6兆円の農業市場を変えるビビッドガーデン。
成長の舞台裏と、秋元里奈の事業哲学

インタビュイー
秋元 里奈

神奈川県相模原市の農家に生まれる。慶應義塾大学理工学部を卒業した後、株式会社ディー・エヌ・エーへ入社。webサービスのディレクター、営業チームリーダー、新規事業の立ち上げを経験した後、スマートフォンアプリの宣伝プロデューサーに就任。2016年11月にvivid gardenを創業。

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小売店を介さず、生産者が消費者に直接商品を届けるモデル、D2C(Direct to Consumer)。日本においても、アパレルや食料品をはじめ幅広い分野へと広がりつつある。

ビビッドガーデンが運営する『食べチョク』は、野菜・米・果物・肉・魚介類の中小生産者が自由に出店し、全国の買い手に直接販売を行えるオンライン・マルシェ。生産者に集客と販売プラットフォームを提供することで、D2Cビジネスを支援している。

登録生産者は900を突破し、利用者数も右肩上がりに成長。ディー・エヌ・エー出身の代表取締役社長・秋元里奈氏の農業に対する想いや、トレードマークの『食べチョクTシャツ』を纏う姿が印象に残っている読者もいるかもしれない。

2019年10月、ビビッドガーデンはシリーズAラウンドとなる2億円の資金調達を完了。コミュニティの立ち上げ、農家の収入予測を可能にするセンサリングサービスとの連携といった取り組みに続々と踏み出している。スタートアップの成功例がまだまだ少ない農業領域において、まさに破竹の勢いといえる。

躍進の影には「野菜を集客ツールに据える」「10年先を見据えた事業展開」など、業界を変革しようとする想いとスタートアップとしての成長を両取りする戦略があった。

  • TEXT BY AKIKO NAKAYAMA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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6兆円の巨大マーケットに挑む

農業市場を取り巻くIT化には、いまだにギャップが大きい。農作物のマーケットは約5.8兆円にのぼる一方、食品のEC普及率はわずか2.64%。流通の多くはオフラインによるもので、ECによるポテンシャルは驚くほどに高い。

特に、市場を介さない「市場外流通」の取引額は成長しており、中でも農作物直売所の市場規模は1兆790億円に達しているという。市場外流通のほとんどは、オフラインかつ地産地消だ。秋元氏は、インターネットで都市部と農家をつなぎ、この巨大市場を変革しようとしている。

株式会社ビビッドガーデン 代表取締役社長・秋元里奈氏

秋元地産地消では、生産者が得られる利益に限界があります。地方では、農作物を自分で作れたり、おすそ分けをもらえたりするので、価格競争も激しいんです。でも、都市部には「こだわりの産品であれば、高くても買いたい」と思う消費者が少なくありません。

『食べチョク』をはじめ、食品ECには多くのサービスが存在する。大まかな分類としては、産品を倉庫に集約して梱包や配送までを担う「ネットスーパー型(『Oisix』など)」と、生産者が商品の管理や梱包を手がける「マーケットプレイス型(『食べチョク』『ポケットマルシェ』など)」がある。

ネットスーパー型は、生産者にとって、バイヤーに商品を卸せばビジネスが完結する手軽さと、まとまった量を出荷できる点がメリットだ。反面、消費者との接点を持ちにくい。

一方でマーケットプレイス型は、生産者と消費者がダイレクトに交流するために固定客がつきやすく、感謝の言葉も届きやすい。それはまた、生産者へ質問やクレームが直接届いてしまう煩雑さが生じやすいともいえる。ただ、その「声」は経営に生かせる観点でもある。

秋元顔が見える消費者とつながり、マーケットの声を経営に生かしていく──農業市場に、マーケットインの発想を醸成するきっかけをつくりたいのです。

売り方にも工夫がある。マーケットプレイス型のサービスは、単発購入など売り方を特化したものも少なくない。『食べチョク』では単発購入 / 定期購入 / 予約購入 / 飲食店向けと異なる販売形態を提供することで、生産者は産品に合わせた販売形態を選べ、定常的に高い売上を確保できる。

