進む福利厚生のアウトソーシング──注目のメンタルヘルス系スタートアップを特集

あらゆるものがアウトソーシングされるようになった。

大企業のリサーチ業務は「Wonder」「Konsus」で外注される。無人店舗技術も、Amazonが「Amazon Go」の仕組みを販売するようになれば、テクノロジーに疎い小売業者でもキャッシュレス店舗を手軽に展開できるようになる。

同じ流れが、米国では福利厚生の市場にも起きている。独自の福利厚生パッケージを考え、従業員へ提供する場合、社内コストが相当にかかる。この課題を解決してくれるのが、低コストで利用できる福利厚生の外注請負サービスだ。

本シリーズでは、福利厚生サービスを提供するスタートアップを紹介しながら、米国における福利厚生市場の多様化と、日本企業が学ぶべき点を考察していきたい。今回は前編として、福利厚生市場の全体像と、メンタルヘルス領域で事業を展開するスタートアップを紹介する。

  • TEXT BY TAKASHI FUKE
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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福利厚生市場の全体像と変化

世界165ヵ国から約28万人の人事担当専門家が参加する組織「SHRM」の米国市場レポートによると、92%の従業員が、就業満足度に関わる重要な項目として「福利厚生」を挙げている。

企業が重要視する福利厚生パッケージ上位3つは、ヘルスケア(医療費や保険)、ウェルネス(健康維持)、そして娯楽・レジャー・学習系サービス(生活サービス)である。なかでもヘルスケアの需要は従業員からも非常に高い。

米国では医療費が高額のため、医療費を支援する福利厚生の充実は、離職率を下げる大きなメリットをもたらすからだ。

一方で、ウェルネスや従業員の生活サポートの分野は米国では緊急性が低かったため、長年手がつけられていなかった。

しかし昨今、医療費支援以外の領域に取り組む企業が増えており、なかでもメンタルヘルスサービスに注目が集まる。スタートアップデータベース「CB Insight」の記事の記事によると、2017年の同市場への投資額は100億ドル(約1.1兆円)に上るという。前年度の60億ドル(約6,660億円)から大きく増加している。

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メンタルヘルス分野でビジネスを展開する福利厚生スタートアップ

専門医による診療が必要であり、医療費も高額になるため、従業員から福利厚生の需要が高まっているのがメンタルヘルスに関連するケアだ。

米国のギャロップ社が7,500人のフルタイム従業員を対象に実施したメンタルヘルスに関しての調査では、約60%が燃え尽き症候群を感じていた。加えて、ハーバードビジネススクールのが発表したデータによると、精神的な不調によって年間1,250億〜1,900億ドル(約14兆〜21兆円)の企業損失が発生しているという。

ここからは、実際にメンタルヘルス領域でビジネスを展開する米国スタートアップを、計6社紹介していく。

パーソナライズされたカウンセリングプログラム「Meru Health(メルヘルス)」

Meru Health(メルヘルス)は、従業員向けのメンタルヘルスケアサービスを提供するスタートアップ。2015年にサンフランシスコで創業し、これまでに100万ドル(約1.1億円)を調達した。

同社は各従業員にパーソナライズした8週間のカウンセリングプログラムを提供。専用アプリを通じて、メンタルヘルスに通じたカウンセラーとチャットで相談もできる。さらに、従業員たち同士は匿名でやり取りでき、お互いに励まし合う仕組みも導入されている。

AIによる患者とカウンセラーのマッチングサービス「Spring Health(スプリングヘルス)」「Lyra Health(ライラヘルス)」

Meru Healthと同様のカウンセリングサービスを、AI技術を組み合わせた形で展開するのがSpring Health(スプリングヘルス)だ。2016年にニューヨークで創業し、800万ドル(約8.8億円)を調達した。

メンタルヘルスの課題のひとつとして、患者とカウンセラーの両者が、適切な治療計画を探り当てるのに時間と労力がかかる点が挙げられる。そこで、従業員に簡単な質問に答えてもらい、最適な治療プログラムの提示と、それに見合ったカウンセラーとのマッチングを即座に実現するAIを開発したのがSpring Healthだ。

カウンセリングにおけるAI活用サービスの競合には、2015年にシリコンバレーで創業し、8,310万ドル(約92.2億円)の資金調達を果たしたLyra Health(ライラヘルス)がいる。同社ウェブサイトによると、全米でエビデンスに基づく信頼性の高いメンタルヘルスの治療法はは、たった20%しかない。Lyra Healthはこの20%の治療プログラムを提供できる専属カウンセラーを囲い、AIを用いてマッチングさせる。

