連載Amazonに対抗する「Walmart経済圏」を解剖する

Amazonに対抗する「Walmart経済圏」を解剖する(後編)──次世代店舗戦略からVR教育まで

米国大手小売チェーンWalmart Inc.(ウォルマート)がEC市場参入の手を緩めない。実店舗を軸にしたEC事業展開を進める同社は、EC事業から実店舗市場への参入を果たそうとするAmazonとの衝突は避けられないだろう。

前編では、WalmartのEC事業成長の理由が配達網の拡大にあることに触れ、配達網事業の提携事例や戦略を紹介しつつ、在庫や物流オペレーションの効率化についても言及した。後編では、店舗業態の進化、従業員教育分野およびEC事業本体について紹介していき、Walmart経済圏をより解き明かしていきたい。

  • TEXT BY TAKASHI FUKE
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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「スキャン・アンド・ゴー」による店舗体験の向上

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Walmartが注力する購買体験が、“スキャン・アンド・ゴー”だ。モバイルアプリを使って購入商品のバーコードをスキャンし、退店時に顧客毎に割り振られたQRコードをかざして決済を完了させる仕組みである。無人店舗の代表格「Amazon Go」に見られるような、AI搭載カメラによる顧客の行動トラッキングを通じた“ウォークアウト”とは異なる。

現在は、Walmart傘下の会員制店舗チェーンSam’s Clusがテキサス州ダラスで運営する「Sam’s Club Now(サムズ・クラブ・ナウ)」に導入されている。2018年10月末にサービスの立ち上げが公式発表された。

同店舗に来店すると、過去の購入履歴をAIが学習し、最適なショッピングリストをスマホ上で自動的に提案してくれる。その他にも、Bluetoothの信号でスマホと情報を受発信する「ビーコン端末」とモバイルアプリが連動することで、最短時間での買い物ルートを指示するスマートショッピング機能、商品をかざすと仕入れルートなどの関連情報がカメラ越しに表示されるAR機能を実現させている。

商品スキャンを切り口に、より効率的かつインタラクティブな購買体験ができる次世代型店舗というわけだ。公式ウェブサイトの情報によると、スキャン・アンド・ゴーを体験した90%以上の来店客が、再来店時にも利用するという。実験店舗であるSam’s Club Nowで実績を作れば、Walmartの店舗にも同様の購買導線を持ち込む可能性は十分に考えられる。

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業務のロボット化に備え、VRを活用した従業員教育を進める

Brain Corporation

前編で紹介した店頭在庫を管理するロボット「Bossa Nova Robotics」の導入が功を奏し、従業員が管理する業務も軽減されるようになった。加えて、Walmartは店頭業務もロボットによる自動化を目指している。

2017年からSoftbankも投資する清掃向けAIロボットを開発するBrain Corporation(ブレイン・コーポレーション)と提携し、掃除業務の自動化が進められている。自動運転向けセンサー「LiDAR(ライダー)」を搭載する同清掃ロボットは、障害物を探知して自動で回避する。また、機械学習機能を持つ演算処理チップ「AIチップ」が搭載されており、従業員の清掃作業を学習し続け、効率的な清掃を自動実行してくれる。広大な店舗フロアを持つWalmartだからこそ、営業中でも顧客の邪魔にならないように清掃オペレーションの効率を最大化できる。

こうして空いた人的リソースは、接客体験の向上や、導入したロボットの管理に充てる想定だ。そこで登場するのがVR教育である。

STRIVR

Walmartは、マネージャーおよびアソシエイト人材を育てる拠点として、教育機関「Walmart Academy(ウォルマート・アカデミー)」を開設している。2018年9月にはVRヘッドセット「Oculus Go(オキュラス・ゴー)」を約1.7万台購入し、全米200拠点のWalmart Academyへ導入した。また、VRを使った従業員教育プラットフォームSTRIVR(ストライバー)との提携も発表している

この狙いは、現場で起きたトラブルにも、エンジニアを待たずに従業員が対応しやすくするためだ。VR上で「どのような現場で、どういった故障が起きたのか」をシミュレーションし、エンジニア経験のない従業員に、最低限の修理を仮想体験してもらうという。

スキャン・アンド・ゴーの店舗が増えれば、顧客対応ではなく各種機材トラブルへの対応力が必要になる。Walmartは他にも、店舗案内アシスタントとして特定顧客の上空を飛行しながら商品棚へ案内するドローン技術の特許を申請し、サービス化へ動き出している。こうしたドローンやロボット、ビーコン、QRコード読み取り機など、最新テクノロジーが多岐にわたって導入されていくため、故障にも即座に対応できる人材を現場に置かなくてはならない。オペレーションの変化に応じて、接客業務以外にも従業員教育への投資を増やしているのだ。

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アパレル事業拡大へ ── EC顧客データを実店舗でフル活用

Bonobos

ここまで店舗体験やオペレーションサイドの戦略を取り上げてきたが、ここからはECスタートアップ買収の話を絡めつつ、顧客データの獲得戦略を紹介していきたい。

Walmartは大型アパレルEC企業の買収を進めている。2017年6月には3.1億ドル(約344億円)でミレニアルズ男性向けアパレル企業Bonobos(ボノボス)を買収した。メンズアパレルEC事業を運営するBonobosは、実店舗展開にも積極的であり、来店客に専属スタイリストが付くサービスが好評だ。顧客は来店時刻を申告しておき、来店後にプロフィール情報を入力すると、スタイリストが顧客にあった洋服を選び、提案してくれる。

ここでポイントとなるのは、購入体験をEC上で行わせる点だ。洋服が決まっても店頭で直接購入することはできない。店員と一緒にBonobosのサイトを開いてサインアップさせ、EC経由で購入させるのだ。

