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「皆が挑戦する世界は正しい」Tryfunds丹野が掲げる挑戦し続ける経営

株式会社Tryfundsは、「挑戦をカルチャーに」という理念のもと、実行支援まで含めた海外進出支援コンサルティングを行っている気鋭のス...
株式会社Tryfundsは、「挑戦をカルチャーに」という理念のもと、実行支援まで含めた海外進出支援コンサルティングを行っている気鋭のスタートアップ。海外進出における課題を世界中の企業とのビジネスマッチングと業務アプリケーションにより解決するWEBサービス「BIZIT」も立ち上げ、次々と新たな仕掛けを繰り出している。そんな代表取締役/CEOである丹野は、もともと水泳でオリンピックを目指していたという異色の経歴の持ち主だった。
あの注目のスタートアップは、どのようにして生まれ、いま何を目指しているのか──
17-12-11-Mon
丹野 裕介 (たんの・ゆうすけ)
株式会社Tryfunds 代表取締役社長CEO
白髪 亮太 (しらかみ・りょうた)
株式会社Tryfunds 取締役CFO

株式会社Tryfundsは、「挑戦をカルチャーに」という理念のもと、実行支援まで含めた海外進出支援コンサルティングを行っている気鋭のスタートアップ。海外進出における課題を世界中の企業とのビジネスマッチングと業務アプリケーションにより解決するWEBサービス「BIZIT」も立ち上げ、次々と新たな仕掛けを繰り出している。そんな代表取締役/CEOである丹野は、もともと水泳でオリンピックを目指していたという異色の経歴の持ち主だった。

ビジネスの世界でも熱い生き方はできる

物心ついたとき、すでに水泳を始めていた。Tryfunds代表の丹野には、人生で泳げなかった記憶がない。全国大会でも優秀な成績を目指し、将来は水泳選手としてオリンピックに出場することが夢であった。

しかし、運命は残酷だった。高校3年生で腰を故障。夢を断念せざるを得なかった。スポーツ推薦で大学に進学する予定だったが、引退したことで資格も失い、浪人せざるをえなくなった。

丹野「そのとき、個人に対して貼られるレッテルって重たいなと思ったんです。スポーツ以外の分野でも活躍する可能性はあるのに、アスリートだったというだけで、スポーツの道しか歩めない人、という目で見られてしまう。そこに違和感を覚えました」

丹野が起業に興味を抱いたのは、早稲田大学スポーツ科学部に入学した後である。“ベンチャー起業家型リーダー養成講座”を受講したのがきっかけだった。

「4単位もらえるから」という軽い気持ちで受講したが、「授業を通じ、ビジネスの世界でも熱い生き方はできる、と感じるようになった」

それまでビジネスの世界をどこか「夢を諦めた人が進むもの」と少し距離を置いていた丹野。そんな彼にとって、それは「世界が開けるような感覚」だった。

もともと抱いていた問題意識と起業が結びつき、19歳のとき、アスリートや元アスリートの就労支援をする会社を創業。学生ながら電通や博報堂と交渉する立場となる。

そして新卒では「副業も認められているし、実力も付きそうだった」という理由からリクルートに入社した。しかし、ロンドン五輪に向けてリクルートを退社し、19歳から手塩にかけていた自社に打ち込むはずが、さまざまな事情で事業が自分の手を離れることとなってしまう。

突然生まれた空白期間。失意の中、丹野は自身を見つめ直した。

丹野「『自分はどういうとき、やる気を感じて楽しいんだろう?』と1人でじっと考えました。まず思い浮かんだのが、オリンピックのような自分が本気になれる目標を抱いた時点で人生は充実するなと。あと、その目標に人を巻き込んでいく瞬間も面白い。さらに、そこで得たものが社会的な価値へ繋がっていくことも楽しい。じゃあ、この3つが重なることを事業にしようと思ったんです」

そうして丹野は2012年、Tryfundsを創業した。 社名には、“挑戦を蓄積させる”という意味がある。

丹野「何かを目指す瞬間は充実するし、皆が挑戦する世界は正しい。そういう意志ある挑戦者を生み出し、支援する会社にしようと決めた。同時に、この会社はプロダクトではなく、コンセプトで勝負する会社にしようと思いました」

このとき丹野は同時に、何か天命を受けたような感覚を覚えたと言う。そのコンセプト実現のため事業内容を思索した結果、海外進出支援のコンサルティング業務を行うことを決めたのだった。

