INTERVIEW
連載|ユナイテッド株式会社
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01

多様な人・事業の集合体──ユナイテッドが描く未来とは

「日本を代表するインターネット企業になる」をビジョンに掲げるユナイテッド。現在の事業の柱は、アドテクノロジー、コンテンツ、インベストメントの3つ。

加えて、EdTechやバーティカルメディアなど、多様な事業を展開する8社がグループ会社にある。多様な事業・組織で構成される「ユナイテッド流 事業の作り方」とは。

代表の金子陽三氏のインタビューから始まり、過去の出資先企業やグループ会社の代表、社内起業制度を利用して起業したメンバーとの対談など、ユナイテッドの「今」を全5回で紐解く。第1回は、代表金子氏の波乱万丈な半生を聞いた。

  • TEXT BY TOMOMI TAMURA
  • PHOTO BY DAISUKE OKAMURA

インタビュイー

金子 陽三 (かねこ・ようぞう)

ユナイテッド株式会社 代表取締役社長COO

金子 陽三

かねこ・ようぞう

ユナイテッド株式会社 代表取締役社長COO

慶應義塾大学卒業後、リーマン・ブラザーズ、ドレーパー・フィッシャー・ジャーベットソンを経て、アップステアーズを創業。2004年、同社をネットエイジキャピタルパートナーズ (現・ユナイテッド)へ売却。2012年、ユナイテッド代表取締役社長に就任。

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「日本を救いたい」──抱いた使命感

金子慶應義塾大学を卒業後、リーマン・ブラザーズを経て、米国シリコンバレーのVC、ドレーパー・フィッシャー・ジャーベットソンに入社しました。僕は、アジアのヘッドクウォーターがあるシンガポールで、アジア各国のベンチャー企業、たとえば、当時10人規模だった中国の百度(バイドゥ)への投資などに携わっていました。

会社の投資方針は「世界で1番になれるポテンシャルを持つ会社に投資をする」こと。当時、日本人は僕だけだったので、当然、日本の投資案件は僕のところに集まります。しかし、2000年当時の日本のベンチャー企業は、アメリカで成功したビジネスモデルを展開しているケースが多かったのです。それだと、日本国内での成長は見込めても、世界一にはなれない。──残念ながら、1件も投資できませんでした。

しかも、たまに出張で帰国すると、電車で暗い表情をしている大人ばかりが目につきました。世界を変えるようなベンチャー企業が生まれるような気配はほとんどなく、若干25歳の若造でしたが、「このままでは、日本はまずい」と使命感にも似た気持ちを抱くようになったのです。

日本で、世界を変えるような起業家を増やすビジネスはできないだろうか、VCとは違うモデルでベンチャー企業を支援できないだろうか。──VCを辞めて帰国し、起業に至りました。

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インキュベーション・オフィス事業で起業

帰国後は、インキュベーション・オフィスを運営する、アップステアーズという会社を設立。

当然、最初は自己資本。それに、物件を借りる際は保証人も必要なので、いろんなツテを使いました。最初に借りた赤坂のオフィスは順調に入居者が決まったため、「よしビジネスを広げよう」と六本木にもオフィスを借りたのですが、こちらは入居者がなかなか決まらず大変でした。

しばらく赤字が続き、資金繰りが大変な時期もありましたが、それでも軌道に乗ってきたタイミングで、ユナイテッドの前身であるネットエイジの経営者(当時)に会う機会がありました。ちょうどネットエイジも、ベンチャー企業のためにインキュベーションの空間を作りたいと思っていたようなんです。

僕も、このまま個人で事業を続けていても、ユーザーにより良いサービスを提供し続けられるのかを悩んでいたタイミング。そこで、事業を売却して子会社となり、ネットエイジの資本を元に、ユーザーにとって価値のあることをしようと決めました。28歳のときです。

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9割もの従業員をリストラ

売却後は、ネットエイジグループの投資部門と、子会社社長を兼務する形で、ネットエイジに入社。やはり一人でやるよりも、優秀な仲間と働くのは楽しかった。その翌年2006年にネットエイジは上場し、僕は2007年にグループの取締役に就任しました。

しかし、当時の自社事業は赤字でした。保有していた株を何十億と売って、見た目には右肩上がりの売上を作っていたのですが、そこにとどめを刺したのがリーマンショックです。株価は暴落し、投資資産を含み資産はどんどん目減りし、赤字の事業だけが残る状態になってしまいました。

そしてついに、2009年、僕が社長に就任し、黒字に戻すまで組織を縮める判断が下されたのです。

当時の社員は70人。黒字にするためには、約9割にあたる62人に辞めてもらわないといけませんでした。これは、経営者として一番やりたくない仕事ですし、今まで一緒に働いていた仲間に会社の都合で辞めてもらうのは、本当に心が痛かった。どれだけ涙を流したか分かりません。

