なぜ、いまさら英語学習ビジネスを?
AI英会話アプリで市場を席巻するスピークバディに学ぶ、プロダクトアウトでもテックドリブンでもない開発手法
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起業するなら、最初は小さな市場を選ぶのが良い──。ピーター・ティールは著書『ゼロ・トゥ・ワン』において、競合が少ない市場を選び、その市場を支配してから規模を拡大する戦略を推奨している。
他方、レッドオーシャンに見える市場に挑戦するスタートアップもいる。数多の企業が入り乱れる語学ビジネス市場で事業成長を遂げている、スピークバディがその一社だ。
AIを活用した英会話学習アプリ『スピークバディ』の企画・開発を手がけている同社。代表取締役の立石剛史氏は、外資系金融機関で「英語で本当に苦労した」経験から体得した英語学習のノウハウをもとに、2016年に『スピークバディ』をリリース。約4年の歳月を経て累計100万DLを達成し、レッドオーシャンと見られがちな英会話ビジネスの世界でひときわ存在感を放っている。
大手も含め競合ひしめく英会話学習市場で、スピークバディが頭ひとつ抜けられたのはなぜなのか?一時は資金ショート目前まで業績が落ち込んだものの、現在は唯一無二のAI英会話サービスとして躍進を続ける同社の、あえて「プロダクトアウト」「テックドリブン」にはしない開発手法に迫る。
- TEXT BY ICHIMOTO MAI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
「AI翻訳があるから、英会話学習は要らなくなる」という嘘
マンツーマンレッスンからアプリまで、「これを使えば英語が喋れるようになる!」と謳う英会話学習サービスは数多あり、市場としてのポテンシャルも大きい。語学ビジネスの市場規模は約1兆円と言われているが、国内のビジネスパーソンのうち、英語を勉強していると言われる全体の3割とは別に、「英語学習の必要性を感じているけれど、勉強していない人」がそれ以上存在するという(※DMM . com調べ「ビジネスパーソンの英語・会話学習に関する実態調査(20歳から49歳のビジネスパーソン885名を対象)」より)。そうした潜在的な英語学習者を含めれば、「市場規模は2兆円まで膨れ上がる」と立石氏。
それにもかかわらず、いまだに7割近くのビジネスパーソンが、英会話に苦手意識を抱えているという。立石氏によると、その背景には、既存の英会話学習サービスがはらむ「4つの課題」があるそうだ。
立石まず、「場所の課題」。海外で学ぶのが効果的だとわかってはいても、誰もが行けるわけではないですよね。2つ目は、「費用の課題」。留学は言うまでもなく、国内のマンツーマンの英会話レッスンも非常に高価です。とはいえ、この2つの課題は、オンライン英会話によって解決されています。
しかし、3つ目の「学習効率の課題」は、まだ解決されていません。オンライン英会話では、毎回先生が変わってしまうケースが多いですが、本来は同じ先生が教えたほうが効率よく学べるはずです。そして、4つ目の「心理的課題」も未解決です。日本人は特に、外国人と英語で話すことを「恥ずかしい」「怖い」と感じてしまう傾向があります。
既存の英会話学習サービスでは、この4つの課題全てをクリアするものはありませんでした。でも、AI英会話であれば、これらが全て解決できる。毎回先生が変わることもないですし、会話する相手がAIなら、どんなに間違えても恥ずかしくありませんから。
近年はGoogle翻訳の発達などもあり、「将来的には英語学習は必要なくなるのでは?」といった見立てもある。立石氏は「その見解は極めて危険」と警鐘を鳴らす。
