プロダクトだけで差別化できない時代、成長のカギは“事業の座組み”──2期目で2,200社導入のゼロボードに学ぶ「優位性のつくり方」

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渡慶次 道隆

JPMorganにて債券・デリバティブ事業に携わったのち、三井物産に転職。コモディティデリバティブや、エネルギー x ICT関連の事業投資・新規事業の立ち上げに従事。その後、スタートアップ企業に転じ、電力トレーサビリティや環境価値取引のシステム構築などエネルギーソリューション事業を牽引。脱炭素社会へと向かうグローバルトレンドを受け『zeroboard』の開発に着手。2021年9月、同事業のMBOを実施し株式会社ゼロボードとしての事業を開始。2022年9月、経済産業省主管のカーボンフットプリント(CFP)算定・検証等に関する検討会の委員に選出され、国内CFP算定のルール形成に参画。東京大学工学部卒。

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「企業のCO2排出量を可視化するスタートアップ」と聞いて、そのビジネスモデルに興味を強く持つ人がどれだけいるだろうか?日本国内ではやはりまだ、それほど多くないはず。この事業が将来、どれだけ大きなインパクトを及ぼす存在になるのか、ほとんどの人にとって、想像しにくいのが実態だろう。

だがその事業戦略は、起業家・事業家の諸君にとって間違いなく必読の、非常に洗練されたものとなっている。シリーズAラウンドですでに企業価値が100億円を超えているともみられるその大きな事業ポテンシャルを、この記事では解き明かしたい(そして読者諸君の事業に、大いに参考にしてもらいたい)。

渡慶次道隆氏が、ハードテックスタートアップ在籍時に生み出した「zeroboard事業」を、2021年にMBOするかたちで誕生したのが今のゼロボードだ。すでに日本を代表する大企業をはじめとする100社以上とパートナーシップを締結。国内での導入企業は2,200社を超えており、その勢いには目を見張るものがある。しかも海外進出もすでに始めているのだ。

もちろん、「気候変動」というグローバルイシューが対象となっている点から、TAMの大きさは間違いないし、ヨーロッパを中心に市場の過熱もまさに始まっているところだ。だが、それだけでスタートアップが日本の大企業に対して次々と導入実績を積み上げられるかといえば、そんなに単純な話ではないはずだ。

ビジネスの新たなルールとなりつつある「サステナビリティ」や「脱炭素」についての市場における“からくり”と、それをうまく活用した急成長の背景。余すことなく語ってもらおう。

  • TEXT BY HANAKO IKEDA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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脱炭素への無関心=二流企業へ?
時代が求めたCO2排出量の可視化プラットフォーム

この記事では、2023年2月15日に発表したシリーズ24.4億円の大型資金調達の裏側について、「これでもか」というくらいに長く深く、聞いていく。まず前提としてこの調達だけでも、目を見張るような実績となっている。額の大きさはさることながら、リード投資家はタイミーへの巨額投資で話題を集めた香港と日本に拠点を置く機関投資家Keyrock Capital Management。そして、ほかにも著名VCや著名企業のCVCからの投資を得ることとなっている。そしてさらに資金を得るべく3rdクローズに向けても活動しているというからもはや恐ろしい。

ゼロボードの調達発表資料から引用。著名な企業やVCが並ぶ

とは言っても多くの読者にとって、「企業による環境問題への取り組みの支援」と聞いても馴染みがないだろう。時流に乗っていることくらいはわかっても、それがどのような仕組みで使われ、伸びていくのか、想像するのは難しいはず。

そんな感覚を一蹴するほどの勢いで伸び始めているゼロボードの事業。まずは、時代背景・社会背景から確認していこう。

多くの人が思い浮かべるのは、「一部の大手企業などがCSR活動の一環として取り組むもの──例えば寄付や、植林活動など」かもしれない。

しかし、そんな「ブランドイメージ向上のためのアクション」という認識は時代遅れと言える。昨今、環境問題への取り組みは“CSR活動”から、“重要な企業戦略”に変化しつつある。誤解を恐れずに言えば、もはや環境問題に取り組まなければ、二流企業の烙印が押されるような時代なのだ。

渡慶次脱炭素に本気で取り組まないと、企業価値が大きく目減りする、そんな時代がもうすぐそこに来ているんです。

この数年で、脱炭素の取り組みは、“社会貢献”から“重要な企業戦略“”に変化しつつあります。「やるとプラスになる」というより、「企業戦略の中に脱炭素の文脈が入っていないと、株式市場でも評価されなくなってきている」んです。

