事業創れる条件は、マグロ漁船に7年⁉
メンバーの“やりたい”を最重視する起業家が生んだ、複数事業体制の妙

インタビュイー
平良 真人

神奈川県生まれ、一橋大学社会学部卒。 伊藤忠商事、ドコモAOL、㻿ONYにて営業 ・マーケティング・ビジネス開発に携わる。 2007年、Googleへ。 2010年からは統括部長として第二広告営業本部を立ち上げ、営業基盤の確立を通して同本部の成長に尽力。 2014年、THECOO株式会社を設立。ファウンダー兼CEO。 三度の飯よりロックが大好き。

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スタートアップの存在意義とは何だろうか?

「特定の課題を解決すること」と考える人は多いかもしれない。その一方で、「解決する課題にこだわりはない」と話す経営者がいる。

THECOO代表、平良真人。伊藤忠商事、ドコモAOL、ソニー、Googleといった有名企業で約20年にわたる会社員生活を経て、2014年に起業した。

2年半前にローンチしたBtoCのSaaS『Fanicon』は、コミュニティ型ファンクラブアプリとして着実にユーザー数を伸ばしており、開設コミュニティ数は2000超。コロナ禍で打撃を被ったエンタメ業界に希望をもたらしている。この他にもインフルエンサーマーケティングやエンタメ関連の事業を幅広く手掛ける。

平良氏はなぜ、解決する課題にこだわらないのだろうか? どのような考えの下、事業ドメインにこだわらず複数の事業を展開してきたのか。「会社は僕がやりたいことをやる場所ではない」と言い切る平良氏の描く、新しいスタートアップ像とは。

  • TEXT BY ICHIMOTO MAI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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ミッションにもビジョンにも「エンタメ」とは書いていない

平良ビジネスに「ゼロイチ」は存在しないと思います。本当の「ゼロイチ」が存在するとしたら、生命ぐらいじゃないですかね。

ビジネスは生命ほど複雑ではない。そう淡々と話す平良氏は、2014年の創業以来、次々と新事業を立ち上げてきた。それらは大きく2種類に分かれる。創業初期から行なっているコンサルティングなどのBtoB事業と、コミュニティ型ファンクラブアプリ『Fanicon』に代表されるBtoC事業だ。

BtoB

2014年 1月
オンラインマーケティング、インフルエンサーマーケティングのコンサルティング事業
2015年 1月
企業とYouTuberのマッチングプラットフォーム『iCON CAST』
2016年 8月
インフルエンサーマーケティングツール『iCON Suite』

BtoC

2017年 3月
インフルエンサープロダクション『HUITMORE』
ゲーム実況者特化の事務所『Studio Coup』
2017年 12月
コミュニティ型ファンクラブアプリ『Fanicon』
2020年 3月
チケット制ライブ配信サービス『Fanistream』
2021年 3月
ライブ配信専用スタジオ『BLACKBOX³』オープン

BtoB事業で安定的な収益を得る一方、BtoC事業でスケールを目指す。こうした事業のポートフォリオは、どのような戦略に基づいて生まれたのか? そう問うと平良氏は、「たまたまです。いろんな点と点がつながって線になりました」と言い、現在に至るまでの経緯についてこう説明した。

平良元Googleの創業メンバーと一緒に、「既存の知見ですぐに始められそう」という理由で、マーケティングのコンサルティング事業を始めました。その後、偶然やったYouTuberのプロモーションがきっかけで、インフルエンサーマーケティングの事業もやってみることになりました。先に始めた事業と、世間のインフルエンサー活用のニーズが結びついて生まれた事業なので、まさに点と点がつながった形ですよね。

ところがインフルエンサーマーケティングの事業を始めてみると、マーケティング施策に適切なインフルエンサー探しは想像以上に難航する。企業とYouTuberのマッチングの課題を解決するために、平良氏たちは『iCON CAST』を開発。よりマーケティングの効果を高めるために、今までブラックボックス化していたインフルエンサーのデータを見える化する『iCON Suite』も開発したという話だ。

戦略的なストーリーには聞こえないかもしれないが、自分たちの感じた課題にヒントを得て、世の中のインフルエンサーマーケティングのニーズに対応しつつ、事業を多角化してきたことが伺える。スケールを目指して新規事業を立ち上げるスタートアップが多い中、それとは少し違った格好だ。