立石海外旅行で使う程度の英会話なら、機械翻訳で代替可能でしょう。ただ、ビジネス英会話は内容が複雑ですし、複数人が同時に話すこともある。そうした状況に機械翻訳の技術が追いつくには、まだまだ時間がかかります。
そもそもビジネスの会話では、内容を正確に伝え合うだけでなく、信頼関係を構築することが大切です。僕自身、外資系企業で働いているときに実感したのですが、日本人同士と仕事をするのと同じで、英語でのコミュニケーションにおいても、自分の言葉で話すことが欠かせません。グローバルでビジネスをしている方はみんな、「機械翻訳で英会話がいらなくなるなんて、絶対にありえない」と言っていますね。
僕はもともと「日本人だし英語なんて必要ない」と決めつけ、英語学習へのモチベーションを強く持てなかったタイプの人間でした。でも、外資系企業で必要に駆られて身につけていく中で、英語は自分の選択肢を大きく広げてくれるツールだと気づいたんです。
仕事の可能性が広がったのはもちろん、20歳くらいまで海外旅行をほとんどしたことがなかった僕が、一人で海外に行くようになり、40カ国を旅して世界一周までするようになったんですよ。
「プロダクトアウト」「テックドリブン」な開発手法を採らない理由
AI英会話アプリ『スピークバディ』の対象ユーザーは、初級者から中級者までと幅広い。全く話せない人でも、対人での実践練習に入れるレベルまで到達できるという。主な機能は、発音指導や英作文の添削、フリートーク機能など。こうした機能を実現可能にするのは、音声認識、会話AI、自然言語処理、機械学習といった技術だ。
立石これらには高度な技術が求められますが、それに対応できるエンジニアが揃っているのがスピークバディの強みです。
海外のトップレベルの大学を卒業し、その気になれば明日にもGAFAに入れるようなレベルの外国籍エンジニアが、複数名在籍している。しかもTOEICで満点を取っていたり、英検一級を取得していたりと、自ら英語学習のプロセスを体験している人が多いから、円滑に実装に落とし込めるんです。
特に技術的難易度が高いのは、プロの英会話講師でも難しい、スピーキング力判定の機能だ。『スピークバディ』では、発音の正しさに加え、文法的な正しさ、会話の文脈を踏まえた意味的な正しさ、使用しているフレーズのバリエーションなどを踏まえて、英会話力を総合的に測定できるようになっている。
ユーザーに寄り添ったUI / UXも、スピークバディの強みだ。「楽しい英語アプリを作るだけなら簡単。そうではなく、真に英会話力が向上するアプリを作りたい。ただ、後者に重点を置くと、英語を学ぶ楽しさが遠ざけられてしまう……」。そんなジレンマを解消すべく、ユーザーの声やデータを踏まえ、愚直に改善を進めてきた。言語習得に関するアカデミックな知見を持つメンバーの見識も、活かされているという。
立石作っては、ユーザーにぶつける。リーンな開発プロセスを繰り返し、4年間にわたってUI / UXをブラッシュアップし続けてきました。まだ世の中にないサービスを作っているので、最初に完璧な設計書ありきで開発する、ウォーターフォール的な作り方はできません。プロダクトアウトやテックドリブンといったスタンスでは、答えは出せないんです。
大手企業がAI英会話アプリを開発する動きもありましたが、外注して開発しているがゆえに、なかなかUI / UXにこだわりきれていません。また、スタートアップがやろうとしても、多くの投資家は「語学ビジネス市場はレッドオーシャンで儲からない」と思っているので、なかなか投資家がつかないんですね。
その点、スピークバディは過去に複数の英会話アプリをヒットさせた実績があるので、しっかり可能性を評価してもらえています。
「人生これまでか」
