「好きなこと」に全力で取り組んだ先に見えた、本当にやりたい仕事
──20代でソニー、ブリヂストン、バックパッカー、独立を経験したパナソニックのデザインストラテジストに聞く「好きなこと」を仕事にするまで

インタビュイー
今枝 侑哉

新卒で株式会社ソニー・インタラクティブエンターテインメント入社。
プレイステーション関連のブランドデザイン及びプロダクトデザインを担当。
その後フリーランスにて主に新規事業のデザインコンサルティング業務を経て、
2016年にパナソニック株式会社に入社。
先行デザイン開発のプロジェクトリードやミラノサローネ2018のブランドビジョン発信などを担当。

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「好きなことを仕事にできるほど社会は甘くない」「仕事は我慢の連続だ」 …。

就職を意識し始めた学生の多くが、こうした先入観を持っているかもしれない。

しかし、自分自身の「好きなこと」に素直に、全力で働いている社会人も大勢いる。本記事でインタビューする今枝侑哉氏もその一人だ。

「今、心から熱中できる仕事ができています」と語る今枝氏は、パナソニックの新規事業開発を手掛ける若手デザイナー集団「FUTURE LIFE FACTORY」に所属。「未来の生活」を見据え、AIを搭載したスマート知育玩具『PA!GO』や、遺伝子データをもとに設計された家『ゲノムハウス』など、多くの商品・サービスの開発に取り組む。今枝氏が現在に至るまでは、数々の挫折と葛藤があった。

幼少期より「興味が湧かないとやる気が出ない」タイプで、「自分は周りより劣っているのではないか」と悩み続けてきたという。新卒で夢だったエンタメ業界のデザイナー職に就くも、理想と現実とのギャップから3年で退職。その後、「自分探し」のため、バックパッカーとして世界を巡った。

今枝氏はいかにして、世の中の「当たり前」に振り回されず、本当にやりたい仕事にたどり着けたのだろうか。人生の分岐点を振り返りながら、多様な経験を積んだ同氏ならではの価値観を語ってもらった。

  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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「みんなにとっての当たり前」ができない。悩んだ幼少期

パナソニック株式会社デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY デザインストラテジスト 今枝侑哉氏

今枝小学生の時は、サボりぐせのある生徒でした。

毎日、みんなは当たり前のように学校に行って勉強しているのに…。私にはできませんでした。「みんなにとっての当たり前」ができない自分は、劣っているのかもしれないと悩んでいました。

中高生になっても相変わらず規律を守って集団生活することには、劣等感や違和感を抱いたままでした。

ただ、友達にはすごく恵まれていて、中学生の頃から音楽好きの友達と集まってバンドを組んでいました。

そのバンド仲間と好きなバンドのCDを聞きながら、歌詞や曲について話をする時間が「みんなにとっての当たり前」のことができない自分への劣等感や違和感を忘れさせてくれました。

高校1年生の時に出会ったCDジャケットデザインに衝撃を受けたことが、デザイナーへの道に進むきっかけだった。

今枝当時、Rage Against The Machineというバンドにはまっていました。そのバンドの1stアルバムのジャケットを見た時、一瞬で心を奪われました。

簡単に説明すると、仏教徒差別に反対するために、ある僧侶が焼身自殺をする瞬間の白黒写真に「Rage Against The Machine」の文字のみが描かれているジャケットデザインです。実際にジャケットデザインを見てみたい方は、検索してみてください。

ジャケットデザインが単なるデザインの域を越えて、このバンドが表現したい強いメッセージがアルバムジャケットのデザインにまで徹底されていることに衝撃を受けました。

Rage Against The Machineにとってバンド名も歌詞もライブ演出もCDジャケットデザイン、すべてがこのバンドが表現したいメッセージを伝える1つ1つの大切なツールなんです。

その1つ1つに強いメッセージが込められていて、それを徹底している姿勢に心を揺さぶられました。

言葉だけでは届かないような人の心の琴線に触れるメッセージをデザインというツールを使って表現できるデザイナーって「めちゃくちゃかっこいい!」とその時、思いました。

そして、自分自身が経験したように誰かの想いを揺さぶることができるような「デザイン」を届けられる人になりたいと思いました。Rage Against The Machineのアルバムジャケットに出会ったことが想いやメッセージをビジュアルで具体化するデザインの世界に興味を持つきっかけとなりました。

実際、幼い頃から美術が好きで絵を描いたりすることも得意でした。しかし、生まれてからずっと四国で育った自分にとってその時までは、その道で進学、ましてや仕事にしていけるなんて想像すらしていませんでした。