特にヨーロッパでは、脱炭素にきちんと取り組んでいる企業から、ものやサービスを買おう、そんな動きが高まってきている。今後はカーボンプライシングの一つとして、炭素排出量が多い企業は負担が大きくなるような税制も導入されるでしょう。

脱炭素は社会貢献やブランドイメージ構築のためではなく、「企業として成長を続けていくために、絶対に取り組まなければならないもの」に変化を遂げたのです。

もちろん、CO2を削減するにはまず「今自分たちがどれだけ排出しているのか」を把握する必要があります。一方で、削減目標を立てる前に、「そもそも排出量の算定ができていない」という企業がとても多いんです。

そんなことを2年ほど前に強く感じた私は、国内で最も早く、企業活動全体のGHG排出量を算定できるクラウドサービスの開発・提供を始めました。CO2はもちろん、メタンガスなども含めた「温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)」の排出量が可視化できるプラットフォームです。

SDGsという言葉が一般大衆にも広く浸透し、大企業を中心にSDGsに対する取り組みがウェブサイト上に公開されるようになった、というのも今や昔の話。

2023年にはいよいよ全ての上場企業の有価証券報告書に「サステナビリティに関する企業の取組み」の積極的な開示が期待される状況だ。企業は今「自社がどれだけ温室効果ガスを排出しているのか」という現状把握に躍起になっている。

だが、「可視化」といっても、どうやってやるのか?そこにどのような意味があるのか?どのような価値を感じて大企業はこのクラウドサービスを導入するのか?と、疑問はまだまだいくらでも出てくる。

渡慶次「可視化」と言っても、確かにものすごく難しいことです。「GHGプロトコル」と呼ばれる温室効果ガス排出量を算定・報告するための国際基準があるのですが、その基準では原材料の生産や流通、製品をつくるのに使った電力などのエネルギーをつくる過程で発生した温室効果ガス……つまりは取引先のCO2排出量まですべて、算定・報告の対象になります。

つまり、自社のCO2排出量を算定するためには、“取引先からデータを提供してもらう必要”が出てくるんです。そもそも取引先企業がデータをすでに持っていること自体が稀です。やり取りも非常に煩雑なものとなる、膨大な手間がかかりますよね。

ゼロボード会社説明資料から引用

渡慶次そこで、取引企業同士が『zeroboard』を導入していれば、各社において算定が進み、かつ、データがクラウド上で連携され、個別にデータのやり取りを行わなくてもGHG排出量を可視化することができるようにしているんです。

これは、データを集める手間が減らせるというだけじゃないんです。可視化を進めた先には、「削減」に取り組まなければなりません。そのとき、CO2排出量が少ない取引先を選ぶことができるようにもなるのです。

zeroboard』導入企業が増えると、その各拠点やグループ企業、そして取引先においても導入が進むというネットワーク効果があります。また、国内だけでなく海外の関連法人でも同様に導入が広がるよう、言語対応をはじめとしたローカライズ開発を行っていきます。

そうして導入と開発が進めば進むほど、スイッチングコストは大きく、かつ導入効果や利便性は高まるため、利用し続ける理由が大きくなっていく。

これが我々の大きな強みの一つです。

時代背景・社会背景を、先駆けて的確に捉え、プロダクトのかたちを洗練させてきた渡慶次氏。「可視化」だけでなく、そのさきの「削減」まで当然のように視野に入れているからこそ、エコシステムの形成まですでに見通したネットワークを創出し始められているわけなのだ。

ヨーロッパに端を発する脱炭素のモメンタム。ゼロボードは日本が脱炭素を推し進める強力なサポーターに、いや、中心的な存在になりそうな期待を、ここまでだけでも十分に抱かせる。だがそもそも、日本企業が今まで脱炭素に本格的に取り組めてこなかった理由は何なのだろうか?

