スタートアップが「極大インパクトの主体」となる最短経路の進み方とは?──プレイド仁科氏が描く社会変革の“フェーズ2”『STUDIO ZERO』の全容に迫る

インタビュイー
仁科 奏

早稲田大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。NTTドコモにて営業企画職、Salesforceにて営業職とカスタマーサクセス職を経験後、プレイドに参画し、営業をリードしながら事業成長に貢献。その後PR Tableに執行役員CFOで入社し、CPOなどを兼務しながら事業成長を実現。再度プレイドに復帰し、事業創造・事業共創を行うSTUDIO ZERO事業を立ち上げ、管掌している。

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日本から魅力あるスタートアップが生まれ、成長していくことはもちろん大切だ。だが同時に、大企業という巨人の一歩を正しい方向に進め、圧倒的なスケール感で社会的・産業的インパクトを起こしていくことも、日本の国力を高めていくためには間違いなく必要だ──。

そう語るのが、CX(顧客体験)プラットフォーム『KARTE(カルテ)』で有名なプレイドが打ち出した新規事業『STUDIO ZERO』の代表を務める仁科 奏氏だ。

そして、この『STUDIO ZERO』という新戦略はプレイドが描く社会変革の“フェーズ2”に他ならない。

“フェーズ1”では、プレイドは『KARTE(カルテ)』を通じた社会変革を試みた。しかし、常識的なSaaS企業の成長スパンで考えれば、社会変革を成し遂げるには長い時間が要求される。一方、日本や世界は課題に溢れており、これらは早急に解決するべき。この視点から、プレイドの新たな目標が現れたのだ。

「大企業や自治体と協働して、その中から産業変革や社会変革を引き起こそう」この挑戦的な目標こそが“フェーズ2”であり、『STUDIO ZERO』の起源でもある。『STUDIO ZERO』は大企業の内部に深く入り込むことで、「変革の種や兆し」を数多く産み出し、それが社会変革を誘発する。その変革の現場に身を置きつつ、プレイド自身も大企業と同等のインパクトを創出するのだ。

そして、最終的な“フェーズ3”では、プレイド自体が大企業並みの社会インパクトを継続的に発揮する存在に変貌する。

この“フェーズ3”を実現するための「最短経路」。そう、それが『STUDIO ZERO』なのだ。

そんなプレイドの新戦略を紐解いていく全3回の連載。

第1弾ではプレイドが、「産業変革創発集団」と形容すべき挑戦を始めた背景や、『STUDIO ZERO』の独自の提供価値について深堀りを実施。

第2弾となる今回は、『STUDIO ZERO』代表の仁科氏にスポットライトを当て、同氏の事業/組織哲学を起点に、そのプロジェクトの全容の奥深くまで迫っていく。

  • TEXT BY HANAKO IKEDA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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自分が不在でも、変わらず回り、さらに発展する組織を

仁科『STUDIO ZERO』のDay1から、仮に明日僕がいなくなってしまったとしても回る、いやさらに進化が加速し続けられるような組織作りに取り組んでいます。

今、僕の時間の7割は、「どうやったらメンバーがもっと面白く動けるか」に費やしていますね(笑)。

プレイドといえば、CX(顧客体験)プラットフォーム『KARTE(カルテ)』。そんなイメージを180度覆すかのごとく、2021年に立ち上がったプレイドの新規事業『STUDIO ZERO』。

さっそく、その事業を構成する4つの“プログラム”に触れたいところではあるが、まずその視線は、『STUDIO ZERO』の代表 仁科氏という事業家へ向けられるべきだ。その理由は、この事業、そして組織が、同氏の思索と人間性、そして哲学に深く影響を受けて形成されているからだ。

インタビュー中、仁科氏は再三に渡って自身の組織作りにおける哲学を強調した。「明日自分がいなくなっても回る組織を作る」と。

仁科僕自身の思考を全部型化してメンバーに伝えていくことに、『STUDIO ZERO』のDay1から、今なおずっと取り組んでいますね。

どんなに小さい話でも、ちゃんと言語化して、口に出して、周囲に伝えていく。そうすれば、自然と組織にも僕の思考の型が浸透して、僕自身がいなくても組織は回るようになる。

相手が新卒でも、リーダークラスでもその姿勢は全く変わりません。いつ僕がいなくなってもいいよう、誰に対しても自分の思考を普段からシェアしておく。そうすれば、明日、僕がいなくなっても、組織の方向性はちゃんと残ります。

