アクセラプログラムは時間の無駄か?
現場に徹底コミットする京急に学ぶ、成長“加速”の秘訣
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「アクセラプログラムなんて、意味ないですよね?」
大手企業のブランディング目的で、モチベーションの低い担当者が、“やらされ仕事”で取り組む──アクセラレーションプログラムと聞き、こんな光景を思い起こしてしまうかもしれない。
しかし、スタートアップ顔負けの熱量で、イノベーションを文字通り“加速”させているプログラムもある。京急グループ(以下、京急)が主催する「KEIKYU ACCELERATOR PROGRAM」だ。「モビリティを軸とした豊かなライフスタイルの創出」をビジョンに掲げ、スタートアップのプロダクトやサービスの社会実装を推進し、事業共創を目指す。
2019年の第2回プログラムに参加した、チャットボットサービスやホテルブッキングサービスを提供するtripla代表取締役CEO・高橋和久氏は「予想外の量のフィードバックに対応することで、新サービスが商品化できた」と振り返る。同じく第2回に参加した、荷物預かりサービスを運営するecboの執行役員・猪瀬雅寛氏も「むしろスタートアップの方が急かされるほどのスピード感だった」と高評価だ。
第3回プログラムの募集締め切りを2月に控えたいま、高橋氏と猪瀬氏に加え、プログラムを主導した京急の新規事業企画室・橋本雄太氏、実際に2社と連携した京急イーエックスインの山本英明氏、五味桃果氏にインタビューを実施した。
アクセラレーションプログラムは、いかにしてイノベーション創出に寄与するのか?
- TEXT BY KOHEI SUZUKI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
中長期的な展望に立った、徹底的なコミットメント
「いきなりダメ出しを50個もいただくなんて、驚いてしまいました」
京急のプログラムを振り返った高橋氏は、最大の特徴を「徹底的なコミットメント」と答える。サービスの改善ポイントを忌憚なく指摘され、「一緒に事業を作っている感覚」を得られたという。
高橋「これらを全て直さないと現場では使えません」と、新サービスの宿泊予約システムに対するユーザー視点のフィードバックをなんと50箇所もいただいたんです。それらを地道に改善してサービスを磨き込み、今では100以上の施設へ導入されるまでに成長しました。まさに、事業がアクセラレート(加速)された感覚がありますね。
京急のプログラムは、スタートアップのプロダクト・サービスの社会実装を推進し、事業共創を目指すものだ。2020年で3回目となり、第2回からは京急電鉄とサムライインキュベートがタッグを組んで実施している。
豊富な顧客接点、データ、不動産などのアセット、沿線地域・行政との連携…京急グループが持つあらゆるリソースを活用し、約4ヶ月かけて事業づくりを共同推進。これまで12社を採択し、8件のテストマーケティングを実行した。
他社のプログラムでは、事務局は現場メンバーの紹介のみ行い、具体的なプロジェクトの推進には責任を持たないケースもある。しかし、京急は事務局が事業部門を巻き込み、プログラムのゴールやスケジュールをすり合わせる。毎週のMTGでも、進捗をチェックし続けた。
猪瀬いつもスケジュールを細かく切ってチェックしてくれていたので、スピード感を持って、最短でゴールまでたどり着けました。むしろ、僕らが急かされていた記憶があります(笑)。京急さんのコミットが強い分、既存事業とのリソース配分に苦労しましたが、いい緊張感が生まれていたと思います。“絵空事”にならないよう、お互いが必死でしたね。
高橋採択からキックオフMTGまでのスピードが速いうえ、Day1から現場責任者と顔合わせできたので、驚きました。
「長期視点のサポートも魅力。プログラムとしての成果だけでなく、数年後までのロードマップに基づいて支援してくれた」と猪瀬氏。
ecboでは既存事業である荷物預かりサービス『ecbo cloak(エクボクローク)』の京急沿線における実証実験に加え、羽田空港における荷物配送サービスの実証実験を行い、新規事業のニーズとオペレーションを検証した。短期的な売上増やKPI達成のみを求めるのであれば、既存事業に注力することが最適解だったはずだが、易きに流れなかった。
猪瀬実証実験で得られるデータは、短期的な売上には繋がりません。でも、3年後の成長のためには必要不可欠なんです。京急さんが中長期的な目線で考えてクイックに実験をさせてくれたので、大変ありがたかったです。
“最速の事業成長”が目的なら、CVCや協業は最適解でない?
