異文化でのトライで、「一喜一憂」は禁物──ジェネシア鈴木氏が認めた“泥臭い起業家2人”が明かす、インドネシアでのPMFストーリー

インタビュイー
酒井 丈虎
  • movus technologies株式会社 代表取締役CEO 

大学在学中に、GoodfindやFastGrowを運営するスローガン株式会社で長期インターンシップ事業の立ち上げを経験。大学卒業後は、GMSに入社し、金融機関や、自動車メーカー・ディーラー、モビリティプラットフォームとの提携を実現。2020年からはソフトバンク株式会社の事業戦略統括部にて、PL予実管理及び経営層向け戦略の立案に従事。2021年にmovus technologiesを創業。

北口 理人
  • movus technologies株式会社 共同創業者 

大学卒業後、成長期のSansan株式会社に入社。WebマーケティングからTVCMなど幅広いマーケティング業務に従事。2019年からはインド発ユニコーンであるOYOの日本法人の創業期に参画し、1人目の新規事業担当者として複数の新規事業の立ち上げを経験。その後ソフトバンクの事業投資部門での海外スタートアップの支援業務を経て、2021年にmovus technologiesを創業。

関連タグ

日本政府は「スタートアップ育成5か年計画」を掲げ、2027年までに日本発でユニコーンが100社生まれる環境を整えると掲げている。しかし、残り4年で、果たしてユニコーン企業100社分の芽が育つだろうか。そんな簡単ではないという見立てを持つ読者のほうが多いように感じられる。

日本では少子高齢化やデジタル化の遅れといった課題から、スタートアップが価値を生むべき市場は小さくない。一方で、人手不足や円安、原材料高などのあおりを受け、スタートアップ含め厳しい局面があるのも確かだ。

そこで視野を広げ、日本発スタートアップが「アジア諸国」で価値を生み出す、という可能性も考えてみたい。そう、すでに先進的な取り組みはいくつも生まれているのだ。今回は、経済成長の期待が大きいインドネシアにおいて事業を開始し、着実に業績を伸ばしているmovus technologiesの酒井丈虎氏と北口理人氏にインタビューを実施。

現地での勢いはすさまじく、実はすでに日本の著名VCジェネシア・ベンチャーズのGP鈴木隆宏氏から投資を受けている。そんな同社の事例から、日本発スタートアップがインドネシアや海外で事業を立ち上げてPMFを達成するまでのノウハウやマインドについて紐解いていきたい。

SECTION
/

「移動」を軸に、東南アジア経済を押し上げる事業

movus technologiesは日本で創業した後、2022年1月にインドネシアにて「モビリティ×ファイナンス」の事業を始めたスタートアップだ。

「モビリティ×ファイナンス」というと複雑なビジネスモデルに聞こえるかもしれないが、日本ではなじみがないというだけで、意外にシンプルな枠組みだ。端的にいえば、「タクシードライバーとして開業したいものの、自動車ローンを組めない」という人に対して車両を提供するというサービス。ユーザーは手頃な月額料金で車両を借り、ドライバーとしてそれ以上の収入を得ることができるようになる。また、手数料や違約金なしでの買取や返却も可能だ。

また、ブラジルやナイジェリアといった人口規模の大きな市場でも同様のサービスが勃興し、多額の資金調達を進めるスタートアップが現れている。

代表の酒井氏は「現地のニーズを捉えたサービスにはなってきた」と手ごたえを語る。立ち上げフェーズとしてのPMFは完了したと捉えている状況だ。

右:酒井氏、左:北口氏(同社提供)

酒井自動車ローンの審査が降りずドライバーになれない人に向けて、既存のファイナンスに変わるサービスを提供しています。このサービスを利用したいと考える人は本当に多く、すでに非常に高い支持を得ている感覚です。