あらゆるメンバーに対して平等に、自分の思考の型を普段から伝えているという同氏。その態度からは、『STUDIO ZERO』という事業の継続的な発展・成熟を第一とし、『STUDIO ZERO』が追求するビジョンを何としても具現化したいという覚悟が深く感じ取れる。

一方、特筆すべきは、特定のメンバーを継承者として指名せず、敢えて「強力なリーダー」を作らないという点だ。

仁科自分のレプリカを作るのはナンセンスだと思っています。

先ほど「思考を浸透させる」とは言いましたが、何も、僕と同じ人間になってほしいわけではありません。同じ思考回路を持ちつつ、それぞれの個性を発揮しながら、『STUDIO ZERO』のあるべきを追求し続けてほしいということです。

自分が作ったエッセンスと、自分以外の色んな人たちの強みの相乗効果の方が大事かなと思っていて。組織のコアになる部分だけは自分の思考の型として残しておいて、それ以外の部分はどんどん新しくなっていっていい。

もちろん難しいんですよ。今も当然、社内・社外のコミュニケーションの要所で僕が出ていく場面はあります。でも、そういう場面を最少化していきたいんです。基本はメンバーに任せて、彼らが楽しみながら挑戦できる環境を整備することに注力したいと思っています。

『STUDIO ZERO』の代表として、自分の時間の7割は、「どうやったらメンバーがもっと面白く動けるかに費やしている」と語る仁科氏。逆に、メンバーに厳しく接する場面もあるのだろうか?

仁科僕が怒るパターンは一つしかなくて、法律違反したときですね。つまり、怒ったことはないです(笑)。

「怒る」っていうことをもうちょっと細かく見ていくと、それは、自分の期待と大きく違ったときに抑えきれなくなった際に発露してしまう感情だと僕は定義しています。ですが、常にいろいろなケースを想定しておけば、「怒る」よりも前に、その状況についてしっかり受け止め、建設的な対応をとることができますよね。だから、過去を振り返っても怒った経験はあまりないかもしれないです。

これらの思考は老荘思想とか儒教を勉強しているうちに、整理されていった感覚がありますね。

変にルールを細かく決めるのではなく、基本的に、その人はその人のままでいい。ただ、誰かを陥れるとか、足を引っ張るみたいな、ビジネスパーソンとしてイケてない行為は修正すべきだと思いますが、幸い『STUDIO ZERO』にそんな人は存在していませんね。

一度はプレイドを離れPR Tableにて執行役員CFOを務めた仁科氏が、再びプレイドに戻り始めた『STUDIO ZERO』。故に、この事業には、仁科氏の生涯を通じて得た思索や、哲学が深く映し出されている。

それでもまだ、疑問を持つ読者は多いだろう。何が彼をここまで駆り立てるのかと。次章では、なぜ『STUDIO ZERO』が大手企業や行政の本質的な課題に着目し、社会と産業のあらゆる変革を実現することを目指すのか探りたい。

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日本の大企業の底力を引き出したい。
それが『STUDIO ZERO』の存在理由

仁科『STUDIO ZERO』はずっと事業を創っていきたいんです。自分たちで最低でも年に一つ、JV(Joint Venture)という手段もありですね。他責思考で事業に向き合うのではなく、自責思考で事業に向き合いたいんです。

『STUDIO ZERO』が大企業や行政の本質的な課題に真正面から向き合う、従来のコンサルティングビジネスとは全く違うアプローチを取る組織であることは、前回の記事でもお届けした通りだ。

“大企業の可能性”を内側から引き出すことで、社会や産業に変革を起こすことに着目した『STUDIO ZERO』であるが、そこには仁科氏のどんな想いが込められているのだろうか。

仁科日本の大企業って、スタートアップやベンチャーに在籍していると無意識的にも「正直ちょっとださい」という謎のレッテルが貼られているところがあると思うんです。でも、大手って本当にすごい。個人的にはもっと自信を持つべきだと思ってます。

大企業って、1回方向性が決まってオペレーションが組めて進み始めれば、歩みの一歩一歩は本当にものすごく大きいんですよ。スタートアップではとてもじゃないけど敵わないレベルです。僕自身NTTドコモにいたことがある人間で、大企業の底力を身をもって知っているんです。

この“巨人の一歩”が、事業や企業としての意思決定の主導権が空洞化してしまったことで、数十年レベルで停滞してしまってきた。社会的・産業的に大きなインパクトを起こすに足る箱も、その資格も責任もある企業が本来持つポテンシャルを十分に発揮できていないのは、少し悲しいですよね。

