開発するより先に「旗」を立てよ──BizDev成功の秘訣をFORCAS佐久間氏が語る

登壇者
佐久間 衡

2013年から4年間、株式会社ユーザベース日本事業統括執行役員としてSPEEDA日本事業を担当し、2021年から現職。ユーザベース参画以前は、UBS証券投資銀行本部にて、M&Aや資金調達などの財務戦略アドバイザリー業務に従事。

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スタートアップの成長において、事業をドライブさせる「BizDev」の果たす役割は大きい。しかし、必要とされるスキルセットが多岐にわたるからか、BizDevの育成ノウハウはあまり体系化されていない。

そんな課題意識を背景にラクスルが呼びかけて始まった、日本を代表するスタートアップ企業群によるBizDev育成の取り組みがある──「BizDevBootCamp」だ。

4回目となる今回は、FORCASの代表取締役である佐久間衡氏が登壇した。「FORCAS」は、ユーザベース社の新規事業として生まれたABM支援サービス。2017年5月にリリースされ、同年10月に株式会社FORCASに分社化。日立製作所、SAP、LINEなどの大手企業中心に導入が進み、着実に成長している。

同サービスは、どのような経緯で立ち上がり、グロースしてきたのか。「プロダクト完成前にプレスリリースを出す」「立ち上げ初期は大手ではなく、小規模企業をターゲティングする」など、佐久間氏の実践的なBizDev論が語られた。

  • TEXT BY YUKO TAKANO
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クライアントの課題をもとにBizDevをスタートすれば、PMFはスムーズに進む

BizDev初期に直面する課題でも特に難しいのは、プロダクト・マーケット・フィット(PMF)だろう。佐久間氏の話を聞いていると、FORCASのPMFはスムーズに進められた印象を受ける。ポイントは、「ユーザーと共創する」ところにあるようだ。

FORCASの始まりは、広告代理店から受けた「戦略立案に『SPEEDA』を利用できないか」というオーダーだった。ユーザベースが手掛けるSPEEDAは、3,000件の業界レポートや600万社の企業情報、180万件の各国のM&A情報など、あらゆるビジネス情報を保有するプラットフォームだ。経営戦略立案企画、M&A戦略の立案、新規事業開発など様々なビジネスシーンで活用されている。

相談を持ちかけた広告代理店の担当者は、営業アプローチ先の選定にSPEEDAを使用。アプローチ先をより絞りたいと考え、「上場企業の約3割は広告宣伝費を公開している。そのデータをもとに、非公開企業の予算を類推したい」と相談を持ちかけたのだ。

佐久間氏は「広告代理店の持つデータと、SPEEDAに蓄積された企業データを組み合わせれば、最適な潜在顧客リストを抽出できるのではないか」と考えた。これが、FORCAS構想のきっかけとなる。

株式会社FORCAS・代表取締役 佐久間衡氏

佐久間新規プロダクトは、クライアントワークから生まれやすいと思います。クライアントが何に悩んでいるのかを理解し、解決策を考えていると、自然とプロダクトの構想が浮かんでくる。その際、「スケールするか」「どのようなテクノロジーを取り入れようか」などは一切考える必要はありません。まずは課題と向き合い、ベストな解決策を考えることに徹するべきです。

クライアントの課題を見つけ出し、解決手段をプロダクトに落とし込む──確かにこの流れであれば、スムーズにPMFできそうだ。ただ、実際はそう簡単にはいかない。FORCASの場合、具体的にどのようなステップを踏んだのか。

SPEEDAでマーケティング戦略立案を担当していた頃の佐久間氏は、成約確度の高い顧客リストの作成に尽力していた。ロイヤリティの高いクライアントが持つ特性を調査するため、自社の顧客情報とSPEEDAの企業データを統合。「M&Aを頻繁に行う企業の成約率は全体の成約率の数倍」など、属性ごとの成約率を算出した。

分析結果をもとに、同じような属性を持ち、まだ接触していない企業をリストアップし、マーケティングを実施。成約率を向上させた。ただ、リストを抽出するための分析にはかなりの工数を要した。

佐久間Excelで顧客情報とSPEEDAのデータを統合して分析し、確度の高い企業を抽出するのは、本当に面倒でした。当時やっていた作業を思い出すだけでも嫌になってくるぐらい(笑)。この手間が省けたら、同じようにSPEEDAを使っているクライアント、それこそ例に挙げた広告代理店の担当者も、絶対に喜んでくれるだろうと考えました。

