神戸市がスタートアップ支援を続ける理由──500 Startupsと都内でデモデイを開催

神戸市と500 Startupsによるアクセラレーションプログラム「500 KOBE ACCELERATOR」、第3期のデモデイが東京・御茶ノ水で12月10日に開催された。500 KOBE ACCELERATORとは500 Startupsが神戸市と手を組み、国内外のスタートアップの支援を行うもの。このプログラムでは6週間、500 Startupsのグローバルチームや各専門分野のメンターからアドバイスやレクチャーを受ける。参加したチームは、起業家としての思考や具体的な手法を学び、自らのビジネスプランを練り上げた。その集大成として神戸に引き続き、東京でもデモデイが開催された。本記事ではデモデイで発表した各社や、神戸市がスタートアップ支援に力を入れる理由を紹介する。

  • TEXT BY MANA WILSON
  • EDIT BY TOMOAKI SHOJI
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237チームが応募し、通過したのは20チーム

ここからは、500 KOBE ACCELERATORで選ばれたサービスを紹介する。

237チームの応募の中から通過したのは20チーム。当日は日本だけでなく中国や南アフリカからも参加した18チームがピッチを行った。以下、全20チームの事業を要約する。

Web2ship

EC事業者が、自社にとって最適な海外への配送サービスを検索、比較できるサービス。送る商品や送付先によって個別に検討しなければならなかった配送方法を、シンプルに効率化することが可能。2007年に創業し、現在は1,000ユーザー以上が登録しているという。

Visual Design Cafe

ゲーム開発者のために3Dコンテンツとデベロッパーツールを作成するサービス。3Dモデルのライブラリを提供することで、開発スピードとゲームの品質を高められるという。

Lizuna(Beacon)

オンライン詐欺の検出、防止を行う『Beacon』を提供。基礎知識だけでは検出が困難なECの不正注文を、住所や注文履歴などの顧客データから自動検知するという。

Tokyo Techies

企業や個人に個別のトレーニングや研究開発コンサルティングサービスを提供。データサイエンスやAI、サイバーセキュリティ、ロボティクス、コンピューターサイエンス、ソフトウェア開発など専門的な分野のトレーニングとなっているのが特徴だ。エンドユーザーから子ども向けのプログラムまで多種多様のコースを開催しているという。

T-ICU

ICU(集中治療室)が設置されている病院向けに、専門医による高度な医療アドバイスを行う。ビデオ会議システムの活用により、遠隔で24時間365日対応する。集中治療医を雇うよりも安く、専門医による現場のサポートを可能にすることで、医療レベルの地域間格差の是正や、より多くの重症患者の診断に貢献するとしている。

職人さんドットコム

建設や建築の現場で仕事をする職人向けに特化した求人情報を提供。職人、建設資材や工具メーカー、それらを販売するプロショップの三者をつなぐ。メーカーとプロショップからの登録料で運営され、職人は無料でサービスを使える。また、ドリルや測定器などの高額な工具の盗難防止に「工具防犯登録システム」を提供している。

Sagri

農業支援ソフトウェアを提供し、農作物の収穫量の増加、労働時間の短縮を可能にする。従来は経験に則っていた農業を、地上データと衛星データの両面に農学的な観点でアプローチすることで、畑の状況を可視化するという。

ピスケス

ARグラスと3Dカメラを活用して、リモートワーカーと一緒に働きやすくなるバーチャルオフィスを開発。「地球上のどこにいても、同じオフィスで隣に座って仕事をしているような状況」を作り出すという。今までは実現しづらかった気軽な会話や、表情を読み取る必要のある人事面談なども行える。

Pegara

効率的な機械学習を手助けするサービス『GPU EATER』を提供。「ワンクリック起動」など、UI/UXにおいて操作性とわかりやすさを追求する。低価格を売りにしており、独自のソフトウェアを用いることで、他社より最大8割引きでの提供を実現したという。

OKKO(Honey Magazine)

無料で恋愛ストーリーが楽しめる女性向けゲームアプリ。世界で1,000万人以上に親しまれたロマンスゲームを一つのアプリに集約し、ミレニアル世代向けに提供する。雑誌のような連載スタイルを採用し、新しいストーリーやスピンオフストーリーを掲載するという。

NOBORDER(TeamFinder)

チャットボットと独自のアルゴリズムを利用した、企業と個人のマッチングプラットフォーム『TeamFinder』を開発。チャット形式の手軽なインターフェースと質問群によって、ユーザーの経験や価値観を理解し、案件情報とのマッチングへつなげるという。

Jenio Inc.(Kiara)

100以上の言語翻訳データが組み込まれたテレビ会議ツール『Kiara』を提供。従来のツールとの違いは、話している言葉をその場で翻訳し、画面上に字幕で表示する点だ。異なる言語を話す者同士のコミュニケーションを促し、円滑に会議を進められるという。

forent(ExCamp)

全国のキャンピング施設を簡単に検索、予約ができるキャンパー向けマーケットプレイス。地名や地図、「テントのありなし」や「ペット同行」などの条件からキャンプ地を探すことができる。一般的なキャンプ場だけでなく、普段使われていない私有地をキャンプ場として貸し出す「プライベートサイト」とのマッチングも行っている。

ELXR

「アジア初」を謳う、DNA情報を元にしたトレーニングシステムを提供。DNAテストキットを使用し、遺伝子情報に基づいた身体の特徴や傾向などを把握。連携するアプリを導入することで、オフラインとオンラインの両面から、効率的なトレーニングをサポートするという。

Doot

訪日観光客と地元住民のマッチングサービスを提供。観光客は地元住民に1,500円を支払うことで、その土地ならではの食事や会話を気軽に体験できる。地元住民にとっても、収入と英語を勉強する機会を同時に得られるとしている。