海外進出や新規事業開発はプランだけでは動かない

取締役/CFOである白髪(しらかみ)は、もともとミュージシャンを目指し、中学高校とソングライティングとバンドに打ち込んだ。

白髪「地元のライブハウスに東京とかからツアーで実力はあるのに売れないバンドたちが来るので、よく共演してました。そのバンドたちはすごい上手で曲もいいんですけど、全然売れてなくて。『なんでこんなにいいバンドなのに売れないんですかね?』と無邪気に聞くと、『俺ら自分たちの音楽やれてればいいから』みたいなことを結構みなさん言うんですよね。当時の自分はそれが全くかっこいいとは思えませんでした。」

そこには「たくさんの人から評価され、売れないと意味を感じられないし、感動もない」と感じる自分がいた。そうして、「音楽そのもの」ではなく、「どうやったら売れるか=ビジネス」に関心を持つようになった。

一時は音楽という領域から発想して、エンタメ業界のインターンなどにも参加したが、「ビジネスの世界で意義のあることを成すのであれば、経営者を目指すのが一番ではないか?そう考えて、経営者を志すようになりました」

「経営者を目指せる所=経営者を輩出している会社」という理由で、新卒で大手銀行に入社した後、数年で転職。コンサル業界に飛び込んだ。しかし、そこでも、モヤモヤが晴れない日々が続いた。

白髪「銀行でもコンサルでも、0を1にすることは学べませんでした。銀行では、経営における財務の側面は学べたんですが、決算書を見て分析することはできても、そもそも決算書の数字がどのように生まれたかはわからない。コンサルも似た状況で、事業を1から100にすることはお作法的に学べても、0から1の作り方は経験できない。少なくとも「経営」と呼ばれるものの重要なファクターを経験できている実感はなかったです。これは、本で読んだ『Hard Things』(ベン ホロウィッツ、日経BP社)の世界じゃない!と思いました(笑)。それでモヤついていたとき、大学の友人だった丹野から声をかけられたんです」

声をかけられた当時、決まっていたのは「挑戦を作る」というコンセプトのみ。具体的な事業内容はこれからという状態だった。

しかし、白髪はその理念の壮大さと、何もかもこれから創っていかなければならない白紙な状況に心惹かれた。

ここでなら、今まで感じられなかった「経営」の重要な側面も経験でき、仕事を通じて心が震えるほどの感動が得られるんじゃないか──。大学時代からの信頼している相手が、自身の夢の実現のために自分を誘ってくれているのだ。迷う必要はなかった。

そして現在、「今はまさにHard Thingsを体験中です」と語るとおり、実行支援まで含めた海外進出のトータル・コンサルティングという業務の中で、0から1を生み出す苦しさと楽しさを体験している。

そんな白髪がよくメンバーに伝えているのは、「Tryfundsのコンサルティングは決して、机上の空論を提案し、紙を売る商売じゃない」ということ。

白髪「海外進出や新規事業開発ってプランだけでは動かないんですよ。コンサルが方向性だけ示したところで、お客さんはどう踏み出せばいいのか、どれくらいの歩幅で踏み出せばいいのか、何もわからない。実際に海外の現地にも行って、一緒に汗水垂らして、チームとして活動しなければならないんです。大変な仕事ではありますが、経験した人にしか感じられない達成感や、その場にいた人にしかわからない一体感ってあると思うんです。やっぱりスポーツでも優勝した瞬間をテレビで見るのと、現地で感じるのとでは全然違うじゃないですか。我々が提供するコンサルティングは、後者でありたいと考えています」

4次請けからプロジェクトの中心に

マーケティング、HR、M&Aからテクノロジー。Tryfundsの目指す場所は「事業開発ならエリアも、手段も選ばずなんでも解決してくれる集団」という企業ブランドだからこそ、課題領域を問わず、様々な依頼に対して自社で対応できるような体制を敷いている。

それゆえ、各分野のスペシャリストばかりが集うのかと思いきや、「特化型人材を採用しているわけではないし、むしろ求めていない」と白髮は語る。

白髪「得意分野はもちろんあってほしいです。しかしそれを幹として、他の領域も拾えるアンテナも持ってほしい。何かのスペシャリストであっても、『私はこれ1本』と頑なな姿勢では、Tryfundsが重視する“開拓者の魂”というマインドには合致していません」

たとえクライアントがM&Aについて相談してきたとしても、それは成長戦略において最適解ではないかもしれない。

丹野「この企業の成長のためには本質的に何が必要なのか?そういった、相手からの依頼ありきではない解を見つけるためにも、Tryfundsにはオールラウンダーが必要なんです」

依頼ありきで仕事をしないとは、なんて生意気なんだろうか──。そういう大衆の声を跳ね除けるような逸話が同社にはある。“言われた仕事を素直にしない”姿勢が、飛躍を生み出したのだ。

