フィンテック領域に残されたブルーオーシャンとは?“次世代の年金”へ挑むクラウドポートが、「Funds」で発掘したニーズ

インタビュイー
柴田  陽
  • ファンズ株式会社 共同創業者 / 取締役 
  • 株式会社フィールドマネージメント 執行役員 

東京大学経済学部卒業。戦略コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー出身。店舗集客サービス「スマポ」を展開する株式会社スポットライト、バーコード価格比較アプリ「ショッピッ!」、タクシー配車アプリ「日本交通タクシー配車」「全国タクシー配車」など、数々のヒットアプリを手がけ、3つの会社を創業・売却した経験を持つシリアルアントレプレナー。2016年11月に株式会社クラウドポートを創業。

藤田 雄一郎

早稲田大学商学部卒業後、株式会社サイバーエージェントに入社。2007年にマーケティング支援事業を行う企業を創業し、2012年上場企業に売却。2016年11月に株式会社クラウドポート(現ファンズ株式会社)を創業。

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「マネーフォワード」や「freee」などの会計サービスから、「PayPay」や「LINE Pay」といった決済サービスまで、急成長スタートアップや大手企業が続々と加わり、新規参入のハードルが高まっている印象を受けるフィンテック領域。熾烈な市場競争が行なわれるなか、注目を浴びているフィンテックスタートアップがある。

2019年1月に個人向けの投資サービス「Funds(ファンズ)」をローンチした、株式会社クラウドポートだ。同社は、2019年7月に行われたInfinity Ventures Summit 2019 Summer Kobe「IVS LaunchPad」のプレゼンテーションで優勝を果たしている。

厳しい市場へ挑戦する彼らは、どのような勝算を描いているのだろうか。今回はクラウドポート共同創業者のふたりに話を伺った。Web制作とマーケティング支援を行なう企業を創業・売却したのち、ソーシャルレンディング事業の立ち上げを手がけた藤田雄一郎氏と、過去に3度の起業・売却を経験している連続起業家・柴田陽氏だ。

膨大な未開拓マーケットが残されているデット投資マーケットの実状から、「大手金融機関やメガベンチャーにもそうそう追いつかれない」という勝ち筋、フィンテック領域だからこそ「心理的安全性を保てるカルチャー」が重要な理由まで、フィンテック領域での戦い方が存分に明かされた。

  • TEXT BY TAKUMI OKAJIMA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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ニーズ発掘のヒントになった「個人向け社債」の売れ行き

「『フィンテック』と一括りにするとレッドオーシャンに見えますが、自分たちが挑む領域はブルーオーシャンなんです」

株式会社クラウドポート 代表取締役社長 藤田雄一郎氏

そう自信を覗かせるのは、クラウドポート代表取締役の藤田氏だ。

同社が提供する貸付ファンドのオンラインマーケット「Funds」は、インターネットを介して資産運用したい個人からお金を集め、事業資金を借りたい企業へと融資し、返済時に利息を得る事業。投資を行なった個人には利回りに応じたリターンが分配される。

「Funds」は、審査をクリアした企業が事業資金を借りるためのファンドを組成し、個人がそれを購入できる、いわば「貸付ファンドのマーケットプレイス」だ。Fundsで販売される「貸付ファンド」は、どの証券会社経由でも購入できる上場株式やETFとは異なり、Fundsオリジナルの金融商品だ。

株式投資やFXと異なり相場の変動がないため、管理の手間がかからず、初心者であっても投資を行ないやすい特徴がある。スマートフォンやPCを介して気軽に投資できるだけでなく、その後に放置したとしても損失が発生しにくい。

加えて貸付ファンドは、今までにない「ミドルリスク・ミドルリターン」の金融商品だ。ソーシャルレンディング領域においては、利回り7〜10%と「ハイリスク・ハイリターン」な商品が増加する傾向にある。しかしFundsでは、ファンドの年利は1.5%〜6%(税引前)と低めでありつつも、工夫されたスキームによって安定的に資産運用できる点で差別化されている。

「『利回りは低くても良いから、安定的な資産運用を行ないたい』というニーズを持った個人投資家は少なくないはず」──ふたりの読みは、ローンチ直後に確信へと変わった。2019年1月に初の募集が開始されると、用意された8,320万円分のファンドは約16分ですべて満額申込を達成。その後もファンドの売れ行きは好調で、最近出した1億円のファンドはわずか39秒で満額申込となった。