もうひとつ行ったのが、SPEEDAの解約率の分析だ。縦軸に成長率、横軸に解約率を当てて企業をプロット。佐久間氏が注目したのは「成長率が高く、解約率も高いセグメント」だ。このポジションにあるということは、SPEEDAに対する何かしらのニーズがあるにもかかわらず、期待に答えられていない可能性が高い。

要因を探っていくと、SPEEDAの情報を実務に活かしきれていないのが理由だった。取得した企業情報に対して、取るべきアプローチの判断がつかなったのだ。そこで、この課題をクリアできるFORCASの構想を提案したところ、クライアントからは「まさに欲しかった機能だ」との声が多数上がった。

FORCASは、ABM(アカウント・ベースド・マーケティング)を支援するサービスだ。成約確度の高いアカウント=企業を特定し、ピンポイントにアプローチすることで、マーケティングを効率化する。

佐久間氏の実体験やクライアントの潜在ニーズを踏まえ、FORCASはABMの要であり最も労力のかかる「成約率が高い潜在顧客リストの作成」をサポートするツールとして開発されることとなった。

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プロダクト完成前にプレスリリースを出す「逆転の発想」

開発が決まったとき、佐久間氏はプロダクト完成前にプレスリリースを打った。どのような狙いからか。

佐久間プレスリリースを出す際は、誰の、どのような課題を解決するプロダクトなのかを端的に説明しなければいけない。つまり、プロダクトの目的が明確になるんです。

「旗を立てる」とも言えますね。旗を立てると、共感する人が集まってきて、ゴールに向かってみんなで共創する状態を作れるんです。実際、FORCASのプレスリリースを出した際は、BtoBマーケティングの最前線で活躍されている方たちが興味を持ち、ファーストユーザーとなってくれました。中には、FORCASにジョインしてくれた人もいます。

プレスリリースを出した2016年9月時点では、FORCASの開発はほぼ未着手で、管理画面もない状態だった。集まったファーストユーザーの意見を聞き、分析に用いる社内データを提供してもらいながらプロダクト開発を進行。顧客と共創しながら、FORCASは形成されていった。

佐久間氏はもう1点、サービス初期に取るべき戦略を挙げた。「初期は、大企業ではなく、判断のスピードが早いスタートアップやオーナー企業をピンポイントで狙うべき」だという。SPEEDAの場合も、リリースの最初期にターゲティングした企業はM&Aアドバイザリー会社やPEファンド。何れも少人数の意思決定が早い企業であり、メガバンクや大手証券会社ではない。

佐久間大企業の場合、導入するだけで数ヶ月、フィードバックをもらうまでには半年近くかかります。一方、小規模企業であれば、早ければ2週間ほどで導入が完了し、すぐにフィードバックをもらえる。フィードバックをもとに製品をブラッシュアップし、よりPMFさせていける。

特に、設立間もないスタートアップの場合、できるだけ早くフィードバックをもらってスピーディに改善していかないと死んでしまう。導入に時間のかかる大手企業は、死なないためにも、ある程度成熟してからアプローチすべきだと考えています。

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ABMを支援する会社なら、まずは自分たちがABMの成功例にならなければいけない

2017年5月、正式にリリースされたFORCASは、約半年後に分社化して運営されることになった。佐久間氏が真っ先に取り組んだのが、OKRの設定だった。適切なOKRを設定し、運用できれば、様々な利益がもたらされることを理解していたからだ。実際に、FORCASは急成長を遂げている。

佐久間氏が最初に定めたOKRは「スピードで驚かす」。とにかくスピーディに量をこなし、クライアントを獲得していく意図が含まれている。正解か分からない初期は、座席に立つ回数を増やすしかない。「どんな事業でも同じ。最初は量で勝負しなければいけない」と佐久間氏は語る。FORCASも初期は量に注力し、順調にクライアントを獲得していく。

クライアントを囲い込むためにコミュニティマーケティングを開始したところで、ブレーキがかかった。徐々に解約が増え、ユーザー離れが起きていたタイミングだけに、ユーザーに会うと「正直言って使いこなせない」「コンセプトは良くても売上には結びついていない」など、厳しい声が多数寄せられたのだ。

