「未来志向と凡事徹底が医療の未来をつくる」──メドレー代表 瀧口浩平が語る改革思考

インタビュイー
瀧口 浩平

1984年生まれ。2002年米国法人Gemeinschaft,Inc.を創業。国内外の事業会社及び調査会社・コンサルティング会社の依頼を受けての市場調査/統計調査、新商品のコンセプト開発や市場参入の支援に携わる。 個人的な医療体験から医療への課題意識を強め、事業譲渡後、2009年6月株式会社メドレーを創業。最高経営責任者。

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起業家にとって、急成長を支える「短期的な成果を引き寄せる力」と、事業ドメインやビジョンを育てる「長期的な視座」のバランスは欠かせない。

この双方の視点を学ぶ上で、適任の人物がいる。医療スタートアップであるメドレー代表取締役社長の瀧口浩平氏だ。

2009年に同社を創業し、医療という法規制や商慣習といった制約が多く難易度の高い領域で、10年間成長を続けつつ、業界の将来を見据えた打ち手をいくつも積み重ねてきた。

瀧口氏の持つ、“起業家としてのマインドセット”と、その変遷を語っていただいた。

  • TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA
  • PHOTO BY TOMOKO HANAI
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医療という難題が、長期視点を育んだ

瀧口氏にとって、メドレーは2社目の起業だ。

1社目の起業は2002年、18歳の頃のこと。米国で市場調査/統計調査、新商品のコンセプト開発や市場参入の支援を主な事業とするGemeinschaft,Inc.を創業。一定規模まで拡大させた後、事業譲渡まで経験を積んだ。

瀧口私はもともと、思いついたらすぐ実行するアントレプレナー気質の人間です。実際に顧客やユーザーと会い、短期で事業を立ち上げるのが得意で、最初の起業も瞬発力を活かして伸ばしました。

短期で成果をたぐり寄せる成功体験の元、2社目の起業を検討する中、瀧口氏は医療の課題に直面する。親族の病気から現状の医療に課題を感じ、この領域の「負」を解消する事業の立ち上げを決意。着実な成功のため、自身も医療機関で現場を一度経験したのち、2009年にメドレーを起業した。

2度目の起業。現場経験を積むなど、準備も入念に行った。

ただ、瀧口氏が挑んだ医療という領域は、想像を遙かに上回る数多くの課題が待ち受けていた。成功体験を持つ瀧口氏でさえ、最初のプロダクトを軌道に乗せるまでに5年ほどを要した。

法令や商慣習といった制約が多く、プロダクトをつくるにも、膨大なドキュメントを読み込まなければいけない。仲間を集めようにも、業界的には派手さに欠けるため苦労を強いられる。小さな事業者が多いため、顧客を集めるにも1件ずつ営業しなければいけない。成果をたぐり寄せるためには、あらゆる地道な積み上げが求められた。

瀧口医療は、短期的な成果を求められず、必然的に中長期の視野がかなり求められる業界でした。私自身、当初はこの部分にかなりの苦労を強いられました。中長期の戦略を見通す力は、この業界に入ってからかなり鍛えられましたね。

創業時のジョブメドレーを中心とする事業計画書
提供:株式会社メドレー

苦節を経て立ち上げたのが、創業事業でもある医療介護領域の人材採用システム『ジョブメドレー』だ。瀧口氏が他事業へピボットせず、ここへ注力したのにはふたつの理由がある。

ひとつは市場の大きさだ。

瀧口40兆円を超える日本の医療費は、その半分以上が人件費です。ただ、競合他社の人材事業は、医師、看護師、薬剤師といった高単価の職種を扱うことが多く、その他のコメディカルや子育て世代の従事者の対応が手薄で、地域も都市圏に偏っている。社会的な大きな負を解消する、大きな事業価値が生まれると考え、なんとか事業化しようと尽力しました。

ジョブメドレーはシンプルに顧客のメリットを訴求した。一般的な人材紹介の手数料が20〜30%に対し、メドレーは2〜12%程度という圧倒的に安価な価格設定。DMや電話等の非対面営業でも売りやすい商品構成にするなど、営業コストの効率化を図ることで価格を抑え、「試してみよう」という事業者を集めていった。

日本最大級の医療介護求人サイト | ジョブメドレー
提供:株式会社メドレー

瀧口電話主体での営業など、他業界では珍しくない効率化の手法でも、医療業界では「それ(訪問しない)で営業できるの?」と思われる状態。我々は、そこをやり抜いただけにすぎません。「やり抜く」とは、基本を地道に積み重ねることもそうですし、いい人材を確保することもその一環です。マーケティングのクリエイティブ担当に全日本DM大賞の受賞者を招聘して細部に渡りクオリティを追求するなど、一つ一つの施策の質を高めることに注力してきました。

