採用は「ポジション」と「メッセージ」がすべて。
"楽しそうなスタートアップ"として認知を獲得した、ヘイの広報戦略

インタビュイー
佐俣 奈緒子
  • STORES株式会社 代表取締役副社長 
  • コイニー株式会社 代表取締役 

1983年生。広島県出身。2009年より、米ペイパルの日本法人立ちあげに参画。加盟店向けのマーケティングを担当し、日本のオンラインサービス/ECショップへPayPalの導入を促進。2011年10月にペイパルジャパンを退職後、2012年3月にコイニーを創業。

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スタートアップは急角度で成長していく。つまり、成長速度に追いつけるだけの人員を採用しなくてはならない。2018年2月に設立したヘイ株式会社は、約1年間で社員100人以上の採用をした。平均すると、毎月10名前後が入社した計算だ。

ヘイの採用は、ひと味もふた味も違う。コーポレートサイトのトップでボードメンバー4人がアロハシャツを着る、自社のTシャツだけではなくアロハなど様々なグッズをつくって販売し、軽食をつまみながらヘイ社員と気軽に話せるイベント「Hello hey」を開催する。

本記事では、ヘイで採用広報を管掌する、代表取締役副社長・佐俣奈緒子氏にインタビュー。創業から一貫して組織づくりにコミットし、自らも個人noteで積極的な発信を行う同氏に、採用市場で唯一無二のポジションを確立した方法や、人事経験者ではなく「事業開発のプロ」を採用担当者として起用した理由などを伺い、ヘイの採用広報戦略の全容に迫った。

  • TEXT BY HUSTLE KURIMURA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY TAKUMI OKAJIMA
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独自の採用施策を仕掛け続けるヘイの戦略

ヘイ代表取締役副社長 / コイニー代表取締役 佐俣奈緒子氏

ヘイはオリジナルグッズを販売している。複数のデザインを揃えるTシャツ・パーカーを筆頭に、ステッカーや雨傘など多様な商品を有料で一般向けに販売しているのだ。スタートアップはオリジナルグッズを作るものだが、季節ごとに新作をつくり、販売までするところはいない。

Tシャツやパーカーを中心に多種多様なグッズを揃えるヘイのノベルティ。一般向けに有料販売している点が特徴だ(hey STORE

ヘイの新作グッズが登場した際には、ヘイの経営陣やスタッフがそのアナウンスを行い、SNS上で周囲が「買いたい」といった反応をしているケースを見かける。クラシコムの青木氏は、「コンテンツをつくることは、コミュニケーション」と以前ブログに書いていた。ヘイの人々は、グッズというコンテンツを通じて、周囲の人々とコミュニケーションしているようだ。

ヘイのグッズは、クオリティにこだわって作られてるからこそ、日常的に利用する人もいる。そうすると、ヘイのグッズだとわかるファッションをしている人を打ち合わせやイベント等で見かけることもある。これだけ思い出してもらうのが難しくなっている時代において、想起のタイミングを増やせていることは採用にも間接的に効果をもたらしているはずだ。

そうやって、まんまとヘイのことが気になった人が足を運ぶのが、隔週木曜日に開催しているイベント「Hello hey」だ。ヘイのオフィスで開催され、ヘイに興味がある人が、気軽に社員と交流できる。ヘイからすれば、サービス開発において大切にしていることを、採用候補者に伝える好機になる。

第2・第4木曜日に開催される「Hello hey」。採用候補者はもちろん、サービスのユーザーも訪れているという(Hello hey

Hello heyは2018年には累計で1,000人以上が来場。初の開催から1年経った現在も、毎回の来場者数は減ることなく、一定の客数を保ち続けているという。採用候補者と直接つながる機会も生み出すのはもちろん、Hello heyの開催を続けることは違った意味も持つ。「『Hello heyによって、ヘイは採用活動を行っている』というメッセージを広く伝えることに成功した」と佐俣氏は話す。

佐俣Hello heyに参加してくださる人たちのなかには、漠然と転職を考えている人たちが多く、イベント経由で面接や採用に進んでいただく例がたくさんあります。そういった取り組みの結果として、1年間で100人を超えるメンバーの採用に成功できたんです。そうした効果に加え、参加する社員たちが自社の魅力や仕事の楽しさを言語化する機会として、社員たちの内省を促す副次的な効果がかなり大きく、イベントを継続しています。

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表面的な施策だけ真似しても結果にはつながらない

グッズの販売や定期イベントの開催。ヘイが実施していることをそのまま真似しても、採用がうまくいくとは限らない。佐俣氏は採用をロールとして担当することになった際に、戦略から整理を行ったという。

佐俣採用における競合企業と同じことを発信していても、候補者の注目を集めることはできません。特にスタートアップが大手企業と採用で競合する場合、知名度や広報予算などのアセットで劣る分、発信内容で差をつけないと、就職先の候補に入れてもらうことすら難しくなります。

