【トレンド研究】スタートアップならではのDEI──30社超のポリシー・取り組みの事例から考察

世界経済フォーラム(WEF)から毎年公開されるジェンダーギャップ指数で下位100位以下が続き、スタートアップエコシステムにおけるセクハラ被害の話題も定期的にみられるなど、人権や多様性の尊重には大きな課題が残る日本社会。後ろ向きなニュースばかりが目に付く現状を少しでも変えようと、スタートアップにおいても「DEI」への意識や、関連する具体的な取り組みが増え始めている。

DEIとは、「Diversity、Equity&Inclusion」、多様性、公平性、包摂性という言葉の頭文字をとったもの。D&IやDE&Iと表記されることもある。

大企業が社会の要請に応える形で数年前から掲げ始め、いまやスタートアップの世界でもその重要性を増しつつある。

2024年7月に一般社団法人スタートアップエコシステム協会が発表した「スタートアップエコシステムのDEI改善のための提言」は、DEIがスタートアップにとって成長のエンジンであることを強調し、具体的な行動指針を提示した。この提言では、行動規範や倫理規定の策定、DEIに関する研修の提供、中立的な相談窓口の設置などが推奨され、リーダーシップがこれを率先して推進することを求めている。

本記事では、スタートアップの成長と持続可能性を支えるDEIの現状や、それぞれの企業が考えている重要性に迫る。後半では、リブセンス共同創業者・桂大介氏や、マネーフォワードグループ執行役員CHOの石原千亜希氏へのインタビューも収録。多面的な理解を促し、読者のあなたが新たな行動を一つでも多くとれるよう支援したく思う。

  • TEXT BY RINA AMAGAYA
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スタートアップのDEI関連発信ファクトまとめ

ベンチャー企業・スタートアップにおいても、上場・未上場を問わず、DEIの意識や行動を明確に意識し、行動に移す例が非常に多くなってきている。まずはそうした流れを確認すべく、FastGrowの調査で観測した各企業の発信や、印象的なフレーズを約20社分、まとめた。

DEI発信ページやDEIに関するポリシーをコーポレートサイト上などで公開しているベンチャー企業・スタートアップ

【上場企業】

  • 株式会社LIFULL(東証プライム)
    https://lifull.com/lp/diversity-plus/
    私たちが目指す、「あらゆるLIFEを、FULLに。」するサービス。それは、多様な人たちに受け入れられるサービスでなくてはなりません。そのためにはまず、私たちが多様な個人を歓迎し、理解しあう組織であるべきだと考えます。
  • 株式会社電通グループ(東証プライム)
    https://www.dentsu.co.jp/aboutus/de_and_i.html
    情報・機会・リソースを全社員に対し公平かつ合理的配慮をもって提供されるよう、不均等を是正し、性別、年齢、国籍などあらゆる属性に関わらず相互に尊重し合い、安心して発言できる業務環境を整えていきます。そうして個性を発揮し、多様な視点・論点を社内で持つことで、より良いソリューションを社会に創造していく原動力とします。
  • 株式会社マネーフォワード(東証プライム)
    https://recruit.moneyforward.com/diversity
    私たちが大切にしてきたカルチャーの中には「Respect」があります。「Respect」には、DEIの考え方にもつながる想いが込められており、それは、誰もが一人の人間として尊重され、のびのびと力を発揮できる環境を私たち全員で共創し続けること、だと解釈しています。
  • 株式会社メルカリ(東証プライム)
    https://about.mercari.com/inclusion-diversity/
    インクルージョンは事業成長とその先にある「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」というミッションを達成するためのキードライバー
  • フリー株式会社(東証グロース)
    https://jobs.freee.co.jp/environment/diversity/
    スモールビジネスは多様性で溢れている。だから、freeeも多様でありたい。 「スモールビジネスを、世界の主役に。」を実現するため、freeeはDEIを推進しています。
  • 株式会社ヌーラボ(東証グロース)
    https://nulab.com/ja/blog/nulab/diversity-and-inclusion/
    同じ会社、隣の席にいるメンバー同士でも考え方は異なり、完全に分かりあうことは難しいはずです。その前提に立ってヌーラボでは相手を「尊重」し、自分とは異なる考え方を「許容」することを大切にします。そこから多様性の理解がはじまると考えています。
  • パナソニック ホールディングス株式会社(東証プライム)
    https://holdings.panasonic/jp/corporate/sustainability/diversity-equity-inclusion.html
    パナソニックグループは、人的資本経営に関わる取り組みの一環として、ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包括性)を推進しています。挑戦する一人ひとり(※)が互いの個性を受け入れ、組織として活かしあうことで、より高い価値を生み出し、社会へのお役立ちを果たしていきます。
  • 株式会社リクルート(東証プライム)
    https://www.recruit.co.jp/people/diversity/
    リクルートは、大切にする価値観の中心に「個の尊重」を置き、価値の源泉である多様な個のアイデアや情熱に投資することで、新しい価値の創造と、それを通じた社会への貢献を目指してきました。リクルートにとってDEIは、人的資本経営の基盤であり、「個の尊重」を体現することそのものなのです。
  • パーソルホールディングス株式会社(東証プライム)
    https://www.persol-group.co.jp/sustainability/diversity/
    私たちは社会に価値を提供すべく、多様性を理解・尊重し、受け容れることのできる文化・風土醸成に努め、多様性にあふれるメンバーの強みを生かし、ビジョン実現に向けた具体的な取り組みに着手しています。