Clarity

働き方に特化したアンケートと相性診断を用いて、企業と就職したい人をマッチングする採用プラットフォーム。主に結婚や育児、介護でキャリア形成の難しい女性向けで、短時間勤務やリモートワークなど企業内の制度や風土の透明化に特化しているという。

Buyandship

越境ECを提供する事業者に、ロジスティック統合プラットフォームを提供。どこの国で買い物が行われたとしても、まとめて配送してくれるので送料を抑えることができるという。

Bonyu

独自の母乳検査と問診により、母親の授乳に対するストレスを軽減し、子どもの健康をサポートするサービス。岐阜大学と提携して、母乳の栄養状態を分析。その結果をもとに、オススメの食材や不足しがちな栄養素をフィードバックする。母親であり薬学博士でもある起業家が、自らの経験から母乳育児をアカデミックにサポートするという。

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なぜ神戸市がスタートアップ支援に注力するのか

500 KOBE ACCELERATORが特徴的なのは、参加の対象を神戸市に拠点を置くスタートアップに限定していないことだ。参加企業のうち、最も多いのは東京を拠点にしているが、南アフリカやシンガポールなど海外からの参加も目立つ。

神戸市新産業創造担当課長の多名部重則氏は、その理由について次のように語る。

多名部神戸市にはスタートアップの母数は少ないが、挑戦できる環境があることを伝えたかった。米国シリコンバレーでは、世界中から優秀な人材が集まり、起業してチャンスをつかみ、それぞれのフィールドで活躍していくというエコシステムが形成されている。

プログラムを始めたころは、市役所内で『他の地域の企業を呼び込んでも、神戸市には何も残らないのではないか』という指摘もあった。しかし、イノベーションの種となる新しいアイデアが生まれる地域にしないと、既存の産業だけでは経済成長が難しい。このプログラムを通して長期的に神戸市と関わってくれるという希望も込めて、説得をした。

アクセラレーションプログラムのメンター陣 提供:神戸市

神戸市がスタートアップ支援に本腰を入れたのは、2015年4月のことだった。人口減少が進む国内において、どのように神戸市を経済振興させていくかを見据えたときに、「Airbnb」や「Uber」といったスタートアップの登場が見逃せない動きだと考えた。同年6月、市長の久元喜造氏がシリコンバレーを視察した際、500 Startupsのオフィスを訪ねた。

当時、日本でのアクセラレーションプログラム開催に関心を持っていた500 Startupsと、スタートアップ支援を市長の肝いりプロジェクトとして始動させた神戸市が出会い、500 KOBE ACCELERATORの誕生につながったという。この偶然の出会いは、神戸市にとって周囲に本気度を示す良い機会となった。

多名部第1回(2016年)のときは、500 Startupsと電話会議を毎週して、砂漠にピラミッドを作るようにアクセラレーションプログラムを設計した。ほとんどの言葉が私たちにとって馴染みがなかったので、苦労したことを覚えている。市役所内で説明するときは、スタートアップを『ITを活用した成長型起業家』、500 Startupsのことは『シリコンバレーで3本の指に入るVC』など、誰でも分かるような形で翻訳して説明していた(笑)

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スタートアップと市職員が協働して行政課題を解決

今年度で3期目となった500 KOBE ACCELERATOR。これまでに計60社近くの企業が参加し、神戸市内においてさまざまな成果が生まれ始めているという。IT企業である株式会社モノビットやACALL(アコール)株式会社が神戸に本社を置いただけでなく、2018年3月にはChatwork株式会社が発起人となり、神戸市北区の谷上に起業家を集める「谷上プロジェクト」が生まれ、注目を浴びた。

Webサイト制作やマーケティング支援を行うメンバーズ株式会社も2018年10月、人材確保や地域経済への貢献を目的に「ウェブガーデン神戸」と呼ぶ拠点を開設している。また、2018年度から始まった「Urban Innovation KOBE」で生まれた成果も面白い。Urban Innovation KOBEは、神戸市の行政における課題を、スタートアップと市職員が協働して解決する取り組みだ。

約4カ月、ITを活用した課題解決法を共同で開発し、実証実験を経て実用化を目指す。前述したACALLが開発した行政窓口をスムーズに案内するアプリは、東灘区役所での実証実験を経て、2019年度から神戸市に9つある全ての区役所での導入する方向で検討されているという。

2018年度下半期のプログラムでは、手動で行われている行政処理の自動化や、災害時の多言語ツールなど、7つの課題にスタートアップと市職員が向き合っている。

多名部数年後は、500 KOBE ACCELERATORの卒業生が新たなスタートアップをサポートする側になり、エコシステムが生まれるのが理想。新しい取り組みとしては、エンジェル投資家と駆け出しの起業家をつなぐような場を作れたらと思っている。

ここまで、500 KOBE ACCELERATORを中心に、神戸市が進めるスタートアップ支援について紹介した。上記以外にも「起業家育成のための若手IT人材ルワンダ派遣事業」や、「シリコンバレー派遣交流プログラム」など、積極的にスタートアップ支援に取り組んでいる。これから神戸で、どのようなスタートアップや起業家が生まれてくるのか楽しみだ。

こちらの記事は2019年02月15日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

ウィルソン 麻菜

1990年東京都生まれ。製造業や野菜販売の仕事を経て「物の向こうにいる人を伝えたい」という思いからライターに。職人や作り手に会いに行くのが好きで取材・発信をしています。エシカル、食べること、民族衣装が好きです。

編集

庄司 智昭

ライター・編集者。東京にこだわらない働き方を支援するシビレと、編集デザインファームのinquireに所属。2015年アイティメディアに入社し、2年間製造業関連のWebメディアで編集記者を務めた。ローカルやテクノロジー関連の取材に関心があります。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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