北口PMFしたと感じているのは、酒井と同じです。ここからは資金をしっかり調達し、採用を進めて組織を拡大しながら、サービスの幅を広げるべき時期だと捉えています。

私たちがこのサービスで目指すのは、生活者一人ひとりの「移動」に関わるすべての市場にアプローチすること。というのも、インドネシアの公共交通機関は日本に比べ非常に不便で、東京では移動全体の50~60%ほど(*1)が公共交通機関の利用となっていますが、こちらでは20%程度(*2)に留まっています。日常的に必要な移動の手段が十分に完備されているとは言えません。なので、カーシェアや乗り合いなど、比較的自由度の高い移動手段のニーズが大きいんです。

今はまず、「移動を提供する人を支援するにとどまっていますが、これを基盤として、あらゆる生活者をサポートできるような存在になることで、インドネシアや東南アジアの社会全体を豊かにしていきたいと考えています。

*1……省庁や東京都が公表している、ここ数年間の統計から算出

*2……インドネシア運輸省の公表文書では、2019年で20%と記載

酒井「モビリティ×ファイナンス」と謳ってはいますが、この領域全体で見ると「ドライバーになりたい人に車両を提供する」というほんの小さな範囲でしか事業展開をできていません。まだ初期フェーズのPMFができただけですから、さらに市場を広げていくようなサービスを生み出し、新たなPMFを繰り返しながら、提供価値を大きくしていこうとしているところです。

現在のビジネスモデル(同社提供)

日本を飛び出し、他国でPMFを達成するだけでも、前例の多くない素晴らしいチャレンジと言える。すでに国内の著名VCであるジェネシア・ベンチャーズでGPを務める鈴木隆宏氏の評価を得て、投資を受けているのだ。

とはいえ、日本の読者にはそのニーズの存在自体もイメージしにくいだろう。鈴木氏とのエピソードは後述するとして、ここで一旦、同社のビジネスについての解説に入ろう。

そもそもなぜ、自動車ローンの代替サービスが必要とされるのか。主に2つの理由がある。

1つ目は審査の通りにくさだ。インドネシアでは車両購入希望者のうち約80%がローンを申し込む。しかし、審査を通過する割合はたったの30%程度。さらに、個人利用ではなくドライバーとしての開業が目的となるとその割合はさらに低下し、なんと「3%」ほどにとどまるという。

2つ目の理由は、タクシードライバーの収入が非常に高いこと。インドネシアにおけるブルーカラー、いわゆる現場作業員の一般的な月収は2万円だ。だが個人でタクシードライバーとして働いているmovus顧客の平均収入は約10万円。ハードワークなドライバーであれば20万円ほど稼ぐことも不可能ではないという。そう、ブルーカラーの10倍にもなるのだ。

movus technologiesのミッションにも、この認識が色濃く表れている。「Enhance people's lives by making automobile accessible」。ニーズはあるものの、金融インフラが整っていないため報われない人たちが多い状況となっている。

実際に車両を提供した際の写真(同社提供)

同社の試算では、このニーズを持つ人の市場規模は東南アジア全体で数十兆円にものぼる。そんな中でサービス開始から1年半ほどの間に数百名ユーザーを抱えるに至っている。「簡単に始められるウェブサービスの利用」などではなく、「ローンを実行してタクシー事業を始めた人数」であるわけなので、利用ハードルは高いはず。また、実際にはそれを優に超える申し込みが殺到している状況になるわけだ。

事業全体を見ても、ARRやEBTIDAといった指標も非公開ながら順調なトラクションと収益性を示していることを明かしてくれた。

日本から見ると、GrabやGo-Jekなどのタクシー配車サービスが生活者の移動を強力に支えているイメージがある。しかしそれらもドライバー不足が原因で、事業拡大に苦戦しているようだ。酒井・北口両氏が見ているのはまさに、より本質的な社会課題なのである。だからこそ、実績も積み上がり始めている。

