2度の社名変更とピボット。
「地獄を見た」ROXXだから語れる、執念の価値

インタビュイー
中嶋 汰朗

1992年東京生まれ。大学時代の2013年、株式会社SCOUTERを設立。これまでに累計12億円を資金調達し、HR Techを代表する企業の一社へと成長させる。2019年7月にSCOUTERからROXXへ社名変更。日本初の月額制リファレンスチェックサービス『back check』や、人材紹介会社向けのクラウド求人プラットフォーム『agent bank』の開発・運営を行う。

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どれだけ失敗しても、執念を持って続けていくことが重要──「経営において大切なこと」を問われて、こう答える経営者は少なくない。だが、メディアは大型の資金調達やプロダクトの急成長といった“成功”を取り上げがちであり、その影に潜む失敗についてはあまり語られない。

今回描くのは、失敗の物語だ。登場するのは、人材紹介会社向けのクラウド求人プラットフォーム『agent bank』や月額制リファレンスチェックサービス『back check』を運営する、ROXXの代表取締役・中嶋汰朗氏。気鋭のスタートアップが失敗し、這い上がってきた軌跡をたどる。

学生時代に起業し、2度にわたる社名変更とピボット、そして2億円以上の資金調達の後に資金ショートの危機を経験した。中嶋氏の来歴から浮かび上がってきたのは、成功だけに光を当てた物語からは学べない「執念の価値」だ。

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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小規模エージェントを支援する『agent bank』、狙うは1兆円市場

失敗の物語に入る前に、ROXXの事業紹介から始めよう。同社が手がける『agent bank』は、人材紹介会社向けの求人データベースとして、日本で最も多くの「転職」を生み出している。

通常、人材紹介会社は企業と「人材紹介契約」を結び、転職希望者を引き合わせる。しかし、全国に約2万2,000社ある人材紹介会社の約9割が従業員10人以下の事業者であり、そうした小さなエージェントが大手企業との契約を結ぶのは難しいという。大手企業はエージェントに、転職者の質の高さと共に人数の多さも求めるため、小規模な事業者のリソースでは対処できないからだ。

『agent bank』は、そんな小さなエージェントと大企業の橋渡し役を担う。登録されている求人数は、2020年8月時点で約1,800。大手企業からベンチャー企業まで、業種業界を問わず、多様な求人が掲載されている。登録しているエージェントは、掲載されているすべての求人に対して転職希望者の紹介が可能だ。現在の登録エージェントは約400社。毎月のべ約1万件もの人材紹介が『agent bank』で行われている。

好調の要因は、紹介する人材の幅を広げたことにある。中嶋氏によれば「人材紹介を利用して転職が決まるのは、転職者全体の6%」。しかし、マイナビが実施している「転職動向調査」によれば、応募手段として人材紹介を利用している転職者は26.8%にのぼる。この20%の差こそ、『agent bank』の成長の鍵だ。

株式会社ROXX 代表取締役 中嶋汰朗氏

中嶋人材紹介は、ある程度スキルを持った人のための転職サービスなので、「法人営業経験3年以上」といった条件が付くことが多い。僕の経験上、エージェントが10名の候補者を案内しても、決定に至るのは1名程度です。

では、経験者として募集基準に満たない方はどのようにして転職に至っているかというと、求人広告メディアやハローワーク経由がほとんど。『agent bank』の特徴は、こうした従来の人材紹介では転職まで至らなかった、経験が豊富ではない転職希望者も採用の対象となるような求人を掲載している点です。経験を問わないポジションの求人も多数取り扱うことで、これまでエージェントが転職をサポートできなかった方々と企業のマッチングを生み出せるようになったんです。

中嶋氏の試算によれば、人材紹介業の市場規模は3,500億〜4,000億円だという。一方、求人広告業の市場規模は約1兆円。『agent bank』は、この1兆円市場に切り込もうとしているのだ。

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「面接頼り」の選考には限界がある?

