連載エースと呼ばれた20代の正体──若手のノウハウ大全

「信用の少ないベンチャー企業の若い兄ちゃん」という立場を忘れるな──バルクオム最年少マネージャー古川 大樹の“エースたる所以”

登壇者
古川 大樹

新卒で入社した大手グループにて法人営業を担当。自分が好きな製品を扱う仕事をしたいという想いから2017年バルクオムに入社。リテール営業を担当し社内最年少Managerに25歳で就任。ドラッグストアへの配荷は、マツモトキヨシ・ココカラファインへの導入で一気に約1400店舗導入を実現、店舗数も一気に2倍に。現在はSales Division Managerとして、自社ECと海外以外の売上部門を統括。

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会社のなかでひときわ活躍している社員がいる。群を抜いて優秀な社員がいる。そんな“エース”と呼ばれる人間は、いかにしてエースになったのだろうか──。

20代エースの正体に迫る連載企画「突撃エース」の内容を元に、本記事ではそのエースたる所以を考察した。

第7回は、バルクオムでリテール営業を行うSales Division/Division Manager 古川 大樹氏。取扱店舗数の5倍に伸ばす成長に貢献し、最年少マネージャーとしてバルクオムを支える古川氏。彼の仕事術に触れると、我々ベンチャーパーソンがつい忘れてしまいがちなことを、思い出させてくれる。

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最年少マネージャーであっても“お茶汲み”を欠かすな

近年急拡大するメンズスキンケア市場をリードし、2020年には前年比500%取扱店舗数増を達成したバルクオム。その知名度はベンチャー・スタートアップ界隈のみにとどまらず日本のメンズスキンケアを牽引する存在として既に幅広い認知を誇り、あなたや周囲でもその製品に触れたことがある人も多いはず。

その大躍進の切り札とも言えるのが社内最年少でリテール営業部門のマネージャーを務める古川氏。会社も順調に成長し、若くしてマネージャーを務めるエースの姿は、まさに若手ベンチャーパーソンの鑑と言えよう。しかし、取材で際立って伝わってくるのは、そんな古川氏の持つ華々しい実績とは裏腹にどこまでも謙虚な姿勢だった。

なぜそこまで、謙虚でいられるのだろうか。早速その理由を尋ねてみよう。

古川最も大切にしていることは、自分を俯瞰で見ることです。社内で最年少マネージャーであろうと、取引先から見ればただの「バルクオムのセールスの若い兄ちゃん」なんです。少しでも奢った態度をとれば話は聞いてもらえませんし、なによりバルクオムのブランドに傷をつけかねない。とにかく謙虚な姿勢で信頼残高を積み上げ取引先との関係を築き上げることに尽きます。

もちろん社内のコミュニケーションも同様です。フラットな意見交換を通じていい関係性を保つのがマネージャーの仕事。自分より年齢が上のメンバーの方もいらっしゃいますから、立場は関係なく、当たり前のように自分が率先してやるべきことを意識しています。例えば来客時のお茶汲みや、ウォーターサーバーの交換なんかは「我こそは」と率先してしてやっています。

若くして圧倒的な結果を出し社内でスピード昇進を重ねると、自分の優秀さに陶酔しある種“調子に乗ってしまう”ことも無理はない。しかし、古川氏は一貫して謙虚な姿勢を保ち続けているのだ。

何がここまで彼を謙虚にさせるのか。そして、どのようにして最年少マネージャーにまで上り詰めたのか。古川氏の経歴を遡り、彼をエースたらしめるその根源を探しに行こう。

古川大学時代は静岡にいたこともあり、ITベンチャー企業での長期インターンなどは全くやっていませんでした。その代わり打ち込んだのはアパレル店のアルバイトです。

働いているうちに人を前向きにさせる、自分の提案で喜んでもらう、日常生活のふとした楽しみを見出す手助けをするというのがやりがいで、これはバルクオムでのモチベーションとも共通していますね。

その後、静岡の大手グループに入社して法人営業をしていました。それでも自分が好きな商品、人を前向きにできる商品を扱いたいと言う想いはあって、悶々としていた時期に代表取締役CEO野口 卓也のことをTwitterで知って、人として興味を持ったんです。