では実際にここまで、どのように戦略を進めてきたのだろうか。

SECTION
/

募らせた「世の中にないビジネスを生み出したい」という想い、ベンチマークはテラドローン

movus technologiesが現地でPMFを達成し、業績も好調であることをお伝えしてきた。しかしこれだけでは、日本から約5,770kmも離れた異国の地での、まるで映画のような出来事に感じてしまう人もいるだろう。

酒井氏はそもそも、前職時代にモビリティ×ファイナンスの事業でインドネシアへ訪れた経験があり、それがこのストーリーのスタート地点になる。

酒井大学卒業間際の2年間、1留1休学のような形で、(FastGrowやGoodfindを運営する)スローガンで新卒や長期インターンの採用を支援する事業部で働いていました。

スタートアップでは、採用現場に経営者が出ることもありますよね。私も実際に多種多様な経営者さんたちと交流させていただくうちに、そんな環境に惹かれるようになりました。世の中にないビジネスを生み出したい、日本人として海外で挑戦したい、そんな想いを抱くようになったんです。

当時、とくに格好いいと思っていたのがテラモーターズやテラドローンのビジネスです。トヨタやホンダ、ソニーなど世界的な企業を日本発で生み出すという意志で、世界でいかに勝つかを前提に事業を立ち上げ、数年間の間に複数国展開を遂げていくところに非常に影響を受けました。

その影響をそのまま受け、大学卒業後に入社したGlobal Mobility Service(GMS)で今と似た事業に携わってきました。そして2018年、インドネシアに出張する機会で同国経済の成長力やモビリティ領域における社会課題、現地人の陽気で優しい人柄に惹かれ、将来的にはインドネシアで事業をしてみたいと思うようになりました。

(同社提供)

起業への思いを募らせた酒井氏は、2020年にGMSを退職し、インドネシアに渡るなど行動を開始。残念ながら新型コロナウイルスの影響でビザの取得や事業運営が困難になるといったトラブルもあり、帰国してソフトバンクで経営企画業務を経験するようになったのだが、定期的にコミュニケーションを取りながら切磋琢磨してきた慶應義塾大学野球部の同期・北口氏と共に再起を誓い、2022年に満を持してインドネシアで事業を本格開始するに至る。

酒井GMSで出張したときに見聞きした情報だけでも、「新たに車を所有してドライバーになりたい」というニーズが少なくないことは、かなり確からしいと感じていました。実際に改めて現地を訪れてみて、間違いないと感じましたね。

なので僕らが取り組むべきは、オペレーションをしっかり創り込むこと、そしてそのオペレーションが的確に進むような組織を整えていくことだと考えてきました。

北口オペレーション面では、どちらかといえばリスク観点をいかにしてクリアしていけるかということ。そして組織面では、現地の人たちを採用していく際にカルチャーや風土といった観点で注意すべきこと。こうしたことを意識して取り組んできました。

オペレーション面・組織面それぞれ、次のセクションから詳細に聞いていきたい。

SECTION
/

嘘にも、不正にも、「一喜一憂しない泥臭さ」を

北口事業を進める中でのリスク観点の不安や疑念はやはり、小さくなかったですね。

ローンをすぐに組めるほどの信用がない人たちがそもそも対象になるわけなので、いかにして与信の論理を組むのか、とても苦労し、失敗も多くありました。日本とは文化や慣習が違い、職業も住む場所もコロコロ変わる人が多いんです。なので、考えるべきことが全然違うんです。

モラルの成熟度合い、そして狙っている顧客層といった点から、どうしても「不正をはたらこうとする人」が多いんです。嘘の情報で申し込みをしたり、質屋と企んで申し込みをしてきたり……。

北口氏(同社提供)

北口氏が苦い顔を見せながら振り返る。オフィスから徒歩2分の、虫もよく入ってくるような家でルームシェアならぬベッドシェアをして過ごしていた時期の苦労を聞くと、さまざまなエピソードがあふれ出てきた。