だから、自由に表現する「アーティスト」だけではなく社会課題を解決する「デザイナー」という仕事をこの時知り、ここでなら違和感を持たずに自分の「好きなこと」ができるかもしれないと感じました。

それと同時に「みんなにとっての当たり前」ができない自分という周囲への劣等感から解放された瞬間でした。自分が熱中できる領域で生きていっていいんだと自分自身の進むべき道がはっきりと見えた気がしました。

1枚のアルバムジャケットとの出会いでデザインの道に進むことを決めた今枝氏は、美術大学(美大)へ進学。

学生時代は、学外で開催されるコンペの参加に明け暮れていたという。なぜ、今枝氏は学外のコンペに積極的に参加していたのか、理由を聞いた。

今枝学校の授業で出される課題の枠を越え、ジャンルに囚われず様々なコンペに参加していました。これを言うと怒られちゃうかもしれませんが、興味が湧かない授業には出席せず、その時間を使って様々なコンペに参加していました。相変わらず大学生になっても、興味の持てないことに対してのサボりぐせは直りませんでしたね。(笑)

学外のコンペに積極的に参加していた理由は、「大学内だけ」「授業だけ」など一部の場所での評価やスキル(経験)に囚われたくなくて・・・。要するに、井の中の蛙になりたくなかったんです。常に1つの世界や社会に閉じずに、今いる場所ではない他の世界や社会と繋がることを意識していました。

また、「好きなこと」をやり続けるための戦略でもありました。「好きなこと」だけをやり続けるのはラクじゃないはずとなんとなく感じていたので。

「好きなこと」を仕事にして、その対価としてお金をもらって生きていくためには、目に見える成果を積み上げるなど相当な努力が必要だろうと考えていました。

だから、自分自身の実力や成果を他の人にわかりやすく理解してもらう1つの表現方法として、コンペに応募していました。

数あるコンペの中でも、ファッションブランドであるKENZOが主催した日本限定の香水パッケージデザインのコンペに参加したことは今枝氏のデザイナーとしての価値観を広げる大きなきっかけとなった。

今枝このコンペでは、日本限定のデザインということで日本らしさや引き算のデザインを意識してパッケージデザインを作り上げました。このデザインに対して、KENZOのクリエイティブディレクターから直接、フィードバックをいただけたことは貴重な経験となりました。

機能性を突き詰める工業製品とは対照的に、香水のデザインは人の感情にどう訴えかけるかという部分に重きをおいたアート性が重視されます。

これまで、機能性を突き詰める工業製品のデザインばかりに触れていたので、このコンペを通じて全く異なる価値観に触れたことで、一気に視野が広がりました。

提供:パナソニック株式会社 今枝氏

今枝デザイン性が高い製品の中でみなさんがイメージしやすいものは、Appleの製品でしょうか。特にApple Watchは、機能性のみならずアート性も兼ね備えていますよね。シンプルにかっこいいし、ビジネスシーンでも多くの方に使われているプロダクトの1つだと思います。

そのAppleはApple Watch発売の約2年前に、バーバリーの元CEOアンジェラ・アーレンツ氏を引き抜き、リテール部門のトップに迎えています。ラグジュアリーブランドの知見を持つ人物を取り込むことで、装飾品としても美しいウェアラブルデバイスをつくろうとしたと言われています。

Apple Watchの事例からも分かるように、機能性とアート性、どちらも大切な要素で、どちらも欠けてはなりません。

だから、このコンペでの経験を経て、機能性とアート性の双方を理解したうえでベストなデザインを設計できるデザイナーになりたいと思うようになりました。

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念願のエンタメ業界のデザイナー職に就くも、早々に挫折を味わった新入社員時代

就職活動では「自分自身が興味の持てる、好きだと思える業界で働きたい」という思いから音楽業界やゲーム業界のデザイナーを志望し、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)へ入社。念願だった好きな業界、好きな会社、好きな仕事(デザイナー職)に就けたはずだった・・・。

今枝好きな業界で好きな仕事(デザイナー職)ができる数ある会社の中でも、ソニー・インタラクティブエンタテインメントは特に「デザインを重視している」「イノベーティブな商品を世に送り出し大きな影響を与えている」という理由で入社を決めました。

退職に至った1番の理由は、自分が「本当にやりたいこと」に実際に仕事をしていく中で気付くことができたからです。

大学までは、企画からデザイン、販促計画まですべてを1人で手掛けていました。だから、入社してからも企画、開発からお客様の手に届くまでのすべてのUX(User Experience)設計に微力ながらもデザイナーとして関われるものだと何の疑いもなく思っていました。