彼らはなぜ、隠れたニーズを見抜くことができたのか。ヒントとなったのは、企業が発行した債券に投資できる「個人向け社債」の売れ行きだ。昨今の低金利下の影響で、安定的な運用機会を求める投資家は増えており、年利0.5%前後とかなり利回りが低いものであっても200億円分が即日完売するほどに、供給がまったく追いついてない状態だった。

加えて、スマートフォンやPCを介して気軽に投資できるプラットフォームも存在していない。ここに藤田氏は商機を見出した。

藤田決済や会計のサービスが次々に登場する一方、資産運用の領域にはまだブルーオーシャンが残されています。ロボアドやテーマ投資など、エクイティ投資の領域は様々な新サービスの登場によって充実しはじめています。

ところが、ことデット投資に関していえば、サービスの数が足りないくらいの状況なんです。ハイリスクなソーシャルレンディングか、ローリターンな個人向け社債しか選択肢がなく、その中間に位置する「利用者にとって丁度いい資産運用サービス」が存在しないんですよ。

Fundsは売買のタイミングが重要な株式などに比べて、金融知識や経験の多寡が投資パフォーマンスに影響しにくく、初めて使った人と1年以上の使用歴がある人の間で、リターンに差が出づらい。相場の変動がないFundsでは、投資先でデフォルトが発生しない限り、満期が来れば予定された額の金利が返ってくるんです。

日本人の預金の合計は約1,000兆円あるという。これらの預金は現時点で高齢者に偏っているが、今後10年で遺産相続が進み、スマートフォンやPCで能動的に情報を得ようとする世代のもとにお金が移っていく。「膨大なマーケットがある一方、覇権を取っている企業はまだ存在しない」と藤田氏は指摘する。

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大企業やメガベンチャーにも追いつかれない。競合を阻む「壁」とは?

「Funds」が提供する投資機会は、投資家だけでなく、融資を受ける企業にとっても大きなメリットがある。たとえば銀行から融資を受けるにしても、借りられる金額には上限が定められているし、資金の用途も厳しく指定されるケースが多い。

社債を発行しようにも、既存の証券会社は格付機関が設けた基準において、「BBB」以上の格付けを受けた企業の社債しか一般に販売しない。BBBの企業に目を向けると、マネックス証券株式会社や株式会社SBI証券といった大企業が名を連ねており、設けられたハードルはかなり高いと分かる。

上場企業であっても、資金調達に悩むのは同じだ。エクイティ調達につきまとう株主へのリターンは、銀行で融資を受けるコストよりもはるかに高く、調達すればするほど既存株主が持つ株式は希薄化してしまう。そんななか、銀行融資と大きく変わらないコストで、エクイティ調達するよりも安く済むFundsの利用は合理的な選択といえる。

加えて、「投資してくれた個人投資家がファンとなってくれ、将来的な顧客として関係を築ける可能性もある」と藤田氏は語る。

創業当初からあったサービスの構想は、比較サイト運営を通じて「ファンドの比較だけじゃなく、投資までを一つのサイトで済ませたい」との声を受けるなかで具体性を得ていき、現在のモデルに着地したという。サイトを見て比較検討できたとしても、投資する際には別サイトへと移り、口座開設やアカウント取得といった煩雑なプロセスを経由しなければならないことが、個人投資家にとってのペインとなっていたのだ。

加えて、最低購入価格が低いこともFundsの魅力のひとつだ。「1円から購入できるファンドであることを、多くの人が魅力的に感じてくれたのだと思う」と柴田氏は話す。

株式会社クラウドポート 共同創業者 / 取締役 柴田陽氏

柴田既存のオンライン証券会社が小売企業だとすると、当社はまるでSPA企業(自社で商品企画から生産、販売までを一貫して行なう小売形態)のように、他にはない一気通貫の金融商品を提供していることが強みのひとつです。

一方、新しい市場であるため、商品開発から顧客獲得まで手探りの状態で、事業としての難易度は高いと感じています。

藤田金融サービスである以上、金融商品取引法の制限がかかる点が難しい。広告を出したりWEBページをつくったりするときは、「コンプライアンスに沿った表現になっているかどうか」のチェックが必須です。

場合によっては、専門用語の使用や遠回しな表現を避けられず、伝わりづらくなってしまうときもある。だからこそ、少しでも分かりやすくなるよう、WEBページのUI / UXは工夫しています。

しかし、事業の難しさだけでなく、大企業やメガベンチャーによる追い上げのリスクもあるのではないか?