こうした事業は、平良氏ではなく他のメンバーが考えることがほとんどだという。

平良僕は今年(2020年)で47歳。同年代のおじさんに比べるとミーハーな方だと思いますが、時代を掴むサービスを考えるのは僕じゃない方がいいかなと思っていて。

最近僕がやりたいなと思ったのは、キャビアの養殖事業。D2Cで毎月送られてくるキャビアをかっこいいバーで食べられるビジネスを考えたんですが、シナジーがなさすぎるという意見があり、やめました(笑)。

平良氏は笑いながらそう話すが、どうやら完全に冗談というわけではなさそうだ。事業領域へのこだわりはないのだろうか?

平良ありません。会社のミッションやビジョンに、『エンタメ』とか、『インフルエンサー』といった言葉を入れていないのは、あえてそうしています。公序良俗に反しない。法令は遵守する。当たり前過ぎる話ではありますが、この2つだけ守ってもらえれば、やる事業はなんだっていい。イギリスのヴァージン・グループのように、事業ドメイン問わず挑戦し続ける会社でありたいと思っているんです。

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ビジネスは全てパズル。「マグロも飛行機も事業の作り方は同じ」

社員に事業を任せているとはいえ、平良氏も事業のアイデア探しにはちゃんと関わっている。そして、「ビジネスは全てパズルだ」と言う。どういうことか?

平良例えば、今流行っているD2Cって、一言で言うと「直販」ですよね。野菜の直売所と同じ。直販の概念は昔からあったわけです。

そして、D2Cのプロモーションは主にSNSやオウンドメディアが担っている一方、直売所をプロモーションする役割は、看板が果たしていた。つまり、オウンドメディアと看板は、概念的にはほとんど同じなんです。それに気付けた人が、D2Cというビジネスモデルを発見したんだと思います。こういう考え方のことを、僕は「パズル」と読んでいるだけです。

D2Cも野菜の直売所も、根本的には同じ仕組み。こうした概念的な発想は、どこで身につけたのだろうか?

平良新卒で入った伊藤忠商事ですね。商社の役割は、ヒト・モノ・カネを投資してリターンを得る仕組みを考えること。自分たちはブランドしか持っていないから、お金やら技術やらをいろんなところから引っ張ってきて組み合わせるわけです。マグロから飛行機まで、いろんな事業を総合商社はやっています。

そのうちに、『ビジネスって全部一緒なんだ』と気づいたんです。どんな業界のどんなビジネスも、組み合わせによって作られている。子どもの頃にLEGOで遊んでいたことを思い出して、『すごいな、これは巨大な組み合わせのパズルだ』と思いました。

伊藤忠商事で得た気づきは、事業ドメインにとらわれることなく、どんなビジネスも展開できる自信を平良氏にもたらした。

その一方で、「自分一人でビジネスはできない」ことも、明らかだという。

平良僕は抽象度高くアイデアを考えることは好きなのですが、その反面、緻密じゃないんですね。振り返ると、今まで失敗してきたのは、見つけた課題の具体的な解決方法の詰めが甘かったときでした。

起業家は得てして『自分はなんでもできる』と思ってしまいがちですが、全部一人でやろうとするとうまくいかないものです。大事なのは自分を知ること。そして、お互いの得意不得意を補い合えるパートナーを見つけることではないでしょうか。その点、創業メンバーであるCOOの下川は僕と真逆のタイプ。一緒にやればうまく行くんじゃないか、という期待が最初からありましたし、今も僕の苦手な部分を大いにサポートしてくれています。

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「7年間の遠洋漁業」は、論理に勝る

約2年半前に誕生したコミュニティ型ファンクラブアプリ『Fanicon』は、誕生から約2年半が経った今、エンタメ業界の新しいファンクラブの形として浸透しつつある。一体どのように生まれたのだろうか?

