自律性を重んじるカルチャーがあれば、OKRは成長を加速させる。
SaaS企業2社が語る目標設定【ユーザベース佐久間×Resily堀江】

登壇者
佐久間 衡

2013年から4年間、株式会社ユーザベース日本事業統括執行役員としてSPEEDA日本事業を担当し、2021年から現職。ユーザベース参画以前は、UBS証券投資銀行本部にて、M&Aや資金調達などの財務戦略アドバイザリー業務に従事。

堀江 真弘
  • Resily株式会社 代表取締役 

大学院在学中より1年間のインターンを経て、2012年4月にSansan株式会社に入社。その後「Sansan」のスマートフォンアプリ担当プロダクトマネジャーとして、 アプリリニューアルのUX設計をリードする。2017年6月にSansanを退職し、共同創業者のエンジニアとResily株式会社を創業。

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サービスの主流な販売形式が、売り切り型からサブスクリプション型へと移行しつつある。国内SaaS市場は年平均約15%の勢いで急成長しており、2021年には約5,800億円を突破する見通しだ

SaaS企業においては、商品を購入してもらうことに重きを置くのではなく、顧客との関係構築による継続利用によってLife Time Value(サービスを使う顧客が、生涯合計で支払う金額の指標)を最大化する戦略が重視されている。

顧客の離脱を防ぐためのカスタマーサクセス手法などが注目を集める一方で、SaaS企業ならではの組織づくりのノウハウが語られる機会は多くない。

2019年3月、株式会社ネットプロテクションズと、ユーザベースグループの株式会社FORCASが、OKRによる目標設定と組織のつくり方を探求するイベント「『SaaS TEAM OKR』- B2Bサブスクリプション組織の目標設定 –」を開催した。FastGrowは前後編の2回にわたり、イベントの様子をダイジェストでお届けする。前編でレポートするのは、2名の登壇者による講演セッションだ。

ゲストは、FORCAS代表取締役・佐久間衡氏と、2019年2月に5,000万円を調達したクラウドOKR管理ツール「Resily」を開発するResily株式会社代表取締役・堀江真弘氏だ。

達成できない目標はすぐに取り下げるべき理由から、「OKRシート」による目標管理の手法、ストレッチ目標を定めるメリットまで、経験に基づく濃密なOKRノウハウが明かされた。

  • TEXT BY TAKUMI OKAJIMA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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OKRは「文化」。自社にとって最善のオペレーションを模索せよ

OKRとは「Objectives and Key Results(目標と主要な成果)」の略称だ。企業のミッションに紐づいて定義される定性的な目標の「Objective」と、Objectiveを達成するための定量的な数値である「Key Result」をもとに目標管理を行うフレームワークである。

Intelで生み出され、近年ではGoogleやFacebookといったシリコンバレーを代表するテック企業が導入していることで知られる。

佐久間氏からは、主にSPEEDA事業部にてOKRが導入された際のエピソードが語られた。

2013年にユーザーベースへジョインした後の3年間、同氏は企業・業界情報プラットフォーム「SPEEDA」の国内事業を担当。2016年当時、約200人からなるSPEEDA事業部のうち、数十人は海外事業部にいる状態だった。全社戦略としてアジア事業に注力しており、国をまたいで同じプロダクトを成長させていかなければいけなかった。

一方で、国によってユーザーが求めるニーズは大きく異なり、地域と機能からなるマトリックス型の組織で意思決定のフローは複雑化。現場の社員は自律的な意思決定を行えず、連携してプロジェクトを進めることは困難だった。

SPEEDA事業がそのとき取った戦略は、「地域カンパニー制」への移行だ。日本とアジア、それぞれに機能型の事業部を分け、地域カンパニー内で意思決定が完結できるようにした。そうすることで、現場の社員も各々が相対するユーザーニーズにそって、シンプルで自律的な意思決定ができるようになることを目指した。

そしてSPEEDAの日本カンパニーでは、OKRが導入された。きっかけは、佐久間氏が書籍『How Google Works』を読んだことだった。「オープンかつフラットに情報共有ができる」仕組みとしてOKRが紹介されており、興味を抱いたのだ。導入を検討するにあたり、佐久間氏は他社の事例を調べようとしたが、2016年当時に日本でOKRを採用している企業はほぼなく、詳しく書かれた書籍は英語でも少なかった。