【未上場】

  • 株式会社CureApp
    https://cureapp.co.jp/dei.html
    フルタイムの正社員、契約社員、派遣社員、業務委託の方、インターンなど、CureAppに関わる全ての多様な労働者を対象とします。また、患者、医療機関、特約店、提携企業など、エンドユーザーだけでなく、事業を展開する上でのあらゆるステークホルダーに対しても同様に接し、業界および事業のコミュニティにおけるDEIを推進していきます。
  • 株式会社LayerX
    https://layerx.co.jp/about/deandi/
    私たちの事業活動が社会インフラとして新たな選択肢をもたらし、プロダクトを利用する企業や個人を通じてDE&Iが世の中に広がっていく。そんな、社会全体のDE&I活性のエンジンとなります。…(中略)…ミッションの実現のために向き合うべき事業課題に対して多様な仲間が集まることで、プロダクトの改善を推進していけるよう、“違い”を歓迎する採用活動に注力します。
  • 株式会社SAKURUG
    https://sakurug.co.jp/di/
    サクラグでは、DEI(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)を経営トップのコミットメントのもと推進しています。DEI管轄組織である「DEI推進室」は、DEI担当執行役員のもと、価値観の浸透およびポジティブ・インパクトを重視したDEI全般に関する取り組みを推進します。
  • 株式会社SmartHR
    https://smarthr.co.jp/sustainability/social/
    SmartHRグループは、コーポレートミッションおよびサービスビジョン「Employee First. 〜すべての人が、信頼しあい、気持ちよく働くために。」に沿って、DE&Iを経営上での重要な課題・戦略のひとつとして位置付けています。多様性の尊重は人権方針の重要な要素であり、すべての役員および従業員と会社がお互いに信頼しあい、気持ちよく働ける職場環境を目指して、それらの実現に向けたさまざまな取り組みを全社で推進しています。
  • 株式会社TBM
    https://tb-m.com/policies/diversity/
    企業理念体系「TBM Compass」を羅針盤として、性別、性自認および性的指向、年齢、家族構成、出自、障害の有無、疾病、言語、国籍、民族、宗教など、互いの「違い」を尊重し、 徹底的に人との関わり合いが持つ可能性を信じ、一人ひとりが最大の能力を発揮できるチームを目指します。TBMは、「未来を思い描き、挑戦し続ける人をつくる会社」として「Diversity & Inclusion」を推進していきます。
  • 株式会社UPDATER
    https://www.updater.co.jp/DEIpolicy.pdf
    人間、動物、植物などはすべて自然の一部であり、相互に依存し、必要とし合いながら共存しています。UPDATERのすべての従業員やパートナー、ステークホルダーが、なんら差別を受けることなく、「面白くて儲かる」(UPDATER 2原則)の精神に則って、自分らしく、そして活力を持って働ける環境を目指します。
  • Ubie株式会社
    https://recruit.ubie.life/dei
    DEIの観点でみるUbieの現状は、取り組む基盤が組織内に整っておらず、会社の制度や風土という観点でも、社員個々の意識・行動という観点においても改善の余地しかないDay1といえる状態です。…(中略)…ここから客観的に自分たちの現在地を認識した上で、全社的な推進活動を通じてDEIに対する認識を引き上げ、下記に挙げるアクションを通して持続的な変化を実現します。
  • 株式会社Waris
    https://waris.co.jp/about/diversity
