市況の悪化をものとのもせず──2023年前半、資金調達を実施したバーティカルSaaS 9選

資金調達関連の市況悪化に逆行するように、存在感を強めるバーティカルSaaS。「ホリゾンタルSaaSに比べるとTAMが小さいから…」と、バーティカルSaaSをマイナスに評価するFastGrow読者は、もはや存在しないだろう。

今年に入って何度バーティカルSaaSが世間を賑わせていることだろう。2023年のスタートアップシーンにおいて、バーティカルSaaSの勢いは“ChatGPTと同様”といっても過言ではない。

──その隆盛ぶりは資金調達面からも感じ取ることができる。2023年もはや半分が過ぎようとしている現在、すでに多くのバーティカルSaaSの資金調達リリースが界隈を賑わせている。FastGrowとしてここで一度、「2023年に資金調達を行ったバーティカルSaaS」を振り返っておきたい。もちろん、すべて紹介することは叶わないので、「FastGrowが特に注目する企業」と題して厳選した9社をお届けしたい。

  • TEXT BY REI ICHINOSE
SECTION
/

薬局DXを成功させたカケハシ、医療業界全体を見据え約94億円の資金調達

まずは、FastGrow読者ならばご存知のカケハシを紹介しよう。カケハシが手掛ける薬局体験アシスタントMusubi市場シェア10%を超え、全国7,000店舗以上の薬局に導入される。このSaaSをメインに、医薬品の受発注サービス『Musubi AI在庫管理』や薬局の経営を見える化する『Musubi Insight』などを展開。

「薬局DX」と聞いて、およそ想像できうるすべてのサービスをすでにスタートさせたカケハシが、2023年3月、約94億円でシリーズCラウンドをクローズ。

この調達で、組織の強化と新規事業の立ち上げを実施するとのことだ。「日本の医療体験を、しなやかに。」をミッションに掲げる同社。医薬品産業・医療産業全体へと事業を拡大させていく。100億円近い高額の調達金額からも、医療業界全体を見据えた気概を感じる。

ちなみに、企業データが使えるノート(早船明夫氏)の取材で、カケハシ代表取締役CEO中川貴史氏は、次の一手としてAI在庫管理について強調する。

私たちが取り組んでいる医療業界は、社会問題とも言える課題が山積しています。例えば最近では、後発医薬品の供給不足といった事象が発生しています。

カケハシはそのような問題に対し、AI在庫管理といったソリューションに着手をしています。医薬品メーカーは、何がどれぐらい足りないかといったクリティカルな情報が不足している。薬剤師の方も発注に莫大な時間をかけるといった長年の課題に対し、私たちプラットフォーマーが第三者的に入ることでどんな薬剤がどれだけどこに必要で何が足りないのかといった見える化させていく価値が非常に大きい。

カケハシが現在ターゲットとする調剤薬局の市場規模は7.5兆円(2018年)。また、2020年度の医療費は43.9兆円、2030年には約62兆円と予想されている。当然のごとく大きなこの医療業界という市場において、さらに非連続的な事業成長を見据える同社の戦略に、目が離せない。

SECTION
/

2年連続の大型資金調達を実施。ウェルネス業界を席巻するhacomono

2023年4月、シリーズCラウンドで38.5億円という大型調達を発表したhacomono

金額に相応しい、インパクトのあるアイキャッチとともに発表されたこのトピックが、印象に残っている方も多いだろう。

レッスン予約や施設・顧客・売上管理・販売促進。すべてhacomonoのプロダクトだけで管理できる。ジムやサウナでデジタル化したい機能はすべて揃っている。

今回調達した資金でさらに駒を進めるようだ。IoTハードウェアの研究開発、フィンテック事業への投資、そしてそれら実現のための組織強化を叶えるという。特にフィンテック文脈では、GMO Venture Partnersからの投資が事業展開に期待を抱かせる。

前回、シリーズBラウンドにおいて20億円の資金調達を行ったのは2022年3月だった。1年で次なるラウンドに進んだ。事業進捗がスピーディで着実であることを、これ以上にわかりやすく証明する方法があるだろうか。

hacomonoが専門とする国内のウェルネス業界は、2030年に約89.6兆円、2040年に約86.4兆円ほどの市場規模になると推計されている。約86.4兆円という金額は、2020年の食品産業の規模(約86.7兆円)に相当する──。

冒頭でバーティカルSaaSのTAMに触れたが、この金額感、どう感じるだろうか。今回の資金調達の内容を見ても、hacomonoとウェルネス業界に、投資家たちの期待が高まっていることにはもはや疑う余地もない。

