連載スタートアップ採用広報・ブランディング

「余白リクルーティング」がメンバーを呼び込む──ツクルバに学ぶ採用のヒント、その鍵は「さらけ出せる環境」にある

インタビュイー
中村 真広

1984年生まれ。東京工業大学大学院建築学専攻修了。不動産ディベロッパー、ミュージアムデザイン事務所、環境系NPOを経て、2011年、実空間と情報空間を横断した場づくりを実践する、場の発明カンパニー「株式会社ツクルバ」を共同創業。デザイン・ビジネス・テクノロジーを掛け合わせた場のデザインを行っている。昭和女子大学非常勤講師。著書に「場のデザインを仕事にする」(学芸出版社/2017)。

小林 杏子

平成3年生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒。人の暮らしを豊かにする新しいサービスや事業をつくりたいという思いから、ライフスタイルビジネスに力を入れるアパレル企業に新卒で入社。入社1年目より人事として主に新卒採用を担当。よりスピード感のある環境で、新しい組織作りに携わりたいという想いと、展開する事業への共感から、2016年にツクルバにjoin。人事採用リーダー兼広報を担当。

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スタートアップは、成長段階によっていくつかの壁にぶつかる。採用においても同様だ。一本釣りか、地引網か。自社の状況次第で打つべき施策は変わってくる。

今回は、株式会社ツクルバの採用への取り組みを紹介する。ツクルバは、「場の発明を通じて欲しい未来をつくる」というミッションのもと、シェアードワークプレイス「co-ba(コーバ)」やリノベーション住宅特化の流通プラットフォーム「cowcamo(カウカモ)」を運営する。2011年の創業から約7年、ツクルバのメンバーは約130人になった。

立ち上げ当初、コワーキングスペースの現場で「コミュニティが持つ力」を体感し、現在もコミュニティ的なアプローチで新しい組織の在り方を模索している共同代表CCOの中村真広氏と、会社のフロントマンとして採用と広報を一手に担ってきた小林杏子氏に、組織のフェーズごとの採用活動について語ってもらった。

  • TEXT BY MARIE NISHIBU
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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「30の壁」を目前に、専任の採用担当がジョイン

スタートアップは従業員数が増えるにつれ、「30、50、100の壁」にぶつかると言われている。初めに訪れる「30の壁」は、トップの声が一人ひとりに明瞭に届かなくなる状態を指す。次なる「50の壁」では、事業が増えたりオフィスフロアが分かれたりするタイミング。組織を円滑に機能させるためのミドルマネジメント育成が必要になる。

そして「100の壁」では、組織の階層がより複雑になり、日々のオペレーションは現場の責任者に任せ、経営者は経営に集中していくための基盤を固めなければならない。

ツクルバも同様に、いくつかの壁を乗り越えてきた。「30の壁」では、一般的に価値観の言語化が必要だと言われる。スタートアップの初期フェーズでは、創業者と過去に接点のある人が入社することが多い。

だが、30人を越えたタイミングから過去に接点がないメンバーも増えてくる。新たなメンバーにミッション・ビジョン・クレドを共有するために、それを言語化しなければいけない。しかし、ツクルバの場合、早い段階で言語化を済ませていたという。

中村なぜ言語化したのが早かったかというと、共同代表だからです。トップのわたしたちの志をメンバーと共有するためには、互いの脳内を表現する同じ言葉がなければならなかった。そのためには初期の段階からビジョンやミッションの言語化が必要だったんです。

それに、メンバーが15人くらいのときに新規事業として「cowcamo」を始めて、30の壁はすぐにくるだろうなと予想していました。そのときに、あらかじめクレドも決めておいたんです。

ツクルバが創業当初から掲げるミッションは「『場の発明』を通じて欲しい未来をつくる」だ。クレドには、5つの言葉を選んだ。

Fever(仕事に熱狂)、Creation in diversity(多様性からの創造)、 Philosophy and business(哲学とビジネスの両立)、Invention(発明)、Change(変化をやめない)

