連載私がやめた3カ条

「DJを呼べば優秀なエンジニアが集まってきた」そんなベルリン文化に魅せられて──クラフトバンク韓英志の「やめ3」

起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。

今回のゲストは、建設業界に特化した工事受発注プラットフォームを提供しているクラフトバンク株式会社の代表取締役社長、韓英志氏だ。

  • TEXT BY TEPPEI EITO
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韓氏とは?
ベルリンのIT企業から日本の内装工事会社へ

東京大学大学院で建築学を専攻していた彼が、現在建設業界で会社を経営していると聞けば、いかにも簡潔明瞭なキャリアだと思うかもしれない。しかし、実際はかなり迂回したキャリアを送ってきている。

学生時代、自身に建築のセンスがないことを悟った彼は建築の道を断念し、一般企業への就職を決意。しかし同分野への未練があり、住宅事業(現SUUMO)での業務を希望してリクルートに入社した。

そこでSUUMO時代の担当役員だったのが、後にリクルートの社長となる峰岸真澄氏だった。峰岸氏が出世していくたびに連れられていき、ついにグローバル事業立ち上げのメンバーに抜擢されるまでに。HR以外領域の事業開発や投資・買収の責任者として、東南アジアから欧米展開まで、その多くを手掛けることに。

2015年には、韓氏が買収の陣頭指揮を執り、ベルリンに本社を置くVertical SaaSであるQuandoo GmbHを買収し、現地で経営に参画。気がつけば、ドイツで飲食店向けの予約システムをつくっていた。

子供が生まれたことをきっかけに、リクルートを卒業して帰国した彼は、改めて建設業界への思いを募らせ、創業18年の内装工事会社・ユニオンテック株式会社の株式取得とともに経営参画。昨年4月にプラットフォーム事業部門をMBOし、クラフトバンク株式会社を設立。現在同社の社長を務めているというわけだ。

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連続的なキャリアをやめた

同氏に対して人生の転換点を尋ねてみると、真っ先に出てきたのがベルリンでの生活だった。端的に言えば、彼はそこでショックを受けたのだ。

LGBTQフレンドリーな文化、短時間労働が当たり前な働き方、周りの目を気にしないファッションコーディネート……。

ベルリンはテクノクラブのメッカ。当時のオフィスは火力発電所跡だったので、天井が高くて音がよく響いたんです。そういう環境を活かし、しょっちゅうDJパーティーを開いていました。良いDJを招待できれば、社員が友達のエンジニアを連れてきて採用につながるんです。考えられないじゃないですか、日本だと。しかも、これで仕事がうまく回っちゃうんですよね。完全にゲームのルールの異なるところで大きな刺激を受けました。

ベルリンにあった個人主義的な考え方や自由な生き方に感銘を受け、そして自身の凡庸さを思い知らされた彼は、リクルートを辞め、帰国して今後のキャリアについて考えた。

海外でのM&A、PMI、経営執行などを経験し、日本では稀有な存在だった彼のもとには、各社からオファーが殺到した。しかしそのどれもが韓氏には「つまらなく見えた」のだという。どうしても「それならばリクルートで良かったじゃないか」という考えが頭から離れなかった。

ベルリンにいた人たちのように、もっと自由に生き方を決めていいのではないか。そう考えた彼は、一度断念した学生時代の思いを再燃させ、レガシー産業といわれている建設業界の会社であるユニオンテック社の株を借金してまで購入し、経営に参画したのだ。

合理性を考えるならば、過去の経験を生かした連続的なキャリア形成が肯定される。もちろん彼もこれを否定しているわけではない。ただ、自分の"生き様"を定義するようなベルリンの人たちに魅せられた彼は、連続性を無視したキャリア形成に一筋の光を見たのだろう。

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役職をやめた

スタートアップの創業期では、一般的に創業者が先陣を切り、中心となり、事業を推し進めていくことが多い。

同社も2021年4月にプラットフォーム事業部門を分社化し、クラフトバンク株式会社として新たな創業を迎えたばかりだ。しかし、韓氏は業務のほとんどを社員に任せている。

事業をつくり、伸ばしていくというのは韓氏の得意分野にも思えるが、なぜそれをやらないのか。

僕みたいな大企業病の40過ぎたおじさんが、過去の成功体験を引きずって「あーだこーだ」言うより、20代の若い人たちに任せたほうが上手くやるんです。ツールだって僕よりうまく使いこなって選球眼もあるし、時流をウォッチして手を打っていく先見の明だってあります。

「アンラーン」っていう言葉が流行っているけど、本当はアンラーンするだけ労力がかかる。そんなのが必要ない人間のほうが強いわけですよ。自分も毎日死ぬほど情報をキャッチして学んでアンラーンもしているけど、ぶっちゃけ若い連中についていくのがやっと。僕は死ぬほど努力はしますが、この事実は素直に受け止めることから始めないといけないな、と。

このベルリン仕込みのフラットな考え方は、「社長と社員」の関係性だけでなく、「社員同士」の関係性においても影響を与えている。

同社はクラフトバンク創業にあたり、「役職」の設置をやめた。役職があると、自然と承認欲求が生まれてしまう。社内政治が生まれてしまう。業務に関係のない無駄なコミュニケーションが生まれてしまう。

韓氏曰く、「本来、プロジェクトごとに主役は変わるもの」。プロジェクトをコントロールするためにリーダーをつけることは必要だが、会社として役職をつけることはむしろマイナスになるという考えなのだ。

社員数が増えていくと、労務管理等の理由でどうせ役職が必要になってきて、大企業病ぽくなってくるんですよ。今のコンディションがBestでどんどんむしばまれていく。その病気の進行をとにかく遅らせたい。今のうちに振り切って、役職をなくすことのほうが合理的だと感じています。

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DMをやめた

組織というものは、その規模が大きくなってくると、多かれ少なかれ「社内政治」というものが生まれてくる。それは会社とて同じ。

ベルリン文化に魅せられた韓氏は、この社内政治を誰よりも嫌っていた。だからこそ、前述したように「役職」を設けなかったり、自身のワンマンでの経営を避けたりしてきて、自発的な組織づくりを心がけてきた。

そんな同氏はもうひとつ、具体的にやめていることとして、「SlackのDM」を挙げた。社員全員が見られる場所でしかメッセージを送らないようにしているそうだ。

例えば、その日の僕の予定がぎっしり詰まっていたとします。でも、ひとつMTGが長引いてしまうと、ドミノ式で予定がズレていってしまいますよね。こういうとき、関係者全員にDMで連絡してしまうと、誰かが「割を食う」わけです。じゃあ誰が割りを食うかというと、社歴の若い人とかになるわけですよね。「おれのMTGが重要だから優先させてくれ」みたいなことを先輩に言われたら断れないじゃないですか。そういうのが嫌なんですよ。

同氏は、「自分の仕事は、そういう雑音比率を低くすること」とまで語る。ベルリンで見た、フラットで個人主義的な理想の組織。それを日本の文化にどうやって移植するか──。韓氏が考えていることはそういうことなのかもしれない。

こちらの記事は2022年02月25日に公開しており、
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執筆

栄藤 徹平

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