サービスの着想は「外食好き」な自分の原体験。
mendは市場不明でも信じた未来に挑戦する

インタビュイー
甚田 翔也
  • Somewhere株式会社 Founder / CEO 

大学生時代からEコマースプラットフォームを展開するBASEや、仮想通貨取引所を運営するコインチェックなどでエンジニアとしてインターンを経験。スタートアップ向けニュースサイト『BRIDGE』では、リサーチャーとしての仕事も経験。卒業後、ご近所SNSを開発するマチマチに入社する。フリーランスの期間も経験しながら、起業に備えていた後、事業化に向けて覚悟を決めた甚田氏は、Somewhereを創業。

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世の中には、市場規模はわからなかったとしても、確実に課題は存在している領域がある。こうした領域はリスクが大きく、たいていのビジネスパーソンは手を出さない。だからこそ、スタートアップが挑戦すべきだ。

「面倒ごと」をチャットで相談・解決できるコンシェルジュサービス『mend』を運営すSomewhereの代表である甚田翔也氏は、そんなスタートアップならではのチャレンジに身を投じる起業家の一人。

長くステルスでサービスの仮説検証を行い、ステルスが解けたあとも事前登録のみのプレリリース状態。ハイリスクな領域で、時間をかけてサービスづくりに取り組む甚田氏に、背景にある狙いや思いを聞いた。

  • TEXT BY MARINA AOKI
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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サービスの仮説検証にかけた時間は2年以上

「来週の会食の店を決めなきゃ」

「子どものクリスマスプレゼントを用意したい」

「近所でおいしいテイクアウトのお店はないかな」

「あ、再配達かけなきゃ」

いずれも、わずかな時間を割けばできる作業。ただ、その“ちょっとした手間”こそつい後回しにしがちではないだろうか。こうした作業を、気軽にお願いできるのが『mend』だ。

LINEのチャットで相談をすれば、店の提案から予約、プレゼント候補の選定など、リサーチから実行まで、必要なサポートを一通り提供してくれる。ユーザーが普段から使い慣れているLINEを通じて、利用場面を限らずお願いができる。チャットに人力で応答しているため、依頼内容が明確でなくとも「空気を読んで」対応。その独特な心地よさが好評だ。

オンラインアシスタントやクレジットカードのコンシェルジュサービスなど、類似の体験を提供しているプレイヤーも思い浮かぶが、競合との違いをどのように捉えているのだろうか。

甚田忙しいビジネスパーソンをサポートするサービスは他にもあります。ただ、ビジネスのサポートに限られていたり、そもそも依頼のために電話しなきゃいけないなど気軽に使えなかったりと、UXに改善の余地がある。仕事もプライベートも関係なく頼める、ちょうどいいサービスがなかったんです。

「ちょうどよい」ニーズに合わせた結果、利用料は決して安くはないが、2020年3月の事前登録受付から約3ヶ月で、登録者は1,100人を超えているという。

事前登録の受付までに2年間かけて、スタートアップの経営者や投資家など、「時間を買いたい」と考えるようなターゲットユーザーに限定して試験的にサービスを展開。サービスとしての仮説検証を繰り返し、事前登録の募集に至っている。かなり慎重にサービスを展開しようとしている同社は、どういった経緯で始まったのだろうか。

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意外に大きい「面倒ごとの解決」という市場

『mend』について理解する上で、代表の甚田氏のキャリアについて触れないわけにはいかないだろう。同氏は、大学生時代からEコマースプラットフォームを展開するBASEや、仮想通貨取引所を運営するコインチェックなどでエンジニアとしてインターンを経験。スタートアップ向けニュースサイト『BRIDGE』では、リサーチャーとしての仕事も経験した。卒業後、ご近所SNSを開発するマチマチに入社する。

在学中から複数の創業期のスタートアップで密度の濃い時間を過ごした甚田氏には、起業に関して知識と熱意が蓄積されていた。マチマチを退職後、フリーランスの期間も経験しながら、起業に備えていたという。

甚田ずっとスタートアップで働いてきたので、起業のしんどさはある程度わかっているつもりです。特に創業者は、明日会社が潰れてもおかしくないような綱渡りの中で責任重大な意思決定を日々していかなきゃいけない。大変ですよね(笑)。

僕は起業に関してかっこいい原体験や、使命感があったわけではありません。ただ、どれだけ大変であっても「起業が自分の人生に一番納得できる」と確信していたんです。

常に自分で決めて、その結果も全部自分で引き受ける。その人生は納得感があってよさそうだなって。「一番、自分の人生を自分で決められる選択肢ってなんだろう?」って考えたら、起業しかない、となりました。

起業家たちの、大変そうながらもエネルギーに溢れた姿を目の当たりにしていれば、起業へと足を踏み出すのは必然だったのかもしれない。起業するにあたり、重要だと語られるのが市場の選定だ。