平良インフルエンサーマーケティング事業の関連で、あるYouTuberのオフ会をやったとき、ファンの人がそのYouTuberに対してずいぶん熱心に話しかけていて。「あの動画がよかった」とか、「こういうところが好きです」とか。で、YouTuberのほうはどうかというと、熱心なファンを前にぽかんとしている。その光景を見て、すごく面白いなと思ったんです。

ファンが一方的に相手のことを知っていて、高い熱量を持っている。世間ではよくある光景かもしれませんが、僕の目には新鮮に映りました。なぜなら僕は、敬愛するアーティストと直接話したいとは思わないから。アーティストはあまりにも神々しい存在で、話しかけるなんて恐れ多いわけです。

でも世の中には、自分の応援する人とこんな風に関わりたいと思う人がいる。それなら、この人たちの間にある「情報の格差」と「熱量の格差」を埋める仕組みがあれば、互いにハッピーになれるんじゃないかと思った。それが『Fanicon』の始まりですね。

ファンとの距離が縮まり、応援する側もされる側も満たされる空間。それは、目の前の現象を客観的に見つめ、社会のニーズを汲み取る平良氏の眼差しから生まれたものだった。

「とはいえ、『Fanicon』が最初からがスケールするとわかっていたわけではありません。それこそ最初の2年なんて、誰も見向きもしませんでした」と、平良氏は付け加える。では、なぜこれほどの成長ができたのか?

平良それは、愚直にサービスの改善を続けてきたからです。僕はエンタメ業界の出身者ではありませんから、わからないことも多い。使ってみた感想や、使わない理由を、いろんな人に聞いて、その声をサービスに反映し続けてきました。

メルカリの山田進太郎さんも、過去のインタビューで「愚直にサービスを改善していくことを大切にしている」と話していました。それを読んで、すごく納得したんです。細やかな改善を繰り返すことで、出品や購買に至る人を1人、2人と増やしていくのが大事なんだと。僕も同じ考えで、サービスがスケールするかどうかは、どれだけのスピード感を持ってそうした積み重ねをできるかが全てだと思います。

しかし、愚直にサービス改善を続けることと、撤退するタイミングを掴めないままサービス提供を続けてしまうことは、コインの表裏のようにも思える。事業の成長スピードが芳しくないとき、その事業を継続するか、撤退するかの判断基準について、平良氏はどのように考えているのだろうか?

平良それは、ロジカルな基準とアンロジカルな基準があって、この2つが重なったらやめるべきだと考えています。

ロジカルな基準とは、事業を成立させるためのロジックツリーが成立していること。売り上げやユーザー数などのKPIをちゃんと達成できていればいいというだけの話ではありません。もっと長期的な視点で、事業を成立させるための条件が明確であり、不足している要素がある場合は将来的に補える見込みがあるか、ということです。

例えば、事業を回す資金がなかったとしても、熱狂的なユーザーが100人入っていれば、お金を調達してサービスを改善して、スケールさせられる可能性がありますよね。そうした可能性をロジカルに探していくということ。もし一つも見つけられないのなら、継続可能性がないのでやめるべきです。

では、もう一つの「アンロジカルな基準」とは?

平良それは、責任者が諦めていないこと。精神論に聞こえるかもしれませんが、実はこちらの基準の方が圧倒的に大事です。諦めないからこそ、いろんなアイデアが出てくる。その過程で、ロジックツリーを作り上げる材料も自然と集まっていくはずです。事業を成長させる上で、『諦めない』という情熱に勝るものはありません。

Google出身者のイメージとは異なる、熱い言葉を放つ平良氏。韓国の人気ドラマ「梨泰院クラス」を例に挙げ、諦めないことの重要性について次のように続けた。

平良「梨泰院クラス」の主人公は、復讐のために7年間もマグロ漁船に乗ってお金を貯めましたよね。ドラマとしてはほんの数分程度の描写でしたが、これが大事なわけです。その執着心が、視聴者にも痛いほど伝わりましたよね?

これだけの情熱があれば、大抵のことはなんとかなるんです。ただ、そこから挑戦をし続けられる人って本当に少ないですし、そういう人を評価する企業も多くはない。だから、『諦めない』人が挑戦できる環境を、自分の手でつくりたい。そう思って、この会社をやっているんです。

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「課題解決」が会社の存在意義じゃなくてもいい

平良氏が会社を立ち上げた目的とは、「挑戦する人のための環境づくり」と捉えて良いのだろうか?

平良はい。少なくともこの会社は、僕がやりたいことをやるためにあるのではありません。メンバーがやりたいことを見つけたときに、いいよと背中を押してあげること。その事業を始める上で必要になるヒト・モノ・カネ・情報を提供するのが、僕の役割だと思っています。

創業の目的を「メンバーのための環境づくり」と言ってのけるスタートアップ経営者は新鮮だ。平良氏はなぜそう考えるのか?