この購買導線のメリットは2点挙げられる。

まずは、顧客データを一元管理できる。あらゆる顧客にオンラインアカウントを持たせることで、店舗でどのような洋服に興味を示して購入に至ったのか、細かなデータを管理できるのだ。2回目以降の来店時は、事前入力されているプロフィール情報に沿った接客ができるため、店舗体験の向上につながる。

次に、EC購買率の向上だ。来店時にECでの購入を体験してもらうことで、次回以降の操作ストレスを減らせる。

また、Walmart傘下の大手オンラインマーケットプレイス「Jet.com」は、2017年にミレニアルズ女性向けアパレル企業ModCloth(モドクロス)を買収。ModClothは人気女性シンガーのTaylor Swift(テイラー・スウィフト)が着用したことで若い女性から爆発的な人気を得た。Bonobosと同様、事前予約制とスタイリストの商品提案を採用している。

BonobosおよびModClothの買収を見ると、Walmartがミレニアルズをターゲット顧客にしたアパレル事業確立と、オンラインを軸にした店舗体験の最適化を目指していることは明らかだ。Amazonと比較した際のWalmartの強みは圧倒的な店舗数の多さだが、EC購買に慣れている若者が来店した際の購入導線を探っていることがうかがえる。

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あらゆる属性の若者をターゲットに ──データ獲得でプライベートブランド確立へ

ELOQUII

さらに、Walmartが強化している戦略が2つある。1つは、多様なEC顧客データの収集に動いている点だ。

たとえば、ミレニアルズ女性向けにプラスサイズウェアを販売するELOQUII(エロークイー)を2018年10月に買収した。一般的なアパレル店舗には、プラスサイズの商品数は比較的少ない。そこで、“あらゆる女性に洋服を自由に着こなしてほしい”という強いメッセージを打ち出して共感を得た。Walmartは同社買収を通じて、BonobosやModClothでは囲いきれないデモグラフィックの顧客を獲得し、幅広い層のEC購買データを集めている。

2点目は、実店舗で販売するプライベートブランド商品の充実化である。Walmartは、10代を中心としたジェネレーションZ世代およびミレニアルズをターゲットにしたアパレルブランドの立ち上げを企画しているという。若者に人気のD2C女性アパレルブランド「Everlane(エバーレーン)」に似たコンセプトでありながら、低価格かつ高品質を売りにすると報じられている

Bonobos、ModCloth、ELOQUIIの買収を経て集めた顧客データを充分に活かし、プライベートブランドを立ち上げることで、質の高い売れ筋商品をつくり、店舗での販売体制を確立することにつなげる狙いだろう。また、これら3社のEC利用客がWalmartを訪れた際、オンライン上に残っている顧客データと照らし合わせながら、プライベートブランドのパーソナライズ提案も可能となるかもしれない。

Amazonも、Walmart同様に顧客データを活かしたプライベートブランド商品の販売戦略を打ち出している。購買データと顧客のプロフィール情報に沿って売れ筋商品を大量生産し、安価に販売するモデルだ。『Business Insider』によると、2018年7月時点で76ブランドを保有しているという。

それらの量産と販売においては、AmazonのようにEC事業に軸を置いている企業ほど、顧客データが活用しやすいため優勢だ。一方、WalmartはECで完結する購買体験では勝ち目がないと踏み、実店舗の良さを最大限上げていく方針なのだろう。

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果てしない「Walmart vs Amazon」の競争から、次なる小売トレンドを読み解く

Mike Mozart

ここまで述べてきたトピック以外にも、Amazonを意識したWalmartの打ち手は多々ある。

たとえば楽天傘下の電子書籍リーダー開発企業「Kobo」との提携を発表した点。音声および電子書籍コンテンツが揃う「Walmart eBooks」のサービス拡大を目指しての提携だ。この流れはAmazonの「Kindle」に対して直接対決を挑んでいると見てよいだろう。また、『The Wall Street Journal』の記事によると、動画ストリーミングサービスの成長にも躍起のようだ。Amazonの「Prime Video」との戦いにも前向きな姿勢を見せている。

Amazon BooksやAmazon Goに代表される店舗出店のスピードを加速させているAmazonに負けじと、Walmartは店舗数での差別化ができている今のうちに、店舗体験・物流・ECの3つを軸に戦略を描く。加えて、EC事業においても、買収を通じた成長戦略を打ち立てている。

現在のAmazonのように、消費者の生活関連サービスを包括的に提供できる事業者にまで成長できれば、Amazon Primeと同様に、Walmartが月額会費サービスを開始する可能性もある。店舗だけでなく、ECからオンラインコンテンツまでの各種サービスが成熟した後、全てのサービスを提供する一大小売プレイヤーとなれば、Amazonにとっては脅威になるに違いない。

このように、Walmartの各ニュースを紐解くことで、Amazonとの対抗競争が見えてくる。次なる小売トレンドも感じとれるだろう。

なかでも、アパレルECスタートアップ買収を通じたオムニチャネル戦略には目が離せない。オンライン顧客と実店舗来店客のプロフィールデータを紐付けることで、どのチャネルからWalmartのサービスを利用しても最高の体験を提供できるようになる。Amazonも、EC顧客データとAmazon Goの購買データを連携させる仕組みを構築している。Walmartもデータ連携の座組を構築することは急務だ。この仕組みは、小売事業者にとって必須の要件となっていくのかもしれない。

日本の小売事業者も、Walmartが示す姿勢から、次の事業戦略策定の示唆を得られれば幸いだ。

こちらの記事は2019年01月23日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

福家 隆

1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

連載Amazonに対抗する「Walmart経済圏」を解剖する

2記事 | 最終更新 2019.01.23

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