酒井サービス開始直後に社内メンバーの結婚相手に車を提供したことがありました。もちろんいろいろ聞き取りして与信を検討したわけですが、さすがに婚姻という関係性があれば信用できるだろうと短絡的に考えていた部分もあったんです。ですがその後、ほどなくして離婚することになり、なんとその車を持ち逃げするようなかたちで遠くの実家に向かってしまいました。

複数回の未払い料金の発生やこちら側からの連絡をブロックするという態度から、バイク2台で必死に追いかけ、契約解消と車の回収を進めました。

この件でさらに驚いたのが、婚姻関係にあった社内メンバーのほうもあまり責任を感じている様子がなく、車の回収にも非協力的な態度があったことです。それでよくよく話を聞いてみると、どうやら現地で4人まで認められている夫人のうち第2夫人だったみたいで……。

私たちは、夫人が複数人いる場合の与信やオペレーションについてきちんと考えたことがなかったことに気付かされたんです。

現地の法制度や慣習、それに基づく個々人の態度や感情についてもよくよく理解することが、ファイナンス事業を進める上では非常に重要。この二人も頭ではそう理解していたはずだが、やはり想像を超える出来事が日常的に起こるというわけだ。

こうした事例から、必死に多くのことを学び、サービス内容を洗練させてきた。

北口たとえば、あくまで「ローンを組む本人が使用する」という前提をちゃんとルールとして設定しないと、危ない使われ方をされてしまいます。加えて、実際に怪しいことが起きた場合に備え、モニタリング体制やアラート検知の仕組みなども組み込んでいきました。

また、movusアプリ上で現地のウォレットアプリ、コンビニ経由などで支払いが可能など払いやすさも担保しています。

このように、一つひとつの失敗事例から新たな発見を繰り返し、オペレーションを地道に洗練させてきたんです。

この泥臭さがまさに、PMFのために必要な取り組みの数々だと言えるだろう。驚くような失敗談がやはり多いようだが、一喜一憂している場合ではないのだ。その失敗の本質は何なのか、背景にあるのはどのような社会文化なのか、そこまで考えたうえで、どうすれば防げるのかというところに想いを巡らせる。そんな二人の様子が想像できる。

これが、先述したジェネシア・ベンチャーズの鈴木氏から評価を受けた所以でもある。その背景についても具体的に聞いてみたい。

酒井シード期の投資なので、事業よりもまず僕ら自身のことを細かく聞いていただきました。「シード期は事業より経営者自身を見る」とはよく言われることではありますが、鈴木さんほど事業外の話、つまり私たちに関わる話を聞かれるケースはありませんでした。それにインドネシアについても鈴木さんはよく知っていたので、「モビリティ×ファイナンス」の市場は間違いなく伸びるところだと言ってもらえたのは大きかったですね。一方で、ビジネスとして成り立たせるためには泥臭くやりきっていく必要性があるという話もいただいていました。

北口僕たち二人の結びつきは、大学の野球部で4年間、汗かきながら必死に取り組んできたことです。スタートアップとしてもその想いで取り組んでいる様子が伝わったのかなと思いますね。

酒井次のラウンドに向けてほかの投資家さんをつないでいただいた際にも、「大学野球部のつながりから、泥臭く事業を立ち上げてきた二人だから」と紹介いただいているみたいです(笑)。

そんな鈴木氏をはじめ、インドネシアで実績を積み重ねてきた日本人の先輩ビジネスパーソンから得た学びも大きいという。酒井氏が「インドネシア起業の第一世代」と呼ぶのが、2013年にPricebookを立ち上げた辻友徳氏、2015年にEdTechサービスの『Quipper』をインドネシアに進出させた船瀬悠太氏(現ジョーシスHead of Business Development)、2019年に『MoneyDuck』を始めたWISE EGGの松裏剛志氏など。また、WiLのキャピタリストである笹川大和氏も、インドネシアで企業経営の経験がある人物だ。

こうした先輩たちから教えを受けてきた酒井氏と北口氏。特に、組織面でのアドバイスが活きているという。そこで次のセクションでは組織面に目を向けよう。

SECTION
/

いい意味で、「日本のスタートアップの常識」を持ち込まない

こうしてさまざまな知見を借りながら、サービス立ち上げ期のオペレーション構築を進めてきた同社。だが、二人で取り組むにも限界がある。これからより大きな課題として立ちはだかる「組織化」にはどのように取り組んでいくのだろうか?