取材陣が不躾にも疑問をぶつけてみると、その点は事実として認めつつ、意外にも「日本企業は脱炭素の分野では全く欧米に負けていない」と渡慶次氏は言い切った。その訳とは一体。

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「脱炭素、欧米諸国が先進国」は大誤解!
実は知らない、日本企業のポテンシャル

これからようやくCO2排出量の可視化に取り組もうというフェーズの日本企業が、脱炭素の分野で欧米に負けていないとはどういうことか?取材班の疑問に対して、渡慶次氏は歴史をさかのぼって説明してくれた。

渡慶次そもそも日本企業は省エネや自社単体の温室効果ガス算定排出量の報告において世界をリードする存在でした。

というのも、1970年代のオイルショック以降、日本企業ではエネルギー価格の高騰に対する危機感が非常に高くなりました。石油からガスまで、ほぼ全てのエネルギーを輸入に頼っていたからです。

特に製造業ではその危機感が強く、省エネや生産過程での無駄をなくすための技術をこの50年ほどでずっと磨いてきた。製品1個当たりの環境負荷は、欧州の企業と比べても相当小さくなっています。

しかし、欧州が主導しているサステナビリティを軸としたルールづくりは、サプライチェーン全体の排出量の開示を求めていたり、特定分野の商品に対する規制が急速に進んでいたりと、多くの日本企業がやや後手にまわっている状況です。

脱炭素がトレンドになる数十年も前から、日本企業は真剣に省エネに取り組んできた。その日本が遅れて見えるようなルールをつくる、欧州の狙いとは何なのだろうか?

渡慶次20世紀は日本をはじめとするアジアの製造業が世界で躍進し、21世紀になるとGAFAMを筆頭に、アメリカの巨大ITプラットフォーマーが世界を席巻しましたよね。そんな中、欧州の企業といえば、なかなか自分たちの強みを見いだせずにいました。

そこで彼らが考えたのは、「サステナビリティを企業の評価基準にしていく」ということ。そのために、欧州企業が圧倒的に強く見えるようなサステナビリティ情報開示のルールをつくっていきました。

このルールメイキングの流れに、日本はなかなか入っていけていない。欧州が自分たちに有利なルールをつくったことで、結果的に日本企業の対応が遅れているように見えてしまっているという側面もあると思います。

ただ、日本企業は決まったルールに対応していくことは得意ですし、技術力だってある。日本企業の持っているサステナビリティに対するポテンシャルや取り組みを、世の中やマーケットにしっかり訴求していくための仕組みをつくっていきたいと考えています。

これらを象徴するのが、トヨタ自動車であろう。2021年、EUは欧州の自動車メーカー保護も意図して、トヨタが得意とするハイブリット車の販売禁止を宣言。同時にEV車の販売・拡大を推し進めた。日本国内では、“トヨタ潰し”のための強引なルールメイキングだという批判も巻き起こった。しかし当のトヨタはその年末、新作発表会にて突如16種もの新型EVを発表し、世界の度肝を抜いたのだ。

一度ルールさえ理解してしまえば、そこから追いつくだけの技術力という武器を日本企業は有している。これが「脱炭素」の文脈でも日本が十分戦っていくことができる根拠だと渡慶次氏は主張する。

渡慶次日本企業はすでに省エネに十分取り組んでいるので、これ以上進めるのは大変とも言われます。しかし、大手企業にもまだ伸びしろは十分にありますし、とりわけ中小企業や非上場企業では、省エネ対策をまだまだやり切れていないところが非常に多いんです。

そこで『zeroboard』によってサプライチェーン全体のCO2排出量データを繋いで、どこに改善余地があるのか洗い出し、ピンポイントで脱炭素のソリューションを入れていく。そうすれば、最も費用対効果の高いCO2削減ができます。『zeroboard』を多くの企業に使っていただくことで、日本企業が持つ大きなポテンシャルを最大限、かつ迅速に発揮することができると考えています。

世界的な環境問題に対する意識の高まり、そして欧州発で創出された「脱炭素」という不可逆のモメンタム。その追い風を受けてか、ゼロボードは既に国内の多くの企業にとってなくてはならない存在になりつつある。それもわずか1年余りという時間軸で、だ。

しかし、これをただ単に「時流が味方した」という言葉で片付けることはできない。競合ひしめく領域において、同社が唯一無二の立ち位置を築き上げることができた所以について、次章よりいよいよ掘り下げていこう。

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サービス開始から1年で2,200社の導入実績。
その躍進を支えた「パートナー戦略」「中立性」という二本の矢

サービス開始からわずか1年余りで、かつ営業担当10人未満で2,200社を超える導入実績を持つゼロボード。そんな同社は、なんと「一切アウトバウンド営業は行っていない」というのだ。なぜ、ここまでの速度で事業を拡大できているのだろうか。その秘密は「パートナー戦略」と「中立性」だという。

