MVVは運用すべき?コーポレート・リブランディングで事業を加速させるベンチャー / スタートアップ特集

ミッション、ビジョン、バリュー(以下、MVV)。

これらが組織を一枚岩にし、迷うことなくゴールに突き進むための羅針盤となることは、今更言うまでもない。

しかし、一度定めたらそれで終わりかと言えば、答えは否。そう、MVVとは、その時々の事業・組織の状況やフェーズに応じて刷新していくべきものでもあるのだ。

そこで今回、まさにこのMVVをアップデートし、事業や組織の成長を加速させているベンチャー、スタートアップを紹介したい。

「これから組織が急拡大していくフェーズに入るため、今一度仲間たちとの関係性を深めたい」と考えている経営者や組織づくりに携わる者たち。または、「今の組織ではMVVが形骸化しており、現実は数字を追うだけの日々になっている」と違和感を覚えているビジネスパーソンたち。

そんな課題を抱えている読者にこそ、MVVがもたらすインパクトを感じてもらえたらと思う。掲載企業は、ここ1〜2年の間にMVVをアップデートし、更なる非連続成長に向けて突き進むベンチャー / スタートアップたち。

各社が捉えるMVVの意味やその刷新プロセス、懸ける想いをインプットし、自社の経営や自身のキャリアに活かしてもらえたら幸いだ。

  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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「すべてがアイデンティティになる時代をつくろう」──identify

競合優位性を高める要素としては、「先行優位性」や、「技術力」などが挙げられます。しかし、市場が拡大して後から同じような競合のサービスが生まれてくれば、これらの強みは強みとしてワークしなくなる可能性が高い。

(中略)

ではどうするか?答えは、組織のメンバー全員が事業に対して「熱狂している」状況を生み出すことが大事だと思うんです。

(中略)

そしてメンバーたちの熱狂を引き出すトリガーとなるものが、「ビジョン」であると私は考えています。

──FastGrow<「MVVは、企業のフェーズに応じて運用せよ」──上場企業トリドリとスタートアップidentifyに学ぶ、競合優位性を高める戦略的ビジョン経営から引用

「縦型ショート動画」の広告クリエイティブ素材を提供する事業を展開し、そのプラットフォーム『DeLMO』や実際の商品利用に基づくエビデンス獲得で広告効果を最大化できる『EVITOL』を通じてクリエイターエコノミー市場で急成長を遂げているidentify株式会社

「MVVは運用するもの(identifyではVMVとしている)」と捉える鬼山氏率いる同社は、ビジョン、ミッション、バリューの中でも「ビジョン」を経営の“核”と位置づけ、ミッションやバリューはその実現の手段と位置づけるスタートアップだ。年次のVMV合宿では、全社員がビジョンやミッション、バリューを共同で再考し、更新しており、組織内のコミュニケーション強化や社員間の関係構築に貢献している。

▼年次の VMV合宿に関する参考note

1年目:石垣島で実施。会社にとって初となるバリューを全メンバーで考案。

2年目:ベトナムのダナンで実施。全メンバーで議論し、ビジョン・ミッション・バリューをアップデートする。

特に最新のビジョン「すべてがアイデンティティになる時代をつくろう」は、グローバルな市場進出と多様なクリエイター支援を目指すidentifyの世界観を反映している。

提供:identify株式会社

そんなidentifyでは、日常業務においても「identifind(identity + find)」なるslackチャンネルを設け、社員が互いのアイデンティティを発見したときにシェアし合える文化を築いている。これにより、社員一人ひとりのバリューに対する理解が深まり、さらにポジティブなエネルギーが生まれやすくなるという訳だ。加えて、日々の業務においてもバリューの影響を実感できる機会となっている。

こうしたidentifyのアプローチは、スタートアップの激動の世界において競争優位性を高めると共に、刺激的で魅力的な環境をメンバーに提供しているのだ。「自分も組織のVMVをつくってみたい」「組織にVMVを浸透させる施策を考えてみたい」など、事業だけでなく組織づくりにも挑戦してみたいと感じる読者にとっては、オススメのスタートアップと言えるだろう。

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MVV検討において“自社の成長”だけを考えてはいけない──ACROVEの新ミッション「社会の果樹園を創造する。」の裏側

「ECロールアップ戦略」で急成長を続けるスタートアップと言えば、ACROVE。FastGrowでも過去に数々の取材や特集を行ってきたEC・D2Cのプラットフォームカンパニーだ。

同社は2023年4月にMVVをフルリニューアル。その背景には「事業拡大」と「社員数増加」という変化があったようだ。

ACROVEは、2022年にECロールアップ事業を展開し始めました。今後もEC事業者の課題を解決して、良いモノを、それを欲している人々に届けていくべく、EC領域で拡大し、アジアナンバーワンを目指しています。MVV、特にビジョンについては、ECサービス事業、ECロールアップ事業を包括するECを軸としたワーディングにするべきだと考えました。

(中略)