「採用広報は“ポジショニング”と“メッセージング”がすべて。そのふたつが他社と被った時点で、終わりだと思っています」──「採用広報で最も大切なことは何か」という問いに対し、そう佐俣氏は答える。

ヘイでは採用広報にコミットするにあたり、自社の強みの明確化からスタート。そしてたどり着いたのが、「『楽しそうなスタートアップ』としてポジショニングすること」だった。

採用市場を見渡す限り、デザイナーをたくさん抱えており、クリエイティブの力で「楽しさ」を押し出すことに長けたIT企業は、他に見当たらなかった。佐俣氏は、「空いているポジション」を見つけたのだ。

ヘイのコーポレートサイトを開くと真っ先に目に入る、アロハシャツを着たボードメンバー4人の写真と企業理念「Just for Fun.」の文字(ヘイ株式会社

佐俣ボードメンバー4人がアロハを着た写真を使ったり、Tシャツなど自社のオリジナルグッズを作成したり。「『楽しそうな雰囲気』をデザインで可視化し、採用候補者にビジュアルで伝える」ことに注力した結果、唯一無二のポジションを獲得できたんです。

もちろん、ポジションを確立しただけで採用がうまくいくわけではない。ポジショニングに加えて、ヘイの採用の強みは一人ひとりが採用にコミットするカルチャーを構築できたことにある。

佐俣採用担当者でなくとも、一人ひとりが採用活動へ積極的に携わるカルチャーがあります。それは経営陣も同じです。たとえば、経営陣全員が採用にコミットする時間を確保できるよう、それぞれのメンバーがカレンダーで定常的に予定をブロックしています。経営陣が適宜「採用候補者にスカウトメールを送る時間」をつくり、厳守してきました。

採用が主務ではないメンバーに採用に協力してもらうのは至難の業だ。ヘイはいかに採用にコミットする文化を構築していったのか。その背景には、「透明性」と「経営陣のコミット」がある。

ヘイとしての取り組みだけでなく、佐俣氏は自身のnoteアカウントでも発信活動に注力している。公開されている記事のなかでは、「できたこと」だけでなく、「できなかったこと」も赤裸々に綴られている。

施策から得た学びや経営メンバーの1on1の内容など、ヘイ社内の雰囲気が垣間見える記事が数多く投稿されている(佐俣氏のnote

佐俣採用広報においては自社の良い部分だけでなく、課題や不足している部分についても、ありのまま発信することを心がけています。今や、興味がある会社があったとして、社員のSNSを検索すれば、いくらでも実情を知ることができますよね。正直な企業であり続けないと、いくら手の込んだ広報をしても、採用候補者の心を動かせない時代になっていると思います。

社外の人に向けて正直であることと、社内の人に向けて正直であることは同義だ。実情とかけ離れた広報活動を行っていて、社員が協力的になるとは思えない。社内の協力を得るためにも、正直に透明性を持った発信を行うことが重要だ。

そこに、経営陣のコミットが重なると文化の醸成へとつながっていく。佐俣氏はヘイの設立以来、採用から社内制度の設計、会社に導入するツールの選定まで、組織づくり全般に従事してきた。ボードメンバーのひとりである佐俣氏が主体的にコミットすることで、社員も組織づくりの重要性を理解し、自分ごととして捉えてくれるようになったという。

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プロダクト開発のように採用活動を行う

ヘイの採用体制は、時間をかけて構築されてきたものかといえば、そうでもない。実は経営統合した時点では採用のナレッジがほとんど溜まっていなかった。コイニーとストアーズ・ドット・ジェーピー(以下、ストアーズ)がともに、少数精鋭の体制で事業を成長させてきたがゆえに、採用に注力する必要がなかったからだ。

専任の人事もいない状況で、佐俣氏は採用担当者として、コイニーで事業開発を担当してきた人事未経験のメンバーを抜擢。背景には、「採用活動にプロダクトマーケティングの手法を取り入れる」狙いがあった。

佐俣たとえば、一次面接から内定承諾に至るプロセスのなかで、選考参加者数や辞退率がどのように推移しているのか、ファネルを組んで分析することで、詳細なデータとして蓄積することができます。採用をより仕組み化し、採用活動における成功の再現性を高めることができました。

週次で応募者数の成長率を追ったり、理想人材が集まるそれぞれのチャネルで最適なコミュニケーションを取ったり、組織をひとつのプロダクトと捉えることで、プロダクトマーケティングから採用活動に転用できる手法はいくつもあるんです。良いプロダクトをつくっている会社は、それだけですでに採用のナレッジが溜まっていると言えます。