──窮地にこそ浮かび上がる、ピュアな想い
先ほど少し触れたように、立石氏はもともと、新卒で外資系金融機関に入社した。起業したのは2013年で、そのきっかけは、20代半ばで大病を患ったことだという。
立石一命は取り留めたものの、「人生これまでか」と思って、目の前が真っ白になった瞬間もありました。
そのとき、人生を振り返ってこう思ったんです。「なんだかんだ自分のやりたいことはやってきたし、悪くない人生だった。でも、地球にとって、自分の存在はプラスだったと言えるか? それは微妙だ」と。
それが悔しくて……。病気が治ったら、この問いに対して自信を持って「Yes」と言えるようになりたい。自分の想いに正直なサービスを作るため、起業することを決めました。
起業して、何をするのか。前職ではIT業界のクライアント相手にBtoBのビジネスを手がけていたが、目の前の数人にしか貢献できている実感が湧かなかった。一方、BtoCビジネスなら、自分の開発したサービスを通じて、うまくいけば数億人にでもダイレクトに価値を提供できる。そう考え、「コンシューマー向けのアプリ開発」という軸を設定した。
では、なぜ英会話なのか? はにかんだ表情を浮かべながら、立石氏は話し始めた。
立石前職では、英語で本当に苦労したんです。周りはみんなバイリンガルという環境で、自分はTOEIC280点。英語の発言を会議で聞き取れなくても「もう一回言ってください」なんて、とても言える雰囲気ではない。議事録すら、満足に取れないわけですよ。
外国人の上司とチームメンバーでランチに行ったときも、「自分には絶対に話しかけるな」というオーラを出していました(笑)。自分の気持ちと違うことを言ってしまうのも、悔しかったですね。本当は「〇〇だからNo」と言いたいのに、表現がわからないから、角が立つのを避けようと「Yes」と言ってしまったり……。情けなかった。「英語さえできれば」と、強く感じていました。
でも、勉強を重ねるうちに、だんだん話せるようになってきた。だいたい4,000時間ほどを、英語学習に費やしましたね。すると、「英語は自分の世界を広げてくれるツールだ」と感じるようになりました。外国の優秀な人と一緒に働けるし、日本国内だけでなく、海外でも働ける。仕事だけでなく、プライベートでも海外旅行を楽しめる。
英語の上達とともに、選択肢がどんどん増えていくのが、嬉しかったんですよね。こうした原体験があるからこそ、英会話のアプリ開発なら、情熱を持って取り組めるかもしれないと思いました。
「資金ショートの危機を正直に伝えた」ことが、
急成長のトリガーに
事業方針を決めた立石氏は、自身が蓄積してきた英会話学習のノウハウをもとに、シチュエーション別の会話練習を行える英会話アプリ『ペラペラ英語』を開発。すると、2014年のAppストア年間総合ランキングで、『マインクラフト』に続いて第2位に、有料アプリランキングでは第1位を獲得した。続いて開発した、効率的に英単語を覚えられるアプリ『マジタン』もまた、同年の有料アプリランキングで1位の座に輝いたという。
立石驚きました。自分が培ってきた英語学習のノウハウに、こんなにも需要があるのだと。そして英語学習アプリは、ゲームに負けないぐらい、世の中から求められているんだなと、身をもって知りました。
でも、それ以上に驚いたのは、自分自身のパッションの強さです。アプリを作っているうちに、「自分って英語学習にこんなに熱意を持っているんだ」と気づいちゃったんですよね(笑)。それでやっと、「英語で勝負しよう」と腹が決まりました。
ただ、『ペラペラ英語』や『マジタン』をスケールさせたり、その姉妹アプリを開発したりする方針は採らなかった。現在は、『スピークバディ』一本に絞って開発している。なぜだろうか?