ROXXにはもう一つの主力事業がある。月額制リファレンスチェックサービスの『back check』だ。リファレンスチェックとは、中途採用の過程において、候補者の勤務状況や人物像などについて、前職の上司や同僚に確認すること。同サービスはローンチ後10カ月で累計300社以上に導入され、5,000件以上のリファレンスチェックを実施している。

中嶋氏は、「転職までの努力や成果が正当に評価される世の中にしたい」という想いをサービスに込めた。

中嶋すべての転職希望者が、自らの成果をすらすらと話せるわけではありませんよね。成果を残しているものの、きちんとそれを伝えられない人もいる。

そうした人が損をしないようにしたいんです。リファレンスチェックは、面接では伝わらないかもしれない、候補者の良さや改善点を含めた「ありのままの姿」を浮き彫りにする。当然、企業にとってもメリットは大きいと考えています。

『back check』は、候補者自身が前職の上司や同僚にチェックシートへの記入を依頼する仕組みとなっている。ローンチ当初は「どうせみんな良いことしか書かないのではないか」など、客観性に対する懸念が寄せられたそうだが、ふたを開けてみれば実に85%もの記入者が、ネガティブな意見も記載しているという。「記入者にインセンティブは発生しないものの、驚くほどたくさんの情報を書いてくれる」と中嶋氏。

中嶋導入企業から「ここまで書いてくれるのか」と驚きの声が上がるほど、皆さん協力的です。正直に言えば、僕たちもびっくりしました。「候補者の新たなチャレンジを応援したい」というモチベーションで、事細かにポジティブな評価を書いてくださる方から、「これまではあまり言えなかったけど……」と、正直に懸念点を書いてくださる方まで、予想を遥かに超えた情報量が寄せられています。

『back check』のサンプル画面。寄せられた元同僚たちの声の分析結果が並ぶ。

『back check』は日本の「新たな採用のあり方」に先鞭をつけるサービスだ。アメリカでは主にマネジメント層の採用にはリファレンスチェックがよく実施される。しかし日本では、役員クラスの採用では増えてきたものの、まだまだ普及率は高いとは言えないという。

中嶋2019年の転職者数は年間351万人。今後も雇用の流動性は高まり、一生のうちで転職を経験する人の割合、平均転職回数が増えていくのは自明です。だからこそ、転職するごとに評価がリセットされるのではなく、きちんと積み上げられていく仕組みが必要だと考えているんです。

役員以上など限られた層の選考だけではなく、すべての人の選考にリファレンスチェックが利用され、採用のミスマッチを減らすことに貢献していきたいですね。

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就活すらしていない大学生が生み出した、人材業の新たなビジネスモデル

順風満帆に見えるROXXだが、その道のりは失敗と挫折に満ちていた。

中嶋氏が会社を立ち上げたのは大学在学時。きっかけは「ベンチャー起業論」という講義だった。週替わりで登壇する起業家たちが語るストーリーに惹き込まれたのだ。

中嶋単純なので、影響されちゃったんですよね。人生かけて取り組めそうな大きなテーマだな!って。

中学生のときからバンド活動を続けていたのですが、なんとなく「音楽で食べていくのは難しいな」と感じ、進路を迷っていた頃でした。周囲の友人は就職活動を始めていたのですが、肩まで伸ばしていた髪も切りたくなかったですし、何より就職することに情熱を持てなかった(笑)。

それに、起業家たちの話がバンド活動に重なって聞こえたんですよね。「採用はメンバー集めで、上場はメジャーデビューみたいなもんか」って。今でも企業経営とバンドは重なる部分が多いと思っています。そうして、バンドマンではなく起業家として成功することが、僕の新たな目標になったんです。

こうして、ROXXの前身であるRENOは立ち上げられた。当時は「Twitterを触るくらいでウェブサービスに関する知識は無いに等しく、ましてやサービスをつくる側に回るなんて想像もしていなかった」という。

まず手掛けたのは、新卒人材紹介事業。就職活動がうまくいかず困っている友人がいたことが、事業領域の選定理由だった。中嶋氏は「本当にイケてなかったですね」と苦笑する。