そこで、ユーザーコミュニティによるQ&Aサイト「Quora」を通じて米国起業でのOKRの導入事例について情報を集めていった。さまざまな企業、特にスタートアップが発信するOKRについての情報を見るうち、ユーザベースが掲げるバリューとの相性の良さに気づき、導入への意志はますます強まったという。

株式会社FORCAS 代表取締役 佐久間衡氏

佐久間ユーザベースはボトムアップな気風で、一人ひとりのWillを尊重するカルチャーがあり、自律性が大切なOKRが非常にマッチしていると思いました。OKRの導入に際して「達成できそうな目標を設定するのか、ストレッチ目標を設定するのか」や「成果とボーナスを紐づけるか否か」といった議論がなされることも多いですが、ベストプラクティスはないと思っています。OKRは一種の「文化」であり、適しているオペレーションも組織次第です。トライアンドエラーを前提に、自分たちにとってベストなやり方を粘り強く模索していく必要があるんです。

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達成できない目標はすぐに取り下げるべし

OKRを導入する際、佐久間氏は制度の概要や導入事例、メリットについてまとめた資料をつくって共有。メンバーと話す機会を繰り返し設けることで、組織への浸透を図った。さらに、個人やチームのOKRを一目で確認できる「OKRシート」を作成し、メンバーへ週ごとに課した目標の記入を、Slack上で自動でリマインドされるように設定した。

しかし、その段階で最初の壁にぶつかった。「OKRシート」への目標を書き込まないメンバーが続出したのだ。そこで佐久間氏は、書き込んでもらえるまで愚直にリマインドを繰り返したという。

佐久間OKRを組織に定着させていくフェーズでは、導入する人間が根気強く働きかけ、徐々にオペレーションを浸透させていくしかありません。SPEEDAの場合、毎週月曜日の朝に私が「OKRシート」を確認し、未入力のメンバー全員に「1時間以内に記入してください」とリマインドを続けました。そして1ヶ月ほど経つと、ほぼ全員、リマインドなしでも目標を記入してくれるようになったんです。

記入された目標が「ストレッチ目標でない」「カンパニーOKRとリンクしていない」と感じたときは、OKRシートに記入欄を追加して改良していった。「メンバーに任せきりだとストレッチ目標はなかなか出てこないため、最初はどうしてもトップが介入する必要がある」と佐久間氏は話す。

また、現存のメンバーだけでは達成できないOKRを設定してしまった場合は、必要であれば他チームからもメンバーを連れてきた。他にも、勝手にチームOKRを変更してしまうチームが出てくると、説明責任を果たさせるために、変更に際しては必ず佐久間氏の承認を通すようにした。加えて、「未達成が確定したOKRを変更せずに引きずるのは最悪だ」と佐久間氏は指摘する。

佐久間このままではどうしても達成できないと分かったなら、すぐに目標を変えるべきです。とはいっても多くの場合、Key Resultを少し調整するだけですが。メンバーが本心では諦めている目標を掲げ続けると、チームや会社が腐っていくと思います。

佐久間氏の立ち上げのコミットを経て、彼がFORCASに移った現在も、SPEEDAではOKRが継続されている。佐久間氏は当時を振り返り、「OKRの導入によって、経営者を含めたすべてのメンバーがどんどん成長していた」と話す。

佐久間「今」フォーカスすべきテーマを明確にして、そこにすべてのチームを連動させることは、まさに経営そのもの。OKRを通じてそのサイクルを回していけば、経営者は大きく成長すると思います。また、メンバーも自分でカンパニーOKRとつながる目標を決め、経営者からフィードバックをもらううちに、経営視点への理解が深まっていくんですよ。

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「Think Big」と「Cycle」を意識せよ

続いて堀江氏の講演に移った。同氏は、クラウド名刺管理サービスを提供するSansan株式会社へ新卒入社し、3〜4年法人営業に従事したのち、プロダクトマネージャーへ転身。その後Sansanを退職し、企業のOKR管理支援を行うResilyを創業した。前職での経験を振り返り、「ワクワクできるストレッチ目標を設定することで、ポジティブに挑戦する文化が定着すること」がOKRの一番の利点だと指摘する。