ACROVEへと商号が変わった2020年12月の社員数は、たったの4名でしたが、約2年余りで約20倍の80名以上になりました。様々なバックグラウンドを持った人が集まるACROVEにおいて、”ACROVEらしさ”を再定義する必要がありました。

──ACROVE公式note<メガベンチャーを目指す創立4年目スタートアップのMVVリニューアルの裏側大公開!>から引用

もちろん、単に「事業領域を増やそうとした」「自然と社員が増えた」というわけではない。P/LやB/S、そして組織の面でも明らかな継続成長が見て取れる。これまでに160社のEC運営を支援して売上成長率は平均300%、その傍らでたった1年の間に7件のブランドを買収してきた。2023年10月にはシリーズBラウンドで11.4億円を資金調達。経営陣にはCxOや事業立ち上げ責任者、金融機関の幹部といった要職を経験してきたシニアなメンバーが揃う。

創立わずか4年ながら、その現場には大きな変化がある。MVVを刷新しようというのも納得する話だ。

では、MVV刷新にあたって特に重視したのはどのようなことだったのだろうか。代表荒井氏らのnoteなどから感じられたのは、「単に自社の事業成長のみを追求するのではなく、社会の公器たる存在としての自社の在り方に強い意識を向けようとした点」だ。

例えば、ミッションの実現に向けた価値創造サイクルとして、「顧客貢献」に加え、「リーダー育成」や「社会循環への協力」なども掲げている。端的に言えば、日本や世界を支える人材輩出や、雇用の創出・拡大をも自社の使命として組み込んでいる。そんな未来志向を、荒井氏自身も強調してきた。

ACROVEも、社会の果樹園となり、事業は変わりながらもきっと残っていく。それはすなわち、「社会のため」という高い志を持った同志が集まり、グループとしてのACROVEを一人一人が担い、支えることでACROVEという会社が「自律し、グループで循環し、そして未来へ紡いでいく」ということを意味します。

──代表荒井氏によるnote<なぜACROVEのミッションは「社会の果樹園を創造する」なのか>から引用

ACROVEが創造する果樹園。これからどのような果実を実らせていくのか、引き続き注目だ。

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ミッションに必要なのは、“納得感”よりも“熱狂度”──ログラスの新ミッション「良い景気を作ろう。」の裏側

3.5年経営してきた私の胸の奥にはある違和感がありました。

確かに「テクノロジーで、経営をアップデートする。」ことには大きなやりがいがあり、社会的に意義もある。事業も拡大している。でも、本当にこの会社やメンバーと実現したい世界観はそこにあるのだろうか?

(中略)

この違和感を言語化し、それを新ミッションとして掲げるべきだと感じるようになりました。

──代表布川氏のnote<ログラスはミッションを刷新しました>から引用

経営管理クラウド『Loglass』を提供するログラス。2019年創業で、2022年にはシリーズAラウンドで17億円と大型の資金調達を実施。プロダクトローンチ3周年記念特設ページでは前年同月比でARRが3.2倍成長を残していることなどを公表しており、会社紹介資料によると社員数は2023年に117名にまで拡大している。事業・組織ともに成長を続ける代表的なスタートアップだ。

事業も組織も成長を続けており、既存のミッションにやりがいや社会的意義を感じてもいる。にもかかわらず、刷新の意思決定をした、代表の布川氏。どのような想いから、その意思決定に至ったのだろうか?

今後、売上兆円クラスのお客様や100名・1,000名・1万名のメンバーを同じ船に乗せられるような「とんでもなく大きな、100年信じられるような夢」はさらに先の世界にあるはずではないか?

寝ても覚めても、このミッションに向かっていることが誇りであり、熱狂できるような言葉に本当になっているだろうか?

まだそこまでの熱狂度にはなってない気がする・・・

──代表布川氏のnote<ログラスはミッションを刷新しました>から引用

壮大な未来を見据える布川氏にとって、それまでのミッション「テクノロジーで、経営をアップデートする。」に、納得感こそあれ、熱狂度は足りなかったというのだ。

とはいえ布川氏自身も、すぐに意思決定ができたわけではなかったようだ。「本当に今、変えるべきなのだろうか?」「変えることによるデメリットが想定より大きくなり、組織に混乱が生まれてしまうのではないだろうか?」といった想像をする起業家の読者もいることだろう。

そんなタイミングで布川氏は、メルカリ創業者・山田進太郎氏との対話を通して、前に進むことを決めることができたと綴る。起業家・経営者の大先輩との時間は、濃密で、非常に重たいものとなったのだという。

進太郎さんから

「少しでもミッションに共感してもらうことが難しいと思うなら、幹部やメンバーと徹底的に話すべき」

「採用を経営陣の魅力やトークではなく、ミッションの魅力でやり続けたのがメルカリ。だから山田進太郎の会社ではなく、メルカリという会社そのものが強力なものになった」

という言葉をいただいた時に、自分の不甲斐なさを強く強く感じてしまいました。

──代表布川氏のnote<ログラスはミッションを刷新しました>から引用

そうして生まれた新ミッションが、「良い景気を作ろう。」だ。

この、あまりに壮大で、抽象的なミッション。込められている詳細な想いや、事業とのつながりについて気になる読者もいることだろう。そうしたこともログラスのメンバーたちのnoteに多く綴られているのでぜひ、参照してほしい。再掲含め、特に注目すべき記事を以下に並べておく。

