連載私がやめた3カ条

調達直後に市場急変、ピボットをどう進めた?──LITEVIEW・イ ゴヌの「やめ3」

インタビュイー
LEE KUNWOO
  • LITEVIEW株式会社 代表取締役 

東京工業大学大学院修士了。約9年間、Samsung Electronicsなどにて研究開発に参画後、LITEVIEW社を起業。開発業務以外には、海外法人(欧州、日本)で人事やマーケター業務を経験。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。

今回のゲストは、クリエイターがオリジナルWebサイトやコンテンツ配信アプリを制作できるサービス『LITEVIEW(ライトビュー)』を手掛ける、LITEVIEW株式会社の代表取締役、LEE KUNWOO(イ・ゴヌ)氏だ。

  • TEXT BY AYA SAITO
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LEE氏とは──内面もキャリアもボーダレスなアントレプレナー

LEE一番住みやすいと感じたので、ここで起業しようと決めました。けど、日本語はまだまだです(笑)。

サムスン電子でエンジニアとしてのキャリアをスタートし、世界各地を飛び回りながらリサーチャー、マーケティング職も経験した。そんなエリート街道を歩んでいたイ氏だが、距離を全く感じさせない口ぶりで和やかな空気が流れる。言葉からは物腰の柔らかさが垣間見えるのだ。

韓国では、海外で働くことは日本よりもごく自然なことと考えられている。意志を持って挑戦するというよりは、選択肢の1つに入ってくることが当たり前なのだ。日本も終身雇用を前提とした文化から、転職や起業、副業といった多様な働き方が浸透して久しい。だが、韓国では「元来、セカンドキャリアを考えることが30代に差し掛かると当たり前、という文化がある」(LEE氏)ということだ。

LEE氏がサムスン電子時代に来日したのは8年ほど前のこと。横浜で勤務したことがあった。当時LEE氏はリサーチャーだったが、Web広告の伸びしろが韓国やアメリカと比べて大きいことがわかった。

日本以外の国でも勤務経験があったが、英米圏や韓国ではなく日本を次なるフィールドに選んだ決定打は一体何だったのか。

LEEサブカルチャーも好きでしたし、最終的には住みやすさですね(笑)。平和で良い場所です。もともと国内・海外と分ける考えは持っていなくて、フラットに日本が一番仕事をしやすいだろうなと思いましたね。

提供:LITEVIEW株式会社

ロジカルで戦略的な言葉が返ってくることを予想していたが、飾り気のない回答に取材陣も頬が緩む。ビジネスパーソンとして生きる以前に、健やかに生活できる場所を選ぶことは至極真っ当な考えだ。

こうして日本で起業することを決め、東京工業大学大学院に留学しながら準備を進めた。2015年6月に創業して以来、ピボットを経験しながらも、2022年5月に『LITEVIEW』の一般提供を始めてから約半年でユーザー数は1万人を突破Forbes JAPANの2023年1月号にて、200 SUPERSTAR ENTREPRENEURSにも選出された。個人でコンテンツを創造するクリエイターが増加する昨今、勢いはとどまることを知らない。

グローバル企業を退社、ピボット、組織改革と、起業家の宿命ともいえる試練を乗り越えてきたLEE氏。足跡から学んでみよう。

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企業に執着することをやめた

冒頭で紹介した通り、韓国では昨今の日本よりもキャリアチェンジが必然的だ。LEE氏にもそのタイミングはやってきた。

LEE元々起業はしたいと考えていました。でも、サムスン電子は多くのチャンスを与えてくれる会社なので、会社で働き続けることも考えましたね。実際に自分も、学生時代からの約9年間で海外拠点でも仕事をさせてもらえましたし、エンジニアとして入ったにもかかわらず複数のポジションをやらせていただきました。

でも、周りの人を見ていると、「自分はおそらくこのルートでキャリアを築くことになるのだろうな」というように、良くも悪くも自分の先も見えてしまいました。会社での未来と起業した未来を想像すると、後者に掛けてみたかったんです。

上場企業の社長になった友人もいたことが、LEE氏の背中を押した。セカンドキャリアを考えるのが当たり前の文化だからこそ、自然に決断できたのだ。

「悩んだというより、自分もその時が来たのかな、という気持ちでしたね」。やめた意思決定の裏側にある葛藤を掘り下げる企画なのだが、あっけらかんと語るLEE氏。これまでに取材した起業家の多くが迷いを口にしていたイシューではあるものの、LEE氏にとってはさほど大きな葛藤はなかった。

