仮想店舗化のトレンド ── データドリブンな効率運用を目指して
実店舗を持つことは非常識になりつつあるのか。売上予測が立たないテナントモデルにおいて、長期の賃貸契約を結ぶことが現実的ではなくなってきていると考えられるからだ。事実、『Times』の記事によると、2022年までに米国のショッピングモールの25%が閉鎖へ追い込まれると予測されている。先に多額の出費ありきで出店しなければ、売上の目処も立たないという不透明なリスクを抱える点に、事業者は大きな課題感を抱えている。こうした市場背景をもとに、シェアリングの概念を用いた店舗を持たない「仮想店舗」の考えが普及し始めている。
- TEXT BY TAKASHI FUKE
- EDIT BY TOMOAKI SHOJI
大型破綻を経験した飲食配達市場

飲食店の運用は厨房の手配から食料管理まで、多岐に渡って厳しい条件が求められる。加えて、店舗を構えるとなると相当なコストが要求される。
飲食系スタートアップで、こうしたコストを抱えきれずに破綻した大きな失敗事例がある。2013年にサンフランシスコで創業し、累計1,350万ドル(約15億円)を調達したオンデマンド弁当配達サービスSpoonRocket(スプーンロケット)だ。著名アクセレータ「Y Combinator」のプログラムを卒業している。
SpoomRocketは、ランチやディナー時にアプリを開き、数種類ある弁当から好きなものを選択する。注文後、専属の配達員が20~30分以内に配達してくれるオンデマンドサービスだった。
市場から評価された点は、需要と供給の事前予測システムだ。天候や時間帯、曜日によってどのような食べ物が好まれるかを分析し、弁当の売上を予測した上で作り置きしておくのだ。
また、温かい弁当を配達するため、調理工場からの配達網を全て自社で手配していた。しかし、事業をスケールさせるためには固定費がかかり過ぎ、収益化には至らずサービスを閉鎖。結局、会社自体はラテンアメリカでフード配達事業を営むiFoodによって買収された。
競合企業であるベジタリアン特化の配達サービスSprig(スプリッグ)も、累計調達額5,670万ドル(約62.9億円)を達成しておきながら破綻。以来、スタートアップおよび投資家にとって巨額な投資を伴う飲食配達市場は鬼門となってしまった。
一方、既存飲食店の配達プラットフォームを目指した「DoorDash(ドアーダッシュ)」や「Postmates(ポストメイツ)」、日本でもお馴染みの「Uber Eats(ウーバー・イーツ)」は成長を続けている。コスト源となる工場や製造プロセスを省いたビジネスが生き残っているのが現状だ。
飲食市場で流行る「ゴーストレストラン」とは?

製造から配達までの全てを自社で背負う水平統合型のビジネスが嫌われてしまった今、注目を集めているのが「ゴーストレストラン」だ。この分野で成長を遂げようとしているのがMac’d(マクド)である。SpoonRocket同様にY Combinatorのプログラムを卒業している。
Mac’dは、マカロニチーズに特化したレストランチェーンだ。マカロニチーズとは、茹でたマカロニにチーズソースを絡めた料理で、アメリカでは家庭料理の定番として親しまれている。2018年11月現在、Mac’dはサンフランシスコに2店舗、ポートランドに1店舗を構えている。
その仕組みは次のようなものだ。Mac’dは、まずマカロニチーズを調理できるシェフを募る。シェフたちは、月額払いでMac’dの店舗キッチンを借りることができる。これにより、自分でキッチンを所有するコストを減らせるのだ。
Mac’dはシェフたちが作るマカロニチーズ料理を卸すため、Uber Eatsに代表される配達サービス5社と提携。シェフたちは提携サービスを通じて注文される分だけのマカロニチーズをつくることに特化できるため、店員を雇ったり、注文需要を予測したりする必要もなくなる。
Mac’d自体はキッチンの貸し出しで収益化を図っているため、手数料を抜いた売上額の大半がシェフに分配される。
特徴的なのは、Mac’dが配達サービスとシェフをつなぐことに特化した仮想レストランである点だ。配達サービスと提携していることにより、顧客対応をするサーバーや予約システムの導入の必要もない。貸しキッチンのため、厨房の管理は全てMac’d側で対応してくれる。
こうしたシェアキッチンを通じて配達サービス向けだけに料理を卸す新業態を「ゴーストレストラン」と呼ぶ。SpoonRocketの失敗から学び、巨額の初期投資を伴わないビジネスモデルを確立させたのだ。シェフが住所を公表する必要も、無期限に店舗を構える必要もないことから、このトレンドは“店舗のバーチャル化”と言えるかもしれない。
年々、ゴーストレストラン事業者は全米各所に登場してきているが、その中でもMac’dの強みは「低価格の物流」と「データ収集」の2つに力を入れている点だ。
マカロニチーズに特化していることから、Mac'dは大量で安価に素材を調達できるため、仕入れコストの削減につながる。仕入れが安くなれば、利益率も上げられる。
また、レストランの開店を目指すシェフがMac’dに1年間ほど入居して、同店舗の商圏内でどのくらい料理の需要はあるのか、実際に店舗を立ち上げる前にデータを収集できる「試験店舗」として利用することができるだろう。先行投資で店舗を開いたが来店客数が少なく、事前の売上予測を下回ってしまう、といったリスクも回避できるはずだ。
まとめると、分野特化型のゴーストレストランは2つの利点がある。物流網がシンプルで運用しやすいこと。また、顧客データを集められるため、実店舗の出店候補地が見極めやすくなることだ。
データドリブンな仮想旗艦店の可能性

