『成長』に特効薬はない。
部下への適切な『経験』の与え方とは?
- TEXT BY KYOZO HIBINO
- PHOTO BY YUKI IKEDA
前回は、リーダーに必要な能力の一つとして、「周囲を巻き込む」ことの重要性やその手段について触れました。今回はどんなことがテーマになりますか?
渡邉 本連載で繰り返しお伝えしてきたとおり、私たちは「ゴールを描いて、周囲を巻き込み、実現まで導く」ことをリーダーの定義としています。つまり、周囲を動機づけて巻き込むだけではなく、描いたゴールの実現まで導かなければならない。
必ずしも同じレベルのメンバーが揃っているわけではありませんから、リーダーとしてゴールまで牽引していくうえでは、メンバーの質を上げる、要は「周囲の人材を育てる」ことも大切になります。今回はその部分のエッセンスをお伝えできればと思っています。
「人を育てる」というのはかなり本質的なテーマですね。
渡邉 「どうすれば人は育つのか」を知ることが出発点になります。アメリカのコンサルティング会社で、リーダーシップに関する調査機関でもあるロミンガー社によると、ビジネスパーソンの成長の70%は「業務上の経験」によって決まるとされています。残りは、「上司や他者からのフィードバック」が20%、「研修や読書など」による成長が10%。
これは「70:20:10の法則」と呼ばれるもので、すでにご存知の方も多いかと思います。研修やワークショップといったOFF-JT(職場外訓練)もお手伝いしている私たちが言うのも何ですが……結局、人を成長させるためは「業務の中でいかに多くの経験、良質な経験を積ませることができるか」ということがポイントになってくるわけです。
でも、経験と一口に言ってもさまざまですし、一つの経験から何を学ぶかも個人によってかなり違うような気がします。
渡邉 まさにご指摘のとおりです。クライアントからも「業務上の経験が成長に大きく寄与するのは理解できるけど、実際のところメンバーにどんな経験をさせればいいの?」といった質問をよくいただきます。
それに対して、私は「人によって有意義な経験は違う」とお答えしています。なぜなら、万人に共通して意味のある“特効薬”のような経験はないからです。そう考える理由は2つあって、1つは「その経験と対峙するメンバーの能力は千差万別である」から。もう1つは「その経験と向き合うメンバーの動機の源泉が異なる」からです。
能力とモチベーションが経験による成長の度合いを左右する、と。
渡邉 まず、能力の違いについてご説明しましょう。同じ経験を与えられた時、ものすごく簡単にやりきれる人もいれば、何から手をつければいいかわからず、まったくやり遂げられない人もいる。いずれの場合においても、その経験を通しての成長は見込めません。
成長できるか否かは、業務の難易度とメンバーの力量との関係性によって決まるため、「とにかく経験させればいい」という論理で業務を与えても効果はあまり期待できないんです。簡単に言えば、その人にとって簡単すぎる経験でもダメだし、難しすぎる経験でもダメだということ。
図2に示したとおり、仕事の難易度がメンバーの能力を少しだけ超えるような状態が望ましい。そこをうまく設定するのは決して簡単ではないんですが、能力が仕事の難易度に追いつく形でストレッチして、効率的に成長が促されるんです。
微妙な塩梅が必要ですね。ただ実際問題として、メンバーにとって適切な難易度の経験を見極めるのは相当難しいような気がするのですが。。。
渡邉 「どんな経験をさせればいいのか」「メンバーにとっての適切な経験とはどんなものなのか」といったことで悩むのは、「メンバーのどんな能力を伸ばしたいのか」を言語化できていないパターンが多いと思います。伸ばしたい能力が明確になって初めて、どんな経験をさせるべきかが見えてくる。
また言語化の作業をするうえで注意すべきは、抽象度が高い内容にならないようにすること。たとえば「売上目標を達成できるようになってほしい」と望んでも、どんな能力を伸ばしたいかは明確になりませんよね。
「論理的でわかりやすい提案書を書けるようになってほしい」「説明が過不足なく、相手の心に響くプレゼンテーションができるようになってほしい」といったように、伸ばしたい能力を具体的に表現できれば、与えるべき経験もおのずとクリアになっていきます。