まずは同社の最大の特徴でもあるパートナー戦略について見ていこう。

渡慶次現在世界的な機運の高まりを受けて、日本国内でも多くの企業が脱炭素の文脈でビジネスを始めようとしています。どのようなビジネスであれ、とっかかりとなるのが「CO2排出量の可視化」というワケです。

例えば金融機関であれば、投融資ポートフォリオのCO2削減が求められることから、CO2削減に取り組んでいる企業を優遇するローンを提供したいと考えています。そのためには、融資先のCO2排出量が見えている必要がありますよね。

また、商社は「CO2排出量が少ない原料や部品」を探してきてそれを必要としているメーカーに提案することが今後重要になってきます。ですので、サプライチェーン全体のCO2排出量を可視化したいと考えています。

このように、自分たちの取引先に対して『zeroboard』を勧めるインセンティブを持っている企業とパートナーアライアンスを結び、一緒に『zeroboard』を広めていく。このような「パートナー戦略」を持ってして、短期間でここまで導入社数を伸ばすことができました。

このパートナー戦略によりゼロボードは、短期間のうちに、加速度的とも言えるスピードで導入社数を拡大してきた。

一方の「中立性」は、中長期的な事業開発力という観点で同社の強みとなっている。

渡慶次もう一つ重要なのが、我々は「完全に中立的な立場の独立したプラットフォーマーである」ということ。「CO2排出量の算定」ができるプロダクトは『zeroboard』以外にも存在していますが、そういった企業のほとんどは自社で「CO2排出量の削減」のソリューションを提供しています。一社で提供できるソリューションの数には限界がありますので、導入企業にとって最適な選択肢を提示できないこともあるでしょう。

一方、我々はデータプラットフォームの提供に徹しており、その先のソリューションの部分は数多くのパートナー企業と連携しながら進めています。つまり、『zeroboard』の導入企業は、自社にとって一番相応しいソリューションを中立な立場から提案してもらうことができるんです。

特定のサービスや商品を勧めるためのプロダクトではない、言い方を変えると“色が付いていない”からこそどのような企業とも平等にパートナーアライアンスを組むことが可能となるのです。プラットフォーマーを目指す上で、中立的な立場をとってエコシステムをつくっていくことは、最も重要な要素の一つです。

「CO2排出量の可視化」へのインセンティブが高い企業とパートナーアライアンスを組むことで、効率的かつ加速度的に導入企業社数を拡大。また、“あえて”CO2削減のソリューションを自社で持たず、プラットフォーマーとしての独立性を担保することにより、導入企業や、パートナーから選ばれやすい構造をつくり出す。

この秀逸な戦略があってこそ、わずか一年余り、かつ営業10人未満で2,200社を超える導入実績が実現され、かつその伸びしろも大きいのである。

また、これらの構造から生み出されるもう一つの利点、それがFastGrow読者には馴染みの深いPLG(Product-Led Growth)が実現されるということだ。

渡慶次例えば先ほどもお伝えしたように、「サプライチェーン全体のCO2排出量を可視化するため、サプライヤーに『zeroboard』を使ってもらいたい」というメーカーの一社に導入が実現したとします。すると、そのサプライチェーンの中の数多くの企業にも一気に『zeroboard』の導入が進んでいく。

いわゆるProduct-Led Growthを実現するためのデータ連携機能を、創業初期段階からプロダクトに盛り込んでいることも、ゼロボードのユニークな点だと言えるでしょう。

そうして可視化したデータは、ため込むのではなくどんどん開示していくことが重要です。すると、自治体から補助金を受けたり、金融機関から脱炭素に関連した金利優遇を受けたり、消費者に対し環境に配慮した企業であるというブランディングができたり、といったわかりやすい経済的メリットに繋がります。

すでにメリットを享受しているような取引先から紹介されて、導入を検討しない理由はそうそうないでしょう。

「公にしてしまって大丈夫なのか?」「模倣されてしまうのではないか?」そんな疑問が浮かび上がるほどの洗練されたビジネスモデル。業種・業界問わず日々多くの企業へ取材を重ねる取材陣からも、期せずしてうなり声が上がる。

しかし、同社を完全に模倣できたプロダクト・サービスは、国内はおろか世界を見渡してもいまだ存在していない。なぜゼロボードは唯一無二であり続けられるのだろうか。

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「プロダクトそれ自体には優位性は存在しない」
それでもゼロボードの模倣が不可能な理由とは

「データ連携によって、サプライチェーン全体のCO2排出量を可視化する」ソフトウェアを、中立性はしっかりと担保しつつ、幅広いパートナー戦略により拡販していく。このゼロボードの戦略に、競合、または新規参入事業者が“つけ込むスキ”はないのだろうか?