SECTION
/

市場規模は100兆円のノンデスク産業に挑むX Mile、8.8億円調達

「ノンデスク産業」を舞台に戦うX Mile。「ノンデスク産業」とは文字通り、製造業・物流・建築といった現場作業に従事する業態をさし、現場作業の従事者(ノンデスクワーカー)の数は、全就業人口の約60%を占めている。

そして、ノンデスク産業の市場規模はなんと合計100兆円にも上り、今回取り上げた業界の中でも最大規模を誇る。

そんな未開拓な市場で急成長を続けるX Mileは2019年創業の現在4期目。基軸事業としてバーティカル SaaS・プラットフォーム事業、とHRプラットフォーム事業の二つを展開。これまでにノンデスク産業に携わる6,000事業所のアカウントを獲得し、20万人以上のノンデスクワーカーのデータベースを保有している。

そして、X Mileは2023年1月25日に8.8億円の資金調達実施を発表。用途はプロダクト開発、採用・組織体制の強化だ。

以前FastGrowでは創業者の野呂氏にインタビューを実施。そこで、X Mileがいかにしてこのレガシーな巨大産業に切り込んでいったのか。その手腕が語られているため、ここでもご紹介したい。

レガシー産業DXの切り口の1つ目は「SaaS」、2つ目は「マーケットプレイス」3つ目は「自社が新しいデジタルプラットフォーマーになる」、または「それらの組み合わせ」が多いと考えています。このうちどの方向性から、どのセグメントにアプローチし、どの時間軸でシェアを伸ばすかによって、企業の「色」が出てくるんです。

〜中略〜

創業当時のX Mileではプラットフォームの切り口から、BtoBのマッチングを行うUberのようなアプリ開発を行っていました。実は、そこで手応えを得られなかったので、需要の高い領域を切り口にまずは事業所のアカウントを押さえていく方針に転換したんです。これが功を奏して5,000事業所の企業様との契約に繋がりました。その顧客との接点こそが、現在のSaaSやプラットフォームなど事業開発の起点になっています。

つまり、X Mileはノンデスク産業の中で需要の高いHRプラットフォーム領域『クロスワーク』からマーケットインをして、事業所のアカウントを押さえた上で、『ロジポケ』というバーティカルSaaSを提供し、このノンデスク領域での存在感を高めているのだ。

すでに『ドライバーキャリア』『建職キャリア』など多数のサービスも展開するX Mile。次なる領域でのSaaSを生むかもしれない。年率500%というスピード感で成長するX Mileの次の一手はすぐに続報を聞けそうだ。

SECTION
/

リハビリDXを起こしたRehab for Japan、11.3億円を資金調達

20~30代が多いFastGrow読者層にとって、介護はもしかしたら身近な存在ではないかもしれない。だが、老々介護、孤独死、介護難民等の問題を一度は耳にしたことがあるだろう。

介護業界は従来人手不足という問題を抱えていたが、コロナ禍は、さらに新型コロナウイルス対策が強いられた。それにより介護事業の倒産が相次いだことは記憶に新しい。

介護業界が抱える問題は常に大きい。テクノロジーの力で介護業界に変革をもたらす企業がいる。「介護を変え、老後を変え、世界を変える」というミッションを掲げる、Rehab for Japan

主力となる事業は科学的介護ソフト『Rehab Cloud』だ。ではデイサービスにおけるリハビリの計画・記録等管理から書類作成までワンストップでカバーする。また、rehab cloudに蓄積されたリハビリデータを分析し、活用することで、今後のリハビリプランを改善していく仕組みも備えている。

Rehab for Japanの採用デックにもあるように、実際、人手不足によるダメージが加速したコロナ禍はrehab cloudの導入が相次いだ。事業開始から4年で1,000社に導入されている。

Rehab for Japanは2023年2月1日にシリーズDラウンドにおいて、調達した合計11.3億円の資金は、組織の強化と、新規事業の立ち上げに使うとしている。介護業界のなかでリハビリジャンルに特化している今、次はどんなジャンルでどんなインパクトを与える計画だろうか。

現在、総人口の25%、つまり4人に1人が高齢者である。2040年には総人口の3人に1人が高齢者となるそうだ。介護業界は拡大の一途をたどるのは確実だ。

家族か自身か、誰しもいつか介護と向き合う日が来る。市場の大きさをとっても、課題の大きさをとっても、注目しておくべき業界だろう。

SECTION
/

タクシーDXで地域を支える電脳交通、12億円調達

2020年の国勢調査を受けた総務省の発表によると、日本の全自治体の過半数が、”過疎地域”と認定されているらしい。過疎化に対してタクシーDXで切り込むのが電脳交通だ。