「30の壁」を目前に控えたタイミングで入社したのが小林氏だ。彼女は採用・広報の担当としてジョインした。前職ではアパレルセレクトショップで新卒採用を担当していた。「ファッションを軸とした表層的なスタイルではなく、より本質的に、今の時代にあった暮らし方や生き方を根っこからリデザインするようなインパクトを持つ事業に関わりたい」そんな想いから、ツクルバへの転職を経験した。

それまでのツクルバの採用は、兼任のメンバーがメインの業務の合間で試行錯誤しつつ、共同代表の2人がSNSなどで募集を投稿するのが精一杯だった。しかし、片手間でできる採用活動にはかぎりがある。SNSでの“ゆる募”から、戦略的に採用活動を機能させていくために小林氏がジョインした形だ。前職とツクルバでの採用活動は全く異なるものだった、と小林氏は当時を振り返る。

小林前職で扱っていたのは、アパレル販売職がほとんどでした。それに対してツクルバは、メンバー30人の時点ですでに在籍しているメンバーの職種が多岐にわたっていました。Webエンジニアや建築家とは、それまで出会ったこともないくらいだったので、採用の手法以前に、どんな仕事をしているのかすら分かりませんでした。

ポジションを理解するためにも、面接を通じてとにかくできるだけ多くの候補者さんにお会いして、どういう観点で職場を選んでいて、どこが採用に響くポイントなのかを、候補者さんたちから学んでいきました。当時は正解も前例もない状態。何が効くかも分からないので、最初の一年は戦略的に「全部やる」ことにしたんです。

やると決めたことを3カ月やりきって、徹底的にやった後に効果を振り返りながら、「やらないこと」を決めていきました。リソースは限られているので、やらないことを決めるのはとても意識していましたね。

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「50の壁」を境に、コミュニケーションを”個”から”群”へ転換

1年かけて、ツクルバに最適な採用施策を見極めていったという小林氏。30~50人の段階では、イベントの開催や人材紹介サービスなど、さまざまな施策にトライしていった。手探り状態ではあったものの、ミッションがコアにありさえすれば、採用基準がブレることはなかった。

小林当時は、1つのポジションにつき1人の採用といった規模だったので、大規模なイベントや求人媒体のように、不特定多数の人にメッセージを発信しても、あまり意味がないと考えていました。職種によって、「仕事に何を求めるか」の傾向は異なるし、「ツクルバで働くメリットは何か」など、訴求できる部分も違うんですよね。

不特定多数に向けたコミュニケーションは諦めて、わたしたちが一緒に働きたいと思える「個」に向けて、直接アプローチをしていきました。その代わり、選考プロセスの中でも一人ひとりと丁寧に向き合うことには手を抜かないと決めました。

この戦略が功を奏したのか、30〜50人のフェーズで採用した人はWantedlyのスカウト機能など、ダイレクトリクルーティング経由の決定が大多数でした。

一方、母集団形成のために実施していた採用イベントは、当初の狙いとはズレたものの、ツクルバへの意向醸成の場として機能し、入社の意思決定をスムーズに行うためには有効だったという。

では、50~100人のフェーズではどうだろう。当時、1年間で組織規模を倍にすることが事業計画上、マストだった。以前のように一人ひとりに個別でアプローチし、じっくりと向き合う「個」の採用をしていては、スピードが追い付かない。そのため、ツクルバはそれまでの一本釣りから手法を変えていった。

小林直近の1年間で採用した正社員55人のうち、およそ20人が営業職でした。同一の職種を数十人採用することになったタイミングで、「個」へのアプローチを「群」へのアプローチに転換する必要性を感じ、対大勢に向けた情報発信をし始めたのがこのタイミングです。

そこでネックとなったのは「不動産営業」というカテゴリと、そのイメージだった。

小林「cowcamo」の営業職は、一般的な“不動産営業”の枠組みに収まりきらないところがあって。職種はたしかに不動産仲介営業ですが、働く当人たちもあまりそう思っていない。“物件”というより、“暮らし”を売る仕事なんです。