    なによりWaris自身が、多様な人材活用のパイオニアとして、「Culture of Inclusion(多様性を受容する文化)」というポリシーのもと、社会的・文化的・地理的背景、生活環境、属性、身体的特徴などの多様な個人におけるバックグラウンド、性的指向、性表現、自認する性についても個性として尊重してまいります。また、働き方における契約形態の違い、働く時間や場所の違い、仕事の捉え方や価値観などすべてが「人」それぞれの個性を形づくる彩りであり、強みとして認識し、最大限にその能力や個性を発揮しながら成功をおさめていく組織づくりにチャレンジしております。
  • X Mile株式会社
    https://www.xmile.co.jp/about/vision#first
    現在のグローバル社会において、ダイバーシティは大変重要なトピックになってきています。多様な方々のニーズに対応していくためには、サービス提供者である我々も、 より多様なバックグラウンドを持つメンバーで構成されなければいけない。ジェンダー、年齢、障がい、国籍、職歴、価値観、あらゆる側面で、サービスや社内環境を適応する必要が出てきていると思います。
  • XTalent株式会社
    https://xtalent.notion.site/XTalent-DEI-Policy-89c40abfd56844bc9bb54e1fbe19d562
    このミッション実現のために集まった仲間が一人でも疎外されることなく、その人らしさを発揮できている状況であることが欠かせません。そしてそのことが新たに多様な仲間を集め、組織の可能性を最大化することにつながっていくのだと信じています。XTalentはDEIの取り組みを通じて、ミッションを追求し続けます。
  • コインチェック株式会社
    https://corporate.coincheck.com/about
    コインチェックは、DEIポリシー(D=Diversity、E=Equity、I=Inclusion)を掲げ、上記の様な取り組みの実践を通じて、Diversity=「個性の価値の受容」、Equity=「同じ志を持つ相互信頼による安心感」、Inclusion=「個性を活かし合う機会提供」を担保することで多様なバックグラウンドや個性を持つ人材のモチベーションを高め、持続的成長を可能にするカルチャーを醸成し、ミッションの実現に繋げてまいります。
  • 株式会社スタディスト
    https://studist.jp/our-vision/dei
    私たちは、2010年の創業以来「知的活力みなぎる社会をつくる」というビジョンをかかげています。…(中略)…刻々と変化していく社会のなかで知的活力をみなぎらせるためには、様々な価値観や能力を集結させ、多様な人材が活躍することが欠かせません。
  • 株式会社ニューピース
    https://newpeace.jp/articles/deib/
    多様性とは人間の想像力の源泉です。だからこそ大切なのは、それをどう制御するのかではなく、どのように社会の進化に変えていくか、という視点。私たちNEWPEACEは集団として、DEIB(Diversity / Equity / Inclusion / Belonging)をキーワードに、これからの組織づくりを進めます。
  • 株式会社令和トラベル
    https://www.reiwatravel.co.jp/dei
    わたしたちは、事業を通じて斬新な旅行体験を生み出し、多様な人々・文化・価値観との接点を創出していきたいと考えています。そのためには、このDEIプロミスを組織の核心に据え、事業やプロダクトの設計、そして組織づくりに反映させることが不可欠だと考えています。創業時からこのダイバーシティに関するプロミスを制定してきたのは、そのためです。ここで重要なのは、これらを単なる「ポリシー(方針)」ではなく、「プロミス(約束)」として定めていることです。
  • 株式会社ユーザベース
    https://www.uzabase.com/jp/diversity-and-inclusion/
    様々な職種・国籍・ジェンダーなどの違いを超えて、協力し合い交わることで、ひとりでは見つけることができなかった新しい挑戦、イノベーションを生み出していきます。