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資金調達、サービス拡大、事業提携──快進撃の舞台裏

2016年の創業以来、着実に事業を成長させてきたビビッドガーデン。近年はさらにアクセルを踏んでいる。2019年夏からの軌跡を、以下に振り返ってみよう。

『食べチョク』サービスの拡充

肉・魚の取り扱いを開始(7/25
食べチョクのお酒版『酒チョク』開始(9/30
果物の定額購入サービス『食べチョクフルーツセレクト』開始(10/30

アライアンスの拡大

米卸の国内最大手・神明ホールディングスとの資本業務提携(9/5
OYO PASSPORTサービスとの提携(11/14
小田急電鉄と提携、沿線在住者向けのサービスメニューに参画(12/12

新規事業

ワークシェアリングサービス・タイミートラベルとの業務提携(10/3
コミュニティ『食べチョクビレッジ』発足('20 2/19
農業向けIoTキット『Agri Palette(アグリパレット)』と連携、センサリングで農家の収入予測(2/20

青果からスタートした『食べチョク』にとって、取り扱い品目の拡大は念願だった。

秋元肉や魚は、創業当時から扱いたいと思っていました。だからこそ、サービス名も『ベジ◯◯』といった野菜が主体のものではなく、幅を持たせて『食べチョク』にしたんです。

肉や魚の取り扱いはビジネスとしても利点がある。単価と利益率を高めやすいからだ。それにもかかわらず、『食べチョク』が2017年のリリース以来、まずは徹底してオーガニック農産物に注力してきたのは、なぜだろう。

秋元肉や魚のECは「ハレの日」需要がメイン。購入頻度を高めにくい点がネックです。それに、野菜・肉・魚が一緒に並んでいると、メインディッシュに目が寄せられてしまう。すると、単なるお取り寄せサービスで終わってしまうと感じました。

そうしないために、「食べチョク=野菜」という認知を獲得し、一定の購入頻度が見込める状況をつくってから、品目を増やそうと決めていたんです。

その戦略のヒントになったのは、スーパーマーケットの売り場構成だった。店に入ってすぐの場所に野菜コーナーを設けるのは、お買い得品をきっかけに、日常的な来店を促す狙いがあるからだ。『食べチョク』のサービス価値も、こうした日常的な購買体験を創るべく構築してきた。

『食べチョク』のサービスを主軸にしつつ、「販路の提供」以外の形での価値創出にもトライしている。

秋元生産の効率化や顧客体験の改善、生産者の採用も支援していきたい。『食べチョク』にとどまらず、培ったアセットで5年後、10年後の世界においてどう業界にインパクトを与えるか、先を見据えた事業展開を意識しています。

例えば、2020年2月に発表した『Agri Palette(アグリパレット)』との連携は、そのひとつだ。Agri Paletteは、品質・収量・収穫時期のコントロールを可能にする、IoTセンサーシステム。農作物に必須の土壌や空気、日照量のデータを畑から取得し、受信機を通じてデータベースに記録、アプリで可視化する。

このセンサリングシステムのデータと、『食べチョク』における顧客からの評価と栽培データを統合し、あらかじめ評価を想定できるシステムの構築を進めていく。ゆくゆくは、データを参照することで収穫前に収入を予測できる仕組みを実現していくという。

秋元飲食店のユーザーは、先々のメニューを考えて食材を仕入れるので、需要は数ヶ月前から生まれます。でも、来月以降に収穫できるものを把握しきれていない生産者さんは、意外にも少なくありません。

