです。

事業ドメインの整理の上で、小林氏は「コアバリュー」と向き合う。ドメインを再認識させることで、内向きの意識を外に向け、コアバリューで意識の向かう先を決めようと考えた。この策定には若手社員と小林氏によるプロジェクトチームを編成。これからのオルビスが掲げるべき言葉を探っていった。

コアバリューの指針となったのは、同社の出自だ。オルビスはバブル絶頂の1987年に創業した。当時、親会社のポーラはエイジングケアに強みを持つ高機能・高価格な製品を出す中、オルビスはオイルカットという処方で、肌に何かを“与える”のではなく、肌が自分で潤う力を“引き出す”方針を提示。親会社や大手が作り出す時代の潮流へのカウンターカルチャーが同社のアイデンティティだった。

その原点から生まれたのが、「スマートエイジング」という言葉だ。

小林この言葉には我々が長年積み重ねてきた“思想”が詰まっています。「スマートエイジング」は、いわゆるエイジングケアとは逆の考え方です。加齢に伴う不調に対処するのではなく、人は本来持つ「もっときれいになろう、美しくなろう」という力を最大限引き出す。美容を強迫観念にせずその人なりの美しい年齢の重ね方をサポートしていけると素敵だよねという考え方を提示しています。

SECTION
/

ブランドの根底には思想が求められる

最後は、「ブランドコンセプト・メッセージ」へ着手する。ブランドビジネスを行う上で、コンセプトとメッセージはブランドの核となる。ここで、冒頭の言葉でも語られた同社が掲げる“思想”が重要な役割を担っていった。

小林私たちは、女性がそれぞれの個性活かし自分らしくいられる社会を理想としています。そのために、女性がここちいいと感じられる時間や空間をサポートしたい。ここ数年、女性活躍推進など「女性を応援する」文脈が注目されますが、すでに頑張っている女性にももっと「頑張れ」「輝いて」と鼓舞するのは、我々がやるべきことではない。その想いをブランドメッセージに込めました。

結果生まれたのが、2018年10月に発表した「ここちを美しく。」という言葉だ。この言葉は“顧客である女性とどう向き合うべきか”という同社の思想が軸になっている。

この言葉を生み出す一助となったのが、グラフィックデザイナーの佐藤卓氏だ。同氏は、オルビスのクリエイティブを2008年から担当し、CIリニューアルを担当した。10年近い関係性の中で、同社が持つ思想や思考を吸収し、ブランドメッセージを形作る支えとなった。

小林卓さんは、アイデアや思想を言語化しながらコミュニケーションしてくれるんです。まとまっていない考えも佐藤さんと話す中で、どんどん解像度を上げていく。CIリニューアルと並行して行ったこのプロセスは、我々の思想を形作る上でも重要な役割を担ってくれました。

SECTION
/

“体験”でオルビスの思想を紡いでいく

このブランドコンセプトを体現するプロダクトが、スキンケア商品の「オルビスユー」と「オルビス ディフェンセラ」だ。いずれも、発売以降、それぞれのカテゴリでオルビス史上最大のヒット商品となった。

同社が培ってきた商品力に、思想の整理によって定まった方向性が上手く掛け合わされた結果といえる。この土台を元に、同社が次に狙うのは、「ブランド体験」の構築だ。

オルビスユーの商品群
提供:オルビス株式会社

小林我々は、長年通販事業で拡大してきた。だからこそ、対極にある「体験できる」重要性も感じてきました。これからは、プロダクト単体ではなく体験を通しブランドの持つ思想を紡いでいきます。自分たちの思想をリアルに体験いただくコンセプトショップを構え、手触りのある形でブランドを伝える。オルビスの思想を共有する上でも有用だと考えています。

コンセプトショップの展開にあたっては、Takramがパートナーとして参画している。佐藤氏とTakram代表の田川欣也氏に繋がりがあったこともあり、この体制が実現した。コアの思想を佐藤氏と共に紡ぎ出し、その文脈を汲んだ体験価値をTakramと構築する。オルビスというブランドの”進化”を、第一線で活躍するクリエイターがバトンを渡す形で進めている。

事業ドメインから、ブランドコンセプト、クリエイティブ、体験まで。多様なレイヤーで同社が力を入れて取り組んでいるのは、市場との関係から、しかるべきタイミングだったというのもあるだろう。ただここまでやりきれたのは、冒頭で小林氏が語った「思想」を重視する姿勢があったからに他ならない。

小林我々の事業はビューティブランドビジネスです。その中では、思想やコアとなる価値観が必須要素となり、あらゆるシーンでその思想が体現されていくことが重要になる。クリエイティブやCIの刷新は、コアとなる思想が体現できていなければ、評価できません。オルビスはこのタイミングで土台となる事業領域から、再定義し、ブランドとして再出発をする。だからこそ、思想が必要であり、その価値観が伝わるクリエイティブに注力しているのです。

こちらの記事は2019年04月10日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

記事を共有する
記事をいいねする

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

写真

藤田 慎一郎

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。

新規会員登録/ログイン