【DEI関連事業をしている企業】

  • bgrass株式会社
    https://bgrass.co.jp/
    私たち、bgrass株式会社は、社会からのバイアスや、身近な無意識バイアスが自分の選択肢や人生に大きく影響していると考えています。私たちは全てのバイアスから自分を解き放ち、選択肢を増やすことで、誰もが自分が本当にやりたいことを自由に選択できる世界を目指しています。
  • 株式会社IRIS
    https://iris-lgbt.com/about
    IRIS(アイリス)は、LGBTs当事者またはアライ(理解のあるストレート)のスタッフにより運営されている不動産仲介会社です。レズビアン・ゲイ・バイ・トランスジェンダーなどLGBTs(LGBT)当事者が同棲や一人暮らしをするときの、賃貸・売買などの住まい探しのサポートをはじめとして、将来の資金計画、保険、終活など、ライフプランについて幅広くサポートしています。
  • 株式会社JobRainbow
    https://corp.jobrainbow.jp/services
    D&I・経営戦略に関する研修を500社以上に行いながら、自分らしく活躍できる企業への就職を目指す「ダイバーシティ就活・転職」の場を提供してきたJobRainbow。これからは日本唯一の強みを活かし、さらに多くの人材が力を発揮できる企業に出会うプラットフォームを創造。企業の組織強化・事業成長への支援も加速します。
  • 株式会社LITALICO
    https://litalico.co.jp/
    人はちがう。それでいい。そこからはじまる。株式会社LITALICOは「障害のない社会をつくる」をビジョンに掲げ、就労支援、幼児教室・学習塾などの教育サービスを提供しています。
  • 株式会社Waris
    https://waris.co.jp/service
    Warisは、「エージェント事業」と「リスキリング事業」、「ソリューション事業」を通じて、すべての人の『自分らしい人生(Live Your Life)』を応援します。
  • XTalent株式会社
    https://xtalent.co.jp/message/
    私たちは日本におけるDEIをデータとテクノロジーによって推進し、この複雑な課題を紐解き、連続的な事業創造によって解いていきます。
  • 株式会社アルトレオス
    https://artreoss.com/
    出会いはその人をかたちづくるもの。友人や仲間、その日たまたま会話した人まで、全ての出会いが、人生を彩り豊かにし、そんな他者とのかかわりの中から、新しい自分自身に出会うことも。性別やセクシュアリティに関係なく、そんな人生を豊かにする出会いをだれもが享受できることを、私たちは目指します。
  • コクー株式会社
    https://cocoo.co.jp/sustainability/#promotion
    パーパスに掲げる「D&I」実現に向け、ステップ1として女性活躍推進の取り組みを開始。女性がイキイキと働けるよう環境づくりを行い、女性が「デジタル」のスキルを身につけ、一人ひとりが育児や介護などライフステージに合わせた「働きかた」や「キャリアパス」の選択肢をもてるように支援しながら、対象をさらに拡大していき、多様な人材の活躍推進を目指します。
  • 特定非営利活動法人みんなのコード
    https://code.or.jp/about/
    果たして「誰も」に届けられているか。 全国すべての学校で。 地域や家庭の事情によらず。 性別や母語などを越えて。 みんなのコードは、すべての子どもがテクノロジーで自身の可能性に気づき、新たな価値を創る姿あふれる国をつくります。
  • 株式会社ヘラルボニー
    https://www.heralbony.jp/
    私たちは、この世界を隔てる、先入観や常識という名のボーダーを超える。そして、さまざまな「異彩」を、さまざまな形で社会に送り届け、福祉を起点に新たな文化をつくりだしていく。
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活発化するDEI関連発信と、各スタートアップの立ち位置

このように、決して少なくない数のベンチャー企業・スタートアップが、明確にDEIの意識や行動について発信をしている。この背景には「組織が大きくなりすぎる前に、ポリシーを策定し、カルチャーを整えていこう」という意識もあるようだ。

また以下のように、経営者やメンバーそれぞれがDEIに関する発信を増やしている例もある。

ただし、DEIを事業成長のための手段として扱うような流れは、社会課題の本質から目をそらさせてしまう恐れもあり、注意したい。リブセンスの取締役である桂大介氏は、「DEIが必要な理由は、単に事業成長のためではなく、より包括的で公正な社会や企業文化を作るため。公的な企業にはそうした取り組みを率先して進める義務がそもそもある」と語る。