農産物の生育データをもとに、作物が収穫期になったら『食べチョク』で自動的に販売できることを目指しています。

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“想い”と資本主義を天秤にかける

『食べチョク』の競合にあたる産直ECサイトは、国内だけでも数十のプレーヤーが存在している。多数の競合をものともせず、『食べチョク』は順調に利用者数を伸ばし、2019年10月には2億円の資金調達を完了した。なぜ順調な成長を続けられるのだろうか。

秋元農業領域のプレイヤーは「業界を変えたい」という使命感に駆られて活動している方が多い。私もその一人です。一方で、ビジネスの観点は置き去りになりがちです。

スタートアップとして外部資本を入れるのであれば、自分の想いはさることながら、ビジネスを短期的に成長させる義務を負います。存在するか分からないほどの限られた領域ですが、自分の想いと資本主義が重なるエリアを見つけようとすることが大切だと思います。

そのバランス感覚を体現しているのが、『食べチョク』の成り立ちだ。2019年、コミュニティ『食べチョクビレッジ』を立ち上げたが、これはマーケットプレイスを立ち上げる前から温めていたアイデアだったという。

秋元もともと創業前は、生産者と消費者の絆を結べるようなコミュニティを作りたかった。でも、単に「農家とつながれます」と訴求しても、感度の高い人だけが集まるニッチなサービスになってしまう。

周りの若い世代に話を聞いても、「農家さんと会って話すこと」だけを目的にサービスを利用してくれそうな人は、多くありませんでした。

そこで、一般消費者を集めることが先決だと思い、まずはマーケットプレイスを始めました。マーケットプレイスは、生産者と消費者がつながるタッチポイントの一つと捉えています。

「美味しい野菜を買えて、購入の過程で少しずつ生産者のファンになる」サービスを立ち上げることで、自分の想いと、ビジネスとしての成長性を両立したんです。

バランス感覚は、ステークホルダーを巻き込むためのコミュニケーションでも発揮されている。消費者、農家、投資家という、異なるステークホルダーに事業を理解してもらうため、「伝え方」には気を配る。

消費者に対しては、競合との違いや優位性をシンプルに伝える。生産者には、ビビッドガーデンが目指す世界、「なぜこれをやるのか」というビジョンを。投資家には、『食べチョク』の事業価値に重きを置く。

秋元一つのサービスを語るにも、伝えるポイントは三者三様です。『食べチョクコンシェルジュ』という野菜の定期便を例にご説明しますね。

消費者には「オーダーメイドの定期宅配です。好みを伝えるだけで適切な農家さんが見つかります」と伝えます。生産者に対しては「おいしい野菜を作れる人を発掘し、売り方が上手ではない生産者も質で評価されるサービスです」。

投資家に対しては「事業数字にこんな影響があり、将来の企業価値向上にこの面で貢献できます」といった具合で、それぞれの視点に立って説明しています。

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「負けたときほどチャンス」事業家・秋元里奈の流儀

ビビッドガーデンの足跡をたどるほど、秋元氏の事業家としての手腕が伺える。さながら、種をまき、機が熟す時をじっと待ち、果実を逃さず手にするかのようだ。彼女は、いかにして洗練されたノウハウを身につけたのか。その過程は、とてつもなく実直だった。

秋元初めは、ビジネスとしての成長性と、自分のやりたいことが重なる点を見つけられずにいました。当たり前ながら、投資家からも評価されず、厳しい言葉をいただいていましたね。

半年間で80を超える投資家と会ったが、ほぼ全員から出資を断られた。しかし彼女は、この苦境をも、チャンスに変えていった。

秋元とにかく、負けたところから、できるだけ多くのヒントを得ようともがきました。投資を断られると、「次に投資をご相談する時、何が改善されていたら前向きに検討いただけますか?」と徹底的に理由を質問しました。

「農業領域の成功例が少ない」だとか、当たり障りのないことを言われることが多かったですが、「そんなの会う前から分かってるじゃん!」と思ったので、「その理由はウソですよね?」と食い下がっていましたね(笑)。

