デザインファームだったツクルバが、
Jカーブを駆け上がるスタートアップになるまでの軌跡

インタビュイー
村上 浩輝

1985年東京生まれ。立教大学社会学部(現:経営学部)卒業。不動産ディベロッパーのコスモスイニシアにて事業用不動産のアセットマネジメント事業を経た後、不動産情報サービス企業のネクスト(現LIFULL)にてSaaS型サービスなどの企画開発及びマーケティングに従事。2011年8月に中村真広と共にツクルバを共同創業し、代表取締役CEOに就任、現職。国内先行事例となるコワーキングスペース「co-ba」、ITを活用したリノベ住宅流通プラットフォーム「cowcamo」などを展開、国内著名投資家などから資金調達を実施し急成長を遂げている。共著に「場のデザインを仕事にする」。

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2016年、デザイン誌『AXIS』に、あるスタートアップを特集する見出しが躍った。

「ツクルバが資金調達を受け、デザインファームからIT企業になった理由」

メルカリやアカツキのオフィスデザイン、コワーキングスペース「co-ba」の運営など、空間プロデュース事業を軸に2011年創業した株式会社ツクルバは、2015年からその軸を大きくシフトした。リノベーション住宅の流通プラットフォーム「cowcamo(カウカモ)」を中心に据えた、ウェブサービス事業を基幹とする“スタートアップ・ツクルバ”へと変貌を遂げたのだ。

2015年のEastVenturesや株式会社アカツキからの調達を皮切りに、第三者割当増資で累計10億円弱の資金を調達。社外取締役や監査役も含めて経験豊富な8人の経営メンバーを揃えた。この4年で従業員は12名から160名まで増加。売上は非公開ながら、同社代表取締役CEO村上浩輝氏は「事業は倍々で伸び、Jカーブを駆け上がるフェーズに入った」と語る。

スタートアップに転身したツクルバは、どのように成果をあげてきたのか。その軌跡を追おう。

  • TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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偉大な企業を目指し、手段としてスタートアップを選ぶ

ツクルバはCEO村上浩輝氏と、CCO中村真広氏の共同代表で2011年に創業した。創業期からコワーキングスペースの先駆けとなったco-baを通し、スタートアップコミュニティと近い位置で事業を展開してきた。

空間プロデュース事業を手掛ける中では、メルカリやアカツキといった著名スタートアップのオフィスデザインに携わるなど実績も積み重ねてきた。しかし、事業が安定的に成長してくるほど、創業時に掲げた「目指す姿」に対し、現状の事業成長角度では足りないという意識が強くなっていく。2014年頃のことだ。

村上我々は、創業時から「アップルやソニーのように偉大な会社をつくる」という志のもと事業と向き合ってきました。しかし、当時の空間プロデュース事業だけではこの志を実現するのは難しい。手段としてはまだまだ不足していました。

一方で周囲を見渡すと、スタートアップコミュニティが盛り上がり、資金調達の環境も着実に良好になってきている。元々私自身がIT畑出身でスタートアップとも近かったこともあり、我々も調達して一気にテクノロジーを絡めた事業を立ち上げるべきと考えたんです。

スタートアップ的な成長を志向する──この意識のもと、経営陣は様々な事業案を検討した。村上氏と中村氏はデベロッパー大手の株式会社コスモスイニシアでの同期だった。その後、村上氏は株式会社ネクスト(現・株式会社LIFULL)で不動産ITサービスを経験していたこともあり、「不動産×テクノロジー」領域の事業アイデアは自然と生まれてきた。

当時は国交省が「中古住宅の流通促進・活用に関する研究会」を開き、不動産の利活用を促進させようと準備を進めていた時期。中古不動産がにわかに注目を集め始め、市場のポテンシャルも期待できる。リノベーション住宅の流通プラットフォームというアイデアは、検証余地があった。そこで、2015年1月にカウカモのβ版をリリース。程なくして、彼らの仮説は、確信へと変わる。

村上立ち上げ当初から、ほとんど広告費をかけずとも、ユーザーが自然と伸びていったんです。ほぼ口コミで広まっている実感を得られた。数字を見る中で、これはいけると舵を切りました。

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ファンの熱量を生み出す、顧客体験作り

村上氏が検証した仮説は、カウカモのコアコンピタンスのひとつとなる「ファンの熱量」だった。口コミで紹介したくなる状態を作れたのは、小さいながらもカウカモを通して「他の人にも紹介したい」という熱量が高まる体験を提供できたからだ。

村上カウカモは不動産仲介事業ではありません。熱量のあるファンが集まるコミュニティでありプラットフォームを目指している。ですから、カウカモがファンになる体験を提供できるかが検証したかったんです。