渡慶次zeroboard』というプロダクトは、導入する企業が増え、データ連携する企業が増えていくほどユーザー企業にとってもメリットが大きくなっていく。つまりネットワーク効果が働く構造です。

言うまでもなく一度サプライチェーン全体に導入されてしまえば、リプレイスされにくい。関わる人員が多く、しかも今後はIRにも関わりますから、スイッチングコストが非常に大きいんです。このモデルにおいては、どこよりも早く始めること自体が大きな競合優位性となります。

その文脈において、我々は国内でどこよりも早く「CO2排出量を可視化する」クラウドサービスをリリースしたんです。また、当初から提携を目論んでいたパートナーとはほぼ全て協業を開始しており、他社が付け入るスキはありません。

ネットワーク効果が作用し、かつスイッチングコストが大きいプロダクト。そんな魅力的な領域において、なぜゼロボードは“一番乗り”することができたのだろうか。その所以をまずは『zeroboard』のリリースタイミングから探りたい。

渡慶次2022年4月に東証プライム市場でCO2排出量を含む気候変動関連財務情報の開示義務付けが発表され、多くの企業が対応のために一気に動き始めました。

zeroboard』をローンチしたのはその直前の2021年ですから、まさに絶好のタイミングでサービスを開始した形になります。当時はサプライチェーン全体でデータ連携してCO2排出量を可視化するサービスが『zeroboard』の他になかったので、多くの企業が必要とするものを唯一提供できていたという意味で大きくリードすることができたんです。

もちろん『zeroboard』がリリースされる以前から、たとえばコンサルティングファームによるCO2排出量の可視化プロジェクトは行われていました。ただ、労働集約型では一気に需要が増えた時に対応しきれない。CO2排出量の可視化を仕組みとして提供できるプロダクト型のクラウドサービスが求められたのは、必然とも言えます。

同時に、我々は早期から商社や金融など各業界のトップ企業とパートナーになることで、パートナーを経由してユーザー企業をどんどん獲得している。ある意味、ゼロボードがつくり出したCO2排出量算定の基準が、日本においてはデファクトスタンダードとなっています。

前章で述べた事業戦略は言わずもがな、リリースタイミングまでもが、あまりにも洗練されている。なぜ世間の大多数が気づく前にこのビジネスモデルを築きあげることができたのか。先ほども挙げたこの問いの答えの核心にいよいよ迫っていきたい。

エコシステムの完成形を誰よりも早く夢想し、逆算によってチームを組成した渡慶次氏の未来を読む慧眼がここにある。

渡慶次創業よりも前、さらに言えばこのプロダクトの開発に取り掛かる前からこのエコシステムをつくろうとしていたから、と言えますね。

我々のもう一つの大きな強みとして、脱炭素領域における専門性の高さが挙げられます。LCA(Life Cycle Assesment)の専門家や大手企業でサステナビリティの開示業務経験がある方など、まさにCO2排出量算定のエキスパート達による支援が可能なチームを創業初期から計画しつくり上げてきたんです。

専門チームをいち早く揃え、海外企業や政府の動き、先進企業のサステナビリティ開示の例を分析することによって、どのようなCO2削減ソリューションが必要なのか、どのようなサステナビリティ開示で、どのような経営戦略が求められていくのか。これらの情報をいち早くキャッチアップし、即座にサービスに反映することで時流を掴むことができたといえます。

中長期的なエコシステム形成を見越して、逆算的に高い専門性持つチームを組成、いち早くトレンドを掌握し、スピーディなプロダクト開発と強固なビジネスモデルを武器に“先行者利益”を勝ち取る。まさに熟練の棋士のような駒運びである。

そんな同社だからこそ競合ひしめくマーケットにおいて、常に冷静に自社の“競合優位性”を磨き続けている。

渡慶次実は『zeroboard』というプロダクトの機能自体に競合優位性があるかと言われれば、そうでもありません。ソフトウェアだけに関して言えば、模倣されるのはもはや仕方のないことですからね。

