“ボトムアップ”は経営者の言い訳、手本を示せ──新規事業は「ストーリー性」の真意を、保育プラットフォーマー・ウェルクス三谷に聞く

インタビュイー
三谷 卓也
  • 株式会社ウェルクス 代表取締役社長 

1979年生まれ。東京大学教育学部卒業後、2002年4月富士通株式会社に入社、2006年9月株式会社エス・エム・エス入社後、マザーズ上場から東証一部上場まで経験。2012年1月、株式会社クレヴィスを設立し代表取締役に就任。コールセンター事業を中心とするアウトソーシング事業を運営。2013年4月、第二創業として株式会社ウェルクスを設立し、代表取締役として活動中。

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待機児童問題が声高に叫ばれるようになってから久しい。厚生労働省が2020年9月に発表した「保育所等関連状況取りまとめ」によれば、同年4月時点での待機児童数は全国で12,439人。前年比4,333人の減少となったものの、依然として問題は解消されていない。

待機児童問題を引き起こす一つの要因となっているのが、保育士不足だ。今回紹介するウェルクスは、そんな保育業界が抱える課題の解決に挑む企業である。

同社の代表取締役社長である三谷卓也氏は新卒でエス・エム・エスに入社したのち、2012年に独立。2013年、保育士・幼稚園教諭専門の転職支援サービス『保育のお仕事』と、求人広告メディアである『保育士求人ナビ』をリリース。以降、保育業界の課題解決に挑んでいる。

「これまで保育業界に限らず、さまざまな領域を対象としたサービスを生み出してきた」と語る三谷氏。同社の道のりは、新規事業の創造と撤退の歴史でもある。そんなウェルクスを率いる三谷氏に新規事業開発と運営のポイントを聞いた。「ストーリーがない事業は必ず失敗する」──その言葉の真意に迫った。

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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自社の“舵”は他の誰でもなく、自分が握る

創業当初は社名も事業内容も全く異なっていたという。社名はクレヴィス。展開する事業は営業代行業だった。前職のエス・エム・エスで資格スクールの資料請求サービスである『シカトル』のマーケティングを担当していた三谷氏は、資格スクール業界に「営業活動自体を行う慣習が無い」という課題を見出していた。三谷氏によれば、資格スクールの多くはインバウンドで顧客を獲得するのみで、電話などによる営業活動をしていなかったのだそう。

エス・エム・エスでの経験を通じて、アウトバウンド営業をした際の営業効率は5倍にもなると試算し、ここに大きなニーズがあると考えた同氏は資格スクールを対象とした営業代行を創業事業とすることを決めた。

そして、この事業は大きな成功を収めることになる。多くの資格スクールだけではなく、古巣であるエス・エム・エスからの発注もあり、事業は初月から大きな黒字を記録した。その後も売上は順調に推移した。しかし、事業開始から半年が経ったころ、三谷氏の胸に去来していたのはある不安だった。

株式会社ウェルクス 代表取締役社長 三谷卓也氏

三谷この事業だけでは安定的に会社を運営できないのではないかと思い始めたんです。どれだけ儲かっていても、クライアントから「もういいや」と言われてしまえば事業の成長は止まってしまう。受託事業だけ続けていると、常にクライアントが僕らの命綱を握っている状態になってしまう。

せっかく独立したのに、自分で自分の会社の舵取りができないなんてつまらないじゃないですか。そこで自社事業を立ち上げることを決断したんです。

自社事業のドメインとして目をつけたのは、人材ビジネス。その中でも、保育業界に特化した人材ビジネスを立ち上げることに決めた。決断の背景を以下のように語る。

三谷第一の理由は、自分たちの強みを最も活かせる領域だと感じたことです。エス・エム・エスで人材紹介事業の集客を担当していた同僚が役員として参画してくれていましたし、僕もエス・エム・エスではキャリアアドバイザーとして入社し、複数の職種の紹介や集客マーケティングを担当した経験があり、知見がありました。

しかし、人材紹介事業を展開している企業は全国に約2万2,000社あると言われていて、かなりのレッドオーシャン。正攻法では勝っていけないと感じました。そこで目を付けたのが、人材の質よりも数を求める業界を対象とした紹介業です。

多くの人材紹介サービスのユーザーとなるのは、いわゆるオフィスワーカー。企業側も、求人サイト経由では出会えない“良い”人材と出会うための手段として人材紹介を利用することが多い。つまり、一般的なサービスに求められるのは、人材の“質”なんです。

しかし、世の中は人不足が深刻で、とにかく働き手を求めている業界も存在します。そんな、“質”も重要だがまずは数が欲しいと考えている業界、企業を対象としたビジネスを展開しようと考えたんです。