テクノロジーの力でその停滞を“外側”から打ち破っていくこともできると思うし、それをやっているスタートアップがたくさんあることも良いことだと思います。

でも、僕は今は『STUDIO ZERO』で、大企業の可能性を“内側”から引き出す方にいるということです。

スタートアップである自らが主体として、大きな社会的インパクトを目指すのとは別の方向、つまり大企業や行政の“内側”から社会的インパクトをより早く引き出すためのアプローチが、『STUDIO ZERO』というわけだ。

そんな『STUDIO ZERO』では、大きく大企業向け/自治体向けに分けてサービスを提供している。

仁科大企業向けの事業は3つありますが、それぞれ相互に関係しています。

PLAID Accel』では大企業の「新規事業創造」の中に入りこんでいきます。同時に、『PLAID Unison』では基幹事業の中にある課題や、事業自体の方向性を根本的に見直すことに取り組みます。ある種、“両利きの経営”みたいなイメージです。

同時に、僕らが同じ課題をずっと追加で発注してもらっている状況は顧客目線に立つと健全な状態ではないと思っているので、内製化もしたい。ここで登場するのが『PLAID Chime』です。組織のカルチャー変革、組織づくり、人材育成に取り組んでいます。

『PLAID Accel』『PLAID Unison』で事業の課題に取り組み、『PLAID Chime』で支援先の人材を育成するところまでがちゃんと回ると、僕らが伴走して新規事業を作ったり基幹事業を変革した知見がちゃんと型化され、支援先でリーダーが育って、企業が自走できるようになる。これを目指したいんですね。

同様のスキームが自治体向けにも提供できるよね、ということで立ち上がったのが『KARTE.Gov』です。地方の自治体で行政経営をしていく中だと、CXの思考はもちろんのこと、仮説検証の文化もなかったりする。スタートアップとは対極にある組織なので、そこに対して僕らが『KARTE』事業で民間企業との取り組みにおいて培ってきた実績が価値として提供できるんじゃないかと思っています。

STUDIO ZEROの事業展開についての概念図(提供:株式会社プレイド)

プレイドと言えば『KARTE』。そんなイメージを持つ読者はきっと多いはずだろう。もちろん、『KARTE』自体もさまざまな経営課題を解決し、企業の本質的な課題を解くポテンシャルを有する唯一無二のプロダクトという点は強調したい。しかし、プレイドがミッションとしても掲げる「社会変革」を目指す中においては、プロダクトの力だけでは足りない。

いや、むしろ2020年に上場も経て、プロダクトに絶対的な自信を持てる状態になった今だからこそ、ミッションに対してプロダクト以外の方向からもアプローチするような事業『STUDIO ZERO』が始動したというわけだ。

『KARTE』によって培われてきたデータ基盤とノウハウをフル活用し、本質的な問いに向き合いながら、大企業のあり方や組織の根本を内側から変える。そんな『STUDIO ZERO』の全体像がわかってきたところで、いよいよ次章からそれぞれの事業内容を深堀りしていきたい。

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事業創造、事業変革、人材開発。
3つの柱で大企業を内側から変えていく

まずは『PLAID Accel』。主に大企業の新規事業領域に入り込むプログラムだ。

といっても、そのプロセス自体が特殊というわけではない。新規事業の創出を大きく3つのステップに分け、①アイデア出し、②MVP(Minimum Viable Product)、③事業化、としているのだが、これ自体はよくある分類だと言えよう。

つまり、ここで強調すべき強みは、「大企業の中に、どの支援企業よりも深く入り込み、ほぼプレイヤーとして活動する」という点になる。具体的に見てみよう。

仁科大企業においては、当初我々が思っていた以上に新規事業に対する無駄な投資が多いんです。それはなぜか。スタートアップでは当たり前に行われているような「クイック検証のノウハウ」が、大企業側にはないことが多いからです。

スタートアップでは、検証(MVP)の段階では費用と工数は最小限にして、クイックに検証を繰り返すことが基本です。そのためには検証の速度や確度がめちゃくちゃ重要ですが、ほとんどの大企業にはそのノウハウがない。僕らはそこに対して介入していって、無駄な投資をいかに抑えつつ、大企業が当事者意識を持った上で事業やサービスを作っていくか?に伴走しています。