ただ、競合との差分は製品単体だけで決まるものではない。『zeroboard』はSaaSプロダクトではありますが、加えて、パートナー戦略と高い専門性、「中立な立場でデータプラットフォームを目指す」というスタンス、これらがすべて揃っていることこそが競合優位性に繋がるんです。

プロダクトそれ自体に、優位性は存在しない──。

各社が毎日のように新プロダクトをリリース、それに追随するように似たようなプロダクトが次々と世に生み出される。このような時代で、プロダクトカンパニーを標榜するにはもはや“プロダクトに強みがある”だけでは不十分なのであろう。

ゼロボードのように、いち早くビジネスモデルを成立させる慧眼、そしてそれを実現しうる人材と組織力を併せ持つ企業こそ、次世代のSaaS企業のモデルケースとなるのではなかろうか。

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日本を代表する大企業をパートナーに、創業2期目ですでに海外展開も

絶好のタイミングで事業をスタートし、緻密なパートナー戦略で一気にシェアを拡大中のゼロボード。順調すぎるとも言える同社が次に狙いを定めるのが海外進出である。

渡慶次パートナーである長瀬産業や住友商事など総合商社5社と一緒に、アジアでの事業展開を進めています(プレスリリースはこちら)。2022年にはタイでトライアルをスタートし、それ以外にも長瀬産業とベトナムのスタートアップの協業による物流のGHG排出量削減の取り組みにも参加しています。

一般的にはスタートアップが単独で海外展開することは難しいと言われています。なので、既に現地で大きなビジネスを展開し、強固なネットワークを有している商社とタッグを組むことで、一足飛びに顧客獲得とトライアル運用を実現しました。

この春からは、『zeroboard』海外版の本格的な拡販も開始していきます。

ここでもパートナー戦略の妙味が遺憾なく発揮されている。設立からわずか1年あまりのスタートアップが、これだけのスピード感を持って大手企業とタッグを組みながら海外進出を果たす事例はそう多くない。

しかしもちろん、海外を見据えながらも、日本国内での足場固めにも余念がない。

渡慶次ゼロボードとして、日本でのルールメイキングに参加しているという点も非常に重要です。

例えば昨年から経産省がカーボンフットプリントの算定ルール化事業を進めています。私は委員としてこの会議に参加していますし、ゼロボード社としても関連する経産省・環境省の実証事業を受託しています(プレスリリースはこちら)。

他にも経産省とJETROが共催するイベントに登壇するなど、しっかりと政府を味方につけることで、国の支援を受けながら海外展開を進めることができるんです。

戦略や立ち回りの鮮やかさも、まさに目を見張るものがある。ここまでが、秀逸な事業戦略・事業構想についての、現時点におけるレポートだ。もちろんまだまだ発展途上。これからどのように進化していくのか、楽しみで仕方がない。

ここからは、やや今更な感じもするだろうがせっかくの機会なので、これだけの事業をこのスピード感でつくれる渡慶次氏という起業家が、一体どのような経験を経て生まれたのかについても見ていこう。

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日本一のFounder Market Fit ──。
そのキャリアの全てが『zeroboard』で繋がる

パートナー戦略、中立的なプラットフォーマーというポジショニング、先行者利益の獲得と専門性の高さ。洗練されたビジネスモデルであるが故に、これらの構造的な要因がゼロボードのMoatを築き上げたと解釈されることは致し方ない。

しかし、忘れてはいけないのはFounder Market Fitの観点である。なぜなら、ゼロボードが扱う事業領域は「脱炭素の専門性」、「深い金融知識」、「IT事業への理解」これら三つのバックグラウンドなくして決して辿り着くことができないものであるからだ。

同社に投資するDNX Venturesの倉林氏に「日本一のFounder Market Fit」と言わしめたその所以を紐解いていこう。

渡慶次建築家になることを夢に、難波和彦氏や安藤忠雄氏が在籍した東大工学部の建築学科に進んだのですが、建築士になるハードルの高さや、部活動との両立の難しさに直面し、建築学科への進学初日で建築士になることを諦めました(笑)。