キャリアチェンジやキャリアアップに伴う転職が今やすっかり浸透した日本においても、職業に悩むビジネスパーソンは少なくないはずだ。だが、「決断とはそういうもの」と捉えて身軽に踏み出すことも正解だ。現にLEE氏は、新しいキャリアをスタートさせ、サービスを軌道に乗せているのだから。LEE氏の経験はそんな示唆を私達に与えてくれる。

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楽観的なスタンスをやめた

こうして日本に軸足を移し、起業家としてのキャリアをスタートさせたLEE氏。最初に手掛けた事業はメディアレップと呼ばれるビジネス。韓国で数年前に普及した、テレビ局のオリジナルコンテンツを代理販売するルートを、NetflixやHuluとは異なるかたちで提供するものだった(注:日本で想像されやすいメディアレップ=広告代理業とは、イメージが異なる)。

LEEメディアレップは韓国では既に急成長フェーズは過ぎ、もはやインフラといえるぐらい普及したビジネスでした。ですが、私が横浜に赴任した当時、日本ではほとんどみられないビジネスでした。同じ方法を日本に持ち込めば、きっと伸びるはずだと思ったんです。

自分自身、日本のドラマや映画は好きで、よく見ていましたね。だから、その流通先が増えるビジネスには、伸びしろしか感じませんでした。

アメリカで流行ったビジネスを日本に取り入れる事業創造を「タイムマシン型」と呼ぶように、成功事例のあるモデルを多地域に展開することは、ビジネスの1つの定石といえよう。現に、SaaSですらセールスフォース・ドットコムなど米国を中心に台頭し、今や世界中に普及した。

まだまだ伸びしろのありそうな日本で「メディアレップ」を普及させようと、2017年12月にサービスをリリースした。その予測は大きく外れず、順当に事業は大きくなっていく。独自の技術を駆使し、動画などのコンテンツをユーザーに直販できるものだ。アプリをインストールしたり、サービスに入会したりしなくてもコンテンツを楽しむことができるのである。

戦略通りの順風満帆な滑り出しだったと、誰もが疑わなかった。ところが、暫くしてある転機が訪れる。

LEE市場環境が急変していたことに気づくのが遅れ、あっという間にお客様がいなくなる、という事態に陥ったんです。

当時のメイン顧客だったテレビ局や出版社などのメジャーコンテンツプロバイダーにとって、ネット配信はあくまでニッチなマーケットという認識でした。この前提のもと、事業構想を練り、戦略を立てて突き進んでいました。

ところが、『Netflix』や『Amazon Prime Video』といったWeb上のサブスクリプション型動画配信サービスはじわじわとその裾野を広げており、ネットシフトが日本でも急速に普及。コンテンツプロバイダーの皆さんも危機感を覚え、私たち経由ではなく、自社で本格的にネット配信を始めようとしていたんです。その動きを予想することも察知することもできなかった。突然「もうコンテンツを売ることはできない」といった声をいただくようになり、呆然としました。

市場の変化を薄々わかっていたものの、私は先回りして対応することができませんでした。経営者として至らなかった点だと、今も反省しきりです。

市場の変化をいち早く捉え、変化を恐れないこと──。LEE氏は即座にピボットできなかったという失敗から、大きな教訓を得た。楽観的に構えていては手遅れになることがある。

明察秋毫(めいさつしゅうごう)。どんな小さなことも見逃さない洞察力を持つという意味の、「孟子」の言葉がある。事業に影響を及ぼしそうな兆しを少しでも感じたら、しっかり疑ってかかるべき。楽観視してはいけない。

ところで気になるのは、その後のピボットがうまくいったのかどうか、という点だ。この事態に陥ったのはなんと、数億円のエクイティ調達を実施してから1年も経っていない時期だ。判断ミスにより、事業を実質ゼロから作りなおさなければならないほどのピンチを、氏は「株主とのコミュニケーション」を何よりも円滑に進めてきた蓄積により、乗り越える。

LEE株主に対して、ピボットを決めた背景や今後のことを、丁寧に説明するしかないと腹をくくり、コミュニケーションを取り始めました。すると意外にも、応援してくれる反応のほうがずっと多かったんです。