先述した諸先輩から共通して学んだのが、「現地採用の難しさ」だ。具体的にはやはり、カルチャーの違いをどのように乗り越えていくのか、といった点だという。

酒井組織づくりには早い段階から注力してきました。というのも、インドネシアでは「スタートアップに転職すると年収が上がる」と考えている人がかなり多くなっているんです。中には、年収アップのためだけに応募してくる人が、うちでもいたくらいです。そのためカルチャーデック(実物はこちら)をつくることで、徐々に採用のミスマッチを減らそうとしています。

日本では、スタートアップが創業時から採用のための資料をまとめたり、アピールすべき魅力を言語化したり、といった活動が当たり前になってきましたよね。ですがインドネシアでは、そういう状況じゃないんです。だからこそ、早くから取り組むことで組織としての優位性を築こうとしているんです。

北口現地メンバーの採用や組織づくりは、今も多くのトライアンドエラーを繰り返しています。なぜなら、1〜2年で職を変えることや、大胆な給与交渉をすることがインドネシアでは当たり前だからです。こうした前提を先輩方からお聞きできたのがとても助かりました。

そうしてすでに数十名規模の組織にはなっているが、ここまでの道のりにおける苦労をもう少し聞いていきたい。

(同社提供)

酒井オペレーションの仕組みも大事なのですが、それを間違いなく遂行していく組織カルチャーみたいな部分も同じくらい重要で、難しく感じているところですね。

たとえば、ちょっと言い方が良くないのですが、日本と比べてどうしても時間を守らないケースが多いんです。

だから現地メンバーを採用し始めた頃から、「時間を守らないなんてありえない」ということを何度も伝えています。

事業上、運用されるべきフローが進んでいかないとか、当然守られると思っていた前提が守られないとか、そうしたことが起こるんですね。一つひとつは小さなことかもしれませんが、積み重なっていくようでは大きな事業を創ることなんてできなくなってしまうので。

北口最近ようやく、現地メンバー同士で「遅刻はまずいよ」というやり取りが生まれるくらいになってきました。組織づくりも苦労がとても多かったのですが、大きくしていける兆しも感じられてきましたね。

経営サイドの対応として、「いかにシステマチックに事業が進むか」を定めていくことが重要だと考えています。経営側の判断ではなく、決まりごとで動くようにしておくことで、厄介な出来事を避けられるという結論にたどり着きました。

ほかにも、創業初期に全メンバーとMVVについてディスカッションしたり、成果をあげたメンバーを朝会で表彰したりと、相互理解を促進する取り組みを細かく実施していったのだという。

「日本のスタートアップでよくある光景を持ち込んだだけでは」と冷めた目で見る読者もいるかもしれないが、実際に異文化の中で進めるのは簡単なことではない。経営者として、こうした取り組みに注力し実行を続けるという姿勢こそ、重要なのではないだろうか。

SECTION
/

大きすぎる拡張可能性を、いかに飼いならすか──少数精鋭での壮大な挑戦機会がここに

さて、あたかも成功譚を聞くようにインタビューを進めてきたわけだが、当の酒井・北口両氏はやや気恥ずかしそうに見せる場面もあった。なぜか、それはやはり「まだ成功したなどとは言えず、これから壮大な道のりがあるから」とのことだった。