実際に『PLAID Accel』で事業創造に取り組んだ事例がある。誰もが知る大手旅行会社、JTBである。スタートアップならではのノウハウを余すところなく共有し、新規事業のアイデア出しの段階からしっかり内部に入って支援することで、「新規事業創造が苦手」と言われがちな大企業特有の構造的課題を解消しつつあるのだ。

仁科JTBグループといえば言わずと知れた大手の旅行会社ですが、旅行事業以外の新規事業を作っていこうという部署もあります。さらに、もう少し広い受け皿で「旅行事業の中での新規サービスもOK、全く新しいホームラン級の事業でもOK」という、イノベーション風土を作っていくための「ツーリズムラボ」なる取り組みもあります。

僕らが取り組みを行っているのがこの「ツーリズムラボ」。ここで、①事業創造のためのアイデア出し、②検証(MVP)③事業化のステップを実際にクライアントと一緒に回しています。

まずは①アイデア出し。JTBグループ全社の1万数千人から、数ヶ月〜半年で数百件くらいの新規事業アイデアを集めるんです。

大企業ならではの社員数の多さは、出てくるアイデアの量にも比例する。そうして集めた膨大なアイデアを次の②検証フェーズに向けて見込みあるアイデアを数件ほどに絞っていくのだという。

仁科収集された数百件の新規事業アイデアを、先方の事務局(現在は3人、全員課長以上)と共に、有望な数件ほどのアイデアに絞り込みます。

そして、②の検証フェーズではそれらのアイデアには小さい予算を渡して、3か月で検証してもらいます。「そのアイデアコンセプトって本当にユーザーニーズあるの?」みたいな部分を、です。もちろん、検証の過程では『KARTE』を積極的に活用して、LPやデータの検証もクイックに進めることもできます。

検証後は最後僕らにもプレゼンをしてもらって、さすがにニーズが全くないね、というものは落とします。落とされず残ったものには追加で予算を割り当てて、また3か月から半年くらい検証してもらいながら、いよいよJTBの全グループ会社の具体的な部署にパスしていきます。例えば、「このアイデアなら国内の旅行本部の○○部署かな」とか、「行政向け事業を行なっている部署じゃないか」とか。

そうしてアイデアをパスしていって、アイデアの起案者と受け皿となるJTBグループ各社の各部署、部長がタッグを組んで、さらにアイデアを検証する。その結果を再度プレゼンしてもらって、本当にしっかり予算をつけて③の事業化するかどうかを判断していくんです。

このように、新規事業創造の最初の2ステップに『STUDIO ZERO』がしっかり入り込んで、見込みのあるアイデアに絞り込んだうえで小刻みに検証していくことにより、無駄な費用は極力小さく、スピード感も早く新規事業を作っていくことができるんです。

ただのアイデアにいきなり大きな予算をつけて検証するのではなくて、小刻みに、関係各所を巻き込みながら進めていく。まさにスタートアップのようにクイック検証を重ねて“アイデア”を“事業化”していくプロセスを大企業にインプットしていくのだ。大手のスケール感と、スタートアップの機動力・スピード感を両立させた事例と言えるかもしれない。

ここでFastGrowとしても、『STUDIO ZERO』だからもたらされる介在価値を一度整理したい。

『STUDIO ZERO』の介在価値

アイデアを客観的に「絞り込む」ことができる

『STUDIO ZERO』が、『KARTE』によって培われてきたデータ基盤とノウハウをフル活用し、膨大な数のアイデアを客観的に絞り込むことが可能となる。

小刻みに検証していくことができる

今回のJTBグループのように事務局に割ける人数が少ないと、「早い段階で小さな予算を割り当ててあとは各部署にお任せ」となってしまう。結果として事業アイデアは育つづらい、検証も進みづらい、となってしまう。『STUDIO ZERO』が“内部”に介入することで継続的かつアジャイル的に検証が進むように仕組みを作って回していくことが可能となる。

そんな『PLAID Accel』が特に日本の大企業から求められるのは、日本企業特有の課題感が背景にあるという。

仁科大企業の新規事業創造のアプローチには、大別すると3つしかありません。

1つは自分たちで事業を作る、内製のアプローチ。
2つ目はLP出資やCVC経由のベンチャー投資。
3つ目はM&Aです。

この中で、基本的に1つめの内製のアプローチはどの大企業も苦戦中。新規事業創造に成功しているように見える企業でも、実はほとんどM&Aによるもので、自分たち自身で事業を作るノウハウはなかったりだとか。そこに対する大企業の課題感、ニーズはすごくあると感じていますね。

