ラクスルはなぜ、上場後も加速度的な成長を続けられるのか。
GAFA流「再投資モデル」の威力と、“経営者だらけ”の組織体

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インタビュイー
松本 恭攝

慶應義塾大学卒業後、A.T.カーニーに入社。コスト削減プロジェクトに従事する中で、印刷業界の非効率に着目し、インターネットの力で産業の仕組みを変えるべく2009年9月にラクスル株式会社を設立。印刷会社の非稼働時間を活用した印刷・集客支援のシェアリングプラットフォーム事業を展開する。その後、2015年12月からは物流のシェアリングプラットフォーム「ハコベル」、2020年4月から広告のプラットフォーム「ノバセル」事業も開始。

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「GAFAに匹敵する日本企業」と聞き、どの企業が思い浮かぶだろうか。

Uberをはじめ多くのグローバルカンパニーへの投資を積極的に手がけるソフトバンク、自動運転へのシフトを着実に進めるトヨタ、2018年に日本初のユニコーンとして大型上場を果たしたメルカリなどが挙がるだろうか。

それだけに留まらず、GAFAを凌駕しかねないポテンシャルを秘めているスタートアップもある──その一つが、印刷や広告、そして物流のBtoBシェアリングプラットフォームを展開し、2018年5月に東証マザーズ上場を果たしたラクスル株式会社だ。

同社がGAFAに匹敵しうる理由は、一般的な日本企業とは一線を画した「利益確保よりも、再投資を重視する」経営手法にある。松本氏自ら「印刷の会社」ではないと断言するラクスルの強さは、どこに起因するのか。「“率”の成長」を複利的に積み上げる事業戦略と、その立役者「BizDev(ビズデブ) 」をハブとする“経営者だらけ”の組織形態に迫る。

  • TEXT BY MASAKI KOIKE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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1兆円規模の開拓余地を、指数関数的成長で猛進

ラクスルは2018年5月、東証マザーズに上場。公開時の時価総額は400億円を超えた。メルカリと並び、同年のマザーズ市場における注目株のひとつであった。

上場後に成長が鈍化するスタートアップも多い中、今後の成長余地について「スティーブ・ジョブズの申し子」の異名を持つ同社代表・松本恭攝氏に尋ねると、次のように答えた。

松本ラクスルは、まさにこれから成長が加速していくタイミングです。たとえばここ数年の売上推移を見てみると、「1億円→7億円→26億円→50億円→76億円→111億円」と伸びています。

そもそも、メイン事業の『ラクスル』がターゲットとするネット印刷市場だけ見ても、そのポテンシャルは計り知れない。3兆円の市場規模を誇る国内商業印刷及び事務用印刷市場において、ネット印刷の占める市場規模は、うち3〜4%である1,100億円前後。

ネット印刷が最も普及しているドイツでは、すでに印刷市場全体の50%ほどを占有している。つまり、日本のネット印刷がドイツと同程度まで普及すると、1.5兆円のマーケットサイズまで成長する可能性がある。国内の市場サイズだけ見ても、1兆円以上の成長余地が残されているともいえる状況だ。

松本たしかに上場は果たしましたが、全くもってゴールではない。「日本の産業を変えるプラットフォームをつくっていくための“チケット”を手に入れた」としか思っていません。

“チケット”と表現するように、上場で資金調達のしやすさは圧倒的に上がったという。未上場時は、累計で80億円のファイナンスを実施するのに8年ほどかかった。一方で上場後は、1日で数十億円規模の株式売買が行われている。「資金アクセスの観点では、上場は非常に意味がある」と松本氏は語る。

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日本の慣習に反し、半永久的に利益の再投資を続ける──キモは海外投資家の“説得”

では、ラクスルが上場後も国内でも指折りのスピードで、加速度的な成長を実現できているのはなぜなのか。いくら市場の開拓余地が大きいとはいえ、それだけでは指数関数的な成長を果たせる理由にはならない。

躍進の理由は、営業利益の最大化にこだわらず、売上総利益を再投資へとまわし、企業価値を最大化していく“GAFAスタイル”の経営手法を採っている点にある。

日本では「上場したら、営業利益を出さなければいけない」のが一般的だ。短期的な営業利益を重視する投資家が多いため、上場企業としては「短期的な利益を出さず、未来の利益の最大化を追う経営スタイル」を貫きづらい構造になっている。

片やシリコンバレーでは、足元の営業利益でなく、長期的な利益の積分値で企業価値が判断される。こうした「ディスカウントキャッシュフロー」と呼ばれる企業価値の算定方法が上場後でも貫かれているからこそ、1,000億円近い赤字を計上しているUberに、10兆円規模のバリュエーションがつくのだ。