立石確かに、『ペラペラ英語』や『マジタン』は売れました。でも正直、「ちょっといいアプリを作ったな」くらいの感覚で、真に世の中の役に立っている実感はなかったんです。このアプリでは、まだ根本的な課題が解決できていないと思いました。
カギとなるのは、最初にご説明した「4つの課題」の4つ目、「心理的課題」です。
自分は昔、「家に英語を喋ってくれるロボットがいたらいいのにな」と思っていました。よく「英会話を学びたいなら、外国人の友達を作ればいい」と言いますが、それができたら、こんな苦労はしていませんよ(笑)。やはり外国人に英語で話しかける心理的ハードルは高いですし、仕事で成果を残している人ほど、英会話初心者として外国人と接すると、プライドが激しく傷つきますから。
「心理的課題」で苦しんでいる人たちを救うため、「家に英語を喋ってくれるロボット」として思いついたアイデアが、AI英会話アプリである『スピークバディ』だったのだ。ただ、アイデアこそ思いついたものの、「アプリをローンチしてから最初の3年は全然ダメで、諦めかけたこともあった」という。
立石資金がショートしかけたこともありました。でも、それが転機になりましたね。全メンバーを集めて、「このままだと3ヶ月後には資金ショートしてしまう」と話したんです。この事実を伝えたら、みんな辞めてしまうかもしれない。そんな不安も頭をよぎりましたが、「現状に向き合わないとダメだ」と思い、伝えたんです。
すると、伝えた瞬間は部屋の中が悲壮感でいっぱいになったものの、すぐに「自分たちはこのサービスを伸ばしたい!」といった声が聞こえてきまして。それ以降、開発スピードが一気に上がり、他アプリとの差別化を決定づける「スピーキング力判定機能」も生まれました。
これをきっかけにLTVが改善し、マーケティングに充てる費用の余裕も生まれた。ダウンロード数は急増、2019年6月には、シリーズAで3億円の調達も実施した。そして2020年9月、100万ダウンロードを達成。有料ユーザー数は2万5000人を突破した。
立石BtoCサービスが爆発する瞬間って、読めないものですよね。完全に想像の上を行きました。投資家には「事業計画を上回る会社ってなかなか見ないんだけど」と笑われまして、お恥ずかしい限りです(笑)。
英会話が苦手な日本人だからこそ、
最強のソリューションを生み出せる
創業7年目にして、急成長フェーズを迎えたスピークバディ。立石氏は今後の展望を次のように語る。
立石2021年は、国内のAI英会話アプリでNo.1のポジションを確立したい。そのために、これからはサービス開発だけでなく、事業や組織作りにも本腰を入れていきます。マーケター、プロダクトマネジャー、エンジニア、採用担当、経理担当……全方位的に増員し、1年間で社員数を倍増させたいです。
求めているのは、学習意欲の高い人。出てくる課題を、壁ではなく成長機会と捉えられる人です。そして、仕事を楽しめる人でもあってほしい。先日、CIのリブランディングを行った際に、会社のイメージを「fun」と表現したメンバーが多くいました。難しい課題が出てきても、前向きに楽しみながら挑戦できる人と働きたいですね。
また、「AIで言語習得を促す」というテーマに共感できる方であることも大前提です。社内公用語が英語なので、いまは全員英語を話せますが、外国籍のメンバーも含めて、かつては英語学習で苦労した人ばかりなんです。
ミッションの実現に向かい、たしかな歩みを進めているにもかかわらず、立石氏の立ち振る舞いからは恥じらいが垣間見える。「照れ屋さん」と称したくなる愛すべきキャラクターが、「fun」な環境を作っているのかもしれない。
そんな立石氏は伏し目がちに、しかし力強く、スピークバディの挑む市場についてこう付け加えた。
立石語学学習の市場はレッドオーシャンだと言われていますが、海外経験なしでペラペラになった日本人の存在は、僕はほとんど聞いたことがありません。本当に効果の出るサービスさえ作れれば、ダイエット業界で後発のライザップが一斉を風靡したように、一気にシェアを伸ばせるはずなんです。
世界に目を向ければ、非英語圏の30億人が潜在的な顧客であり、市場サイズは日本の5倍以上だと見ています。そして、英語学習に最も苦しんでいる国と言っても過言ではない日本だからこそ、世界に通用する最強のソリューションを作り出せるはず。日本国内だけでなく、非英語圏の30億人にも使ってもらえるサービスを作りたいと考えています。
恥の感情に揺さぶられ、苦しみながらも言語の壁に挑み続けてきた。そんな誰よりも「シャイで真面目な日本人」である立石氏だからこそ、英語を話せるようになりたいと願う全ての人を救う、「最高の英語学習」を提供できるに違いない。
こちらの記事は2021年01月21日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
フリーライター。1987年生まれ。東京都在住。一橋大学社会学部卒業後、メガバンク、総合PR会社などを経て2019年3月よりフリーランス。関心はビジネス全般、キャリア、ジェンダー、多様性、生きづらさ、サステナビリティなど。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
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