掲載求人数が増えれば、ユーザーも増える。するとマッチングにつながり、より多くの求人、ユーザーを集めていくという好循環を得た。

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立ち上げに5年間耐え抜けた、真の理由

そして、特筆すべきはふたつ目の理由──。それは、医療領域の事業作りにおいて、ジョブメドレーが「盤石な顧客基盤」になる目論みがあったからだ。

瀧口ジョブメドレーは、あらゆる医療ビジネスを立ち上げる上での事業基盤になる構想でした。この業界には65万ほどの施設があります。そのうちの約15万、つまりほぼ4つに1つの施設が我々のサービスを利用いただいている。これがジョブメドレーがもつ、大きな可能性です。

医療領域は事業者数が多く、人やお金が分散している。ゆえに、顧客との関係性がない前提で事業を立ち上げるのは、アプローチしなければいけない先が多く、難易度が高い。メドレーは5年弱の期間を耐え抜き、ジョブメドレーという関係性の構築がしやすいサービスを軌道に載せ、業界を横断した関係基盤を作り上げたのだ。

瀧口我々は、この顧客群に対し、バーティカルに事業を立ち上げられる。例えば診療所であれば、電子カルテやオンライン診療アプリといった診療所向け業務システムの提供を。介護施設や老人ホームであれば、それ用のサービスを…といった具合です。

ジョブメドレーの価値は、単に営業先があるだけではない。さらなる解決すべき「業界の負」を知るという、重要な意味を持つ。

瀧口医療は課題が多い業界です。技術者や営業は顧客の声から、日々さまざまな課題を感じている。我々はその課題に対するプロダクトの可能性を考え、優先順位をつけ、立ち上げるだけでいい。だから我々の事業は展開しやすいのです。

実際、2016年に立ち上げたオンライン診療アプリ『CLINICS』や、2018年にリリースしたクラウド型電子カルテ『CLINICSカルテ』といったプロダクトは、この基盤を活用し、圧倒的なスピードで販路を開拓、導入を実現していった。

オンライン診療アプリ CLINICS(クリニクス)
提供:株式会社メドレー

瀧口CLINICSはオンライン診療の有料プロダクトとして、圧倒的No.1のシェアを誇ります。同様に、CLINICSカルテもクラウド型の電子カルテとして急速な立ち上がりを実現している。どちらも、すでにある土台を上手く活かし、事業を立ち上げられた結果です。

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インターネット活用という避けられない業界課題

仕組みを築き、積み重ねる。これこそがメドレーを支える強い戦略だ。

同社はここ数年で事業、企業規模とも拡大。「フェーズが変わってきた」と瀧口氏は言う。

瀧口2018年末で従業員は約300名の規模となり、事業によっては順調に利益が上がるフェーズに入りました。2018年はガバナンスやリスク管理、組織強化といった「守り」にもかなりの予算を投下しましたが、それでもしっかりとキャッシュは生まれている。会社としては、次を目指すフェーズです。

瀧口氏が述べる“次”──それは、自社の成果の積み上げだけで無く、業界全体が持つ多くの「負」の解決だ。これをいかに変えられるかを瀧口氏は強く意識しているという。

きっかけは、電子カルテ事業への参入を検討する際、地域医療連携への対応を考えたことだった。地域医療連携は、病院や診療所がそれぞれの専門性を生かした医療を提供できるよう、機能を分担し、地域の医療を最適化する動きを指す。この連携は、2000年頃からスタートし、基幹病院を基点に、周辺の医療機関や介護事業所を巻き込んでいく形で広まってきた。しかし、この仕組みはまだまだインターネットを十分に活用し切れていないという。

瀧口現状のような地域ごとの連携でも、患者にとってより良い医療体制になることは間違いありません。ですが、患者のことを純粋に考えるなら、連携を地域内に限定するのではなく、たくさんの病院が連携し合えるようにする方がいい。地域問わず全国で展開できた方がよりよい医療が提供できるはずです。

地域医療連携が発展していった2000年代の技術では、こういったダイナミックな構想の実現は難しかったかもしれない。しかし現在の技術であれば、日本の医療全体を連携させることも可能かもしれない。この現状に瀧口氏は大きな負があると考えた。

瀧口我々はこれまで事業を通し、医療のさまざまな課題を知りました。この個々の課題を抽象化して捉え直すと、「業界がインターネットの活用をうまくできていないこと」が土台にあるのだと腹落ちしました。そして、インターネット活用が進んでいない影響を一番に受けるのは患者です。医療が進化すればするほど、情報の非対称性は増し、無駄なコストが増えていく。これを放置する期間をどれだけ短くできるかが我々の挑むべき課題ではないかと考えたのです。