ですが、実際に配属されて任された仕事は1つの製品のデザインの中のさらに1つの部分でした。入社前にイメージしていた仕事の範囲とは違い、とまどいました。勝手に、最初から全部を担当することができるものだと思い込んでいた自分が悪いのですが・・・。

入社して間もないのに、社会的影響力もある会社の製品のUX設計をすべて任せられないことは当たり前ですよね(笑)

自分の勝手な思い込みと現実にギャップがあったものの、ここで様々な経験をさせていただけたことから、自分の中の「限られた範囲だけではなく、0から生み出し形にするところから、誰かに届けられるまでのすべてのデザインに関わりたい」という気持ちに気付くことができました。

今枝それと同時に、自分自身はデザインの中のさらに1領域の「スペシャリスト」ではなく、デザイナーとしての専門性を軸にしつつも、ビジネス・テクノロジー分野など広範囲の領域の造詣を深め、プロジェクト全体の成果に貢献する「ジェネラリスト」のほうがパフォーマンスを出せるのかもしれないということにも気付きました。

つまり、「スペシャリスト」として職人的なナンバーワンのデザイナーを目指すのではなく、「ジェネラリスト」として広義の意味でオンリーワンのデザイナーになろうと思いました。

まぁ、当時はぼんやりと「ジェネラリスト」なのかもしれないなという程度でしたが・・・。

こんな風に、デザイナーとして目指したい方向性がクリアになっていく一方で、自分の「本当にやりたいこと」と「目の前のやるべきこと」、「周囲に期待されている役割」と「自分が期待されたい役割」など、理想と現実との狭間で自分自身がどうありたいのかが分からなくもなっていました。

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「自分探し」の旅、転職、独立…そして再就職。やっと気付けた自分自身が「本当にやりたいこと」とは。

今枝氏は入社から3年後、遂に退職を決意した。

今枝転職先も、次にどうするかも決めずに退職しました。周囲は心配して「あんな良い会社をどうして辞めるの」や「転職先を決めてから、辞めても遅くないんじゃない」などいろいろと言葉をかけてくれました。しかし、何かをやり続けながら他のことを考えられるほど器用ではなかったですし、ひとまず「まっさら」にしたくて。

退職後は、「これからどうしよう」とか「そもそも、これからもデザイナーとしての道を進んでいくのか」、「自分にとってデザインとは」など自分自身の「本当にやりたいこと」を悶々と考えていた時期もありました。

しかし、「考えているだけでは何も解決しない」と思い、バックパッカーとして3ケ月間、世界各国を巡りました。いわゆる「自分探しの旅」というやつです。ただ、やみくもにバックパッカーとして世界を巡っても何も得られないと思ったので「デザイン発展途上国から、デザイン成熟国を巡る旅」をテーマに旅をすることに決めました。

そして、スタート地点はネパール、終着点はミラノにしました。ミラノで開催される世界最大規模のデザイン家具見本市である「ミラノサローネ」を旅の最後に見ることで、デザインが社会に与える影響について自分自身が素直にどう感じるのかを知りたいと思いました。

3ケ月の「自分探しの旅」で7ヶ国を訪れ、今枝氏が見つけることができた自分自身が「本当にやりたいこと」とは。

今枝「自分探しの旅」で特に印象に残っているのは、 1ヶ国目のネパールでの経験と最後のミラノです。

1ヶ国目のネパールでは社会課題をデザインの力で解決できるかもしれないという可能性を感じました。ネパールにあるエベレストは世界最高峰のゴミ溜めと言われるほどゴミが問題になっています。

ゴミに対して無頓着な登山家の増加によって、山頂へ続く登山道には、テントや登山用具、プラスチックゴミ、空になったガス缶など様々なものが散乱していました。特にガスボンべの廃棄量は凄い数でした。

その現状を見て、ただエベレストを登ってゴミを回収するだけではなく、自分自身だからこそできるアプローチでゴミ問題の解決に少しでも力になりたいと考えました。

提供:パナソニック株式会社 今枝氏

提供:パナソニック株式会社 今枝氏

今枝ネパールのNGO法人の方々に協力していただき、エベレストに捨てられているガス缶をアップサイクル(リサイクルによる製品のアップグレード)しようと思いました。

今は「ただのゴミ」かもしれないですが、自分の手を経ることで「誰かのためになるもの」に生まれ変わることができたら、大げさかもしれないですが自分がここに来た意味があるような気がしました。