今後は、ゴーストレストランの業態がアパレル業界にも影響を及ぼすと考えられる。
今やアパレル用品は購入だけではなくレンタルする時代だ。そこで、今回はLady GagaやBeyonceが来店したことのあるレンタル限定のビンテージショップの店舗モデルを参考にしたい。
このビンテージショップはニューヨークで活躍する古着スタイリスト、Shannon Hoey氏がオープンした、紹介状がないと入店できない完全会員制の店舗だ。数百ドルから10万ドル相当のビンテージ品が並び、富裕層をターゲットにしている。
7,940万ドル(約88億円)の資金調達を果たして上場したStitch Fix(スティッチ・フィックス)や6,250万ドルを調達しているLe Tote(ル・トート)に代表されるように、洋服レンタル市場は急成長を果たした。
新サービスも続々と登場する一方で、新規事業者がレンタル事業を初期から大規模に展開するほど洋服をそろえるのは相当な初期コストがかかるだろう。そこで、Mac’dと同様に事業者を募り、実店舗を持たずに洋服レンタル事業を手軽に始められる業態が考えられる。
想定される仕組みは次のようなものだ。店舗運営事業者は一定数の洋服を在庫として抱え、スタイリストやアパレル事業者に共有する。入居する事業者は月額もしくは年額の利用料を払うだけで、事前に用意された洋服を使わせてもらう形でサービスをローンチできる。
店舗側は先述したStitch FixやLe Toteのような洋服レンタルプラットフォームを通して、顧客から注文された洋服を配達する。外部サービスと提携することで、入居企業は集客する負担を負わない。
また、高頻度でレンタルされる洋服のデータは全入居者に共有され、店舗運営者もデータに応じてストックする洋服のラインナップを変える。一定量のデータが集まり需要を掴めた時点で、入居者は本格的にアパレル事業サービスの立ち上げおよび拡大に動くことができる。
洋服レンタルサービスを立ち上げたい、もしくは成長資金を投じる前にデータ収集をしたい事業者を集め、低コストで運用できる「仮想旗艦店」のモデルだ。
店舗運営側は配達網と洋服をストックしなくてはならないが、飲食業のように定期的な仕入れコストはかからず、入居者から継続的な収益を見込める。洋服のトレンドデータが集まれば、リサーチ企業へと転売もできるだろう。
このように飲食分野から始まったゴーストレストランの業態を各市場向けにカスタマイズさせれば、仮想旗艦店として機能する新たな商機を見出すことができるはずだ。
ゴーストレストランの業態は、まさに店舗や不動産の存在価値が、サービス提供業者と配達サービスの間を取り持つ「サービス中継点」需要にあることを浮き彫りにした。この点を見逃さず、自社事業に活かすことで、新規事業のヒントが見えてくる。
トップ画像: Sharon Hahn Darlin
こちらの記事は2019年03月29日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。
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