連載私がやめた3カ条
「先見の明」にも、あぐらはかくな──LRM幸松哲也の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。
今回のゲストは、情報セキュリティ領域を専門とするスタートアップ、LRM株式会社 代表取締役社長、幸松 哲也氏だ。
- TEXT BY RINA AMAGAYA
幸松氏とは──臨機応変に軌道修正しながら、常に最前線を走り続けるランナー
経営者の中で、「先見の明」を持つと言われる人物は、比較的多いと言えるかもしれない。
インターネットがまだ新しい2006年から、今後の成長に目をつけて、セキュリティ分野での先駆者として第一線で活躍していた幸松氏は、まさに先見の明を持っている人物といっていいだろう。
幸松起業した当時、ネットバブル最盛期でインターネットの可能性をすごく感じていました。今後10年20年先を考えた時、情報の取り扱いがますます重要になると感じ、セキュリティコンサルタントは将来絶対になくならない職業だろうと確信しました。
しかし、当然、それだけでは事業が上手くいくとは限らない。
幸松氏は起業当初、問い合わせが全くなく事業課題に直面しており、新たな戦略を考える必要に迫られていた。
20代後半で起業をして、「セキュリティコンサルタント」というまだ世の中には正解を知る人が少ない、そんな領域の最前線を走ってきた同氏ならではの悩みが沢山あっただろう。そういった困難を抱えながらも、現在では実務は完全にメンバーに任せる体制を敷き事業を着実に伸ばしている。
では、なぜ柔軟に軌道修正を図れたのか、そのきっかけは何だったのか。また、どのように葛藤を乗り越え成長につなげたのか。以下、3つの転機を紐解いていく。
自分が専門外の事業を手掛けるのをやめた
現在は情報セキュリティ事業を手掛ける幸松氏だが、創業当初はWEBサイト制作事業も手掛けていた。しかし、途中からセキュリティ事業への一本化を決断した。それはなぜだったのだろうか。起業した経緯から遡って聞いてみよう。
幸松以前はエンジニアをしていましたが、27歳の時にコンサルタントになりたいと考えました。しかし、コンサルタントの業界には、多くの優秀な人材がいます。自分が成功するためには、得意分野で勝負する必要があると感じ、セキュリティに特化したコンサルティング会社を設立しました。
しかし、ネットバブルというのもありWEB領域を扱う企業=キラキラしたイメージがあり憧れだったので(笑)、企業のWEBサイト制作などを手掛けるような事業にも手を出していました。
なるほど、WEB制作事業は、自身のビジョンよりもむしろ、会社を軌道に乗せる手段としての事業だったのかもしれない。と言っても、多くの企業や店舗が新たにWEBサイトをつくろうという需要が急拡大していた時期である。同社も、少なくない引き合いに恵まれた。
このように華々しいスタートを切ったように見える幸松氏だが、実際にWEB制作の仕事と向き合っているうちに、あるジレンマを抱えるようになった。具体的には、お客さんに納品しているレベルに納得できなかったり、何かトラブルがあった時の対応が即座にできなかったりと、「自分でクオリティコントロールができない」「責任を負い切れない」といったことだ。
自身が得意とするセキュリティ領域と比較するとどうしても熱量が劣ってしまっていた。こういった経緯で、WEB事業を完全にやめ、2012年にLRMはセキュリティ事業に特化した会社に生まれ変わったのだ。
幸松最初は事業をやめるのは怖かったが、自分の得意分野かつ参入障壁が高く地味なイメージのあるセキュリティ事業で勝負したいという想いが強くなっていった。
今後情報の取り扱いも大事になってくるから、セキュリティコンサルタントは将来絶対なくならない職業だろうなという自信もありました。でも、セキュリティ事業に特化してすぐは問い合わせゼロが1年以上続いたこともあって苦戦していました。
第二創業を迎えてから多くの課題に直面してきた幸松氏だが、「デジタルの世界が来るに違いない」という絶対的な自信を持ち、セキュリティ事業に特化することを決して諦めなかった。
当初の取り組みは、ひたすら地道なものばかり。HP上に写真を載せたり、顧客の声を掲載したりするなど。だがその結果、少しずつ問い合わせを獲得することができるようになっていったのだ。
紆余曲折があったかもしれないが、幸松氏の粘り強い行動力と将来を見据えた決断があったからこそ、きっと今日のように成功につなげることができたのだろう……。
“プレイヤー”として働くことをやめた
やっと事業の軌道に乗ってきた頃、幸松氏は新たな課題を抱えていた。幸松氏の提案の仕方や業務のこなし方が、組織内でフォーマットになってしまっていることだった。