そう話しつつ、事業創造においては、ステップ③事業化までをしっかりやりきることこそが重要だと仁科氏は語る。新規事業創造の3つのステップはすべて大企業で内製化できるようになるべきで、そのために『PLAID Accel』としてはビジネスパートナーとしてお互いリスクを取り、一緒に新規事業を運用していくことを目指していくのだという。

ここには、「アイデア出しや検証のコンサルで儲け続けることには興味がない」という仁科氏の信念があることをFastGrowとしては伝えたい。『STUDIO ZERO』とは、あくまで大企業の可能性を引き出し、「データによって人の価値を最大化する」というプレイドのミッション実現のための手段であることを感じさせる。

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実際にやってみて背中を見せなければ、企業の変革など起こせない

『PLAID Accel』が新規事業創造への取り組みである一方、『PLAID Unison』は既存の基幹事業に対するアプローチだ。

仁科『PLAID Unison』は既存事業へのアプローチなので、事業自体の方向性や合意形成まで切り込んでいく必要があります。『PLAID Accel』と比べると、解くべきテーマはより複雑になりますね。

従来のコンサルティング会社でよくあるのは、事業戦略を引き、中期経営計画を作るという、プランニングで終わるケース。ただ、本来はプランを決めた後、実際にどうやって社内・社外を変革していくのかが一番大事ですよね。これにはすごく胆力というか、ある種の営業力が必要になります。

僕らは実際にお客さんの中に入って一緒にディスカッションをして、プランニングした方向性や戦略を実際にやってみせながら、一緒に組織を変えていきます。

「システムの導入や戦略策定自体は企業の変革のきっかけにはならない」と、仁科氏は断言する。「それだけではただ新しい作業負担を増やしただけだ」と。

仁科企業が変わるきっかけって、「これだったら自分たちもできるかもしれない」という、一縷の望みを見出せるかどうかだと思うんです。僕らはお客さんの組織の中に入り込み、背中を見せてやってみせることで、そのきっかけを作りたい。

例えば直近ですと、大手保険会社さんの営業組織に、『STUDIO ZERO』のメンバーが1人“出向”という形で、組織の中に深く入り込み、一緒に改革を起こした事例が挙げられます。

保険の申し込みのデジタル化、つまり今までずっと紙の書類ベースで行われていたものをシステム化して、WEBから申し込みができるようにするというプロジェクトです。

「WEB化」と聞くと、従来のコンサルティングビジネスと何が違うのか、と疑問に思う読者も多いだろう。仁科氏は、そのプロセスにおいて「背中を見せて実際にやってみせる」ことの重要性を強調する。

仁科従来の、コンサルティングビジネスだと、コンサルタントとクライアントのIT部門が主導してデジタル化を推し進めていくケースがほとんどだと思います。

しかし、『STUDIO ZERO』から出向したメンバーは、実際に一番顧客に近い“営業部の一員”としてシステムを作り上げたんです。すると自然と、現場のオペレーションやCXを意識したシステム設計に辿り着くことができますよね。

この取り組みの結果として、わずか一年で受注数が昨対で数倍になったというのだから驚きだ。また、“組織の一員”として企業の内部に入り込むことによって、組織そのものの雰囲気をガラッと変えてしまう可能性をも孕んでいる。

仁科我々のようなスタートアップ企業からやってきたメンバーが、大企業の組織に新しい風を吹き込みながら、先陣を切って難度の高いプロジェクトを力強く推進していく。

そんなメンバーの姿を近くで見ると、クライアントの組織に「自分たちもこれならできるかもしれない」という意識が芽生えますよね。

「受注数数倍アップ」という分かりやすい成果を残すだけでなく、永続的に組織が変革し続けられるようなカルチャーを根付かせることにこそ価値があると思っています。

前回の取材でも仁科氏は『STUDIO ZERO』における取り組みを総括して「実際に企業の中に入って実行するプロジェクトの進め方としては、起業のアプローチに近いかもしれません。」と形容していた。

『STUDIO ZERO』が「従来のコンサルティングビジネスとは全く違うアプローチ」と何度も強調する理由がここにある。ただ外部パートナーとして事業戦略や、中期経営計画を作るという、プランニングに終始するのみならず、“一緒に事業を作る仲間”として内部からプロジェクトを推進していくのだ。