同社の象徴的な取り組みが、2019年に開始された「経営デザインプロジェクト」である。このプロジェクトでは、性別適合手術のサポートや同性婚と法律婚の同格化といった先進的な制度が導入され、リブセンスは業界内でトップランナーとして多様性を尊重する職場環境を作り上げている。特に同性婚に関しては、当時まだサポートを表明する企業が少ない中で他社に先駆けて取り組み、LGBTQ+の支援に力を注いだ。また、単なる事業成長のためではなく、従業員が自分らしく働ける環境を提供するという企業の使命を果たすことを目的に、制度を導入している。

同社が運営するメディア『Q by Livesense』は、DEI関連を含めた社会課題についての深い考察が特徴だ

マネーフォワードもまた、DEIを経営の重要な柱として掲げている企業の一つである。『DEIステートメント』や『産休育休ガイドブック』の制定、評価制度の見直しなど、国籍や性別に関係なく全員が働きやすい環境作りに注力している。

特に注目すべきは、2024年に公開した『Talent Forward Strategy 2024』という人事戦略だ。この戦略は50ページ以上にわたって詳細にまとめられており、企業がどのようにDEIを推進し、社員一人ひとりの成長を支援するかについて具体的なアプローチを示している。透明性を持ってDEI施策を進めることが、社員だけでなく、投資家からの信頼を高める要因となっている。

未上場ながらも積極的にDEIに取り組む企業の一つにLayerXがある。その特徴は、「事業・プロダクトを通じて社会全体のD&I(Diversity & Inclusion)を活性化しようとしている点」にあると言えるだろう。

「DEIは事業・組織成長の必須要素である」とポリシーに掲げるUbieは、DEIプロジェクトを進める難しさを生々しく発信。「調査で判明した課題を事業成長(ひいてはミッションの達成)を軸に整理し、優先順位を議論することで、必然的に必要なリソースや投資期間の議論になっていく」「議論を進める中で憤りを感じすぎて寝れない日などもあった」などの言葉がこちらのnoteに書き連ねられている。

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当たり前に取り組んできたDEI。事業拡大と共に、経営課題としての重要度も高まる──マネーフォワード

ここまで全体観を整理してきた。ここからは、個社の取り組みにフォーカスを当てたい。まずはマネーフォワード。

創業当初から「対話を大切にし、相手を尊重する」という価値観を基盤とした企業文化を育んできた。「この文化が現在のDEI施策の土台となっている」と語るのは、グループ執行役員CHO(Chief Human Officer)でDEI担当の石原千亜希氏である。

「マネーフォワードでは、創業当初から意識的に人の成長が会社の成長につながると信じ、お互いを尊重する土壌を作ってきたが、具体的なDEIの施策を加速させるようになったのはここ3~4年のこと」と説明する。

DEIを唱える以前から「尊重」というカルチャーは存在・浸透していた。だが、ある大きな事業上の変化が、DEIに関する取り組み本格化のきっかけとなった。「エンジニアの採用競争が激化する中で、いち早く海外からの人材採用を進めていこうという意思決定をしました。なので必然的に、多様なバックグラウンドを持つ人材が働きやすい職場づくりを進める必要が出てきたんです」と、当時の状況を振り返る。

そうして3年前からエンジニア部門において英語を社内公用語とする目標を掲げ、現在では多くの業務が英語で進行している。エンジニアには業務時間中に3時間まで英語を学ぶ時間が認められており、出自や国籍に関係なく、多様な文化的背景を持つメンバーが働きやすい環境が整えられている。

株式会社マネーフォワード<統合報告書2024>24ページ

同時に、意思決定層における性差是正の取り組みにも注力。単に女性管理職者の数を評価するだけでは本質的ではないと考え、“チャレンジ意欲”の計測と改善を目標に設定し始めた。

女性のチャレンジ意欲を測る指標としては、従業員アンケート「MFグループサーベイ」の、「管理職や今よりも大きな責任を負う業務をオファーされたらやってみたいと思う」という設問において、2025年11月までに男女ともに5段階中、4.0以上となることを目指しています。2022年8月においては、平均スコアが男性4.2に対して女性3.8と男女で有意な差が生じておりましたが、2023年10月のサーベイでは男性4.2、女性3.9と、改善の傾向が見られました。

──株式会社マネーフォワード<統合報告書2024>27ページから引用

とはいえ、課題も依然として残っていると語る。「たとえば、マネジメントレイヤーについているNon−Japaneseメンバーや女性の数は増えていますが、率で見るとまだ十分ではありません。英語話者向けの研修プログラムの拡充や、女性リーダーを増やすためのコミュニティづくりなど、次世代育成の観点での施策も強化しています。(石原氏)。