それに、どこで作られたという「made in ○○」がブランドになっているように、エベレストで使われたという「used by Everest」が価値となる商品が作れたらおもしろいじゃないですか。作られた場所も価値になるし、使われた場所も価値になるというように両方あっていいんじゃないかと思いました。

どんなものにアップサイクルするかを考えた結果、茶香炉(茶葉をロウソクの熱で温めることでお茶の香りを楽しむアロマグッズ)を作ることにしました。

茶香炉にアップサイクルしようと思った理由は2つあります。1つ目は、茶香炉がネパールの人々の生活に根付いたものであるということ。2つ目は、茶香炉であればお茶を温める部分を作るための石加工が現地の石加工職人の仕事等にも繋がり、現地の雇用を生み出せ持続可能な取り組みになると考えたからです。

提供:パナソニック株式会社 今枝氏

今枝現地の方たちのツテをたどって、茶香炉をつくるために必要な材料を集めるところからはじめました。つたない英語で現地の石職人のお兄さんを紹介してもらって、そのお兄さんとコミュニケーションを取り、なんとか香炉のかたちを整えていきました。

本当は、事業化して自分が去ったあとでも持続できるようなビジネスモデルまで構築したかったんですけど・・・なかなか難しかったです。結局、販売することにすら至りませんでした。

ただ、この経験を通して「製品・サービス単体のデザインのみならず、ビジネスモデルまで意識して提案できるデザイナーになりたい」というデザイナーとして在りたい姿を明確に自覚することができました。

そのあとも、インド、イギリス、フランスなどそれぞれの国で根付いている生活文化やアートに触れながら7ヶ国を巡りました。現地に行ってみるとネットの情報と全く違うことが多々あり、いかに自分の目で直接確かめることが大切かを学ぶことができました。

そして、デザイン発展途上国から始まった「自分探しの旅」の終着点 ミラノ。7ヶ国を巡る旅を経て、ミラノの景色や世界最大の家具見本市「ミラノサローネ」での世界中の国々の最新家具とデザイン展示に触れた時、

「ああ、やっぱり自分はデザインが好きなんだ」と心の底から湧き上がる素直な気持ちに気付き、旅を終えることができました。

「デザイナーとして在りたい姿」や「デザインが好きである」という自分自身の気持ちに気付いたことで、今枝氏が次の挑戦の場として選んだのが、自転車メーカーのブリヂストンサイクル株式会社だった。

今枝自転車業界は、1年に発表される新製品の数が多いです。だから、早いスピードで新しい企画やデザインに挑戦できるところに惹かれました。また、ネパールで環境問題について考えさせられたことも自転車業界を選んだ理由の1つです。

さらに、ブリヂストンサイクルは商品企画とデザインの距離が近く、流通設計やお客様へどのように届けるかまで意見を言える自由な風土が魅力的でした。

「製品・サービス単体のデザインのみならず、ビジネスモデルまで意識して提案できるデザイナーになりたい」という自分自身が在りたい姿に近い形でデザイナーとしての経験を積むことができました。自分が描く理想的な仕事ができてすごく楽しかったです。

ただ、仕事を続けるうちに「1つの商品カテゴリーに閉じず、もっと様々な領域を手掛けられるデザイナーになりたい」と強く思うようになりました。さらに、会社という守られたブランドに頼らず、自分の力がこの社会でどこまで通用するのかも試したくなりました。

その当時は30歳。もし、思い通りにいかなくても、「35歳までなら転職市場でも価値がある」なんて話も聞いていたので、挑戦してみて難しかったら、また企業で働こうと気軽に考えて、フリーランスに転身しました。

これまでを振り返ると、バックパッカーとして世界を巡る時や、フリーランスに転身した時のような大事な決断は、自分自身の直感に従って下していることが多いです。自問自答して、直感に従うことは大切だと思います。だいたい後悔する時って、直感に従わずにやりたいことをやらなかった時なんですよね。

フリーランス時代は、学生時代のコンペでできた人脈から仕事の依頼や大学の同級生がタイミング的に責任あるポジションに就き始めた頃で、そういったツテで様々な仕事の依頼がありました。