中嶋人材紹介業なのでプロダクトもありませんし、誰にも注目されない。エンジニアもいなかったので、プロダクトを開発する目処も立っていませんでしたし、資金調達の見込みすらなかった。

メディアに取り上げられる同世代の起業家と比べて「自分は何をやっているんだろう」と、恥ずかしく思っていましたね。

「営業リストが売られていることすら知らなかった」ため、数人の友人と共に四季報を片手にひたすら営業電話を繰り返す日々。人手を増やそうにも、雇う金銭的な余裕もない。だが、転機は突然訪れた。「人を雇わず、転職支援のアプローチを増やす方法はないか」と考えるうちに、ソーシャルヘッドハンティングというアイデアへたどり着く。

そこから生み出されたのが、『SCOUTER』だ。このサービスは、個人が“副業エージェント”となり、同僚や友人など身近な転職希望者を企業に紹介するのが特徴だ。採用が決定した暁には、個人エージェントとRENOに紹介料が支払われる。

2016年3月にベータ版をリリースすると、人材業の新たなビジネスモデルとして大きな注目を集めた。さまざまなメディアに取り上げられ、同年9月にはプレシリーズAラウンドで、クルーズ、イーストベンチャーズ、三菱UFJキャピタルを引受先とする総額約6,100万円の第三者割当増資を実施。この資金調達と同時に、社名をSCOUTERとすることを発表した。

その後、2017年5月にはシリーズAラウンドでANRI、ベクトル、SMBCベンチャーキャピタルなどから総額1.5億円の資金を調達し、事業は順調に拡大──していくかに見えたが、好調は長くは続かなかった。

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わずか1年で、資金ショート寸前に

2017年前後、中嶋氏は「焦っていた」と状況を振り返る。

中嶋調達した資金は採用やマーケティングに費やしました。とにかく人を増やし、ユーザーを獲得できればサービスは伸び続けると思っていたんです。しかし、その意図とは裏腹に、成長は鈍化してしまいました。

原因は、PMF(プロダクト・マーケット・フィット)していない状態で投資をしたことです。「やるべきこと」が明確になっていない中で社員を増やしてしまった結果、次に繋がる成長を実現できなかった。

今思い返せば、昔から一緒にやってきた仲間を信じきれていなかった面もあると思います。会社へのコミットメントや、チームとしての一体感の大切さを甘く見ていました。

鈍化はさらなる悪循環を生んだ。『SCOUTER』のリリース当初は4人だった正社員が20人にまで膨れ上がった頃には、取り返しのつかない状況にまで陥ってしまったと回顧する。

中嶋サービスの成長が鈍化するにつれ、組織の雰囲気も悪くなっていきました。犯人探しではないですが、パフォーマンスが発揮できていないメンバーのことを、他の人が気にし出したり、入社時期の差でメンバー間に溝が生まれたり……。あの頃はかなりひどい状況で、退職者も数多く出してしまいました。

負のスパイラルから抜け出せず、2018年初頭には「あと数カ月でキャッシュが底をつく」状態にまで陥ることになる。

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「メインサービスのクローズ」という苦渋の選択と再出発

息を吹き返すきっかけとなったのはユーザーの声だった。『SCOUTER』を利用していた個人エージェントの中には、人材紹介会社に勤務する人もおり、彼らから「会社として利用させてほしい」と要望が上がったのだ。

中嶋四季報を片手に電話していた頃を思い出したんです。当時、企業との個別契約を結ばずに人材を紹介できるプラットフォームがあったら、絶対に使っていたなと。あの頃の僕たちのような、小さな紹介会社を対象にしたサービスとして『SCOUTER』を生まれ変わらせられるかもしれないと考えたんです。

『SCOUTER』を改善し続けながら、人材紹介会社向けの新サービスを生み出すプロジェクトが動き始めた。エージェントが候補者を送るべき求人は、すでに『SCOUTER』に掲載されている。新サービスの立ち上げは、法人用アカウントの価格を決定し、売り込むだけで済んだ。