あと、仮に提案書を書くという仕事を与えたなら、投げっぱなしにせず、成果物に対しての評価をきちんとフィードバックすることも欠かせません。メンバーの能力に対して、与えた仕事の難易度が高すぎないか、あるいは低すぎないか。どこが成長したのか。成長していないのか。
そういったことを検証する意味でも、メンバーの状況を定期的にフォローアップしていくことは大切になります。
もう1つの要素であるモチベーションについては、どんなことが言えるのでしょうか。
渡邉 こちらも当然と言えば当然のことなのですが、与えられた機会に対して「やりたい!」と思えるか、イヤイヤやるのか、それによって成長スピードはまったく違ってくるということです。
当然、高いモチベーションを持って業務に向き合うほうが成長は促されますから、いかにメンバーをやる気にさせるかが重要になります。そのための手法として、ここでは2つのことを紹介したいと思います。
1つは「機会をメンバーに選択させ、やりたい業務に携わらせる」。そしてもう1つが、「成長に必要な機会・業務を意味づけする」というものです。前者はシンプルで、自分はどんな経験をすべきかをメンバー自身に設定させればいい。
人間には「一貫性の法則」といって、自分で決めたことは最後までやり抜こうとする心理作用があると言われています。これを応用することで、メンバーのモチベーションを引き上げるわけです。
ここでもやはり、やるべき業務だけでなく、どんな能力を伸ばしたいのかを合わせて言語化することが大切です。単にやりたいことだけをやらせていても、成長にはつながりませんからね。
もう1つの「成長に必要な機会・業務を意味づけする」、とはどういうことでしょう?
渡邉 こちらは、メンバーに業務経験の機会を与える際、なぜそれを「あなたが」「いま」やる必要があるのか、背景や目的をきちんと説明してあげることです。有無を言わさず「とにかくやれ」という指示の仕方では、メンバーのモチベーションは上がりません。
「あなたが望んでいる将来のキャリアを実現しようと思えば、こういう能力は必ず必要になる。今回の業務はその能力を高めることにつながると思うよ」だとか、「あなたがこの業務をやることで、お客さん(あるいはチームのメンバー)はすごく喜んでくれると思うんだよね」などと意味づけることで、成長欲求や貢献欲求を上手に刺激する。
会社的な視点に立てば「利益をあげるために必要だからやってくれ」といったドライな物言いになってしまいますが、リーダーとしてはメンバーの視点に立つことを忘れず、動機づけしながら業務を与えることが大切だと思います。
適切な難易度の仕事を与えられ、モチベーションもあれば、必然的に成長していく。だからリーダーは、その術をきちんと理解し、うまくコントロールすることが必要だということですね。
渡邉 ここまでの堅苦しい話をまとめるとそのとおりなんですが、個人的に何よりも大切だと思っているのは、「リーダーがメンバーの成長を心の底から願っているか」なんですよね。
会社側の論理はもちろん無視することはできませんし、売上向上のためには成長してもらわないと困る。それは事実だとしても、目の前にいるメンバーのキャリアや将来をしっかりと考えてあげることこそが、リーダーに求められる態度なのではないでしょうか。
私もメンバーを持った経験がありますが、上司と部下という関係性になった時点で、上司は「部下の人生の半分を背負っている」という覚悟を持つべきだと思うんです。私たちはビジネスパーソンである以前に一人の人間なんですから、日々の仕事の中で本当に自分のことを思って言ってくれているかどうかということには敏感に気づくものです。
会社側の視点と一個人としての視点のバランスを意識することで、メンバーを動機づけながらゴールまで牽引していくリーダーになれるのではないかと思います。
こちらの記事は2018年05月02日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
日比野 恭三
写真
池田 有輝
連載20代リーダーの教科書
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