なぜか、それは、私がきちんと率直に話をする経営者であるということが、それまでのやり取りから伝わっていたからでした。起業家は多くの場合、スピードのある意思決定と行動を優先しがちですから、株主さんたちとの関係構築がなおざりになることも少なくありません。それでも事業が順調なら良いのですが、このようなピンチではなかなか難しい関係性になってしまうかもしれない。

特に古巣のサムスン電子とは、辞めて以来細く長く関係を維持していたのが良かった。他の株主とも率直にお話ができる間柄だったことは、不幸中の幸いでした。

当時の株主にはサムスン電子、電通、LINE、銀行系VCといった大企業が揃う。前職までの経験が大いに活きたのだろう。そう問うと、「学生起業に比べたら起業家としての体力や勢いは劣る」と謙遜も見せた。だが、サムスン時代に様々な立場のビジネスパーソンと関わった経験、そしてLEE氏本来の真摯さが、危機を乗り越えられた所以に違いない。

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数字“だけ”にコミットすることをやめた

ピボットを経て、現在の『LITEVIEW』を構想し始めた。次のビジネスは確実に伸ばせる事業であることが必須。徹底的にニーズや市場の動向を調査した。その丹念な戦略設計が、現在の『LITEVIEW』の広がりから見えてくるようだ。

2023年2月から新たな事業展開も見せる

だが、戦略が緻密であれば良い成果を生み出せるのかと言えば、そう単純ではないから、起業は難しい。事業の面とは別軸で、しっかりまわしていかなければならないものに、「組織」がある。こちらの面の考え方も、ピボットを余儀なくされたピンチの中で180度転換することとなった。

以前は、とにかく早く結果を出す、曖昧さは排除してパーパスや目的に至る過程も徹底的に可視化する──。いわゆる外資系企業というイメージのような組織をつくってきた。しかし、そんな考えを一新した。

LEE起業当初は、とにかく結果主義でした。サムスン時代から、短期で結果を出して成功体験を積み上げることが大事だと考えていたからです。半年から1年ほどの短期目標を立て、それを細分化したKPIを設計するようにしていました。

そんなカルチャーだったからか、先ほどお伝えしたピンチの中で、チームの半数が退社するまでになってしまったんです。上手くいかないことも少なくなかったとはいえ、仲間が去ってしまうことはやはりとてもショックでしたね。

以前は会社組織としてのチームビルディングが全く出来ていませんでした。

とにかく定量的な目標を掲げ、数字にコミットするやり方で事業を推進していた。だが、あまりに厳格な方法であり、社そのものへの愛着は深まらなかったのかもしれない。

現在はそうした考えを思い切って脱却するため、プロジェクトチームを作り、各チームのリーダーがメンバーを牽引する形態に大きく変えた。

LEE自分は会社が好きですし、仕事も好きです。メンバーにも会社に対して愛着を持ってもらうには、まずは自分の仕事を好きになってもらおうと思って。

なので、メンバー個人がコントロールできる範囲ができるだけ大きくなるように、チームをつくっています。

与えられたやり方で早くゴールに辿り着くより、個々人が画策できることを重視しています。そのほうが、私が想像できないような素晴らしいアイデアが出てくることが多くなるはず。

加えて、個人の経験やこれから歩みたいキャリアに即した仕事になっているかどうかは大切です。個人の裁量や意志を重視するチームに変わりました。

組織崩壊を、スタートアップ経営者なら1回は経験したことがあるかもしれない。それくらいに、しばしばあるハードシングスとして語られる機会は多い。もちろん、好きで意図的に組織を壊す経営者はいない。無い方が望ましいことではあるが、失敗して初めて学ぶことは大いにある。イ氏もこのことを何度も強調する。

LEE組織を変えてみると、いろいろなことが新たに見えてきます。たとえば、リーダー気質の人、フォロワーシップが強みの人、そのような理解は重要です。メンバーへの期待や業務分担の仕方が、こうした共通理解のおかげでスムーズに働くようになりました。

「仕事とは、人間と人間の関係性で続くものだと、心から感じるようになりました」。今回のインタビューで最も印象に残っている言葉だ。

世界的なIT企業出身のエリート起業家の素顔は、ステークホルダーやメンバーへの慈愛に満ちた青年である。経営者たるもの、時に冷酷な決断を下さねばならないこともあるが、心には温かな血が流れている人間であり続けられるよう、「組織」にこそ、力を注いでいきたい。記事制作を終えて、そう思わされた。

こちらの記事は2023年02月13日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

齊藤 彩

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