GoogleやFacebookは、こうした未来志向の価値観にもとづき、利益のほとんどを再投資に充て、現在でもなお年間50%前後の成長率を維持している。

松本「将来の利益をいかに最大化するか」が圧倒的に重要です。目先の営業利益の最大化ばかりに目がいくと、将来的な利益の最大化につながる経営判断ができなくなってしまいます。

ですから我々は、短期的な営業利益の最大化を目指すのではなく、売上総利益を再投資に回し、将来における売上および売上総利益を最大化していく戦略を取っています。増えていく売上総利益を毎年投資に回していくことで、指数関数的な成長が実現できますから。

こうしたシリコンバレー流の経営手法は、「言うは易し、行うは難し」だ。短期的な利益が重視されがちな日本市場において、ラクスルが利益の再投資を実現し続けられている理由は、IR活動に隠されている。

上場後のラクスルの株主の比率は、上場して間もない他の企業と比べて海外の機関投資家の割合が高い。海外の機関投資家は、かねてからAmazonやアリババへの投資を行ってきたが、足元の利益ではなく、将来生み出す利益額によって企業価値を算定する傾向が強い。そのような海外投資家の基盤を持っているからこそ、利益を再投資に投下できるのだ。

こうした基盤を築くため、松本氏やCFOの永見世央氏は、北米、ヨーロッパ、アジアまで駆け回り、IR活動に勤しんでいる。

松本我々のような経営スタイルは、事業や組織の戦略だけでなく、サポートしてくれる投資家の理解なしには実現できません。ジェフ・ベゾスが株主への手紙を大切にしたように、我々も「いまは利益ではなく、売上を追う段階だ」と丁寧にコミュニケーションを取っているんです。より大きな投資をし続けていく“切符”を持っている点は、我々の強みといえるでしょう。

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「印刷の会社」と思うのは甘い。ユニットごとの複利的成長を積み上げ、“率の成長”を実現

ラクスルが再投資を続ける領域は「印刷」にとどまらない。

すでに広告物流といった領域にも進出しているが、印刷産業で得たノウハウを活かし、「大規模かつ非効率が存在していて、新しい仕組みによって業界のあり方を変革する余地がある」と考えるBtoB市場への横展開を進めている。

ただGAFAに倣っているだけではない。実はデジタル広告で圧倒的なシェアを誇るGAFAでも、「非デジタル」領域には進出できていない。約6兆円の日本国内の広告市場のうち、デジタル広告のシェアは1.5兆円のみ。残り4.5兆円のオフライン広告市場を獲るべく、ラクスルは動いているのだ。

「あらゆるアナログなBtoB産業のデジタル化を主導し、1兆円規模のプラットフォームを構築している」と松本氏。新聞折込、ポスティング、DM…手がける領域は、毎年新たに増えていく。さらに「印刷」や「物流」といった大きなインダストリー単位でも、3〜5年に1つは新規開拓を進める。それぞれのユニットにおけるシェア拡大と、ラインナップの追加。2つのアプローチを同時並行で進めていくことで、加速度的な成長を実現しているのだ。

ラクスルを「印刷の会社」と捉える見方は、1999年の上場時点のAmazonを「本の会社」と分析するのと同じくらい、射程が狭いといえるだろう。

松本Amazonはあくまでも「世の中の小売流通を変革する企業」で、いまや誰も「本の会社」とは思いませんよね。同様にラクスルも「印刷の会社」ではなく、「あらゆるBtoB産業を変えるプラットフォーム企業」なんです。投資家からも、印刷産業にとどまらないポテンシャルを評価していただいています。

そして特筆すべきが、“金額”ではなく“率”によって成長を追っている点だ。ラクスルでは、横展開されたそれぞれの事業で、年成長率130%の複利成長を課している。

松本例えば100億円の事業を1年かけて130億円まで伸ばしたとしても、翌年はその130%成長、すなわち40億円近く成長させる必要がある。こうした複利成長が年々繰り返されていくと、ものすごい勢いで事業が伸びていきます。

それゆえに、毎年「去年と同じことをやっていても追いつかない」状況に置かれます。それぞれのユニットが、常にストレッチし続けなければいけないんです。

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複利成長の立役者「BizDev」──“経営者だらけ”の組織形態

「“率”の成長」を実現するために欠かせないのが、各ユニットごとにアサインされるBizDev (事業開発)メンバーの存在だ。売上と粗利を最大化するため、商品の企画やエンジニアのマネジメントから、顧客獲得のマーケティング、納品まで一気通貫でコミットしている。

松本創業期に私が一人でやっていたロールを、それぞれのBizDevに担ってもらっています。ユニット単位からインダストリー単位まで、さまざまなサイズ感のチャンクが複数存在している──いわば“小さな会社”がいくつも存在するイメージです。たとえばDMカテゴリーだけでも4,000億円の市場規模を誇っており、そうしたマーケットで戦うレベルの経営者と対等に戦うことが、ラクスルのBizDevには求められます。