平良THECOOを立ち上げるまで、会社員をしていた約20年間、僕はずっと「ユーザーやクライアントの役に立つ面白いことをやりたい」と思っていました。でも振り返ってみると、周囲のメンバーはおそらく「そんなことやらなくていい」と思っていた。大企業には、人から評価される仕事を優先する人が多くて、僕みたいに「とにかく面白いことをやりたい」という変な人はほとんどいませんでした。

だからこそ、自分のような「変な人」が、やりたいことをできる環境を用意してあげたい。平良氏の原動力は、会社員時代に感じてきた違和感にあった。

「メンバーから『こういう事業をやりたいんです』と言われたときに、『今はちょっとできない、ごめん』と言うのだけは嫌なんですよね」と言った瞬間、穏やかな平良氏の表情が初めて歪んだ。メンバーに対する、経営者としての責任感が垣間見えた。

そうした覚悟の強さとは裏腹に、「自分は他の経営者と違いすぎて、不安になることもある」と明かす。

平良スタートアップ経営者のインタビューを読んでいると、強烈な原体験が原動力になっている人が多いと感じるんです。でも僕に、そうした原体験はありません。それでも、いろんな課題に興味があって、それを解決する仕事をすごく楽しいと感じている。僕はめちゃくちゃ真剣に遊んでいるだけなんです。こんな会社が、新しいスタートアップ像になってもいいんじゃないかなと思うんですけどね。

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「出張でリッツカールトン」を決断できる君へ

THECOOは現在、主にエンタメ業界で事業を展開している。業界の今後の見通しについて、平良氏は音楽を例に挙げ、次のように語る。

平良以前から音楽業界は下火だと言われてきましたが、そんなことはないと思いますよ。自分はよくフェスに行くんですが、2018年に久しぶりにカウントダウン・ジャパンに行ったときには、そこにたくさんの若い人がいました。しかも、心から音楽を楽しんでいるのが、側から見ていてもわかる。

音楽のニーズがあることは明らかなのに、なぜ音楽業界は苦しいのか?それは、音楽業界が若い人に「お金を使いたい」と思わせる何かを見つけられていないのでないか?と思いました。

決して音楽そのものが求められなくなったわけではない。平良氏はいつも、目の前の現象を冷静に見つめることから世間のニーズを見出す。

「ただ、その『何か』を見つけるのは、僕一人でできることではない」と、平良氏。一緒に働くパートナーとして、どんな人物を求めているのだろうか?

平良人から「できっこない」と言われることでも、それに向かって挑み続けられる人です。入社後は自由も責任も最大限に提供するので、享受していただきたいですね。

自由と責任を享受するとは、どういうことだろうか?

平良例えば、『Fanicon』の事業を担当しているときたまたま出張先で、「テイラースイフトがすぐそこの三ツ星ホテルのスイートルームに泊まる」という情報が入った場合。上司に相談する時間もないのでその場ですぐ判断しないといけない状況で、もし同じホテルに泊まれば、テイラースイフトに会えて、『Fanicon』を使ってもらえるかもしれません。

上司に怒られること覚悟で勇気を出して三ツ星ホテルに泊まるのか。それとも、隣のビジネスホテルに泊まるのか。それは自分で判断してほしいと思います。

なぜなら、もし上司や僕から「三ツ星ホテルに泊まっていい」と言われたら、すごく楽だと思うんですね。すごく楽。でも、僕の承諾を得てしまったら、もしかしたら真剣にアプローチしないかもしれない。

こうした判断をするのは苦しいことだけど、楽しいと思える人もいると、僕は思っています。『自分に当てはまるかもしれない』と感じた人は、僕らと相性がいいかもしれませんね。

ビジネスの酸いも甘いも知る平良氏。落ち着き払った表情の中に時折見せる無邪気な笑顔が印象的だった。本当の楽しさとは、自由と責任のもたらす苦しさを味わい尽くした人だけが、得られるものなのかもしれない。

こちらの記事は2021年01月25日に公開しており、
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フリーライター。1987年生まれ。東京都在住。一橋大学社会学部卒業後、メガバンク、総合PR会社などを経て2019年3月よりフリーランス。関心はビジネス全般、キャリア、ジェンダー、多様性、生きづらさ、サステナビリティなど。

写真

藤田 慎一郎

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