もしかしたら、それは仕方のないことなのかもしれない。
「先見の明」を持って業界のトップランナーとして走ってきた幸松氏の知識ややり方は、誰だって真似をしたくなるだろうな、と感じる読者も多いだろう。
しかし、幸松氏は焦っていた。 なぜなら、年功序列的な考えを捨て、メンバーを信じてある程度任せるようにしないとメンバーの成長はもちろん、会社自体の成長も止めてしまうかもしれないことを感じ始めていたからだ。
幸松トップコンサルタントとして働いていた時は、「どうしてできないの?」という言葉でメンバーを非難していて、自分のやり方を伝えてしまう傾向にあったんです。僕の判断に頼っているだけではメンバーのクリエイティビティが出ないと思い、2〜3年前から実務は完全にメンバーに任せる体制に変えました。
確かに素人目から見ても、コンサルタントという仕事は1人1人が自分の頭で考えて答えを導き出し、提案して解決することが醍醐味なのかなと想像がつく。
現在、幸松氏はできるだけ実業務をこなさないように心掛けているようだ。
幸松実務面において、自分よりもプロフェッショナルな社員が沢山いるので、そこはメンバーに任せていますが、”会社のWILLを作り出す”ことだけは誰にも負けない自信があります。
今は自分にしかできないことをやっています。
そう語る幸松氏は会社の戦略に関する調査や分析を行い、組織文化を醸成するための取り組みに集中している。ようやく社長業に集中できているように見えるが、取材の終盤で幸松氏と社員の間でこんなやり取りがあった。
幸松「僕がいきなりいなくなったら困る?」と聞いたら、「困る部分はまだ沢山ありますね(笑)」と普通に言われますね。
なるほど、引き継ぎが完全に完了していない部分もありそうだが、幸松氏自身は徐々にメンバーに責任を委譲していく考えを持っている。そのうち経営もメンバーに引き継いでみたいという意志を持っているくらい、メンバーの成長が会社のWILLには不可欠だと捉え、試行錯誤している。
他人を変えようとして、自分自身を変えようとはしないのをやめた
幸松氏のメンバーへの信頼や期待が大きいのは明らかだが、最初からメンバーに責任ある業務を引き継ぐことができたわけではないという。
幸松他人を変えようと自分のやり方を押し付けてしまうのは、僕の悪いクセだったと反省しています。言葉で相手を傷つけるようなことは投げたくないので、今では「こうしろ」ということを言わないようにしています。人それぞれだよねという風に柔軟に解釈できるように、他人を変えるのではなくて自分自身が常に変化し続けることにエネルギーを使っています。
以前は「どうしてみんなできないの」という強い言葉で社員を指導していた。当然、そのやり方に文句を言うメンバーもいただろう。
「人を変えたければ自分を変えたほうが楽」というのを幾度か耳にしたことがあるが、人の考えは、そう簡単に変えられるものなのか?という疑問が湧いてくる。幸松氏のなかで考えが変わったのは、どうしてなのか。
幸松人は人から言われても、本質は変わらないと思うんです。「自分で変わろう」と思わなきゃ変わらない。「人は変わらない」というのではなくて、「本当の意味で変わりたい」と思っていないから、変わらない。
僕の役割は、人を無理やり変えるんじゃなくて、変わろうと思ってもらえるようなきっかけを作ること。そっちに徹するほうが建設的だなって思って、無理やり変えようとは思わなくなったんです。
きっと、実務から離れて社長として組織作りと向き合うなかで、メンバーとの向き合い方が幸松氏自身のなかで少しずつ変わっていったんだろう。
幸松まずは自分が変わらなければ何も変わらないから、「自分が変わらなきゃいけない」ってのが根底にあるんです。他人は変えられないけど、自分が変わると他人が変わるキッカケにはなり得ると思っています。
そんな幸松氏のマイブームは“インプット”だという。経営者の知り合いと交流したり、年間50冊ほどの書籍を読んだりするなど情報を収集することに熱中している。取材中には、FastGrow取材陣にお勧めの本を聞くほどだ。
インプットして多角的な視点を持つことで、「人それぞれ」という風に柔軟な解釈ができるようになって、メンバーのモチベーションも向上していくのかなと感じる。
まさに、幸松氏がやりたかった「組織開発」にも直結している。社長自らが色んな価値観を知りに行く行動が、メンバーを突き動かし、会社の成長にもきっとつながっていくはず。
貪欲に日々アップデートをし続ける、幸松氏が次にどんな先見の明の種を見つけるのかが今から楽しみだ。
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