佐久間忌憚ない意見に、強烈な焦燥感を覚えました。新規顧客を獲得できていても、既存顧客に価値を届けられていない。このままでは明日がない。

リリースしてから約1年経過したタイミングで、佐久間氏はスピードではなく、サービスの質を重視する方針に転換。OKRを「アカウント・ベースド・エブリシング」に変更し、FORCASが提唱するABMを、FORCAS自身が体現できるように整え始めた。

ABMは本来、アカウントに対し、プロダクト開発、マーケティング、セールス、カスタマーサクセスなどすべてのタッチポイントを通して価値を届けるための手法だ。ABMの基本に立ち返った佐久間氏は、まずは既存顧客の声を愚直に聞き、細かな改善を積み重ねた。

佐久間Salesforce.comは、「Salesforce」というプロダクトを売っているだけではなく、自らSalesforceが提唱するメソッドを体現していますよね。Salesforce流のメソッドで一番成果を出しているのはSalesforce.com自身なので、説得力しかない。FORCASも、我々が提唱するABMを、自分たちでも実践して証明するフェーズに来れたわけです。

正直、サービス初期からABMを実践するのは難しい。最初はどうしても量をこなさなければいけないからです。量をこなし、一定数の顧客を獲得できたからこそ、本当に狙うべき顧客像が見えてきた。ようやく、ABMに取り組めるまでに成長できたんです。

ここから、FORCASの快進撃が始まる。ヒアリング結果をプロダクトに反映したり、カスタマーサクセスを強化したりなど、アカウントを軸にした戦略を実施。結果、MRR(月間経常収益)が急上昇した。サービスリリースから約2年の今年6月末時点でMRRは5,000万円、年間収益は6億円の規模だ。

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リファラル経由で10名入社。OKRを正しく運用できれば、採用もうまくいく

「OKRは、業績だけでなく採用にも好影響をもたらす」と佐久間氏。

佐久間共通のビジョンを実現する集団が会社であり、OKRはビジョンの「今」を切り取るもの。ビジョンは中長期的な展望を表現し、OKRは短期目標を指し示すんです。企業として追うべき「カンパニーOKR」を決め、そこからチームOKR、個人OKRを決めていけば、社内全体が同じ方向を目指す状態になれる。

つまり、OKRは組織作りにも役立つというわけだ。実際、2019年第1四半期のOKRを「最高の仲間を集める」に設定したところ、全社一丸となって採用活動を推進。リファラルだけで10名採用できた。

佐久間文化を醸成できるのもOKRの効用です。ビジョンに紐づき、今一番重要なテーマを取り上げて、全員で取り組む。すると、取り上げたテーマが普遍的なものとして認知され、メンバーの意識にインストールされていく。

2019年第2四半期以降は「最高の仲間を集める」をOKRには設定していませんが、みんな自発的にリファラル採用に取り組んでくれています。FORCASは、ユーザベースグループでも最もリファラル採用が多い会社ですね。

OKR運用の注意点として、佐久間氏は「チームメンバーが達成できないと感じていたり、現状と乖離したOKRだと判断したりした場合は、即座に変更するべきだ」と語った。

佐久間チームメンバーがわくわくし、ぎりぎり達成を目指せる目標を掲げるべきです。逆に誰も達成を信じていない目標を掲げ続ければ、チームは容易に腐敗します。

クライアントの課題をもとにプロダクト開発を行い、模索期を経て成長フェーズに入ったFORCAS。直近の展望として、アメリカ向けの「FORCAS USA」を皮切りに海外進出する予定だ。

そこでも先にプレスリリースを出して共創するプロセスを踏んでいる。実践してきたFORCASBizDevメソッドの、再現性の高さを自負しているようだ。

佐久間アメリカの水準でいうと、ユーザベース自体、まだシリーズCかDくらいなんですよ。日本では上場を果たしているものの、我々はまだまだスタートアップです。だから、既存事業を成長させるのはもちろん、新規事業開発にも取り組んで、より大きな価値を提供できる会社に成長しなければいけないと思います。

こちらの記事は2020年01月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

高野 優子

フリーの編集、ライター。Web制作会社、Webマーケティングツール開発会社でディレクターを担当後、フリーランスとして独立。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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