「バス路線の維持が危ぶまれる」、「高齢者の免許返納が進まない」、「地方の鉄道・バスの8割が赤字路線」など、過疎地域ならではの交通問題をタクシーDXで支える。『クラウド型タクシー配車システム』と『配車委託サービス』は2023年3月時点で全国45都道府県の事業者に導入されているとのことだ。

2023年4月4日、約12億円の資金調達と同時に、JPインベストメントと三菱商事より2名の社外取締役を招聘を発表。IPOを見据えた、プロダクト・組織の強化を実施する。

また、今回の資金は第三者割当増資により調達されたが、引受先には第一交通産業や四国旅客鉄道株式会社など交通系の企業が含まれる。各社と業務提携を結び、デマンド交通サービスや脱炭素関連のプロジェクトの共同展開を視野に入れている。

次章からは、少し趣向を変えて「2023年に資金調達を行ったバーティカルSaaS」のなかでも「マルチバーティカル」と表現されるSaaS企業を紹介する。

SECTION
/

マルチバーティカル戦略を取るホリゾンタルSaaS、カミナシ

ノンデスク産業に身を置き、「ノンデスクワーカーの才能を解き放つ」をミッションに掲げるカミナシは、現場担当がノーコードでアプリを作るプラットフォームを提供する。そう、”ホリゾンタルSaaS”だ。ではなぜ、ここで紹介するのか。

カミナシでCSとBizDevを務める宮城氏のnoteにその答えが見つかる。

カミナシでは元々自社プロダクトをホリゾンタルSaaSとして考えていました。しかし、サービスのリリースから1年が過ぎてきたところで、「業界ごとで利用ユーザーや使われ方が全く違うので、そもそも業界の解像度が高くないといけないよね。全業界を横串で考えるホリゾンタルというよりは、一つ一つの業界についてしっかりと掘り下げるバーティカルの方がアプローチとして近いのでは?」という声があがってきました。

そこで議論を重ねたところ、 業界を一つずつ攻略しながらも複数業界にアプローチする形だよね。であればマルチバーティカル戦略という呼び名がしっくりくるね、となりました。

プロダクト自体はホリゾンタルSaaSだが、バーティカルSaaSとしての動きも求められるとして「マルチバーティカル戦略」を取るとのことだ。

実際、カミナシの公式HPには、食品製造業、ホテル・旅館業、飲食業と複数業種向けの活用術が掲載されている。導入後のサポートの手厚さが垣間見える。

カミナシは、2023年3月29日にシリーズBラウンドで約30億円の資金調達を実施。この資金調達と合わせて発表された「まるごと現場DX構想」という中長期計画に向けた、組織体制の強化と新規既存のプロダクト開発を実施するとのことだ。

話は逸れるが、調達資金の用途が非常に具体的である点もバリューのひとつに「全開オープン」を掲げるカミナシらしさと感じた。

プロダクト職の組織は2023年中に現在の約20名から約50名へと2倍に拡大する方針です。

次は何をオープンにしてくれるのだろう。

SECTION
/

Googleが30億円出資するSTORESにも”マルチバーティカルSaaS”はある

EC市場の規模は、2021年度で20兆円。近年EC市場がずっとその後も拡大し続けているのは、FastGrow読者も知るところだろう。

ECが拡大する一方で、オンライン店舗とオフライン店舗の連携も重視されている。オフライン店舗で見て、オンライン店舗で購入するという流れが増えているためだ。

STORESはネットショッププラットフォーム『STORES ネットショップ』や、ネットショップと連動するPOSレジ『STORES POSレジ』などを提供する。

そして、STORESが手掛けるプロダクトのひとつ、『STORES 予約』がマルチバーティカル戦略を取る。

STORES予約のプロダクトマネージャーを務める宮里氏のnoteによると、先程記載したカミナシ宮城氏のnoteを受けて、STORES予約の戦略も「マルチバーティカル」と呼ぶ、とのことだ。

このホリゾンタルSaaSでもなく、特定業種だけに使えるバーティカルSaaSでもなく、1つの業種を深く掘り、また次に別の業種を深く堀ることを繰り返していく、という方向性を社内にどう伝えるかをPM陣で会話していた際に、ちょうどカミナシさんのnoteで「マルチバーティカル戦略」というワードが紹介されていました。これ以上しっくりくるワードはないというくらいしっくりきたので、以来ありがたく使わせていただいております。