甚田サービスを思いついたきっかけは、投資家の知人に「お店探しとか予約とか、気軽に頼めるようなサービスがほしい」と言われたことです。もともと、僕が給与の8割を食費に突っ込む月もあるほどの外食好きだったこともあり、人に「良いお店教えて」と聞かれることが多かったんです。

そんな経験から、相手のことを理解して対応する“よしなに力”があれば、高い技術力がなくてもパーソナライズできる、コンシェルジュサービスの案が浮かびました。

どんな市場で、どんな事業を立ち上げるのか。そこに起業家の個性が現れる。甚田氏が選んだ市場は、彼自身の性格や趣味があったからこそたどり着いたものだと言える。彼はサービスの仮説検証に向けて、小さな小さなスタートを踏み出した。

甚田「じゃあ、お願いしたいことをFacebookメッセンジャーでどんどん投げてください」と言って始まったのが、『mend』の前身でした。2018年12月半ばの頃です。そこから1年弱、周囲でお世話になっていた投資家や経営者の方々数十人を対象にサービスを提供。ほぼ一人で仮説検証を繰り返していきました。

仮説検証の結果、ユーザーのニーズは想像以上だった。甚田氏は「人に頼みたい面倒ごとって、こんなにあるのか」と感じたという。

甚田面倒って普遍的な課題なんですよ。面倒がなくなることも、それがハードルになって何かを諦めることも、時代を問わず存在していたはずです。変化とともに新たな面倒が生まれ、その解消のための手段が求められる。面倒を解消するためのソリューションは必要とされるはずだ、と感じてサービス化を決意しました。

「正直、面倒ごとの解決がどの市場なのか、市場規模はどの程度あるのかも、わかっていないんですよね」と甚田氏は語る。事業のポテンシャルは市場のポテンシャル。にも関わらず、市場規模がつかめないなかで事業化に着手するのは、ただでさえ高いスタートアップのリスクをさらに引き上げる。決断を後押ししたのは、これまでに働いてきたスタートアップから授かったDNAだ。

甚田マーケットが明確ではなかったとしても、人間にとって解決されるべき課題は間違いなくここにあるんです。スタートアップとして、難しい道を歩むことになるのは覚悟の上。ピーター・ティールも「カテゴリーに抵抗しろ」「自分たちのサービスを括るべきではない」といっていますし、目指す未来には間違いなく価値があると確信できるなら、時間軸を長めに見て成長していこうと考えました。

僕自身、今から10年後に自分で情報量の多いウェブサイトを端から端まで読んで必要な情報を見つけたり、自分で電話をして何かを予約・手配したり、ECサイトで自分の情報をいちいち入力したりといった様子があまり想像つかなかった。であればやるべきという思いもありました。

事業化に向けて覚悟を決めた甚田氏は、Somewhereを創業。2019年3月に個人投資家から3,500万円を資金調達し、本格的なサービスの仮説検証に乗り出す。ツールを複数人で運営しやすい点などからコミュニケーションツールをLINEに移行し、『mend』の公式アカウントを開設。一人でやっていた対応をオペレーションとして確立する挑戦が始まった。

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ホスピタリティとオペレーションの両立がサービスのコアな価値

サービス化していく上でまず実施したのが、何が価値で、どこを効率化できるのか。事業としてのコアバリューとスケーラビリティをふまえた整理だ。

甚田「人のホスピタリティを大事にしつつ、見えない部分をいかにテクノロジーで効率化するか」を考えました。どの部分は人間にしかできないのか、どの部分はテクノロジーを使うべきか。最もお客さまにとって気持ちよく、事業として成立可能なバランスを模索してきました。

我々が提供すべき体験を定義する上で参考にしたのは、ザ・リッツ・カールトンのような高級ホテルです。お客様のことを理解していて、必要とするであろうものを先回りで提供してくれる。「言わなくてもわかってくれる感」がほしいなと考えました。

ホスピタリティへのこだわりが、ビジネスモデル構築やユーザー体験の設計に大きく影響している。特に重要になるのが、ユーザーとの接点となるチャットコミュニケーションだ。

甚田お客さまの体験の質を下げないために、依頼の窓口を人で対応するのは絶対に必要です。対応を自動化して無料もしくは低価格で提供してマスに広げるというモデルは、いくつか先行例がありましたが苦戦していた。低価格で一気にお客さまが増えた結果、依頼対応のオペレーションが崩れて、サービスの品質が落ちてしまったんです。

『mend』の目指す価値は「ふわっとしたものの意図の汲み取り、いい感じに処理する」こと。いわば依頼の内容を理解・整理する要件定義の役割なんですよね。将来的には要件定義さえできれば、あとは機械や各領域のプロフェッショナルにお任せできる未来を目指しています。その要件定義であるチャットの窓口を機械に任せるのはまだまだ当分難しい。