断られたときほど、チャンスがあると思います。褒められると嬉しいですけれど、痛みを伴わないとビジネスは成長しません。

投資家からの指摘を受け、ビジネスプランや伝え方が不十分だと感じれば、すぐさま練り直した。当初10数ページだったプレゼン資料は、気づけば60ページにまで増えた。プレゼンテーションの場数を踏むために、震える足でピッチコンテストにも立った。

改善を繰り返すうちに、投資家からの反応もガラリと変わり、ポジティブに事業を受け取られるようになったそうだ。

秋元投資家さんだけでなく、先輩経営者や生産者さんにも、とにかく話を聞いていきました。自分自身はそんなに地頭も良くないですし、ゼロから戦略を立てるタイプではありません。

作ったものをとにかく人に見せて、ダメ出しされて、もう一度作ってフィードバックを求めることを何度も繰り返してきました。

というか、とにかく全ての時間から多くの学びを得ていかないと「死ぬ」と思っていましたから(笑)。限られた資金やリソースの中で事業を伸ばしていくためには、フィードバックから学んでいく以外の選択肢はありませんでした。

その際、秋元氏が事業家として大切にしているのは「潰れないこと」だ。

秋元旗を立てた以上、この山を崩すと困る人がいる。だから、常にモチベーションを保てるように心がけています。

辛くなった時は「5年後、私たちが頑張ったらどういう世界になるんだろう?」と、遠くを見るようにしているんです。遠くを指差し続けるのも、CEOとしての務めだと思っています。

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見据えるは3年後の上場。「ゆっくりやっちゃダメ」な理由

創業4年目を迎え、成長を続けるビビッドガーデン。秋元氏は「やっとスタートラインに立った感覚」と語る。

秋元農業業界は、信頼を得るまでに時間がかかります。でも、スタートラインに立った先には、未開拓の地が広がっている。ここからが本番です。

ビビッドガーデンは、3年後の上場を目指している。もちろん、上場はゴールではない。背景にあるのは、日本の一次産業に対する焦りだ。

秋元高齢化とともに、一次産業の担い手はどんどん減っています。サービスを始めた2年間で、10人以上の農家さんが、廃業を理由に『食べチョク』を退会されました。見知った方々が業界を去っていくのは、データで見るよりも強く心が痛みます。ゆっくりやっちゃダメだ、と思っています。

一次産業は、周辺領域のプレイヤー不足も課題のひとつ。上場による業界全体のイメージアップも狙いだ。

秋元私たちのようなtoCビジネスが上場すると、一般にも広く認知が進みます。優秀な方に「農業はビジネスの可能性がある」と思ってもらえることが、業界の活性化につながると考えています。

過去5年間のIPO(新規上場)件数は500以上にのぼるが、うち農業領域のスタートアップは2016年にマザーズ上場した農業総合研究所のみ。ビビッドガーデンは農業ビジネスの成功を体現するためにも、次なるIPO企業を目指して成長を続けていく。

今後の課題は組織づくりだ。今の10人規模の会社を、急激な成長に耐えうる「強い組織」へ育てていくことがミッションだ。

秋元事業がある程度の形を成してきたので、その推進者となる人たちが最大限活躍できるような環境づくりに注力する時です。先輩起業家から話を聞いていても、このタイミングで「起業家から経営者に変われるかどうか」が企業の成長を決定づけるといいます。私自身も、今が転換期ですね。

こちらの記事は2020年04月23日に公開しており、
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執筆

中山 明子

編集者・ライター。東京大学を卒業後、公共セクターで観光行政に従事し、2017年に就活支援サービスを提供する株式会社ワンキャリアに入社。同社オウンドメディアの編集・取材・ライティングのほか、キャリア系インフルエンサー「めいこ(@meiko_career)」として活動。2019年よりメディア支援のスタートアップに勤務しながら、兼業で編集・ライティングに携わる。

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藤田 慎一郎

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小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

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長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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