「1カ月で何万円と目標を決め、達成できなければこのプロジェクトを閉じよう」と覚悟し、専任の担当者を1人つけて人材紹介会社へ営業をかけていった。結果、目標は達成。こうして、のちに『agent bank』と名前を変えることになる『SARDINE』が生み出され、リソースを集中させるために『SCOUTER』のクローズを決定した。

中嶋本当にぎりぎりのところでした。絶望的な状況の中での唯一の光が『SARDINE』だったんです。『SCOUTER』は社名にまでしたサービス。それを閉じるのは簡単な選択ではありませんでしたが、背に腹は変えられない状況でしたね。

全社員を集め『SCOUTER』のクローズと『SARDINE』に全力を注ぐことを発表しました。嬉しかったのは、このタイミングで辞めるメンバーがほとんどいなかったこと。「改めて会社を立て直していこう」と、初期からいるメンバーが中心となって組織がまとまり、定着率も改善していきました。

「事業が伸びているからジョインした」のではなく、「事業を伸ばすためにジョインした」メンバーたちの力を感じましたね。

『SARDINE』をグロースさせるために力を入れたのは「地道なことの積み上げ」だと、中嶋氏は語る。『SCOUTER』の失敗を踏まえ、追うべき数字を決め、それを愚直に追う。架電数や訪問数など細かく目標を設定し、ひたすら追い続ける──そんな“当たり前”を怠らなかったことが、サービスのグロースにつながった。

中嶋いま思えば、過去の失敗の原因は「大きなことをしよう」と地に足が着いていない状態が長らく続いた点にありました。失敗を乗り越え、プロダクトをグロースさせて初めて、「何か一つの大きな施策によって、サービスが突然良くなることなんてない」と気付くことができました。

コツコツと小さなことを積み上げるしかありません。いまも派手なことはできていませんが「日々、正しい行動を積み重ねること」は、会社としてできているかなと思っています。

2019年7月、社名をROXXに変更し、同年9月には『SARDINE』を『agent bank』に名称変更。翌10月には『back check』を正式リリースし、名実共に新たなスタートを切ったのである。

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求めるのは「波に乗れる人」ではなく、「波をつくり出せる人」

今後の展望を聞くと、元バンドマンらしい答えが返ってきた。

中嶋アルバムを何枚も出していくような感覚で、次々と事業を生み出していきたいんです。HR領域にもこだわりはありません。

大切にしたいのは、世の中の課題解決につながる事業であることと、長期的に腰を据えて取り組める領域でサービスを展開すること。短期的に注目を集める“一発屋”ではなく、20年、30年と世代を超えて長く愛されるアーティストのようにサービスをつくっていきたいですね。

目下の課題は、自ら事業をつくり成長させようという気概を持ったメンバーの育成と採用だ。過去の失敗を踏まえ、「波に乗れる人」ではなく「波をつくり出せる人」を求めている。

中嶋本気で事業をつくろう、伸ばそうと思ったりして会社に入ってくれる人は、とても希少価値が高いと思っています。なぜならば、そういった人の多くは自ら起業することを選びますから。

会社が少し大きくなってくると、すでに起きている波に乗ろうとする人も増えてくる。もちろん、それ自体は悪いことではありませんが、少なくとも僕たちは「波をつくろうとする人」に仲間になってほしい。

ROXXはいい波ばかりではありませんでしたし、転覆しそうなほどの荒波を乗り越えてここまで来ました。どんな波が来ようが、それを必ずいい波に変えてやろうというスタンスを持った人を待っています。

こちらの記事は2020年09月28日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

写真

藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

校正/校閲者。PC雑誌ライター、新聞記者を経てフリーランスの校正者に。これまでに、ビジネス書からアーティスト本まで硬軟織り交ぜた書籍、雑誌、Webメディアなどノンフィクションを中心に活動。文芸校閲に興味あり。名古屋在住。

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