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いち早く、当然のこととしてDEIを推進──リブセンス

DEIは単に形だけで進めれば良いというわけでは決してない。そう警鐘を鳴らすのが、FastGrowでも以前取材したリブセンス取締役・桂氏だ。

リブセンスは2019年上半期に「経営デザインプロジェクト」を掲げ、組織改善に取り組んだ。このプロジェクトは、DEIという言葉が広く認識され始めた2020年より前に開始されており、まさに先進的な取り組みの一つである。具体的には、2019年には有給生理休暇の整備、不妊治療や性別適合手術のサポート、ジェンダーバイアスやニューロダイバーシティについての研修、同性婚と法律婚の同格化を導入し、誰もが働きやすい環境づくりを進めていた。

桂氏からは2019年にも、このプロジェクトについて語ってもらった

しかし、2024年になり、多くの企業がDEIを掲げるようになったものの、桂氏はその流れに違和感を抱いているという。DEIが事業成長を加速させるという論調には疑問を呈しており、むしろそのような考え方を主張しなければならないこと自体が異常だとする。「多様性を認めることこそが本来の社会の姿であるべき」というスタンスだ。

「もし、ダイバーシティが事業成長に寄与しなかったというリサーチ結果が出た場合、DEIの価値を捨てるのか?」

そう語気を強め、多様性の意義が経済的成果だけで測られるべきではないとの考えを示す。「DEIを掲げる際に、無意識に『役立つマイノリティ』だけが受け入れられているように聞こえる。それは非常に暴力的だ」と、DEIの本質的な価値を訴えている。具体例として、LGBTQ+に関する制度が整備される一方で、障害者への支援が不十分なケースを挙げた。

このように、DEIに関する急速な動きが孕む課題を冷静に浮き彫りにしたうえで、桂氏が考える理想のDEIとは一体何か。

「スターバックスに行くと耳が聞こえない方が働いていたり、Appleに行くと目が見えない方が働いていることがあります。彼らの生産性は健常者に比べて低いかもしれませんが、それでも私は、このように包摂されている社会のほうがはるかに素晴らしいと感じます」

彼らの存在が地域社会の本来あるべき姿を象徴していると感じたと述べ、最終的にはDEIという概念自体が不要になる、真に包摂的な社会を目指すべきだと示唆している。

「スタートアップ企業において、DEIの推進はしばしば後回しになりがちです。ただ、一番難しいのは、問題が表面化する前に正常化のタイミングを逃してしまうことです。私たちもそうした古傷をいくつも抱えています。新しい世代の企業には、同じ轍を踏まないでほしいと思います」

上場しているかどうかに関わらず、パブリックカンパニーを目指す企業であれば、常にDEIを意識し、企業文化を刷新し続ける必要があるというわけだ。桂氏が言うからこそ、説得力が強い。

DEIを策定する際には、取り残される人がいないか、その目的が本来の意義を見失っていないかを常に確認することが重要である。

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プロダクト開発観点で生み出す“働きがい”──SmartHR

SmartHRはグループ全体で、コーポレートミッション「well-working 労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」に基づき、DEI(多様性、公平性、包摂性)を経営の重要な戦略として位置付けている。人権方針に多様性の尊重を掲げ、役員や従業員が互いに信頼し、働きやすい職場環境の実現を積極的に推進している。

その取り組みの中でも特にSmartHRらしいのが、プロダクトにおけるアクセシビリティ向上だ。2022年1月に設立された「プログレッシブデザイングループ」は、製品やサービスを誰もが利用できるようにすることを目的に、多様な従業員のニーズに応える専門部門として活動している。

実際に、身体障害を有するエンジニアや多文化背景を持つマネージャーなど、多様な経験やスキルを持つ社員が参加しており、社内外のアクセシビリティ改善に取り組んでいる。具体的には、身体障害を持つ従業員に対して点字ディスプレイなどの必要な支援機器を提供することで、誰もが働きやすい環境を整えている。


執行役員 兼 VP of Product Design宮原氏のnoteから、取り組み内容や現場の雰囲気がよく伝わってくるので、ご一読いただきたい

また、LGBTQへの理解促進、そして無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)への理解を深めるため、ワークショップや研修といったイベントを定期的に開催。健常者やマジョリティの従業員が、マイノリティの従業員が直面する課題に気づき、組織全体の価値観をより多様性を尊重するものへと進化させることを目指している。