ベンチャーのソフトウェア企業がIoT製品をつくる際のプロダクトから海の家のインテリアデザインやプロモーションまで、幅広い領域の仕事を手掛けていました。

改めて、「製品・サービス単体のデザインのみならず、ビジネスモデルまで意識して総合的にデザインできること」の楽しさを感じました。

幅広い経験を積む中で、次なる「興味」に気が付く──IoTの領域だ。ハードウェアビジネスは、潤沢な資金と設備を有する大手企業でないと手掛けにくい。 フリーランスの限界を感じた今枝氏は、大手メーカーを中心に転職活動を開始。最終的に選んだのがパナソニックだった。

今枝当時は、Amazon EchoをはじめとしたIoT製品が北米のみで限定販売され、GAFAに代表されるIT企業がデジタル業界のみならず、リアルな日常生活も大きく変える兆しが見え始めていた時期でした。時代の変化を肌で感じ、「まだ世の中にないIoT製品をデザインの面からアプローチしてつくりたい」と強く思いました。

ただ、IoT製品をつくり、市場に届けるには品質管理や製造に関するノウハウ、設備が必要です。そういった大企業の強みやアセットと自分が学んできたデザインからのアプローチを組み合わせることで、モノづくりに革新を起こせるのではないかと考えました。

そして、そういった新しいIoT製品を自分の手でつくりたいと思っていたので、大手製造業の中でも「新規事業に携われる会社」を探していました。

パナソニック=新規事業というイメージはあまりないかもしれませんが、実は新規事業を手掛けている部門が沢山あります。Game Changer Catapult (ゲームチェンジャー・カタパルト)や私が所属しているFUTURE LIFE FACTORYもその1つです。

最終的な決め手は、変革への強い意志を持って新しい領域にチャレンジしようとしている会社だと感じたことです。実際に私と同世代の人たちがパナソニックをはじめ製造業全体や大企業が抱えている課題を当事者意識をもって解決しようとそれぞれのアプローチで活動している姿に心動かされました。

この会社でなら、ユーザー視点のデザイン思考を用いて、数字ばかりが重視されがちなビジネスの現場に自分なりの新たな価値を生み出せると思い、入社を決めました。

パナソニックとしても新たなビジネスモデル構築のため、デザイン思考を取り込もうとしている。2019年10月には、Google米国本社でバイスプレジデントを務めた松岡陽子氏がフェローとして参画。変革に向け、大きく舵を切っている。

変革を実施するにあたり、パナソニックは「ビジネス」「テクノロジー」「クリエイティビティ」の3つをプロフェッショナルなレベルで語れる、BTC人材(Business・Technology・Creativity)を必要としているのである。まさに今枝氏のような人材が求められているということだ。

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「正解」や「価値観」は10年で変化する。自分自身で考え、決めることが大切

現在はデザインストラテジストとして、新規事業のタネづくりや、パナソニックデザインのビジョン発信など様々な領域のデザインを担当。今枝氏らが手掛けた製品プロジェクトは、パナソニックが打ち出す「未来のビジョン」として展示会に出品されている。パナソニックが描く理想の未来を具現化する役割を担っているのだ。

今枝現在、私が所属しているFUTURE LIFE FACTORYにはこれまで見たこともないモノ・コトを従来のパナソニックのデザイン開発に囚われず、既存事業にはない領域でのチャレンジが求められています。

部課長といったマネージャーを置かず、プロジェクトごとに入れ替わるリーダーを中心に他社や異業種との積極的なコラボレーションを大切にしながら、アイディアを具現化し社内外へのアウトプットを通してその価値を問います。

最近では、「PA!GO」という製品を手掛けました。この製品は子どもたちがスマホの中のゲームやアニメだけでなく、もっとリアルな世界に関心を持つきっかけになって欲しいという思いから生まれたものです。

この製品での大きなチャレンジは、開発途中のベータ版を段ボールキットという形で提供するという点です。完成品ではなく、開発途中のベータ版を販売することはパナソニックの中でも、国内大手メーカーとしても異例だと思います。

スマート知育玩具「PA!GO」。GoogleのTensorFlowプラットフォームと、プロセッサEdge TPUを利用している。インターネット環境のない場所でも対象物にPA!GOを向け、ボタンを押すと、AIが事前学習された対象物を分析、特定。情報を音声でアナウンスする。

今枝従来のように製品テストを何度も重ねていると、それだけで多くの時間がかかってしまいます。「PA!GO」のような、どれだけ需要があるかわからない製品の場合、開発に時間をかけすぎるのはリスクになります。そこで一旦、ベータ版として提供し、どれだけの反応があるのかを見てみることにしました。