さらに堀江氏は「OKRを続けるうえで、大事な要素は2つある」と話す。1つ目は、「Think Big」。堀江氏は2016年に倒産寸前だったSHARPを、世界最大手のEMS企業である鴻海(ホンハイ)が買収したエピソードを引き合いに出し、チャレンジングなOKRを設定することの重要性を説く。

Resily株式会社 代表取締役 堀江真弘氏

堀江鴻海はSHARPを買収した際、「自分たちは家電メーカーではなく、IoT企業になる」と宣言しました。ただの家電メーカーではなく、自分たちをIoT企業だと認識することで、旧来のビジネス手法からの脱却を図ったんです。

すると新しいビジョンに紐づいた目標設定がなされ、そのためのチャレンジが生まれていく。1年では達成できなさそうな目標も、3年かければ達成できそうな気がしますよね。少し先の未来を見つめて、「3年後にこんな姿になるために、まずは3ヶ月間、何から挑戦すれば良いか」を逆算して整理していくと良いと思います。

OKRはKPIに劇的な改善をもたらすために導入するものであり、鴻海のように「Think Big」の精神で、チャレンジングな目標を掲げなければ意味がない。一般的にOKRは60〜70%の達成度合いで良いとされていますが、それは今まで取り組んだことが無いチャレンジに向き合うためです。「できるかどうか不安」な半々の可能性に対し、全力を尽くし、70%達成できればOKということです。

2つ目の要素は「Cycle」だ。一般的にOKRは3か月ごとに目標を見直すのが良いとされるが、「チャレンジングな目標が毎クォーター更新されると、メンバーが徐々に疲弊してしまう」と堀江氏は付け加える。「1年後など中期のBig Pictureを見せてあげ、そこをピンで留めてチャレンジを織り込んだ3ヶ月の結果を見て軌道修正する。この方がストレスが少ない有効な手法なのではないか」と堀江氏は語る。

OKRを文化として定着させるためには、中長期のゴールを設定して3ヶ月ごとのマイルストーンを設定し、毎週、毎月ごとにアクションを改善していくサイクルが必要だ。高い目標を掲げて挑戦すればもちろん失敗も繰り返されるため、3ヶ月のマイルストーンに合わせ、変えるべきオペレーションを振り返る必要がある。

堀江たとえば3ヶ月のゴールに向かって毎週1個ずつ続ければ、必ず3ヶ月後にゴールが達成できるだけの力強いアクションを設定し、積み重ねていく。書籍『OKR シリコンバレー式で大胆な目標を達成する方法』のなかでも「週ごとにアクションを設定し、できたことを金曜日に祝う」サイクルが推奨されています。要は、達成できなくても、失敗から学びを得たことを称賛する文化をつくることが大切なんですよ。

OKRを実行するためには、細かく目標を管理する地道な作業が伴うと分かった。佐久間氏が話したように、経営者がOKRを導入するためには、プロダクトに向き合う時間を減らしてでもコミットする根気強さが求められる。導入を検討するのであれば、多大なリソースを割けるかどうか、慎重に判断すべきだろう。

前編では講演セッションの様子をお届けした。後編では、顧客社数が4万社を突破した電子契約サービス「クラウドサイン」を管掌する弁護士ドットコム執行役員・橘大地氏、年間UUが1,200万人を突破した後払い決済サービス「NP後払い」を提供するネットプロテクションズでシニア・ビジネスプランナーを務める中原雄一氏、2018年7月に総額6,000万円の資金調達を達成し、12月にプロダクトを正式リリースしたHiCustomer CEOの鈴木大貴氏を迎えたパネルトークの様子をお届けする。

OKRの導入に対して懐疑的な態度を示す橘氏と中原氏に対し、鈴木氏は「導入することで、組織全体がモチベートされる」とその有用性を強くアピールする。「OKR非導入企業 vs. OKR導入企業」の議論で、急成長を果たすために三社が実践する数々のナレッジが明かされる。

こちらの記事は2019年07月02日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

岡島 たくみ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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