各ユニットを担当するBizDevは、エンジニアやマーケターなど社内のプロフェッショナルを巻き込み、サプライチェーンの構築・改善からマーケティングに至るまでの全戦略を統括し、P/L全体にコミットしていかなければいけない。スタートアップの経営者と同じように、事業全体をまわしていくことが求められます。

採用も、ユニットごとに進められる。ラクスルでは、事業を推進していくための組織づくりが重視されており、一定のグレード以上のメンバーは「自分より優秀な人材を採用すること」が評価制度に組み込まれているほどだ。松本氏いわく、「優秀なリーダーとは、自分より優秀な人材を採用できる人」だからである。

松本事業を創っていくうえで一番重要なのは、やっぱり組織なんです。ラクスルではずっと採用に力を入れてきました。私もリソースの半分は採用に割いていましたし、IR活動に注力している現在でも、20%は時間を割いています。

採用は人事の仕事ではなく、リーダーの仕事。事業に専念したい人からすると面倒に感じるかもしれませんが、本当の事業家人材としてパフォーマンスを出したいのであれば、自分が価値を出せるようになるのではなく、継続的に価値を出せる組織を創れるようになることが大切です。一方で、闇雲な規模の拡大や採用に走らず、チーム一人ひとりの生産性も高め続けるべく、事業カテゴリーごとに「1人あたりの粗利」を算出しながら、事業成長と生産性向上の両方に寄与する形で採用を進めてもらっています。

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「事業家人材」の3条件とは?ラクスルが求める人材像

「事業開発」と聞くと、経験豊富なミドル人材による、業務提携やアライアンス推進がイメージされることが多い。しかし、ラクスルのBizDevは先述のように「小さな組織の経営者」として「年率30%成長を必達させる」ロールを担う。

したがって、豊富な人脈や卓越したスキルではなく、メンバーを巻き込んでいくリーダーシップが最重要だ。

松本我々は「小さな組織で大きな仕事を手がける」ことを志向する会社です。組織が肥大化すると、生産性が落ちる。そうならないように各ユニットの規模を小さく維持してるんです。小さな組織ゆえに、BizDevのリーダーシップが成長率を左右します。

逆に言えば、リーダーシップさえ持っていれば、年齢に関係なく活躍できる。社内に10名ほどいるBizDevメンバーの平均年齢も20代ですし、実際に新卒3年目で数千億円規模のマーケットを一人で担当しているメンバーもいますしね。

各ユニットのBizDevには大きな裁量権が付与される。とはいえ、中長期スパンで大きなインパクトの出せる施策を打っていくため、戦略のディスカッションは徹底的に行う。顧客体験やバリューチェーンを大きく変更し、非連続的な成長を実現するための戦略を議論する際は、松本氏が自らディスカッションのパートナーを務めることも珍しくない。

インタビューの最後に、BizDev人材に求められる資質を訊いた。リーダーシップを持っていることはもちろん、ラクスルで重視されている3つの行動規範──「Reality」「System」「Cooperation」を理解、実践できることが重要だという。

松本まず、高い解像度で顧客やサプライヤーを理解できること。とにかく現場に足を運び、「彼らはなぜそうしたのか」を理解する。すなわち「n=1を徹底的に深掘りできる能力」が必要です。

とはいえ、ただ現場に足を運ぶだけでは不十分で、そこで得たインサイトを活かして標準化や効率化を進めていく必要がある。力技ではなく、仕組みで解決するマインドセットを持っているべきです。

もちろん、組織を率いていくことになるので、チームで動けることも必要。リーダーシップを持った上で、フットワーク軽く現場で得たインサイトを仕組みに落とし込み、チームで回していく──こうした要素を兼ね備えた「事業家人材」を我々は求めています。与えられるのは成長率目標だけで、「何をやるべきか」は自分でオーナーシップを持って判断しなければいけない環境なんです。

IR活動への注力により海外投資家の理解を得て、利益をすべて再投資につぎ込む。そのサイクルを、細かいチャンクごとに推進していき、それぞれのユニットには複利的成長というミッションを課す。加速度的な成長を継続するために、ユニットを統括するBizDev人材には強いリーダーシップが求められる。

ラクスルの事業戦略と組織戦略には、GAFA流の再投資モデルからブレークダウンされた、一貫したロジックが通底している。同社が、数十倍規模の拡大余地が残る巨大産業で存在感を示して“和製GAFA”となる未来は、決して絵空事ではないはずだ。松本氏の、首尾一貫しつつも静かな熱を帯びた受け答えを聴きながら、そう思わざるにはいられなかった。

こちらの記事は2019年05月15日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

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藤田 慎一郎

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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