パナソニックが家電メーカーとして培ってきたカメラやプロジェクター技術に、GoogleのAI技術を掛け合わせて開発した「PA!GO」には、最先端の技術が結集されています。しかし、技術はあくまで手段にしか過ぎません。「未来の生活を豊かにするためには、何が必要なのか?」を考え続けています。

パナソニックのような大手製造業では小ロットでの生産が難しい場合がほとんどです。その課題を解決するため、「PA!GO」はパナソニックではない別の企業が製造・販売を手掛けています。

今後は、製造過程に入り込み、小ロットで作れる仕組みを構築し、その仕組みをパナソニックに取り入れることでパナソニックから、FUTURE LIFE FACTORYの製品を出したいと思っています。

まだ世の中にない「良いモノ・コト」を生み出していく過程がたまらなく楽しいですね。

これまで、学校内と学校外、日本と海外、ハードウェアとソフトウェア、サラリーマンとフリーランス、ロジカルとエモーションなどそれぞれの領域を越境してきた経験が活きてきているなと感じています。

「自分が共感できるモノ・コトを生み出し、世の中に少しでも良い影響を残す」という、私のミッションに沿った形で、これまでの経験を存分に活かしながら強みを発揮できるそれぞれの分野の人たちの架け橋となれる「ジェネラリスト」として貢献できています。

最後に、「好きなことを仕事にできるほど社会は甘くない」「仕事は我慢の連続だ」といった先入観を持っている学生にメッセージをもらった。

今枝他人から「やりたいことを見つけろ」と言われても、正直難しいですよね。「やりたいことを見つけなくては」という強迫観念に駆られて、無理矢理「これがやりたいことだ」と思い込んでも、本心とはかけ離れてしまっている場合は結果的に後悔に繋がります。

もし、「やりたいこと」が今は見つけられていないのであれば、まずは自分が「できること」や「できるようになりたいこと」をやってみるのもいいかもしれません。それを大切に育んでいけば、「やりたいこと」になるかもしれません。

ただ、現実的には「やりたいこと」が見つかっても、それを仕事にすることは簡単ではありません。私の場合は、「自分がやりたいこと」と「会社が自分に求めること」の交差点を探すようにしています。恋愛でも相手の求めることを把握せずに自分のやりたいことばかり主張してたら絶対モテないですよね(笑)

また、あまり短期的に考えすぎず「やりたいこと」が中長期的にできるようになるためには誰へアプローチをして、何をすればよいのかという視点で考え、行動する努力もしています。自分自身の「本当にやりたいこと」へと続く努力は不思議と頑張れるものです。

最後に、今は一般的に正解だと思われていることが、未来においても正解である保証はないからこそ「自分の頭で考え、決める」ことを怠って欲しくないと思います。

約10年前に1社目を辞めた時、転職はネガティブなものと捉えられていました。「3年で会社を辞めるとキャリアに傷がついて人生終わるよ」なんて言われることもありました。でも、今では転職も一般的になりつつあり、むしろ様々な経験を積んでいるとポジティブに捉えられるなど真逆の価値観が生まれています。

人の評価や社会の評価は時と場合により簡単に変わってしまうからこそ、自分のことは自分で決めることを強くおすすめします。

確かに、新しいことや周囲に共感されないことを挑戦することは風当たりがきつく、気持ちが折れてしまいそうなこともあると思います。だけど、そこを越えるとチャレンジしたからこそ得られる経験をもとに、色々な環境の変化に適応できるようになります。

ダーウィンの進化論ではないですが、人生を中長期的にみると1番強い者ではなく、変化に適応できる者が生き残るはずですから。

世の中の「当たり前」に振り回されず、自分の頭で考えて意思決定する──今枝氏の持論を聞くに、やりたい仕事に就くためのコツは、案外にシンプルなのかもしれない。

こちらの記事は2020年02月05日に公開しており、
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藤田 慎一郎

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「やりたいこと」は見つけるものではなく、思い出すもの~配属ガチャ問題に直面しながらも、もがき続けた大企業社員が「やりたいことが分からない」と悩んでいる人へ伝えたいこと~

橘 匠実
  • パナソニック株式会社 ブランドコミュニケーション本部 コミュニケーションデザイナー 

新卒でパナソニック株式会社へ入社し、資材購買部門を経て、2014年からブランドコミュニケーション本部にて主に欧米の展示会・イベントの企画を担当。2017年より米国パナソニックノースアメリカにてコーポレートコミュニケーションを担当し、2019年帰任。「新規事業に伴走する攻めの広報」を掲げ、社内の事業開発をコミュニケーション面から支援している。記事で紹介したブログはこちらから

公開日2020/03/18

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