そんなことを考えていたのが、2012年の後半でした。さまざまなマーケットリサーチを進めている中、2013年4月に内閣が「待機児童解消加速化プラン」を発表し、待機児童を減少させることを目的に保育環境の整備に乗り出すことを打ち出した。当然、保育士の求人ニーズも高まることになる。これはチャンスだと思いました。こうして、僕たちは自社事業として保育領域を対象とした人材サービスを開始することを決めたんです。

2013年4月、自社事業を中心とした事業展開への変更を決定したことを契機に、社名をウェルクスに変更。同年7月には保育士・幼稚園教諭専門の転職支援サービス『保育のお仕事』と、求人広告メディアである『保育士求人ナビ』をリリースし、第二創業を果たし、大きな成長を遂げることになる。

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「ボトムアップで新規事業を生み出す」のは、まだ早い

保育領域を対象とした人材サービスの成功を皮切りに、さまざまな新規事業に打って出ていくことになる。2021年1月現在、同社が展開しているサービスは12を数える。しかし、その道のりは決して順風満帆ではなかった。

三谷利益が出ず、撤退せざるを得なかった事業はいくつもあるんです。たとえば、介護事業を展開する事業者を対象とした人材紹介サービス。サービスを開始した当時はこの領域で突き抜けたプレイヤーはいなかったので、チャレンジしようと決めました。

しかし、のちに資本力がある企業が参入してきたことによって、次第に紹介人材の確保が難しくなってしまい、利益を上げられなくなってしまった。2019年度末にこの事業はクローズしました。

撤退を余儀なくされたのは、介護領域を対象とした人材紹介サービスだけではないそうだ。複数のサービスで、継続を断念した。それらの失敗の要因を三谷氏は次のように振り返る。

三谷僕の「任せ方」が良くなかった。新規事業を任せるメンバーとしっかりと目線を合わせていなかったことが、失敗の要因の一つです。「こんなことがやりたい」と言うメンバーには、基本的に「やってみよう」と任せていたのですが、売上高など「どこを目指すのか」といったことに関して目線が合っていなかった。

たとえば、会社としては最低10億円の利益を目指してもらいたいと思っていても、メンバーがそこまで高い目標を本気で追うマインドになっていなかった。これは経営者である僕の失策です。

ボトムアップで新規事業を生み出し、運営している企業もありますが、そういったことができるのは、長い年月を掛けて培った文化や企業風土があってこそだと感じましたね。企業として「新規事業に何を求めるのか」といったことがしっかりと浸透していない状態で、メンバーに一任することは失敗を招く。

ウェルクスはまだボトムアップで新規事業を生み出せるフェーズではないのだと知りました。まずは経営層が中心になって、事業の種を生み出し、運営していかなければならない。そうして、ウェルクスとしての事業づくりの型を示しながら、徐々に「どこを目指すのか」といったことを含めてメンバーに浸透させなければならないと思っています。

「ボトムアップ」というと聞こえはいいが、経営者とメンバークラスで目指すところが違うという事態も起こり得る。良い事業が起こらないのであれば、それはもう「経営者の失策」だと、三谷氏は指摘するのだ。

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新規事業に求められる「win-win-winのストーリー」とは

「ボトムアップだから、大きくなる事業が生まれない」などと言い訳のように語るのは簡単だ。そうやって、小さな事業をコツコツ生んでいく企業も中にはあるだろう。しかし、三谷氏が目指したのは別の姿。

過去の失敗を踏まえ、経営陣が新規事業の開発から運営を主導している。企業の核となる新規事業を創出するためには、トップダウンで手本を示さなければ。そんな思いから、中心的な役割を担い始めた三谷氏。新規事業を成功に導くためのポイントを聞いた。

三谷重要なのは、自社・クライアント・エンドユーザーの3者が「win-win-winの関係」を築くためのストーリーが描けていること。このストーリーが上手く描けていない新規事業は失敗する可能性が高い。

そんなストーリーを描くためには、論理的思考力が必要だと考えています。とりわけ重要なのが、クリティカルシンキング。自らの感情や主観で判断をするのではなく、常に自らの考えを批判的に検討しながら、ストーリーを描いていかなければなりません。うまくいかない新規事業の多くは、ロジックに発案者の主観が入り込んでしまっている場合が多いと感じています。