当たり前に思われるかもしれないが、採用広報でたしかな成果を出した佐俣氏が語るからこそ、「自社の強みと課題、そして目標を明確に理解し、それに紐付く戦略を築くこと」の重要性に、改めて気づかされた。

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1,000人を採用するために乗り越えるべき課題

ヘイはコイニーとブラケット(現ストアーズ・ドット・ジェーピー)の2社が経営統合し、2018年2月に誕生した。ヘイが採用に本腰を入れるにあたり、佐俣氏は採用市場において、2社それぞれではなく、「ヘイとして」のブランドを確立することに力を入れた。最初から3社のメッセージを打ち出しても、それぞれが中途半端にしか伝わらないことを危惧したからだ。そのフォーカスは功を奏し、1年で100名以上を採用できた。

しかし、ヘイが目指すのはこれから先数年で1,000人を採用すること。採用人数の目標を掲げた背景には、「スモールチームでお商売をする人にサービスを提供することを通じ、数年以内に数兆円を生み出す」という目標がセットされたことがある。目標の達成のためには、1,000人規模の組織に拡大しなければならない。

では、すでに成功とも見える1年で100人を超える採用ペースのさらに数倍、年間数百人ペースでの採用を実現するためにどんなアプローチをとるのだろう。佐俣氏は「プロダクトに応じた採用ブランドの確立が必要」と述べた。

佐俣これまでを上回るペースで採用していくためには、ヘイとしての魅力を伝えるだけでなく、プロダクトに応じたそれぞれの良さを伝え、より多くの候補者の興味を喚起する必要があります。つまり、ヘイ全体の採用ブランディングだけでは、「数年で1,000人規模」の目標を達成するには不十分なんです。

ヘイの採用ブランディングだけではなぜ不十分なのか。それは、ヘイという会社のカルチャーは、コイニーとストアーズという2つのプロダクトの上に成り立っているからだ。

「『ヘイは知っているけど、コイニーとストアーズは知らない』といった人は多いはず」と佐俣氏は話す。コイニーとストアーズの魅力は、現時点ではまだまだ押し出せておらず、採用候補者からすれば働くイメージが湧きにくい。

ヘイは、「ライジングセラー」という人々のためにビジネスを展開している。「ライジングセラー」とは、個人や中小規模の小売業者のなかでも、ブランドの世界観やストーリーを重視し、ファンになってもらうことで商売をする人たちを指すという。

佐俣ヘイは店舗向け決済サービス「Coiney」と、オンラインストアが簡単に開設できる「STORES.jp」の提供を通じて、ライジングセラーの方々を支援しています。事業に取り組む上で最も大切にしているのが、ライジングセラーの方々と同じ目線でサービスを開発すること。社員にとってグッズ販売は、その目線を身につける最良の機会なんです。

「楽しそうなスタートアップ」としてポジショニングしてきたヘイのカルチャーの背景には、ライジングセラーと同じ目線に立つためという狙いがある。会社のカルチャーをより知ってもらうために、コイニーやストアーズに触れることも必要だろう。

ただ、楽しそうにしているだけではなく、より会社の目指す方向を知ってもらい、事業に共感してもらうこと。それは社外と社内の熱量を揃えていくアプローチとも言えそうだ。

佐俣1,000人の採用を目指して、社員に浸透している『顧客志向』を押し出した採用広報にも挑戦していきます。もちろん、それ以外にもやるべきことはあります。現時点では、2社それぞれでどのような経験やスキルが得られ、どのような働き方ができる環境なのかを詳細に発信できていないし、採用候補者の方たちに伝わり切っていない。採用の発信としてやるべきことを実施しつつ、会社としての軸を発信していきます。

こちらの記事は2019年11月05日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

ハッスル栗村

1997年生まれ、愛知県出身。大学では学生アスリートを取材し、新聞や雑誌の制作・販売に携わる。早稲田大学文学部在学中。

写真

藤田 慎一郎

編集

岡島 たくみ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。

デスクチェック

モリジュンヤ

1987年生まれ、岐阜県出身。大学卒業後、2011年よりフリーランスのライターとして活動。スタートアップやテクノロジー、R&D、新規事業開発などの取材執筆を行う傍ら、ベンチャーの情報発信に編集パートナーとして伴走。2015年に株式会社インクワイアを設立。スタートアップから大手企業まで数々の企業を編集の力で支援している。NPO法人soar副代表、IDENTITY共同創業者、FastGrow CCOなど。

校閲

佐々木 将史

1983年生まれ。保育・幼児教育の出版社に10年勤め、’17に滋賀へ移住。フリーの編集者、Webマーケターとして活動を開始。保育・福祉をベースにしつつ、さまざまな領域での情報発信や、社会の課題を解決するためのテクノロジーの導入に取り組んでいる。関心のあるキーワードは、PR(Public Relations)、ストーリーテリング、家族。

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