「キャリアデザイン」というアプローチでサービス提供「Modern Health(モダンヘルス)」

次に紹介するModern Health(モダンヘルス)は2017年にサンフランシスコで創業し、230万ドル(約2.5億円)を調達したスタートアップ。従業員がメンタルヘルス面での課題を抱える前に対処する、予防医療に焦点を当てたサービスを展開する。

米国では転職の際、前職の上司の連絡先を書いて提出する文化がある。どのような人材であったかを、転職先の人事担当が直接確かめる目的で生まれた仕組みだ。こうした背景から、一般的に従業員は、自分のキャリアの汚点にもなりかねないため、メンタルヘルスの症状を上司に隠したがる傾向にある。

そのような事情を踏まえて、Modern Healthはメンタルヘルスサービスではなく、「キャリアデザイン」というアプローチで企業にサービスを販売する。カウンセラーが各従業員の長期キャリア計画をヒアリングしたのち、ゴールを達成するために最適なコーチングを提供する。

コーチング内容は治療だけなく、家族計画や同僚や上司と軋轢を生まないコミュニケーション手法などもアドバイスをする。Modern Healthでは「エモーショナル・ウェルビーイング」と呼び、従業員のライフサポートをする姿勢で臨んでいる。

「TechCrunch」の記事によると、Modern Healthを導入する米国の大手給与管理サービス会社Gustoでは、導入からたった4日以内に利用率が43%に至ったという。

彼らの思いを想像するならば、「メンタルヘルスの問題を発症してから福利厚生を利用するのは気が引ける。ただ、キャリアや生活に応じたカウンセリングならば受けやすい」といったところだろう。

オンラインハラスメント対策サービス「Tall Poppy(トールポピー)」

続いて紹介するスタートアップは、企業の従業員がオンラインハラスメントで受ける被害を最小限に抑えるためのサービスを提供するTall Poppy(トールポピー)。ここで言うオンラインハラスメントとは、実名でプライベートな情報を公開される、卑猥な言葉を投げかけるといった事例のことを指している。

メンタルヘルスの発生源が社内にあるとは限らない。FacebookやTwitterを経由してまったく知らない人から誹謗中傷を受けて、精神疾患を負うケースもある。「Pew Research Center」のデータによると、全米人口の約5人に1人がオンラインハラスメントの経験があるという。

Tall Poppyのサービスを導入した企業の従業員は、ハラスメントに対応するための教育ツールと、受けたハラスメントが犯罪に当たる場合は訴訟を起こせるリーガルサポートまで受けられる。同ツールを使うと、受けた誹謗中傷に応じた、取るべき対応がわかる。SNS炎上対策のマニュアルのようなイメージだ。

「ギフトボックス」をプレゼント「MentalHappy(メンタルハッピー)」

最後は、ギフトボックスというユニークな手段の福利厚生サービスを提供するMentalHappy(メンタルハッピー)

プロジェクトの成功を記念したり、昇格祝いの際に従業員のモチベーションをさらに向上させるため、スナック菓子や「ためになる本」が詰まったボックスを提供する。また、リモートワーカー向けに感謝の気持ちを伝えるためにも使われる。

企業とフリーランスのマッチングプラットフォーム「Upwork」の調査データによると、全米の5,730万人(労働人口の36%)がフリーランスだという。また、彼らフリーランスを含む390万人が週の半分をリモートで働くというデータもある。こうしたリモートワーカー達は、距離的な問題から、たとえば就業先のチームとプロジェクトの打ち上げや四半期ごとに行われるチームディナーなどに参加できない。

フリーランスやリモートワーカーとそうでない従業員の隔たりが長く発生すると、チームへの不信感や離職の理由につながりかねない上に、中小企業であれば、リモートワーカーが1人辞めるだけでプロジェクトに穴が空く恐れがある。この問題を解決するのがMentalHappyだ。同社は企業向けに「CheerBox(チアボックス)」と呼ばれるギフトボックスを卸す。

本社チームからサプライズでギフトが宅配されたら、誰もが喜ぶに違いない。こうして従業員のエンゲージ率を向上させるのが狙いだ。『TechCrunch』の記事によると、累計1万ボックスを提供したとのこと。

前編ではメンタルヘルス領域の福利厚生サービスを提供するスタートアップを紹介した。後編では女性従業員向けの福利厚生サービスや、従業員の生活を直接サポートするサービスを提供するユニークな事例を紹介していきたい。その上で、日本の福利厚生市場が考えるべき視点を考察していく。

こちらの記事は2018年11月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

福家 隆

1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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