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MEDLEY DRIVEは医療業界にインターネット活用を広める”種”

その課題へ挑むべく立ち上げたのが、医療ヘルスケア分野における技術のオープン化および情報活用を推進するプログラム『MEDLEY DRIVE』だ。

MEDLEY DRIVE|メドレードライブ
提供:株式会社メドレー

メドレー自身が30億円規模の投資予算を組み、同社が培ってきた医療におけるインターネット活用のナレッジやノウハウを活用。医療ヘルスケア分野のスタートアップ、およびインターネット活用を模索する既存事業者と手を組み、業界のインターネット活用を推進する。

瀧口医療業界には、すでにさまざまなサービスやプレイヤーがいます。ただ、インターネット化の経験がなかったり、事業立ち上げに難易度を抱えていたりする。我々がそこを支援することで、より早く、1社ではできない規模と速度で、課題を解決できるのではないかと考えました。

30億円という金額は、業界の規模からすれば「たいした金額ではない」と瀧口氏は述べる。ただ、メドレーというスタートアップにとっては、大きな挑戦であることは間違いない。

瀧口我々がMEDLEY DRIVEを通して挑むのは、業界の変化をどれだけ速くできるかです。出資はあくまでも、双方が事業にコミットするための手段に過ぎない。キャピタルゲインを追求するというよりも、双方が事業にコミットし、その事業を大きくすることによるメドレーグループ全体としての拡大を目指しています。

瀧口医療介護の市場は巨大ですが、ここで事業を展開しているプレイヤーが提供しているサービスごとに見ると、それぞれの市場は決して大きくはありません。小さな市場であれば、我々が全力で開発を支援することができれば、インターネットサービス化を短期間で実現することも可能です。1社でもインターネットサービス化が始まれば、その競合他社にもその流れは広まっていくはず。それが我々の狙いです。メドレーは、種を植える役割にすぎません。

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「凡事を非凡な水準でやりきること」が未来をつくる

10年間、メドレーが成果を上げ続けられたのは、中長期を見据えつつ目の前のことを堅実に積み重ね続けてきたからに他ならない。そして、業界全体を変えるという高い視座で次の手を打つまでに変化を重ねてきた。

これは同社が定義するバリューであり、「未来志向、中央突破、凡事徹底」として全てのメンバーに求める行動規範となって現れる。特に「凡事徹底」は、全ての社員を評価する基準としても重要視しているという。

瀧口インターネット業界において、短期間で大きなことを成し遂げてきた海外勢の多くは、大量採用のみならずパフォーマンスの低い社員の大量解雇を繰り返しています。我々日本企業は、どうすれば解雇をせずとも同様の「成し遂げられる組織」を作れるのかを考えなければなりません。

チーム内でのパフォーマンスが下位20%に甘んじ続けることのないよう、メンバーには常に自分をアップデートし続けることを求めますし、「誰でもできる凡事を非凡な水準で極める」という、簡単なように見えてとても難しいことを求めています。ですが、それを乗り越えられるメンバーでなければ、医療は変えられません。困難な課題解決を「成し遂げられる組織」を作るために、それぞれが「成し遂げられる人」になること。凡事徹底をカルチャー化し行動評価とすることで、それをあえて求めているんです。

ここで瀧口氏は少し間を置き、その難題に挑むメンバーがいかに非凡な努力を重ねているかを表すように、違う確度から医療という領域の難易度について言葉を続ける。

瀧口我々が取り組む事業は、マーケティングコストを何倍もかければ、急成長が見込めるといったことはありません。どんなに頑張っても成長できる幅に限界があるわけです。一方で、その限界にたどり着くには、それぞれのメンバーが各KPIをどれだけ伸ばせるか、考え抜き、やり抜かなければいけない。けして効率もよくない、華やかさとは程遠いことに、皆とても高い水準で挑んでくれているんです。

手を緩めず、愚直に積み重ねる。それだけが成果を引き寄せてきた。瀧口氏、そしてメドレーが医療領域で10年間積み重ねてきた経験がそれを物語る。そして同時に、その愚直さだけがこれからのメドレーを作るのだ。

瀧口メドレーはこの1、2年は、ダイナミックに変化を重ねるフェーズに入ります。挑戦する課題も、提供するサービスもぐっと広がっていくでしょう。我々がなすべきは、これらを非凡な水準でやりきることのみです。

こちらの記事は2019年01月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

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花井 智子

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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