この問いに対して、藤田氏は「当社と同様の金融商品取引業のライセンスを取得するには時間を要する。仮に取得できたとしても、我々は常にサービスの改善を積み重ねており、そうそう新規参入事業者に追い抜かれることはない」と一蹴。クラウドポートも第二種金融商品取引業の取得に1年半を要しており、即座に類似したモデルの事業を始めようとしても、法的な制限がつきまとうのだ。

すでにライセンスを持っている大手金融機関などに対しても、「スタートアップゆえに既存のルールや慣習に縛られず、意思決定のスピードで一歩先を行ける」と藤田氏は自信を露わにする。

ソーシャルレンディング市場の既存プレイヤーは、金融業や不動産業のバックグラウンドを持つビジネスパーソンが多い一方、両氏の出自はIT業界だ。マーケットプレイスをつくり、インターネットを介してスケールさせていくような戦略や、顧客に好まれるUI / UXの提供といった戦術など、ファンドの組成以外の面でも金融のエスタブリッシュメント企業に差をつける。

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何よりもコンプライアンスファースト。“失敗できない”スタートアップの苦悩

クラウドポートのメンバーは、半数が大手金融機関での経験を持つ一方、もう半数はインターネットビジネスの出身で、金融・ITのどちらにも偏らず、バランスの良いチームを築けているという。

しかし、バックグラウンドの異なるメンバーが集まるからこその組織課題もある。それぞれ仕事の進め方や業界に対する知識にギャップがあり、仕事に臨むうえで齟齬が起きやすいのだ。こうした環境で、「一人ひとりが未知の領域への強い好奇心を持つことが大切で、採用基準のひとつになっている」と柴田氏は話す。

柴田オンラインサービスであれば「とりあえずローンチし、後から改善していく」アジャイル型開発も可能ですが、金融サービスの場合は最初から間違えられない。IT業界の人間が開発に携わるには、今まで培われてきた「サービス開発への温度感」をアンラーンしていく必要があります。

一方、細かく資料を作成し、丁寧なメールで社内と連携する金融機関で働いてきたメンバーからすれば、Slackを介した「ちゃんとし過ぎないコミュニケーション」に慣れていなかったりもする。両サイドからの歩み寄りが必要だし、強い好奇心を持って新しい知識を吸収できる人が求められるんです。

加えてクラウドポートでは、出自の違いからハレーションが起きやすい組織をうまく回すため、「心理的安全性」を保てるカルチャーの組成に力を入れている。

生産性が高いチームの特徴として、近年Googleをはじめ多くの企業で取り入れられるようになった要素だが、ケアレスミスが重大な金融事故を招きかねないフィンテック事業だからこそ、「相手に思いやりを持ちつつも、率直な意見交換を行うこと」が大切だという。

顧客志向でPDCAを回し、急成長を目指しつつも、「最優先すべきは金商法の遵守」であり、バリューの一つとして「コンプライアンスファースト」が掲げられている。齟齬を防ぐため、組織内コミュニケーションへの投資は惜しまず、藤田氏は毎月社員との1on1を行ない、全社でのKPT(Keep・Problem・Try)もほぼ隔月で実施しているという。

「『相反するグロースとコンプライアンスの調和を図りながら、スタートアップとして成長していかなければいけない』ことが事業の難しさでもあり、面白さでもある」と藤田氏は語る。

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経営者の孤独や苦しさを緩和し、ドメインナレッジを共有できる。「共同創業」のメリットとは?