でも、僕が会社を立て直すことで責任を果たし、いつかみんなに「ネットエイジグループで働いていた」と誇りを持って語ってもらえるよう、誠意を尽くしました。

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どん底を経験したから今がある

僕が会社を立て直すためにしたことは、継続的に成長できる事業を持つこと。つまり、事業会社に変えていくことでした。

グループ会社だったフラクタリストを吸収合併し、モバイル広告事業で立て直しを開始。ガラケーの広告代理事業からスマホのアドテク事業へのビジネスモデルの転換を行い、2012年にスパイアと合併をして、同年末にユナイテッドとして再スタートを切りました。

今だから言えますが、社長就任後、業績が悪く株価が低迷した時期は、電車のホームを歩くのが怖かったし、会社宛に誰が送ったか分からないような着払いの物がたくさん届きました。全社員が見られるアドレス宛に僕を誹謗するメールが届いたことも何度もあります。

それでも、会社を良い状態にする責任があると思っていたし、吸収合併で増える仲間を放っておくわけにもいかなかった。

缶コーヒー1本買うのを悩んだり、電車代を節約するために会社から家まで徒歩で帰ったり。そういう日が続きましたね。振り返れば、25~28歳までの起業時も、32~35歳までの立て直し時も、なんだかとても大変でした。

ただ、その経験を経て、いろんな人の気持ちがわかるようになったと思います。会社がより良くなるためにどうしたらいいのかだけを考え、信頼できる、一緒に未来をつくる仲間を増やせたことは大きな財産です。

ユナイテッドになってから約5年半。今は、会長の早川をはじめとする経営陣や、約400名のグループの仲間たちと一緒に仕事ができているのがすごく楽しい。とてもいいチームだと心から思っています。

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多様な人、多様な事業の集合体=ユナイテッド

ユナイテッドが大切にしているのは、さまざまな事業の集合体であることと、それらが各領域でNo.1になり、「日本を代表するインターネット企業になる」こと。だから、働く人も多様であることが重要だと思っています。多様な一人ひとりがプロとして活躍し、それを支えるカルチャーがある。

世の中に新しい価値を生み続けるために、今あるものをただ受け入れるのではなく、ユナイテッドのバリューの一つでもある「自責自走」できる人が増えるような会社にしたいですね。

そのために作っているのが、自ら手を挙げてチャンスを取りに行く、意思表示をするカルチャーです。新規事業はもちろん、自身の成長も挙手制の育成支援制度「グレードアップ宣言」で実現できるようにしています。

新規事業は生まれやすくするために、チャレンジの数を増やしています。内定者から役職者まで、誰でも参加できる新規事業創出イベント「U-CHALLENGE」や、経営幹部のみが参加して新規事業を考える取り組み「U-PRIDE」、社内起業制度の「U-START」などを作りました。

1度でもビジネスプランを考えたことがある人とない人では大きな差が出ると思うので、希望する人にはどんどん手を挙げてほしい。まだ成長途上ですが、いずれは起業家が次々と生まれるような組織になり、世界で一番になるような事業が生まれたらいいなと思っています。

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「生きる力」を身につけられる組織へ

これからユナイテッドは、日本を代表するインターネット企業になるために、既存事業にとらわれないチャレンジをしていきます。既存のアドテクノロジー事業とコンテンツ事業、投資事業は大きく成長させながらも、第4、第5の事業の柱を増やしていく。そしてそこにチャレンジする人も増やしてきたい。

経験者だから言えますが(笑)、修羅場をくぐり抜けた経験は確実に人を育てます。メンバーに対して、いかにそういう場面をつくれるかが、これからの僕の仕事。

個人としては、一人でも多くの人が、その人の意思と努力で生きていける社会にしたいと思っています。そのために必要なのは、「生きる力」。それはスキルだけでなく、世の中の変化に向き合う力や、自分や周りの人の能力を高め続ける力。

みんなが「生きる力」を身につけ、振り返ったときに「大変だったけど面白かった」と言えるような経験を積んでほしいし、僕はそういう会社をつくろうと思っています。

インタビュイー

金子 陽三 (かねこ・ようぞう)

ユナイテッド株式会社 代表取締役社長COO

金子 陽三

かねこ・ようぞう

ユナイテッド株式会社 代表取締役社長COO

慶應義塾大学卒業後、リーマン・ブラザーズ、ドレーパー・フィッシャー・ジャーベットソンを経て、アップステアーズを創業。2004年、同社をネットエイジキャピタルパートナーズ (現・ユナイテッド)へ売却。2012年、ユナイテッド代表取締役社長に就任。

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執筆

田村 朋美

写真

岡村 大輔

こちらの記事は2018年04月23日に公開しており、記載されている情報が異なる場合がございます。