日本経済新聞によると、STORESは2023年2月26日にGoogleにより出資を受けた。出資金額は30億円にも上るとされる。詳細のリリースはないが、あわせてGoogle MAPへ店舗情報の掲載、Googleショッピングへの掲載等で連携も発表された。これによりPRに課題がある実店舗、店舗を見つけたいユーザー、新たな販路を獲得したいオンライン店舗、それぞれにメリットのあるサービスとなったと言える。

ここまで、X Mile、カミナシ、STORESを紹介してきた。全社的に手掛けるサービスはホリゾンタルでも、プロダクトによってはバーティカルの振る舞いが必要となる。

また、バーティカルSaaSもラウンドが進めばホリゾンタルSaaSの視点が必要となる。ホリゾンタルSaaSとバーティカルSaaSは、完全に分けて考えるべきではない。

SECTION
/

アフターコロナの外食産業の発展への貢献を目指す、クロスマート

コロナ禍、苦境に立たされた産業といえば、どの業界を思い浮かべるだろうか。医療に次いで、外食、と答える方も少なくないだろう。

本来外食産業は日本を代表するとも言えるほど市場規模は大きかった。事実、コロナ前の2019年は市場規模が約26億円。しかし、コロナ禍の2020年は約18億円まで落ち込んだ。アフターコロナの今、外食産業の市場規模はふたたび隆盛の兆しを見せている。

クロスマートはそんなレガシーだが大きな市場を舞台にバーティカルSaaSを展開している。飲食店と卸売業者の受発注をワンストップで行える『クロスオーダー』である。

2023年1月4日、シリーズBラウンドで総額5.3億円の資金調達を実施した同社。資金調達発表時点でアクティブな利用店舗数は35,000店舗を超えるとし、急拡大するプロダクトのセールス・開発の強化を図るとのことだ。

そして資金調達後の半年で、大塚商会との業務提携、食料品メーカー向けの販路拡大サービス『クロスセールス』のリリースを発表。さらに、クロスオーダーの利用店舗数も40,000店舗を超えた。

“外食産業DX”をリードするクロスマートの非常にスピーディーな動きは、アフターコロナで勢いを巻き返す外食産業全体のスピード感とも非常にマッチしていると言える。

SECTION
/

大学や専門学校等教育機関から市場拡大を図るDoorkel

ここからは、「2023年に資金調達を行ったバーティカルSaaS」のなかでもTAMの大きさを感じる企業を紹介する。

Doorkelが展開する『SchooLynk Contact』は、大学や専門学校等教育機関に特化したバーティカルSaaSだ。

大学や専門学校の入学受付やオープンキャンパスの実施など、入学関連の広報をサポートするプロダクトだ。2020年のリリース以降、現在250校が導入している。

同社は2023年1月18日、プレシリーズAラウンドで3億円の資金調達を実施。この資金で、さらなる機能開発に加え、学習塾や語学スクール等民間教育産業向けの機能開発に着手するそうだ。

だが、どれほどの学校がターゲットとなるか、想像が容易い。

2022年度、日本には大学が約800校専門学校が約4,000校が存在する。Doorkelの従来のターゲットはそれらだったが、今回の資金調達で、事業規模を塾や社会人向けスクールにまで拡大する予定だ。

塾や社会人向けスクールが属する教育産業市場の規模は2022年度2兆8,000億円を超える。

さらに、岸田政権ではリスキリングに今後5年で1兆円もの政府予算を充当する方針だ。国を上げてリスキリングを進めていく流れは明らかであり、Doorkelのターゲット幅は計り知れない。

また、今回の資金調達はプレシリーズAラウンドだ。専門的でありながら、事業の拡大余地はまだまだ感じられる。理想的とも言えるバーティカルSaaSの姿に、今回の企画で取り上げないわけにはいかなかった。

今回は教育や介護、医療といった様々な業界のバーティカルSaaSを9社紹介した。ホリゾンタルSaaSバブルから数年。バーティカルSaaSはじわじわと頭角を表し、複雑な事業展開も増えてきた。ARR100億円に差し掛かるバーティカルSaaSも台頭している。それぞれのさらなる飛躍が楽しみだ。

こちらの記事は2023年06月09日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

記事を共有する
記事をいいねする

執筆

いちのせ れい

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。

新規会員登録/ログイン