結果として1年で会社を辞めてかなり見切り発車でバルクオムに入社しました。その当時は将来設計は全く考えず勢い任せだったなと思います。(笑)

人を前向きにできる製品を広めたいというビジョンを持つ古川氏にとって、メンズスキンケアの市場を開拓し、グローバルでNO.1シェアになることをミッションに掲げるバルクオムは絶好の環境だった。直感を信じてバルクオムに飛び込んだのが23歳。そこから古川氏の快進撃が始まる。

入社1年目はヘアサロンの店舗への営業に明け暮れ、靴をすり減らして全国を飛び回った。その結果、2年目で部長代理に昇格。プレイングマネージャーとして、過去最大の成果を挙げた。そして3年目には正式にリテール営業を行うマネージャーに就任。「木村拓哉氏を起用したコマーシャル」という社内でも肝入りの一大プロジェクトのサブマネージャーを任されたのだ。。そして、4年目には前年度比5倍の取扱店舗数の拡大を達成し、今期から自社ECとグローバル以外の全ての営業を統括するSales Divisionのマネージャーに抜擢された。

「仕事の報酬は、さらに大きな仕事」と言わんばかりに、その活躍の裾野を広げていった古川氏。字数の都合上、取材人への配慮の言葉、その細やかな語尾にこめられた丁寧さは割愛するが、変わらず奢った態度を一切見せない。

最年少マネージャーと言う肩書きが彼を謙虚にしているのではない。根っからの謙虚さとバルクオムへのピュアな想いが彼を最年少マネージャーにさせたのだと実感する。

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とにかく、「気持ち悪いこと」をなくす

ここからは古川氏の圧倒的な成果を生み出す仕事術を紐解いていく。はじめに紹介してくれたのは、「徹底的に“気持ち悪いこと”をなくす」であった。

古川1年目は相当苦労しましたね。前職での営業経験も1年弱ですし、全く違う業界だったので未経験に限りなく近かった。とにかくわからないことばかりの日々をサバイブする中で身につけた処世術が、「気持ち悪いことをなくす」です。

「気持ち悪さ」というのは、「何かおかしいかも?」「あれ、なぜだ?」「何となく不思議かもしれない……」といった直感のことを指します。

商談でも、わからない点や違和感に徹底して向き合う。放っておくと後々より大変になりますし、そもそも不明点を残したまま商談に臨んだ結果顧客からの質問に答えられないようではだめですよね。

今、自分の介在価値が発揮できているのかと言うことを常に考えていました。

この習慣は入社当初から今日まで続くもの。その様相はチームメンバーが同氏を「いい意味で細かい」と称するほどの徹底ぶりだという。

この仕事術は、実はバルクオムのカルチャーともシンクロしており、社内においてまさに“カルチャーの体現者”ともいえるのだ。

古川バルクオムには”DEFINE”という行動指針があります。直訳すると「定義する」ですが、我々は「明確にする」といった意味で使っています。

日々のコミュニケーションから始まり、大きなプロジェクトに取り組む際も、とにかく「わからないことが全くない状態」まで知りつくし、細かく詰めていく文化を社内で徹底しています。

バルクオムにはこの”DEFINE”を体現する、知的体力かつ知的好奇心あふれるメンバーが多く、自然とこの思考力が培われました。

マネージャーに昇進して、自分の管轄領域が増えるとこれまで自分が携わっていなかった分野を理解する必要がある。自分のチーム内で起きていることがわからないようではマネージャー失格ですよね。これからもまだまだ”DEFINE”は続きそうです(笑)。

実際に、古川氏は社内で2度”DEFINE”に関する表彰を受けている。社内でも突出した結果を出し続ける秘訣はその知的体力、知的好奇心の高さが所以なのだろう。

バルクオムの非連続的な成長は、組織の隅々まで浸透する“DEFINE”というカルチャーと現場の泥臭い活躍により生まれたものだ。一見スマートなブランドイメージとは対照的にここまで成長してきたことが伺える。そして、それらを現場から牽引してきたのが古川氏と言うわけだ。

ただし、そんな古川氏も決して壁にぶち当たらなかったわけではない。次章では、エースが苦労した一面にも触れていきたい。

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昇格に伴い直面したのは「視野の狭さ」

次は華々しい出世街道に隠れた影の部分、つまり古川氏が直面した“壁”にもあえてスポットライトを当ててみたい。2年目で部長代理に抜擢された古川氏は、代表取締役CEOの野口卓也氏らから、その視野の狭さを指摘されたという。