ここで、話のテーマは「共同創業のメリット」に移った。起業・売却を経験している藤田氏だが、以前挑んだ市場はWEB制作・マーケティング支援とレッドオーシャンだった。ゆえに、スタートアップ的な戦略への知見は少なく、インターネット領域で連続起業している柴田氏から学ぶことも多いという。

藤田前回の起業はいわゆる一般的な中小企業で、エクイティファイナンスを活用したスタートアップ的な事業の進め方をしていませんでした。

次に起業するときは、成長性のあるマーケットに最適なタイミングで参入し、大きく事業をスケールさせたい想いがあり、最適なマーケットを探っていました。2013年にデット投資マーケットに大きな空白があることを見つけてから、参入の時期を見計らっていたんです。

柴田は資金調達から組織づくりまで、スタートアップ的なプロダクトづくりに精通しており、僕を導いてくれている。柴田なしでは今のような形でFundsをローンチできていないと思う。僕にとってこれ以上ない最良のパートナーだと思っています。

続けて柴田氏も、共同創業者の存在によって軽減される負担について指摘する。

柴田ふたりでいることで、経営に向き合う孤独や苦しさが、多少なりとも軽減されるのは大きいです。共同創業者がいれば、1足す1が2以上になり、個人としての経営能力の限界を超えられると強く思います。

加えて、お互いのドメインナレッジを共有できる利点もありますね。まぁ僕は、藤田はひとりでもプロダクトづくりをこなせる力を持っていると思いますが(笑)。

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目指すは「年金」に代わる国民的サービス

「あらゆる人にとって価値ある投資機会に出会える場を創造する。」をミッションに掲げるFunds。一般消費者層へとリーチを広げていくにあたり、当面の課題は「投資に苦手意識のある日本の文化的背景の克服」だという。

アメリカや中国であれば、資産の半分ほどを金融商品として保持していることも珍しくないが、投資に馴染みのない日本では、個人の資産に占める金融商品の比率は16%前後を推移している。自分で考えてお金を増やしていく意識が低い日本において、「社会保障に置き換わるサービスとしてFundsを拡大していきたい」と柴田氏はモチベーションを露わにする。

柴田今までは個人で資産運用する必要性は高くありませんでしたが、社会保障が減退していくこれからの時代、そうとも言っていられない。国や会社がどうにかしてくれたフェーズは終わり、自分の力でお金を確保しなければいけないパラダイムへ転換していきます。そんな潮流のなか、年金に代わるようなサービスをつくっていきたいんです。

続けて藤田氏は、「金融サービスとしての信用を獲得するために上場を目指しつつも、『資産運用の選択肢を増やす』というコンセプトからぶれずに事業領域を広げていきたい」と会社の展望を力強く語る。

藤田スマートフォン片手にソファーに寝転がりながら、「今月はボーナスが入ったから、インドネシアの上場企業ファンドに投資しよう」や「お金に余裕があるからブラジルの会社の優良債券を買おう」という風に、当たり前にグローバルな資産運用が行われる文化を日本に根付かせたいんです。

たとえばメルカリやLINE、食べログのようなサービスは誰もが知っていますが、資産運用のカテゴリにおいては未だ国民的サービスが存在しない。そのポジションを取りたいと思っています。

「資産運用を普及させたい」想いから逸れる事業はスコープに入れていないため、決済や会計など、盛り上がる領域へと安易に手を出すことはしません。Fundsというプラットフォームを基盤に、本当に価値のある投資機会を提供するため、さまざまなプロダクトを開発していきたいです。

最後に資産運用を広めるために必要なアクションを問うと、藤田氏は「投資のハードルを下げることが、とにかく重要」と答えてくれた。資産運用についてのアンケート回答は「まとまった資金がない」、「損するのが怖い」、「何から手をつければいいか分からない」といったものが多数を占めるという。

「少額からの投資が可能で安定性も高く、勉強や手間を必要としないFundsは、資産運用の裾野を広げられるポテンシャルを持っている──静かながらも熱意のこもった語り口からは、ふたりの強い意気込みが感じられ、サービスの行く末にますます期待が高まった。

またインタビューを経て、レッドオーシャンのように思えるフィンテック領域であっても市場は細分化されており、ものによってはむしろブルーオーシャンといえると氷解した。

「フィンテック」のように広い領域を一括りに捉えるのではなく、Fundsが「ミドルリスク・ミドルリターン」の金融商品のニーズを発掘したように、細かいニーズごとに市場を分けて捉えることで、隠されたビジネスチャンスを見つけやすくなるのではないだろうか。

こちらの記事は2019年08月05日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

岡島 たくみ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。

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藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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