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グローバルプラットフォーム企業のあり方が大きく変わる時代、MVVも当然再検討へ?──ピクシブの新ミッション「創作活動を、もっと楽しくする。」の裏側

2023年9月時点での総登録ユーザー数は9,800万人に上り、世界中のクリエイターやファンが地域や言葉の壁を越えて交流するプラットフォーム『pixiv』などを運営するピクシブ

以前のミッション・ビジョン・バリューが定められた2018年と比較すると、3倍以上のユーザー数に成長し、多種多様な形で創作活動を楽しむサービスへと発展した。

今回2023年10月にミッション・ビジョン・バリューの刷新を公表した。その理由として挙げられるのはやはり、事業と組織の成長だ。ユーザー数が拡大し、それに伴う拠点や人員の増加によって、今や同社のメンバーは600人を超える。

こうした事業や組織の成長を踏まえて、同社が創作プラットフォームとして今後どのような役割を果たしていくべきかを再考するべく、ミッション・ビジョン・バリュー刷新のプロジェクトが始まった。

「これからのピクシブが何を大事にするべきなのか」について議論を重ねた中で明確だったことは、私たちの「創作活動を応援したい」という想いはこれからもずっと変わることはないということです。近年、創作活動を取り巻く環境は大きく変化し激動の時代を迎えていますが、どんな形であっても人々の持つ創作活動への情熱や楽しむ文化を未来につなげていきたいと考えています。

この想いを胸に、より包括的に創作活動を応援するプラットフォームとして成長していくために、5年ぶりに新たなミッション・ビジョン・バリューを策定しました。

──ピクシブ株式会社プレスリリース<ピクシブがミッション・ビジョン・バリューを刷新。「Accelerate creativity. 創作活動を、もっと楽しくする。」を礎に、クリエイターを支えるプラットフォームとして更なる成長を目指すから引用

以前のミッションは「創作活動がもっと楽しくなる場所を創る」。つまり「場所づくり」をしていればいいわけではない、という点が、単純なようだが、この時代において非常に重要な考え方になると判断したのだろう。生成AIを始めとした新技術の登場と進化、人々の思想・完成の変化のスピードが、日々速くなっているといっても過言ではない。そんな状況下で、グローバルプラットフォームの運営企業としても新たな姿勢を検討する必要性が高まってきたようだ。

想いを変えることはなく、フェーズに応じて掲げる指針やメッセージはアップデートしていく。まさにMVVの運用という意味で、お手本にしたい姿ではないだろうか。

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全社巻き込む刷新プロセス、緻密にデザイン──ClipLineの新ビジョン「世界のサービスの進化をテクノロジーで実現する」の裏側

サービス業を中心とした多店舗・多拠点ビジネスの経営課題の可視化から解決策の実行までを一気通貫してサポートする、利益向上のためのプラットフォーム『ABILI』。このサービスを提供するのがClipLineだ。

事業成長に伴う自社の目指す未来の再定義に加え、リモートワークで軽減した 「横のつながり」をより強固にするというチームビルディングとしての目的も含め、2022年7月より、全社員80名が共同でつくりあげるプロジェクトを実施した。その詳細が約5000字の長文で語られたnoteを紹介しよう。

同社の事例で注目したいのは、その刷新過程だ。全社員を巻き込み、経営トップのコミットメントも多く担保しながら、以下のような8つの過程を緻密にデザインして進めていったのだという。

1.横のつながり強化「自分語り」
2.ミッション対話
3.トップがビジョンを語る
4.ビジョン対話
5.全社員でバリュー案作成
6.バリュー発表会
7.経営チームでビジョン明文化、バリュー検討・決定
8.ビジョン・バリュー発表

──同社公式note<ビジョン、バリューを刷新しました!(MVVプロジェクトのご紹介)>の内容を基に整理

結果としては、ビジョンとバリューの再設計、そしてミッションについて「意味の再定義と英語化」を進めた。

これは同社に限った話ではないが、ミッション・ビジョン・バリューのアップデートがもたらすものは、何も事業成長の加速だけではない。その過程で自分たちの存在意義や目指す未来を確かめ合うことで、組織がこれまで以上に強固な一枚岩となるのだ。この点も「MVVを運用する」という中での重要な一つの考え方だろう。

今回は、2023年にミッション・ビジョン・バリューをアップデートした主なベンチャー / スタートアップを紹介した。これらの具体的な刷新事例を複数見ることで、表題に記した「MVVはフェーズに応じて運用すべき」といったメッセージにも納得いただけたのではないだろうか。

こちらの記事は2023年12月29日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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