週末の会社行事はいらない。「従業員 = 顧客」の視点に立つ海外“福利厚生”スタートアップ特集

前編では福利厚生市場の変化と、それを踏まえメンタルヘルス分野でビジネスを展開するスタートアップを紹介した。後編では、福利厚生を通じて従業員の人生計画や生活サポートを直接行う、先進的なスタートアップ事例を紹介したい。

福利厚生は企業側のロジックに沿って提供されることがしばしばあるが、利用するのは従業員だ。この視点から、従業員が顧客であるという基本姿勢に則って事例を説明していく。

  • TEXT BY TAKASHI FUKE
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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従業員のライフプランを支援する、女性特化の福利厚生サービス

不妊治療に必死に取り組むと、多額の費用がかさむ。妊活サポートを企業が負担してあげることで、復職率を向上させる動きが一般化しつつある。

Carrot Fertility(キャロットファティリティ)は2016年にサンフランシスコで創業し、370万ドル(約4.1億円)を調達した、従業員向け妊活サポートサービスを提供する企業だ。

企業は子供を望む女性従業員に対して、医師による妊活アドバイスや卵子凍結、ドナーや代理出産親探し、養子縁組に至るまでさまざまなサポートを提供する。

専門医療になってくると保険適用外となるケースが多いため、多額の医療費がかかる。このリスクを企業が負担することで、従業員の離職率と満足度を圧倒的に高めることが狙いだ。

日本においては、「マイナビ」が発表する調査データによると、女性が不妊治療に関して問題として挙げた要因の1位が精神的ストレスであった。また、2位が高額な金銭コストだ。平均医療費は118万円だが、時には500万円にも及ぶという。

ストレスが溜まれば、仕事のパフォーマンスにも当然影響を及ぼしてくる。金銭ストレスも生活を危ぶませる。この2つの課題を解決できれば、企業にとっては高いROI(費用対効果)を期待できるうえ、社会的な評価も上がるはずだ。

時代の価値観が変わり、多様性を受け入れる社会へとようやく変わりつつあるなか、Carrot Fertilityのようなサービスの需要は増していくに違いない。単なる従業員の勤続率を上げる目的ではなく、人生プランをサポートする姿勢が評価されていくだろう。

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生活を直接支える福利厚生サービス

企業の手配する福利厚生が、必ずしも従業員が求めるものでないかもしれない。たとえば「毎月利用する動画配信サービスなど、ちょっとした生活コストを負担してほしい」というような従業員の需要に対し、企業側の福利厚生に乖離が発生してしまっているケースも多く見受けられると思うのだ

企業の福利厚生としてよく見かけるのは、週末の時間を費やす運動会やバーベキュー大会など。しかし、これが従業員目線であるかというと、必ずしもそうとは言えないだろう。半ばビジネスの一環としてのプログラムを福利厚生として呼んでいるだけで、従業員からしたら「仕事」に変わりはない。

この認識を覆し、従業員を顧客と捉え福利厚生サービスを展開するのがZestful(ゼストフル)だ。2016年にデンバーで創業し、Y Combinatorのプログラムを卒業している。

同社サービスを導入した企業は、各従業員にデビットカードを支給する。各カードには利用上限金額が設定されており、会計担当者がダッシュボードで手軽に管理できる。従業員はNetflixやSpotify、Airbnb、Starbucksに代表される豊富なサービスカタログの中から、好きなものに対しての支払いにカードを利用する。

従業員が満足しないイベントなどに福利厚生の予算を使うのは非効率的。普段の生活で頻繁に使うサービスを分け与える、顧客視点を重視しているのがZestfulの特徴だ。収益は従業員1人当たり5ドルの利用料金から発生する。

Zestfulを評価できる点は“福利厚生版Netflix”としてサービス展開をしていることである。一切の在庫を持つことなく、シンプルに従業員と既存サービスをマッチングさせることだけで収益化を図っている。そのため、5ドルの売上のうち、カード発行料を除いたほぼ100%が毎月の収益となるため、高い利益率が望める。

続いて紹介するスタートアップは、就職後、何年も尾をひく奨学金の返済プラン支援を福利厚生として提供するサービスを運営するGoodly(グッドリー)。Zestfulと同じくY Combinatorのプログラムを卒業している。

米国では奨学金返済の問題が深刻である。ミレニアルズの49%が学生ローンを利用しており、40%が退職後の貯蓄や資産形成が心配だと回答したデータもある。Goodlyのホームページによると、教育機関を卒業した人の70%が学生ローンを利用。平均ローン額は4万ドル(約440万円)で、20%が10万ドル(約1,100万円)を借りるという。

Goodlyを利用する企業は、従業員の学生ローンを共同負担する。従業員の想定就業期間と照らし合わせて、毎月25ドル〜200ドルの範囲で負担する仕組みだ。

一方、日本では「朝日新聞」の記事によると、学生ローン関連で自己破産した人数が、2011〜2016年度までの5年間で約1.5万人いるという。子供が返済額を抱えきれず、両親も共同負担をした結果、親子で自己破産してしまうケースも目立つとのこと。全体の人数が少ないとはいえ、日本でも社会問題となっている学生ローンの問題を福利厚生の観点から解決できれば、従業員の定着率も向上するはずだ。

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「従業員 = 顧客」という視点が大切

企業にとって福利厚生は、従業員の退職率低下、勤続期間を伸ばす施策のひとつである。ここまで紹介したスタートアップも、利用企業の従業員エンゲージ率を向上させる目的でサービス提供をしている。

しかし、単なる「施策」だと考えてしまうと顧客視点が疎かになってしまう。企業の一方的な目線で福利厚生を考えていては、従業員の満足度は上がらない。真に従業員の求める福利厚生を追求するには、「時代性」を見極める必要がある。

前編で紹介したメンタルヘルス福利厚生サービスを提供するスタートアップは、まさに現代の孤独や、SNSが普及した時代で発生する社会問題を背景として登場したサービスである。こうしたサービスは、従業員がどのような状況に置かれて生活を送っているのかを慎重に見極め、提供するサービスの価値を考え抜いたからこそ、評価されている。

たとえば不妊治療に特化した福利厚生サービスは、10年前には受け入れられなかったかもしれない。しかし時代性を考慮すれば、今では社会的にも評価されるサービスとなっている。

日本の企業(特に大企業)は米国と違い、転職する文化があまり根付いていない印象を受ける。実際、「厚生労働省白書」によると、25歳以上の社会人の転職率は概ね5%前後しかない。このようなキャリアプランが前提になっていることこそ、企業視点でしか福利厚生が組まれていない一因なのかもしれない。

しかし人材の流動性が高まったいま、「従業員 = 顧客」という視点が必要となってくるはずだ。

こちらの記事は2018年11月13日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

福家 隆

1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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