そのシーンにおいては、ある種の事業づくりにおけるフレームワークの特殊性や独自性のみでは太刀打ちできない部分が多い。プレイドがスタートアップとして実際に事業を作ってきた中で培われた経験やコミットメント力、仁科氏も言及した大企業の組織力学を理解した上での営業力といった多種多様な要素が組み合わさった総合格闘技なのだ。

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STUDIO ZEROが去っても、変革の灯火が消えないように

これまで述べた通り『PLAID Accel』で新規事業を創造し、『PLAID Unison』で既存事業を変革する。もちろんこれだけでも、大企業にもたらすインパクトは計りしれないだろう。

しかし、そのノウハウをクライアント企業自身が内製化できるようにするため、人と組織へアプローチしていくのが『STUDIO ZERO』の思想であり、『PLAID Chime』という事業に込められた想いでもある。

仁科『PLAID Chime』でも面白い案件が増えてきています。ひとつ代表的な事例は三井物産で、DX人材の育成を『PLAID Chime』で支援しています。

三井物産は総合商社ですから、社内には流通、金属、資源…いろんな経験を持った方がいます。その多様なバックグラウンドをお持ちの方々の中から「DX人材になりたい」と希望される方々を集め、その方々を対象として「デジタル総合戦略部」という部署がDX人材育成の旗振り役を担っているんです。

我々はその「デジタル総合戦略部」様と共に三井物産が目指すDX人材像を議論しながら、実際に育成プランを企画・提供をしています。

具体的にはCX視点を有する事業家になるための研修を実施したうえで、実際のDXプロジェクトに対するアドバイザリーを行い、研修で身につけていただいた視点や考え方を実務で発揮できるようになるところまでご支援しました。

せっかく多様な経験やバックグラウンドを持った方が集まるなら、こんな体験・経験・実践を盛り込んで、こういうエッセンスも入れていきたいですよね?という話もしていますね。

企業の人材育成過程への提案だけでなく、逆に「『STUDIO ZERO』の中にクライアント企業の社員を受け入れ、鍛える」という取り組みも行っているという。

仁科研修ももちろん大事なんですが、正直研修だけでは限界もあるなと思っていまして。やっぱり実践経験だったり、日々アウトプットしていかないと、学びの速度は速まらないと思うんですね。

そのために、週に1,2回だけ『STUDIO ZERO』に出向してもらって、『STUDIO ZERO』が取り扱う実際の案件にNDAをしっかりと結んだ上で「顧客アポへ一緒に行く」「STUDIO ZERO自体の事業戦略会議への参加」をはじめ実業務にコミットしてもらう。これだけでも相当面白いですし、実際にものすごく成長に繋がります。

2022年から始めた取り組みなんですが、『STUDIO ZERO』で3か月経験を積んだ方なら、事業開発のノウハウやマインドはしっかり身に着いている。それで元の会社に復帰して即プロモーションしたり、新規事業チームに異動してキャリアチェンジした事例も出てきています。

「なぜ、週に1,2回なのか?」という取材陣の問いかけに対して、「それ以上だと、その出向してきてくれた方が『STUDIO ZERO』に入りたくなっちゃうんですよ」と無邪気な笑みを浮かべる仁科氏。同時に大企業に在籍しているビジネスパーソンが生来もつポテンシャルの高さには目を見張るものがあると続ける。

仁科大企業でしっかり経験を積んでこられた方々は、言うまでもなく元々のポテンシャルはものすごく高いんですよ。ただ、大規模なアセットのなかで既存事業を最適に回していくための能力と、スタートアップ的にクイックに小さい費用で新規事業を0から作っていくのに必要なマインドやスキルは大きく違いますよね。これからは、どちらも併せ持つチームになっていくことが重要なのではないでしょうか?

『STUDIO ZERO』での経験を通して、後者の新規事業創造に必要な筋力を鍛えてもらえれば、まさに「鬼に金棒」と言える。

このように、いろんな経験を積める環境がある『STUDIO ZERO』って、日本の中でも相当ユニークなポジションにあると思うんです。この環境自体にも大きな価値がある。もちろんNDAを含めたさまざまな制約や条件も的確に活用しながら、こうした環境ももっと公に公開/発信していきたいなと考えています。

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自治体も大企業も、根本にある課題は同じ

新規事業創造、基幹事業変革、人材開発という3つの柱で日本の大企業を内側から変革していく3事業を紹介してきたが、これらの民間企業向けのスキームを行政向けに再編成した、『STUDIO ZERO』で4つ目となる新規事業が『KARTE.Gov』である。