そこで「モビリティ×ファイナンス」という事業領域が持つ大きなポテンシャルについて、最後に迫っていきたい。

まずインドネシアの市場規模を再確認するとわかりやすい。人口2.8億人に対して、車両の保有率はわずか8%ほど。年間販売台数に換算すると約400万台になる。一方、日本は人口約1億人に対して、新車と中古車をあわせて、年間約600万台が販売されている。経済成長の軌道にあわせ、同社のサービスによって車両保有率を10%拡大するだけでも、約40万台を新たに生み出すという経済価値を創出できるわけだ。

そして「車が提供されて終わり」というわけではない。冒頭で触れた通り「移動」に関するさまざまな価値を生み出していく見通しを示している。今の延長線上だけでも、タクシーとして生み出される経済・社会価値、さらにはドライバーが多くの収入を得ることで生み出される新たな消費が、インドネシアや東南アジアの経済を押し上げる要因になっていく。

また、同社の事業展開もこれから非連続的に拡大していくとみることができる。ドライバーに提供するのは「車」だけでなく「豊かな生活」なのだ。つまり、住宅を始めとしたほかのローンにサービスを広げるというファイナンス事業、カーシェアといったモビリティ事業、そしてプラットフォーム上での広告事業など、拡大可能性は非常に広い。

北口今のユーザーさんたちに対して、もっと低い金利でさまざまなサービスを広げていくというのはやっていきたいですね。

また、基本的に5年間も使っていただく想定になっていくわけなので、人生の中で大きな パートナーとして見てもらえるわけです。なのでファイナンス事業だけでなく、関連するモビリティ事業もそうですし、一人ひとりのユーザーがより良い事業を進められるような効率化サービスなんかも考えられるかもしれません。

車だけにとどまらず、収入にかかわるさまざまな局面で支援ができるようになりたいですね。そのために掲げているのが、「Enhance people's lives by making automobile accessible」というミッションでもあります。

「ファイナンス」を軸に、ユーザー一人ひとりの生活に根差したサービス提供がなされることで、サービス展開の広げ方は非常に多様なものとなっていく。まさにスーパーアプリと呼べそうな展開が期待できそうだ。

むしろいかにして優先度を精査し、重要な事業を起こしていけるか、つまりその大きすぎるポテンシャルを飼いならしていけるか。そうした胆力が求められるフェーズが待っていると言えそうだ。

そのためにもまず、今後の課題は「組織」だという。酒井氏は2つの軸で、狙いを語る。

現地拠点での集合写真(同社提供)

酒井これから急拡大をしていく必要があります。これまで日本人は2名のみで事業運営してきましたが、企業経営としての中核メンバーは、インドネシアの現地にこだわることなく、グローバルに価値を生み出せるような人を採用して一緒に取り組んでいきたい。CxOレイヤーはそんな軸で、採用を進めていく方針です。少数精鋭で進めるイメージですね。

日本発のスタートアップで、本当にグローバルで大きな勝負ができる企業ってまだあまり多くないですよね?僕たちはまだまだ創業期ですが、本当に必死こいてそんな存在を目指しています。共感してくれる人が日本にもいるはず。ぜひまずお気軽にお声がけしてほしいですね。

また一方で、現地のオペレーションをより強固に回していかないとスケールしませんから、ローカルでの採用も広げていきます。これから1年ほどの間に2~3倍に拡大していかなければ、という状況です。こちらも、CxOレイヤーの採用とはまったく異なる難しさがあるので、一緒に進めていく仲間を募集したいですね。

あくまでPMFは通過点──。繰り返しのようだが、やはり二人の語り口から感じられるのは、この強い姿勢だ。この通過点を過ぎただけでもすごいことだというのは確かなのだが、やはり見据える先は世界での勝負である。「映画のようなストーリー」と表現したが、いやいやクライマックスはまだまだ先というわけだ。

このフェーズで、この勢いを持つ日本発のスタートアップはそうそういないはず。もしも「真に大きな挑戦」ができる環境を探している人がいれば……真っ先に、この二人の存在を伝えたいと思う。

こちらの記事は2023年10月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

記事を共有する
記事をいいねする

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。

新規会員登録/ログイン