カウカモがユーザーとのコミュニケーションで最も大切にしたのは「暮らしに寄り添う存在」であることだ。購入検討層には暮らしを考える機会を提供し、購入後にも定期的に担当スタッフと顔を合わせられるよう、イベントを開催するなどして共に歩む。事業の中心は、あくまでリノベーション住宅ではあるが、ユーザーの購買だけをゴールとするファネルでは捉えていないのだ。

村上何度もカウカモと接点を持ち続ける中で、ユーザーが暮らしを考え、物件と出会い、住んで幸せになる──その一連の体験すべてをカウカモは提供しています。実際にカウカモを日々見ている人は「家を買うため」という意識がない層も少なくありません。また、家を買った後も、ずっとカウカモを見続けてくれている方もいます。

熱量を高めることを目指してコミュニケーションをとることで、カウカモは順調にファンを増やしていく。2018年には年間利用者数100万人を越え、会員数は非公表だが、数万人規模に拡大しているそうだ。

熱量のあるファンコミュニティは、外部とのコラボレーションにも寄与した。「ブルーボトルコーヒー」との街歩きイベント、「BEAMS」と共同での連載企画、「Spotify」と組んだ音楽写真展といった著名ブランドとのイベントを次々と仕掛けてきた。これらはカウカモのブランディングになると共に、ユーザーの熱量を上げる良い機会にもなる。

ブルーボトルコーヒーと共同で開催した、街歩きイベント

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圧倒的なテクノロジーで、熱量を成長へ変える

では、熱量あるコミュニティをいかに事業的な成果へと変換していくか。その鍵は、カウカモが持つもうひとつのコアコンピタンスである「テクノロジー」がある。カウカモが不動産事業ではなく、ウェブサービスであると言い切れるのもここに起因する。

村上カウカモが急成長できたのは、取引を円滑にする「プラットフォーム」だからです。名著「プラットフォーム革命」から引用するならばカウカモは交換型のプラットフォームといえますが、カウカモ上で行われるマッチングは2種類存在します。

1つはマーケットプレイスとして多様な売り物件と買い主のマッチングという側面ですが、もう1つは住宅エージェントと買い主のマッチングです。後者をわかりやすく言えば、Uberのようなものです。Uberは車を持つ専門知識のない人をタクシードライバーにし、乗りたい人と最適に繋げている。カウカモは専門知識のない接客を得意とする人をプロの不動産仲介にし、買いたい人と繋げているんです。

我々は、熱量あるコミュニティを作るかたわらで、テクノロジーを用いてプラットフォームの開発に尽力していたんです。

このプラットフォーム構想は立ち上げ時から設計されたものだ。ただ、プラットフォームとして機能するには相応のコストと時間がかかる。それを覚悟の上で、村上氏はエンジニア採用に注力、開発体制を強化していった。

村上エンジニアを集め続け、赤字を流しながら、プラットフォーム開発に尽力しました。ここで立ち上げたのが、不動産仲介における顧客情報を一元管理し、営業効率化を図る『cowcamo CRM』です。

cowcamo CRMは、会員情報と顧客情報、閲覧物件、お気に入り登録した物件情報などのユーザーログを統合管理。その上に、内見など対面接客の中でわかる定性情報を入力する。これらを元にアルゴリズムを用いて分析。この積み重ねで、顧客と不動産のマッチング精度や生産性を、テクノロジーを用いて圧倒的に向上させていくことを目的としている。

村上データを元に営業することで、パフォーマンスの上下を感覚ではなくて体系的に理解する。今まで属人的だった営業手法を圧倒的に科学し、最適化していくんです。営業のコアコンピタンスは本来、良いブランド体験の提供のはずです。顧客の体験にフォーカスできるよう、できる部分を自動化させています。

このCRMを軸に、顧客側にはWebマガジンや、チャットサービス、アプリなどを配置。情報収集と共に、顧客ごとの趣向に合わせたコンテンツを用意する。一方、不動産事業者側には、膨大な顧客データに裏打ちされた、商品企画や設計の支援などを行う。いずれも、cowcamo CRM上に蓄積されたデータがアセットとして大きく活躍する。

cowcamo CRMの運用後、ツクルバはエージェントの採用を強化。不動産営業の経験者ではなく、カウカモらしい顧客体験にフォーカスできるメンバーを仲間に入れ、売り上げを伸ばしていった。

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ビジョンを軸に、覚悟を持って組織をドライブさせた

顧客体験とテクノロジー、この2つのコアコンピタンスが大きな成果を導いたカウカモ。だが、この成果を上げる上で外せないのが、事業の躍進に合わせ、いかに組織をスケールできるかだ。

カウカモを立ち上げた2014年時点で、ツクルバは12名のデザイン会社。ほぼデザイナー職で、エンジニアは当初外部パートナーに頼っていた。それがこの4年で10倍以上へと拡大。社員数は160名を超えた。メンバーも、エンジニアはもちろんデザイナーにアーキテクト、不動産エージェントやWebマガジンの編集など多様な職種が集まる。