仁科自治体で行政経営をしていく取り組みの中には、CX(顧客体験)の思考はもちろん、仮説検証の文化もそもそもないんです。

スタートアップとは文字通り対極にある組織ですが、そこに対してKARTEを始めとして僕らが民間企業で培ってきた実績をリリースしていこうとしていまして。

代表的なものは奈良市の事例ですね。

2021年の秋ごろ、奈良市のデジタル推進室の方々とお会いした際、「市長が標榜されているデジタル市役所構想について有益な情報があれば意見交換をしたい」というお話がありました。

そこに対して、「僕らであれば、民間企業で取り組んできたCX(顧客体験)のノウハウを活かして〇〇のような取り組みで、貢献できるかもしれません」とご提案したところ、少し日を置いてからご連絡をいただき、一緒に市長定例記者会見にて実証実験の発表をしようという流れになりました。先方の意思決定の速さに感動しました。

確かに行政も、「市民の困りごとを解消する」という一種のサービスである。ということは、行政サービスにおけるCX(顧客体験)もまた、『KARTE』や『STUDIO ZERO』で改善できる可能性が大いにあるということだろう。

仁科まずはデジタル市役所構想の1本目として、ホームページの活用と、ホームページ以外で市民の方から集まってきたご指摘、要望を一緒に整理分析し、「デジタルで解決できるものと、そうでないもの」の切り分けを行うところから始めましたね。

そこで我々が着目したのは、奈良市が子育て支援にすごくフォーカスしているということ。子育てで困ってる世代は、やはりデジタルネイティブ世代の方々が多いということもあり、「まずはこの方々をハッピーにしていきませんか?」と検証を開始しました。

【市長会見】 ホームページの個別最適化に向けてCXプラットフォームを用いた実証実験を実施します!

市民に信頼される最先端の行政サービスを。奈良市が目指すデジタル市役所構想とKARTE活用

仁科その検証結果を公に発表すると、別の自治体からも「詳しく聞かせてくれ!」という相談がどんどん舞い込んだりしまして。

既に、他の自治体では、子育て支援だけではなく、教育や移住といったテーマに対しても検証が進んでいますね。また、広報課や情報政策課といった複数の課を集めて、『PLAID Chime』で民間企業向けに提供している人材育成サービスを自治体向けにアレンジしてテスト提供し始めていています。このように、どんどん新しい取り組みがこの『KARTE.Gov』を起点に生まれていますね。

このように、色々な自治体との取り組みを重ねていく中で、仁科氏は大きく2つの収穫が得られたと語る。

仁科一つは、自治体というマーケットに対して、『STUDIO ZERO』や『KARTE』という僕らのサービスはニーズがありそうだという見込みができたこと。

二つ目は、あらゆる自治体に共通する課題がそれなりに多くあり、それを『STUDIO ZERO』は解消できるかもしれないという可能性が見えたこと。

スピード感という観点では、大企業のDXよりもさらに自治体の動きはゆっくりと言える部分があるかもしれませんが、根本の課題は大企業も地方自治体も大きくは変わらないんです。

であれば、『STUDIO ZERO』が得意とする「我々が旗振り役となり、現場の方を巻き込んで、自信を持ってもらい、内側から組織を変革する」が通用する。これを発見できたのは大きかったです。

仁科氏が何度も強調したのは、行政サービスもビジネスセクターと同じく「CX視点が必要」ということだ。市民や住民に対しても、個々人のニーズを深く理解した上で、一人ひとりに最適な情報や体験などを一貫して提供する。つまり、行政サービスにおいても顧客至高なサービス体験の設計と実装が重要になってきているのだ。

そんな『KARTE.gov』は2023年3月にβ版としてリリースされたばかりだ。「まだまだ、提供価値のシャープさと、プライシングには課題があるので事業検証に注力している」と仁科氏は口にするものの、そのコンセプトは確実に多くの自治体の支持を集めつつある。

大企業の新規事業創造に伴走しながら、自分たちの新規事業もしっかり作っていっている。『KARTE.Gov』という4つ目の事業そのものが、『STUDIO ZERO』の高度なプランニング力と確かな実行力を裏付けるものといえそうだ。

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元CxO、役員クラスであっても、入社6か月間はP/Lを一切見ず、あえて期待値を下げる

『STUDIO ZERO』の4つのプログラムそれぞれについて事例も交えて深掘りし、全体の解像度も高まってきたのではないだろうか。しかし、ここまでの話を聞くと、よほどプロフェッショナルな人材でなければ、『STUDIO ZERO』の一員として結果を出すことが難しいように思える。

仁科氏も「確かに、難しい仕事になるので、それなりにスキルや経験は必要かもしれない」とした上で、「ただしそんなことよりも......」と一緒に働きたい人物像を話してくれた。

仁科事業を学びたい、事業経営してみたいと思っている方は本当に大歓迎です!