古川マネージャーは全社への貢献や他部署との調整をより強く意識する必要がありますよね。当時の自分はそれに気づかず、「自分の営業の数字を追いかけるだけではマネージャーとしては失格だ」と上司から指摘を受けました。とはいえ、なかなかすぐに改善することは難しかったですね(笑)。

またある時、代表取締役CEOの野口とバーカウンターで飲んでいる時に言われた一言が衝撃的でした。「マネージャーならここにあるお酒の並び順や位置まで考えなければいけない」それはつまり、ただお酒を作るだけではなく、自分の空間を見渡して細部までこだわる姿勢が大切ということを自分に伝えてくれようとしていたんです。

最初から経営陣やマネージャーの思考をトレースするのはもちろん難しいと思います。なので、少しづつ視野を広げていけば十分で、例えば自分は「同期の〇〇ならどう考えるか?」といった身近なところから始めてみました。

営業のメンバーはどうしても自身のKPIだけを追ってしまいがちだ。しかし、古川氏のように突出した成果を残したいのであれば、取引先への貢献はもちろんのこと、全てのステークホルダーを見渡し細やかな部分まで配慮して打ち手を策定していかなければならない。

古川商談においては、相手のコミュニケーションコストが最小になっている状態が理想です。そのために、事前に自分の提案に対する相手の返答のバリエーションを予測しきって、プランB・プランCを用意しておきます。

失敗できない重要な商談であればもっと多くのパターンを用意します。徹底的にリサーチを行って商談相手に憑依し、施策を詰めていく姿勢が大切だと思っています。

古川氏が取材中披露してくれた仕事術は実に多岐に渡る。それほど“エース”と呼ばれるには何か一芸に秀でているだけでは不十分なのであろう。とはいえ、誰もが初めから全てうまくこなせるわけではない。古川氏のように「まずは身近なところから始めてみる」のはいかがだろうか。

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キャリアの目標は「特になし」?

取材も終盤に差し掛かり、古川氏に今後のキャリアの目標について尋ねると、「特にない」という意外な答えが返ってきた。しかし、一見無気力にも見えるこの回答も、深ぼっていくと彼をエースたらしめるキャリア観に辿り着くことができた。

同氏は自身のキャリアを「川下り型」だと語る。これは川の流れに合わせて下るように、その時々で自分に求められていることを実行するという考え方だ。対義語として用いられるのが「山登り型」で、ゴールを先に策定し、逆算的に自分のキャリアパスを描くという考え方である。

一般的にベンチャースタートアップの経営者などは、この「山登り型」が多い傾向があると感じる。大きな目標、成し遂げたいミッションから逆算し、足元の暗闇を突き進む必要があるからだ。とはいえ「川下り型」にも魅力的な一面は多く存在する。古川氏曰く、それは“柔軟性”だ。

古川「目標がない」というのはやや奇をてらった部分もあるのですが、その時々で一番良い選択肢を選び、チャンスが訪れた時はしっかりと手を上げて確実に掴み取るというのが自分のスタイルです。

自分が最も貢献できそうであったり、チャレンジできそうな機会があれば迷わず手を上げて、今後の自分のキャリアを作って行きたいと考えています。

最年少マネージャーたる所以も、もしかするとこの「川下り方」の考え方が大きく影響を与えているのかもしれない。その時々に応じて、自分が一番組織に貢献できそう、チャレンジしたいと思った仕事に積極的に手を挙げる。もちろん、しっかりと上司には昇格の希望を伝え、勝負所である社内コンペなどには決死の覚悟で挑む。この“自分がやりたいこと”と“会社が必要とすること”をうまく接続させていく力こそ、彼の真価と言えよう。

そんな古川氏の今の目標は「メンバーが自信をもって語れる成果を生み出すことをサポートする」こと。メンバーの圧倒的な活躍を支援できて、初めてマネージャーとしての介在価値が証明される。そんな、どこまでも「今ここに自分がいる意味」を問い続けてきた古川氏らしい回答だ。

こちらの記事は2022年06月09日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。

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