本来は有形商材ですが、やっていることは無形に近い。業界の中でも新しいことを仕掛けている分、“不動産営業”という既存のワードで打ち出してしまうと、世間が持つイメージと乖離がある。ミスマッチが起きると考えていました。

不動産仲介営業に代わる、新たな職能を定義する必要を感じた小林氏は、カウカモエージェントの採用特設ページを作成し、「cowcamo」のエージェントとして働く価値を丁寧に伝えていった。人材紹介エージェントにもこのページを紹介し、候補者と共有してもらうことで、それまで出会えなかった候補者層へアプローチができ、選考の中でのミスマッチを減らすことができたという。

対大勢に向けた採用広報は、伝えるべきメッセージが難しい。しかし、100人に到達する前に仕事の魅力自体を言語化し、コンテンツを手間暇かけて作っておいたことが、のちに採用人数が増えたときにも助けになったそうだ。

「カウカモエージェント」の採用特設ページ。関わるメンバーのインタビューコンテンツを制作し、「cowcamo」で働く魅力を発信していった

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候補者との接点は、選考だけではない

「人数の壁」だけが採用の悩みではない。多くのスタートアップがエンジニア採用でも苦戦する。多分に漏れず、ツクルバも同様だった。さらにデザイナーやアーキテクトといったクリエイターの採用も簡単ではなかったという。

中村そもそも世間から見たら、ツクルバは「co-ba」や空間プロデュースをしている会社というイメージが強く、アプリやWebサービスを提供するイメージはありませんでした。そのため、ツクルバでWebエンジニアを募集し始めても、エンジニアにとってどんな仕事があるのかイメージができなかったでしょうし、「Webサイトを作るくらいでしょ?」と思われていたはず。だから、事業の枠組みはもちろん、ツクルバや各事業が持つバリューを丁寧に伝えていく必要があったんです。

その状況を変える転機となったのが、「tsukuruba studios(ツクルバスタジオ)」の設置だ。ツクルバスタジオとは、様々な分野のクリエイターが集結し、カテゴリ横断的にデザインを実験していく場。日々の思考や議論を自分たちで編集・発信する「remark」というWebメディアも立ち上げた。

提供:株式会社ツクルバ

tsukuruba studiosの名のもとに立ち上がった新たな場は、クリエイター採用に良い影響をもたらしているという。実際、この1年間でデザイナーが6人、エンジニアが9人ジョインし、それぞれのチームが3倍に拡大した。

それだけではなく、2017年6月には『場のデザインを仕事にする: 建築×不動産×テクノロジーでつくる未来』という書籍も刊行。イベントに書籍、スタジオといった取り組みは、どれも直接的な採用施策ではなかったものの、ツクルバと社会との接点を増やしていった結果、採用面でのアドバンテージに繋がった。

中村面接を複数回こなしたところで、ツクルバと候補者との接点はせいぜい数時間。でも、書籍やWebメディア、イベントを通して知ってもらうことで、その時間をより深く濃いものにできるのです。

この“接点の多面性”が効果的だったといえる。

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「ありのままでいられる環境」が、自然と新たなメンバーを呼び込んでいる

ツクルバのメンバーは、会社を「コミュニティ」と捉える。トップダウンで従わせるのではなく、異なる個性が集まり、メンバーが相互に作用を与えていく共同体のようなものだ。そして、ビジョンやクレドを共有する強さもあわせ持つ。

ある日の全体集会で、中村氏はメンバー自身がクレドに記載された言葉を使い始めていることに気付く。自分自身でクレドを解釈しながら、プレゼンに取り入れている姿を見て、コミュニティの拡がりを実感したそうだ。

中村「浸透」というのも違う気がするんですよね。クレドを暗唱するように刷り込むのではなくて、それぞれが自分の言葉で「ツクルバらしさ」を表現している。採用の入り口でのビジョンの共感を重視しているから、「欲しい未来は自分たちで作ろう」というメンタリティの人たちが集まってきたんだと思います。トップのメッセージが全てではないという文化は、ツクルバの随所に見られる。例えば、名刺。