『STUDIO ZERO』の取り組みは、いかに大きな組織を内側から変えながら、その大組織のアセットを対等に活用させてもらうのかということです。単純な課題解決の案件は極力受注しないようにしています。顧客の変革を行いながら、次第に顧客と共に産業課題や社会課題の解決に対して協働していく取り組みなんです。

こうした「事業を作る」の根本にあるのは「人を動かす」ことなんですね。人から信頼を得て、人を動かして、人とともに何かを解消しにいくこと。

これができる人とはぜひ一緒に働きたいですし、これから学びたい人がいたら、本当に多くの成長の機会があるので自分の人生のためにそのような機会を上手く活用できるよというのが、『STUDIO ZERO』という場なのかなと思います。

事業家マインドを持った人であれば、これから学んでいくというステータスでも門戸は開かれている。さらに、『STUDIO ZERO』では「入社6か月間はP/Lを一切見ず、あえて期待値を下げる」というユニークなオンボーディング体制をとっているという。

仁科『STUDIO ZERO』にジョインしてくる方には、他のスタートアップのCxOクラスとか、コンサル出身者、事業会社の役員候補レベルの方も多いです。ただ、前職でどんな経験をしていたとしても、あえて最初の半年間は無理な力試しはさせないようにしています。これは即戦力の超リーダー層であっても、メンバーでもみんな同じです。

最初に気張ってしまうと、逆に失敗してしまうケースも多いと聞くからです。もちろん事業責任者としては、内心「貢献してくれないかな」と期待してしまう気持ちもありますが(笑)。

ただ、最近は「最初の6か月はP/Lを一切気にしなくていい」と言いつつ、4か月目くらいから一気に結果を出せる方が増え始めてますね。1年前と比べると今の方が顧客と信頼関係を築き始めているので、組織として新規顧客の開拓を焦らなくて良いというのも、入社した方々が焦らずに結果を出しやすい環境に繋がっているのかもしれません。

ユニークなオンボーディング体制は、それ以外にもある。内定者とは入社前からNDAを締結し、ジョインする前に『STUDIO ZERO』の全容と詳細を全て包み隠さず伝えてしまうのだという。

仁科大体皆さん内定承諾から入社まで3〜4か月くらいはあるので、その間に全部伝えてしまいますね。いま我々が困っていることとか、入社するタイミングではこういう問題が出てきそうなんだけどお願いしますねとか。飲み会も入社前に2,3回はします。なんなら、『STUDIO ZERO』の知らないところなんてほとんどない状態で入社してもらいます(笑)。

気持ちと知識のオンボーディングをほぼ終えた状態で、入社初日を迎えられるようにするんです。これなら、入ってから「何だこれ!」とは全くならないはず。それでも最初は皆さんやっぱり気張りすぎてしまうので、その上で「半年間はP/L貢献を見ないようにするので、焦らずにこの環境に慣れてほしい」と伝えて入社後から成果を出すことに急ぐ気持ちを抑えてあげるというのが、功を奏しているのかなと思います。

大企業や自治体の内側に入り込み、様々な人を動かしながら事業を創造し、変革し、組織をも変えていく。実際のエピソードは聞いているだけでもワクワクさせられたが、実行する側になると当然一筋縄ではいかないことも多いだろう。

だが、仁科氏の言葉からは、最初からできる人間だけが生き残ればいいというスタンスではなく、事業家マインドを持った人材の力をどうやって最大限引き出すかを常に考え続けていることが伺えた。

次回の記事では、『STUDIO ZERO』事業本部 でCX Directorを務める 石井 晃樹氏にインタビューを実施。この石井氏という人物は、先にご紹介した、大手保険会社の営業組織に単身で入り込み、組織変革を起こした当の本人である。

どのようにして、「出向から一年で受注数数倍アップ」という成果を残すことができたのか、その詳細についてとことん深堀りしていく。ぜひ次回も見逃すことなかれ。

こちらの記事は2023年07月24日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

池田 華子

写真

藤田 慎一郎

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