もちろん、クリティカルシンキングは一朝一夕で身につくものではありません。僕自身、クリティカルシンキングを学び始めたのは27歳になったころですが、ものになったなとようやく感じたのは34歳のころだったと記憶しています。身につけるために必要なのは、たくさんの本を読むことではありません。とにかく実践を繰り返すことでしか、クリティカルシンキングは身につかない。数々の失敗があったからこそ、この力を伸ばせたのだと思います。

「win-win-winの関係」を築くためサービス──、その一例が、ウェルクスが2021年1月に正式リリースした『保育のお仕事ダイレクト』である。保育事業者を対象としたダイレクトリクルーティングサービスである本サービスは、ウェルクス・クライアント・ユーザー、3者の課題を解決しうるサービスだ。

三谷価値提供の幅を広げられることが、ウェルクス目線でのメリットです。人材紹介業は、クライアントとユーザーの間にキャリアアドバイザーが入りマッチングするビジネスモデルなので、マンパワーがかかる。

すべてのユーザーと面談をするわけにはいかないので、どうしても限られたユーザーにしか価値を提供できていませんでした。しかし、クライアントがユーザーに直接アプローチするダイレクトリクルーティングサービスであれば、そのジレンマは解消できるんです。

また、クライアント目線で言えば、採用コストを抑えられることが大きなメリットです。人材紹介で採用をした場合、人材紹介会社に支払うフィーは採用した方の年収に応じて増減しますが、100万円を超えることが一般的です。しかし、『保育のお仕事ダイレクト』は、クライアントがユーザーに対し直接スカウトメールを送るリソースはかけていただく代わりに、お支払いしていただくのはスカウトメールの購入料金のみ。人材紹介を利用していただくよりも遥かにコストを抑えられます。

そして、ユーザーは人材紹介では出会えないような求人と出会えるんです。たとえば、小学生を対象とした学童保育の求人などです。人材紹介会社からすると、収益構造的に高額の紹介料を負担に感じる学童保育の求人はなかなか紹介できないんですよね。ダイレクトリクルーティングサービスであれば、そんな求人を知ることもできる。

2020年10月からリリースに向け営業活動を開始しており、その手応えは「かなり良い」という。商談を実施した、実に50%以上の事業者が導入を決定したそうだ。これまで構築してきた基盤があるからこそ、クライアントの新規開拓、ユーザーの集客に多額のコストをかける必要もなく、大きな利益を生み出す手応えを感じていると語る。

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保育業界を支えるプラットフォームを構築する

順調な滑り出しを見せた『保育のお仕事ダイレクト』を新たな柱に、見据えるのは保育事業者にとってのプラットフォームを構築することだ。

三谷当面は保育事業を対象としたサービスに集中していきたいと思っています。そして、保育業界が抱える様々な課題を解決していきたい。

具体的には、事業者と求職者の接点をより多く生み出したいと考えているんです。現在、僕たちのサービスを利用してくれている求職者は24万人。この領域ではナンバーワンのユーザー数となっています。人材紹介だけでは、点の接点しか生み出せていなかったのですが、ダイレクトリクルーティングサービスによって日常的に事業者と求職者が接点を持てるようにしていきたい。そうした接点を通して、求職者が自分に合った仕事を見つけるサポートがしたいと思っています。

また、事業者側も採用面にとどまらず、さまざまな課題を抱えています。具体的なお話はまだできませんが、今後は『保育のお仕事ダイレクト』を中心に、さまざまなサービスをリリースしていき「何か問題があればウェルクスのサービスを使おう」と思ってもらえるような、問題解決のプラットフォームを構築していきたいと考えています。

そんな未来を実現するために、どんな人材を求めているのだろうか。

三谷僕たちが掲げている3つのスピリットを体現できる人に仲間になって欲しいですね。1つ目は「ALL FOR ONE」。この「ONE」とは、ウェルクスのミッションである「保育業界の課題解決」を指しています。業界の課題解決に全ての力を捧げて欲しいと思っています。

2つ目に「BE GRIT」。メンバーにはやり抜く力を身につけることを求めています。保育業界が抱える課題は決して小さいものではありません。簡単に解決することはできないでしょう。だからこそ、多少の困難があっても諦めず、やり切ることが求められます。

そして、最後は「CREATE VALUE」です。常に付加価値を生み出せる存在であって欲しいと考えています。「自分はいまどんな付加価値を生み出しているのか」「付加価値を最大化するためにはどうすればいいのか」といったことを、考え続けてほしい。

この3つの要素を備えている人であれば、ウェルクスで活躍できると思いますし、大きく成長できると考えています。そんな方と、「保育業界の課題解決」という大きなミッションに挑んでいきたいですね。

こちらの記事は2021年01月18日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

写真

藤田 慎一郎

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