この組織拡大を支えた採用戦略は、以前に共同代表の中村氏と人事担当の小林氏に取材した。一方、この急拡大に耐えうる組織体制の構築も重要だ。決して苦なく拡大したとは思わないが、いかにこの急拡大を乗り越えてきたのか。村上氏は、その問いに「ビジョン」の重要性を語る。

村上リンクアンドモチベーションが、人を組織に惹きつける要素として4つのPがあると掲げています。理念や目的のPhilosophy、仕事内容や事業内容のProfession、人材や風土のPeople、権利や待遇のPrivilegeです。人を惹きつける会社はこのどれかに強みを持つ。ツクルバのそれは、Philosophyでした。

スタートアップである以上は、我々はこのサービスの成長を通してどのような世界を作るのかというビジョンをしっかりと描き、丁寧に伝え続けていったんです。

確かに、ここ数年ビジョンの重要性は各所で語られている。ただ、単にビジョンがあればいいのか。ビジョンがなければ成功できないのか。その重要性を身をもって理解した起業家だからこそ、ビジョンをどう捉えるのか。そう尋ねると、「非常に重要な問いです」と言葉を続ける。

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村上サービスが伸びるか、人が雇えるかという観点で言えば、ビジョンがなくてもできるでしょう。逆に、ビジョンがあっても失敗することも多い。僕たちの場合、偉大な会社を作りたいという志からスタートしているので、長期的な視点で事業に取り組まなければいけない。その視点ではビジョンが必要だと考えました。

ただ、ビジョンが注目されるからこそ、“ビジョンを作ること”が目的化しかねない状況に、村上氏も警鐘を鳴らす。

村上ちょうど先日『ビジョンで飯が食えるのか?』というnoteを書いたんですが、ビジョンがファッション的になっている企業がいるのも事実です。ビジョンを掲げるにはそれ相応の覚悟と力が必要になる。経営者の器が無ければ、ビジョンは何の意味も持ちません。ビジョンを掲げて人巻き込むなら、経営者はその責任をとる覚悟が求められます。

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拡大し続ける市場で、先行優位性を活かす

ツクルバはこの4年、スタートアップとして成果を積み上げてきた。村上氏が「覚悟はあるのか」と語れるのは、彼自身、その覚悟をせざるを得ない場面に何度となく向き合った自身の経験があるからだろう。

第一創業期からの4年で空間プロデュース事業を成立させ、第二創業期からの4年でカウカモを立ち上げた同社は、次の4年でどのような未来を描くのか。村上氏はまず市場の変化を知って欲しいと、その成長余地を語る。

村上2016年に新築と中古の流通量が戦後初めて逆転し、着実に中古市場は盛り上がりを見せています。国もストック住宅の利活用に向けた政策を進めるなど、年々後押しを進めている。加えて、2025年には都心の物件は過半数が築25年以上になります。すると、もはやリノベーションのマーケットはニッチではなくメジャーな市場へと変化する。我々が今いるのは、圧倒的な成長市場なんです。

この市場でカウカモは2014年から仕込み、ポジションを築いてきた。無論、ビックプレイヤーが参戦する余地はあるが、その中でも先行優位性を活かし、広がる市場で面を取っていく覚悟だ。

村上僕らは先行してユニークな立ち位置を築いてきました。我々のプラットフォームモデルは、買いたい側と売りたい側の双方がどんどん正の回転で増加し、自律的に成長するものです。ネットワーク効果も効き、最初に早く走りきった人が勝てる仕組みになっている。このポジションを早期に築けたことはかなりの強みだと自負しています。

もちろん、様々なプレイヤーが参入してくるでしょう。海外にはCompassというソフトバンクが出資している近しいモデルのプレイヤーもいます。その中でも、先行優位性を最大化すれば勝てる市場ではある。参入障壁も低くない領域なので、リーディングプレイヤーとして着実に面でポジションを取りつつ、市場拡大に寄与していこうと思います。

成長市場、先行優位性、確かなプロダクトに、確かな組織。村上氏が淡々と語る「事実」は同社が積み上げてきた「成果」の可能性を強く示唆する。

ツクルバの経営陣が2017年に出した著書『場のデザインを仕事にする』では、カウカモ以前のツクルバの歴史が記され、カウカモを持って第二創業期を迎えた旨が書かれている。

今回のインタビューは、彼らが第二創業期以降いかにスタートアップになれたかの答え合わせであり、それは数多くの成果を積み重ねてきた歴史でもあった。この4年の躍進を踏まえると、次の4年で彼らはどこまで遠くへたどり着くか。その“次なる答え合わせ”に期待せざるを得ない。

こちらの記事は2019年05月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

写真

藤田 慎一郎

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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