そんな中偶然出会ったのが熱環境。つまり空調など建築に係る熱環境の研究で、今のゼロボードの事業領域とも重なる領域だったんです。

偶然にも大学在学時に熱環境への理解を深めていた渡慶次氏。しかしまだこの頃は将来この領域で起業するとは微塵も思っていなかっただろう。

そんな同氏がファーストキャリアとして選んだのがJ.P.モルガンの日本法人。厳しい環境に苦戦しながらも、証券アナリスト(CMA)や米国証券アナリスト(CFA)の資格を取得し、金融ビジネスの解像度を高めていく。

しかし、3年目を迎えた2008年9月15日、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの経営破綻に端を発したリーマンショックの訪れにより、同氏のキャリアは大きな転換点を迎えることとなる。

渡慶次リーマンショックの際は外資系企業に勤めていた多くのビジネスパーソンが一夜にしてレイオフされました。そして、私もそのうちの1人です(笑)。

しかしまだ私は年齢的に若かったこともあり、「金融の経験がある若手が欲しい」という誘いを三井物産からいただいたんです。三井物産では金融事業部で3年過ごした後、異動したのが現在のICT事業本部。そこでは電力・エネルギーとITを組み合わせた領域で、事業投資や新規事業開発に関わることになります。

そう、世界規模の金融危機において不幸中の幸いか、はたまた何かに導かれるかのごとく、エネルギー・電力×IT事業開発という稀有な事業創出現場に飛び込むこととなったのだ。

渡慶次ICT事業本部で過ごした6年間は、新しいサービス・プラットフォームについてひたすら考え続けた期間でしたね。SaaSのビジネスモデルに出会い、いろいろと考えを巡らせるようになったのもこの頃です。

ただ、超がつくほどの大企業にあって、ICT事業本部は予算が潤沢にある部門ではありませんでした。なので、限られた資金と人的資源を使ってビジネスの座組みをどうつくるかという知見と経験が、ここで身に着いたとも言えます。

それから、思い切って転職したハードテックスタートアップでは、エネルギー関連の事業部を立ち上げました。はじめのうちはコンサルティングや受託開発がメインだったのですが、コロナで依頼が落ち着き、じっくり本を読んだり考えたりする時間ができたのが大きな転機になりました。

ICT事業本部よりもさらにリソースの少ないスタートアップでありながら、大きな構想を描き、さまざまなビジネスモデルを検討する日々となった渡慶次氏。そしていよいよ、ゼロボードの前身となる事業に辿り着く。

渡慶次自分の知見がある領域で、社会課題の解決になるようなビジネスができないだろうか?と考えた時、最初に考案した事業モデルが「環境価値取引(※)のプラットフォーム」だったんです。

ただ、実際に企業にニーズをヒアリングしてみると、環境価値取引を行う前に、そもそも企業が「自分たちのCO2排出量を把握できていない」という課題があるのだとわかりました。

また、金融業界の経験から、金融市場ではCO2排出量の開示圧力が日に日に高まってきていることも肌で感じていました。

「企業間のデータ連携によって、CO2排出量の算定・可視化ができるプラットフォーム」をつくろう、これが今のプロダクトで勝負することを決めた理由です。

※環境価値取引:環境保全や改善によって生じる社会的な利益を、環境を悪化させることによって得られる利益と対比し、金銭によって取引すること

学生時代の環境・空調の研究、金融機関で身に着けたビジネス・金融の知見、総合商社で取り組んだエネルギー・電力×IT事業開発の経験。渡慶次氏がこれまでに辿ったキャリア全てが重なり合い、“一本の線”として生み出された事業こそがゼロボードなのだ。

渡慶次ゆくゆくは、元々やりたかったCO2排出量可視化の先の環境価値取引まで『zeroboard』上で完結できるようにしていきたいですね。

もちろん、“この線”はまだまだ未来へ続き、さまざまな分岐も生まれていくのだろう。

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ビジネスパーソンが挑戦したい全てが詰まっている。
ゼロボードの稀有な環境

「日本一のFounder Market Fit」が大きな推進力を生み出し、急成長しているスタートアップ、ゼロボード。2期目にして業務委託なども含めた従業員数はすでに100人を超え、組織の成長も著しい。そんなゼロボードがまさに今、さらにものすごいペースで採用を拡大している。そこで最後に、同社で働く魅力とはどういったものなのかを聞いてみよう。