目指すユーザー体験のために、窓口で対応する人のホスピタリティは譲れない。『mend』のビジネスモデルも、それを前提に考えていった。人件費を加味して数万円の月額料金を設定。急激なグロースによって対応品質を崩さないために、クローズドで2年以上運営を続け、オペレーションを磨いてきた。オペレーションも、ホスピタリティと対をなす『mend』のコアな価値だ。

甚田仕組みを作る上では、無印良品やユニクロを参考にしました。彼らは、業務を標準化し、どのメンバーでもレベルの高い接客ができるよう、徹底的にマニュアル化をしているんです。高級サービスでよければ属人性が高くても良いかも知れませんが、我々はより多くの人が価値を享受できるサービスを作りたいので。

とはいえ、まだまだお客さまにご迷惑をおかけする場面があるので試行錯誤と改善の繰り返しの日々です。

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面倒ごとの解決を超え、やりたいことを後押しする存在へ

2020年3月の事前登録の受付開始に先立ち、2019年12月には再度資金調達を実施。総額は1.1億円まで拡大した。成立していない市場でスタートアップとして事業を成長させるために、『mend』は慎重に検証を進めている。市場が未確定であること、長く時間がかかる事業であることは資金調達においては不利になる。

甚田多くの人力を必要とする、いわゆる労働集約型の事業です。なんて言うと、投資家の方から微妙な顔をされることもあります。残念ながら、◯◯TechとかSaaSとか、そういうイケてる感じじゃないので(笑)。ただ、事業としての可能性は高い。

『mend』は今、お客さまが何かしようと思ったときのファーストコンタクトを担っている状態です。何かを買いたいときも『mend』、調べ物も『mend』、引っ越し関連の手続きをまるっと対応したりなんかもします。

日々の生活で発生するニーズや、どういった選択肢から最終的に何を選ぶのかといった消費行動のデータはもちろん、買い物代行の際の決済データまで溜まってきています。「生活のハブになれるな」って感じてます。

『mend』を継続して利用してもらうことでユーザーのデータが溜まり、よりユーザーの面倒ごとを解消できる。データを蓄積していった先には、テクノロジーによるスケールも見据えているという。

甚田高級ホテルのホテルマンや秘書が提供するようなハイクオリティなサポートは、テクノロジーが乗っていない部分がほとんどです。ゆえに享受しようとしたら高価格ですよね。そこをテクノロジーやアルゴリズムを使って、どこまで労力をかけず、安定的に提供できるかを実験している感覚です。

『Netflix』や『YouTube』など、精度の高さで知られるレコメンドエンジンは数多く存在します。『mend』では飲食店のデータベースの構築と、お客様ごとに合わせて適切なレコメンドを即座に出せるような仕組みを構築するべく開発を進めています。これも、データが溜まれば貯まるほど、より質の高い提案を、誰でも安定的にできるオペレーションを目指しています。

『mend』は長い仮説検証期間の中にあった。本リリースを前に、勝ち筋が見えてきている段階だ。今後は、法人向けプランの提供や、生活のインフラ化などの構想があるという。そうして『mend』が多くの人に利用されるようになった先に、甚田氏は「もっと、やりたいことを実現できる世界」を見ている。

甚田「面倒ごと」の解決というと、今あるマイナスをゼロにするイメージかもしれません。実際、まずはその部分をしっかりできるように取り組んでいます。

そして、さらにその先にある、やりたいことの後押しまでしていきたいと思っています。「旅行に行きたい」「おいしいごはんを食べたい」「仕事の成果を残したい」、そういうときの障壁をできるだけなくして、やりたかったことをスムーズに実現できる世界にしたいですね。

日々の雑事に時間を奪われるのではなく、本当にやりたいことを実現する。それは、多くの人が、潜在的に持っている願望ではないだろうか。『mend』は、その実現に挑む。

マーケットがすでに存在しているわけではないので、啓蒙も必要。労働集約型であり、急速な成長も期待しにくい。しかし、それでもこのサービスに期待感を抱くのは、目指す世界観に惹かれるからかもしれない。

新しい当たり前は、一朝一夕では作れない。『mend』は、新しい世界の開拓者になれるのだろうか。

こちらの記事は2020年07月02日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

青木 まりな

編集者・ライター。新卒でマーケティング系のベンチャー企業へ入社。SEOコンサルティング、BtoB領域のコンテンツマーケティングを経験した後、2016年にフリーランスのWeb編集者/ライターとして独立。現在はベンチャー企業の採用広報や、BtoBビジネスのマーケティング領域を中心に活動している。

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

モリジュンヤ

1987年生まれ、岐阜県出身。大学卒業後、2011年よりフリーランスのライターとして活動。スタートアップやテクノロジー、R&D、新規事業開発などの取材執筆を行う傍ら、ベンチャーの情報発信に編集パートナーとして伴走。2015年に株式会社インクワイアを設立。スタートアップから大手企業まで数々の企業を編集の力で支援している。NPO法人soar副代表、IDENTITY共同創業者、FastGrow CCOなど。

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