これらの取り組みを通じ、SmartHRグループは多様な人材が活躍できる職場環境の実現に向け、具体的なアクションを積極的に進めており、DEI推進における業界リーダーとしての役割を果たしているとも言えよう。

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プロダクトを通じたDEIの社会的推進──LayerX

未上場ながらも積極的にDEIに取り組んでいる企業がLayerXだ。そのユニークな点は、プロダクト開発と組織運営の両面でD&Iを推進すると明示していること。2021年から公開している「LayerX DE&Iポリシー」に明確に示されている。このポリシーでは、「プロダクトを通じた社会全体のDE&I活性」と「“違い”を歓迎する採用・組織運営」の2つの柱を掲げている。

では、目指すのは具体的にどういった状態なのか。たとえば、LayerXが提供する法人支出管理SaaS「バクラク」は、業務の効率化を図り、多様な働き方を可能にするツールである。また三井物産との協業においては、多様な金融資産へのアクセスを容易にする仕組みを開発しており、経済活動における摩擦を減らし、社会に潜む見えづらい不便を解消することを目指している。

このような事業・プロダクトが社会インフラとして機能し、新たな選択肢を提供することで、DEIを社会に広く実装していくべきだと考えているわけだ。だから、プロダクトの質向上とDEIは切っても切り離せない関係にある。

そして足元では、「エンジニアに男性が多い」という組織内の課題も認識し、対策に取り組む。「違い」を歓迎する採用活動と組織運営だ。具体的な取り組みとしては、無意識の偏見を取り除くための「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)トレーニング」が特徴的だ。また、多様なバックグラウンドを持つ人材の採用に注力し、異なる視点を組織に取り入れることを目指している。

こうして、誰もが安心して発言できる環境を整えフィードバックが活発に行われる文化を育みながら、透明性を確保するためにプロジェクトの議事録を公開し、オンラインミーティングの録画を常に視聴可能にする仕組みも整備。事業成長とDEI実現それぞれで動くのではなく、すべてをアラインさせるような工夫も見え、スタートアップとして参考にすべき点が多い。

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これからスタートアップにもより強く求められるDEI

これらの事例が示すように、今後のスタートアップには、DEIを自然に取り入れた事業運営が求められている。しかし、真のDEIを実現するためには、継続的な検証と改善が不可欠である。なぜなら、DEI推進がリスクにもなりうるからだ。

例えば、リブセンスの桂氏が指摘するように、女性活躍推進やLGBTQ+の支援に注力する企業は多い一方で、障害者への配慮が不足するケースが多く見られるという。

一方、SNSではDEIを過度に強調することの弊害も指摘されている。表面的なDEI(いわゆるピンクウォッシング)を掲げることがリスクになるという声もあり、実際に日本のLGBTQイベントで、ある企業のピンクウォッシング的な行為が批判された事例もある。

さらに、アファーマティブアクションの推進において、マイノリティとマジョリティの枠組みの中で、過度にマイノリティの属性が注目されることが逆差別につながっていないかという議論も存在する。このように、DEI推進の現場には、現実的な課題が少なからずあるのだ。

「DEIに本質的に取り組んでいるか?」という視点は、投資家や生活者にとって重要な判断基準となっており、企業の商品選びや就職先選定にも影響を与えている。

しかし、スタートアップにとってDEIを推進することは、単に企業のイメージアップにとどまらない効果があることもおそらく確かだろう。人手不足が叫ばれる中、マイノリティもマジョリティも最大限に力を発揮できる環境が整えば、それは企業成長を支える強い原動力となる。DEIを通じて多様性を理解し、包摂的な文化を育み、公平な機会を創出することで、優れたプロダクトや事業の勢いを生み出し、社会に大きな影響を与えることができる。

スタートアップが示す新しい組織のあり方は、やがて社会全体を変える力を持つ。DEIの推進は一時的な流行ではなく、スタートアップ含めすべての企業が持続的に取り組むべき重要な課題である。こうした挑戦を続けることで、次の時代を切り開き、ビジネスの成功と社会貢献を両立させる存在となるのではないだろうか。

こちらの記事は2024年10月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

雨谷 里奈

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