渡慶次ゼロボードはまだまだ黎明期です。ビジネスが全く完成されていない中で、活躍できるフィールドは大いに残されています。しかも「脱炭素」という世界におけるメガトレンドの中で、今後もこの領域は間違いなく広がっていく。急激に伸びる市場で、企業としての成長フェーズを楽しめることは確かです。我々のビジネスモデルには、ビジネスパーソンが一度は挑戦したいと思うことが全て詰まっています。

まず、気候変動というグローバルな社会課題に対して、自分たちが直接貢献できるというやりがい。人類全体で向き合うべき課題に最先端で関われるのは、大きな魅力だと感じます。

事業の観点だと、ゼロボードが他のBtoB SaaSと大きく違うのは、先行するプロダクトがない点です。既存のソリューションをどうリプレイスしていくかに頭を悩まされることがないのは非常に大きい。同時に、海外から輸入したものでもなく完全にオリジナルで開発している点も重要です。CO2排出量の可視化ツールとしては、世界でも一番新しいことをやっているという自負があります。

もちろん0から新しいものを生み出す難しさはありますが、オリジナルのソフトウェアを自分たちでつくれるのは本当に面白いことです。

さらりと言ってのけるが、クライアント企業のなかに「脱炭素」の知見がほとんど存在しないケースがほとんどである。その難度はほかのSaaSと比べても段違いに高く思える。だが、だからこそワクワクを感じているのが渡慶次氏という起業家であり、そして同様に楽しめるメンバーが揃っている。

渡慶次先ほど海外展開にも触れましたが、スタートアップで実際に海外展開ができるようなプロダクトは多くありません。今は海外拠点を立ち上げ、各拠点を大きくしていくスタートラインに立ったところ。本気で海外でのビジネスに挑戦したい人にとっては最高のタイミングなので、ぜひチャレンジしてほしいと思います。

もう一つポイントなのは、パートナーもクライアントも、日本を代表する大企業であること。サステナビリティ担当役員など、日本のサステナビリティを動かしている人たちと1対1で相対することができ、むしろ我々が彼らのサステナビリティ戦略を指南する位置にも立てる。つまり、自分たちのサービスが、日本や世界の脱炭素におけるスタンダードになっていく過程に携わることができるということです。

日本はもちろん世界を見渡しても、パートナー戦略と中立的なデータプラットフォームというスタンスをとっている企業は他にありません。だからこそ、自分たちで国や大企業を巻き込み、ルールメイキングしていかなければならない。

新しいルールをつくっていくのは非常にチャレンジングであり、他では経験できない面白さがありますね。

社会課題への挑戦というやりがい、そしてビジネスとしての圧倒的ポテンシャル。まさに、ビジネスパーソンが憧れるものが全て揃った環境のようだ。そんなゼロボードで活躍する人は、一体どのようなバックグラウンドを持つのだろう?

渡慶次これもよく聞かれる質問なのですが、「多種多様なチームになっている」が私の答えです。必ずしもBtoB SaaSや、サステナビリティ関連の経験がなくてもいい。例えば、CSの部署には元地方公務員が2人もいます。自治体の窓口で丁寧な対応をしてきた経験は、CSにぴったりなんですよ。

スタートアップが創業から1年で一気に100人以上まで組織が大きくなることは中々ありません。社員のみなさんのポテンシャルを最大限発揮してもらうための仕組みづくりは、事業と組織の拡大スピードに追いつくように一生懸命整備しています。本気で世界を目指していくスタートアップでの組織設計や、人事制度にもチャレンジできる環境があると考えています。

ありとあらゆる職種で、色々なバックグラウンドを持つ人が働いています。『zeroboard』というプロダクトが好きで、世の中に広げていきたい」という思いが一番大事なので、ぜひたくさんの方に興味を持ってもらえると嬉しいですね。

MBOの際に一緒に独立したメンバーのほかにビズリーチやLayerXといったスタートアップ、あるいは大手コンサル会社、メーカー、総合商社、メガバンク、自治体の出身など、多様なメンバーにより構成されている。

脱炭素はいよいよ大きなビジネスチャンスとなり、新たな市場がすでに形成されつつある。ゼロボードは、間違いなくその市場で先頭を走り続ける企業だ。この会社でこれからどのような経験ができるのか、想像せずにはいられないだろう。

脱炭素というメガトレンドの波をどこまで高く昇って、いや、むしろ引き上げていくのか、今後も目が離せない。

こちらの記事は2023年02月24日に公開しており、
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執筆

池田 華子

写真

藤田 慎一郎

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