裏側にはそれぞれの「BE(在り方・生き様)」を表す肩書を載せているが、小林氏は「BEを言葉にしたくない」と、あえてブランクにしている。

小林天邪鬼なところがあるので、くだらない意地からBEを書かないという部分もありますが、わたしのように決まった方法に従わないレジスタンスが自然に存在しているのも、ある意味でツクルバらしさだと思っていて。コミュニティを定義しきらず、自由に解釈したり、遊べる余白があるところも魅力だと思います。「こうあるべき」を押し付けるのではなく、「こうありたい」を引き出して尊重してくれる。

中村オフタイムにも、メンバーは思い思いの活動をしています。未来は自分たちの手で作るという根源に共鳴してさえいれば、表現は自由でいい。実現のためにツクルバが必要であれば、ツクルバメンバーとして取り組めばいいし、個人でやるのがベターであれば、それを止めることはありません。

メンバーが自発的に実施しているものの一つに、ツクルバのイヤーブックがある。コミュニティ内で有志で作られる広報誌だ。2018年のものは、入社3年未満の若手3人が中心になって制作した。

メンバーの紹介や昨年1年間の中で生まれた新たな取り組みなどを掲載しているが、高いクリエイティビティを持つメンバーが集まっているだけあってハイセンスな冊子となっている。成長速度の早いコミュニティのアーカイブとして参照しやすいだけでなく、リーフレットにすることで、採用候補者への配布ツールとしての機能も持つ。

小林採用の施策をある程度整えた今でも、リファラル採用の比率は比較的高いです。その秘訣はきっと、コミュニティ内で「ありのままの自分でいられるから」じゃないかなと。

普通は友達に働いているところって見られたくないじゃないですか(笑)。でも、ここでは多くの人が全人格的にツクルバにいるんです。二面性がなくて、弱いところも含めて自分をさらけ出せる関係だからこそ、仕事をしている自分とそうでないときの自分がシームレスなんです。だから、リファラル採用も「採用」っていうより、「仲間集め」という感覚。

裏表がなく、良い意味で職場っぽさのない環境が、自然に仲間を呼び込むカルチャーを作り出している。さらに、小林氏は採用担当としてあるべき姿についてこのように語る。

小林採用担当って特に草創期であるほどトップの代弁者だって思われがちですけど、それでは採用担当の価値がないと思うんです。最前線で候補者さんとお会いする以上、全ての言葉に自分のフィルターを通さなきゃ意味がない。経営層とシンクロすることは大事だけれど、主語はいつも「自分」であるべきです。

わたしはアイドルが結構好きなんですけど、採用担当としては、みんなの理想を演じるアイドルより、自分の内なる叫びを等身大で歌にしているパンクバンドのボーカルでいたいなって思ってます。最近知ったんですが、中村はそんなわたしのパンクスピリッツを見抜いて採用しようと決めたそうです。(笑)

採用活動は、布教活動ではない。「あなたにとってのツクルバとは」、それを対候補者、対メンバー、対社会と丁寧にコミュニケーションすることで、一人ひとりの心の中に“ツクルバで働く価値”が見えてくる。コミュニティも採用も定義しきらず、それぞれが解釈する余白を残す寛容さがこの共同体の魅力で、多くの心を掴んでいる理由なのだろう。

こちらの記事は2018年08月07日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

ニシブ マリエ

フリーライター・広報PR。青山学院大学英米文学科を卒業後、大手人材情報会社の営業と広報を経て、2017年に独立。現在は企業の広報支援をしつつ、「価値観のアップデート」をテーマに、HRやスタートアップといったビジネス領域と、ジェンダーや多様性などの社会的イシューを中心に取材・執筆を行う。趣味は海外一人旅と写真と語学。

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藤田 慎一郎

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