Tryfunds創業当初のある日。仕事が取れず、苦しい時期が続いていた。そんな時に受注した、某大手自動車会社からの通訳の仕事。数万円の案件だった。しっかりと納品を続けていたある日、「元請けのコンサルティング会社がクライアントのためにはならない、間違った提案をしていると感じた」

丹野がそれを指摘したところ、「言われたことをすれば良い」と自社への発注主には突き返されたが、大元の依頼主である大手自動車会社は、その提案と姿勢に興味を持った。そうして、わずか数万円で受注した4次請けの仕事が、世界58カ国にまたがるプロジェクトへと育っていった。

丹野は当時を振り返り、「通訳の仕事をすればいいんだろ、という姿勢で仕事をしていたら、今の状況はなかった」と振り返る。

丹野「M&Aのアドバイザリーとして雇われたとしても、それが正解だと思えなかったら、僕たちは、M&Aは止めた方が良いと提案します。それってやっぱり、『自分はM&Aアドバイザリーのプロだ』と思っていて、それしか提案してはいけない環境にある人にはできないことだと思うんです」

“バカ”を突き抜けた人間が作る挑戦

「質実剛健」。そんな言葉が相応しい丹野率いるTryfunds。同社は若手の登用を重視する一方、シニアが活躍しているのもまた面白い。

丹野「高齢者って今の日本社会の構造上、定年を迎えたら再雇用しかなく、その制度に基づいたチャレンジしかできない。それは社会にとって大きな損失です」

そういう思想を抱いた彼が取る行動は、大胆不敵だった。大手企業のグループ会社で取締役をしていた実の父親を「仕事を辞め、Tryfundsのシニア戦略のトップに立ってほしい」と口説いた。父親とタッグを組もうというのだ。

そして現在では、自らの父を筆頭に、10人ほどのシニア世代がTryfundsに協力している。

丹野「父親はもともと僕の起業に大反対していて、学生起業したときには『家を出ろ』とまで言われたんです。でも58歳で僕のチャレンジに乗ってくれて。口説けるものだな、やっぱり何事も挑戦だな、と僕の考えがまた強化されちゃったわけですね(笑)」

挑戦する人の数が増えれば、世界は良い方向に変わる──。“挑戦”の持つ力を本気で信じる丹野のことを、白髪は「『ONE PIECE』で言ったら、ルフィみたいな人」と評する。

白髪「何の根拠もないけど、『俺海賊王になるわ』みたいな(笑)。彼は世界の頂点を本気で目指している。コツコツ歩く私とは真逆のタイプなんですが、目指す山の高さにすごく共鳴しますね。サポートしたくなるというか、言葉にし難い、人を巻き込む魅力があるんですよ」

丹野がそれだけ挑戦を重んじるのは何故だろう。もちろん自身が水泳選手志望だったこともある。しかしそれだけでない。多くのアスリートを輩出してきた早稲田大学スポーツ科学部に身を置いていたことも影響が大きい。

高校までは自身もオリンピック出場を堂々と目標に掲げており、その後の進学先である早稲田大学もスポーツ選手の卵が数多くいる環境だった。

丹野「ジャイアンツにドラフト決まったわ、とか、オリンピックでメダル取れたわ、みたいな、実際に夢を叶えた人が普通に歩いている。本当にそんな環境でした」

歳を重ねるに連れ、「大人になれ」と言いつけられ、大きな夢を掲げることをためらうようになる。しかしこの丹野という男は、チャレンジを続ける人々を身近に感じてきた人生を送ってきたからこそ、挑戦者の感じる幸福も身をもって知っている。だからこそ彼は、“挑戦”を人生のイデオロギーに掲げているのだ。

もちろん、経営者として「時価総額1兆円の企業を目指す」という目標が壮大すぎることは理解している。それでも丹野は、挑戦が持つ素晴らしさを信じることを止めはしない。

丹野「現在売上1000億円を超える会社の顧問も務めているんですが、そこにいる百戦錬磨の役員陣相手に『何言ってるんですか、もっと挑戦しましょうよ!』と伝えることがあるんです。そんなこと、バカじゃないと言えないし、バカなことを言っていることも理解しています。でも僕は、そういうバカの壁を突き抜けた人じゃないと作れない挑戦があると、そう思っています」

突き抜けた先にたどり着く場所とはどこなのだろう──。挑戦を止めず、夢追う男。丹野にとっては、創業から5年経った今も、まだ遥か高い山を登り始めたばかりのところに過ぎない。

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あの注目のスタートアップは、どのようにして生まれ、いま何を目指しているのか──