スタートアップが大企業のアセットを活用したい場合、アクセラレーションプログラム以外の選択肢もあり得る。事実、CVCから投資を受けたり、協業で事業を立ち上げるスタートアップもいる。
しかし、triplaとecboには、アクセラレーションプログラムを選んだ明確な理由があった。
triplaは、もともと提供していた『triplaチャットボット』に加え、宿泊予約システム『triplaホテルブッキング』の立ち上げにチャレンジしていた。京急に「最初の顧客」となってもらうことで、プロダクトを一般提供できるレベルに磨き上げる意図があったのだ。
高橋「最速で事業を成長させること」を第一の目的に置いたとき、アクセラレーションプログラムが最適解だと考えました。CVCからの投資は資金調達が主目的ですし、事業提携は「できそうなら進めるもの」になりがちだからです。
猪瀬僕らも訪日外国人向けの事業を成長させるべく、既存の荷物預かりサービスだけでなく、荷物配送サービスもテストしていきたかったんです。
訪日外国人は、コインロッカーには入らない大きな荷物を持っていることがほとんど。だから、観光中にその荷物の置き場所に困ってしまいます。羽田空港と都心をつなぐ巨大なインフラを活用すれば、その問題解決が急速に進むと考えたので、京急さんとの協業は不可欠でした。
でも、通常のルートで協業しようとすると、新サービスを理解してもらう必要があるため、時間のロスが生じます。長期的な事業インパクトを求めながらテストし、スピード感を出していくには、アクセラレーションプログラムが最適だったんです。ゆくゆくは、CVCからの投資も検討していただけるとのことだったので、テスト後により加速させられる期待もありましたしね。
明確な目的を持ってプログラムに参加した両氏は、応募すべきスタートアップ像についてこう語る。
高橋なんとなく応募すると、失敗してしまうでしょう。アクセラレーターはあくまでも「自社の描いている成長を加速させる」ための取り組みなので、戦略の実現ではなく、プログラム参加自体が目的の場合はおすすめしません。自社の中長期的な成長戦略を持ったうえで、うまく“プログラムに相乗り”させてもらえると良いと思います。
猪瀬双方のプログラムに対するコミットが強かったからこそ、シナジーを追求できました。事業会社と中長期のビジョンをすり合わせながらコミットを続けられるスタートアップは、参加すれば大きな成果が期待できるでしょう。
本気でスケールを目指すのであれば、目先の数字を追うだけでなく、中長期的な戦略実現のため、こうしたプログラムも使いこなせなければいけないと思っています。
「完成したシステムを使うのが当たり前」が変わった
スタートアップと共同でプロジェクトを推進した、京急の事業部門側の話も伺った。
ビジネスホテルチェーン「京急イーエックスインホテルグループ」の店舗で支配人を務める山本氏は、初めてtriplaのホテルブッキングシステムを見たとき、十分な完成度とは思えなかったという。しかし、試しに改善点を伝えてみた際のスピード感あふれる対応が、山本氏の心に火をつけた。
山本普段使っている大手企業の予約システムは、スピーディーに改善要望を検討してくれることはありえません。でも、triplaは即座に対応してくれました。現時点では未完成でも、一緒に良いサービスに磨いていけるなら、今まで使っていたシステムよりもメリットが大きいと思い、徹底的に改善点を洗い出しました。
速く正確に対応してくれるだけでなく、「ユーザー視点に立ち、本当に必要な機能を積極的に提案してくれた」と山本氏。既存の予約システムが持つ機能の枠内で思考しがちだった京急にとっても、大きな魅力だった。
ただ、トップが意義を理解したからといって、すぐに現場スタッフが利用できるわけではない。今回triplaと現場の間に立ち調整を行った五味氏は、現場では新しいシステムに抵抗があったため、triplaのシステムを受け入れてもらうのに苦心したと振り返る。
五味プログラムの背景から、triplaさんのシステムを利用することによるメリットまで、現場のスタッフたちへ具体的に説明していったんです。triplaさんが毎月出してくれたレポートに出てくる数値も活用しさせていただきました。すると、現場スタッフも徐々にプログラムに前向きになってくれました。
「現場が望まないものはやらない」プログラムの設計思想
事業部門のメンバーがコミットする背景には、プログラムを主導する橋本氏の「マッチングへのこだわり」がある。新しいサービスに適応性があり、プログラムへの理解が早い事業部門を見極めているのだ。
1回目のプログラムでは、事務局が事業部門を巻き込みきれず、「納得感を十分に得られない中で、プログラムに参加してもらっていた」と橋本氏は話してくれた。その反省を活かし、2回目は「基本的には、現場が望まないものはやらない」と心に誓った。
橋本中長期的なビジョンと、短期的なメリット。双方の絶妙なバランスを取ることが重要だと気づきました。第2回では、テーマ設定からスタートアップの選考まで、事業部門へのヒアリングで得られた課題感を反映し、プログラムを設計しました。
すると、プログラムを自分事と捉えたうえで、本気で取り組んでくれる人たちが現れてくるように。一部のプロジェクトでは、スタートアップと引き合わせた後は勝手に協業が進んでいき、事務局が調整役としてほとんど出る幕のないものも出てきました。役員がプログラムに積極的な姿勢を見せている点も、事業部門の安心感を生んでいるのだと思います。
第3回のプログラムは、「Mobility」「Living」「Working」「Retail」「Entertainment」「Connectivity」の6領域で、新しい顧客体験の創出に挑む。いずれにも共通するキーワードはデジタル・トランスフォーメーション(DX)だ。「顧客体験(CX)を向上させる上でDXは必然。人員不足の深刻化もあり、現場からのDXに対するニーズが高まっている」と橋本氏は語る。
第2回の成功事例が社内に知れ渡り、プログラムに賛同する人も増えているそうだ。事業部門から「こんなスタートアップと組みたい」といった声も次々と挙がっている。今後は、グループ会社の巻き込みをより一層深めていくという。
京急のコミットが強まるということは、スタートアップに求められる熱量もより一層高くなることも意味する。
橋本私たちは、事業の成功とスタートアップの成長にフルコミットします。だからこそ、「志で未来をつくろう」というプログラムのコンセプトのとおり、選考時にはスタートアップ側の情熱を重要視しています。
つくりたい未来についてのビジョンを共有でき、中長期的にパートナーになり得る方に応募いただけるよう、運営面でも日々、工夫を重ねています。プログラム中は苦難やトラブルも発生しますが、お互いに情熱を持って臨めば、必ず乗り越えていけるはずです。
こちらの記事は2020年01月24日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
フリーライター。1989年、青森県八戸市出身。新卒で人材紹介会社に入社→独立して結婚相談所を立ち上げた後ライターに転身。スタートアップ、テクノロジー、オープンイノベーションに興味あります。
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藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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