INTERVIEW

解約率1%を実現するヤプリのカスタマーサクセスは何が違う?
その答えは「解約率を下げるべき理由」にあった

カスタマーサクセスに悩むBtoB SaaSスタートアップは少なくない。「オンボーディングがうまくいかない」「顧客の成果に結びつかない」など、課題はさまざまだ。

しかし、強固なカスタマーサクセス組織を構築できているスタートアップもある──アプリ開発プラットフォームを提供する、ヤプリだ。プログラミング不要でアプリ開発から運用、分析まで行える点を強みとし、実店舗を持つ大手企業を中心に300社以上が導入。カスタマーサクセスへの注力により、解約率は驚異の1%以下を維持しているという。

本記事では、ヤプリCEOの庵原保文氏にインタビュー。「ヤプリと顧客、顧客とエンドユーザー。それぞれのつながりを強化すれば皆が成功する」と語る同氏に、独自のカスタマーサクセス論を聞く。

  • TEXT BY ERIKA MIZUOCHI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE

インタビュイー

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解約率1%を支える、カスタマーサクセス「3つのチーム」

「Yappli」は、アプリの開発から運用、分析に至るまで、クラウドで提供するプラットフォームとして、企業のモバイルシフトのパートナーとなってきた。導入企業は、アプリ運用により、EC売上や会員獲得数の向上などの成果を得ているという。代表的な顧客には、丸井、りそな銀行、ふくやなど、これまでオフラインでビジネスを展開してきた企業も並ぶ。

顧客の満足度は高く、解約率は約1%未満と、非常に優れたスコアを維持している。この成果を支えているのが、カスタマーサクセスを支える3つの部門だ。「オンボード部」「カスタマーサクセス部」「コミュニケーション部」で構成されている。

株式会社ヤプリ 代表取締役CEO・庵原保文氏

庵原カスタマーサクセスに関わるメンバーは、最初に、顧客の自社アプリの立ち上げを担う「オンボード部」を経験します。ここでは顧客の要望を聞きつつ、自分の手を動かしてYappliでアプリを制作することで、製品と顧客に対する理解を深められるからです。

カスタマーサクセス部は、オンボードが完了した顧客のもとに日々訪問し、社内にはほぼ在席していないという。

アプリのコンテンツに関するアドバイスから、インストール数を伸ばすための店頭施策やASO(AppStore最適化)、エンドユーザー向けのマーケティング施策にまで入り込む。これらのノウハウも、「顧客と一緒に手を動かす」ことで身につけてきた。

庵原ある実店舗では、来店者へのアプローチ方法を現場担当者と試行錯誤しました。レジ横に置くアプリ紹介用のポップでは効果が落ちてきたので、持ち帰ってもらいやすい名刺サイズのカードを作ってみたら、一気にダウンロード数が伸びたこともありました。顧客の成功に結びつくのであれば、何でもやるスタンスです。

2019年に新設されたコミュニケーション部は、ユーザーミートアップをはじめ、オフラインで顧客とコミュニケーションを図るイベントを企画・推進している。それらの開催は、顧客同士で繋がり学びを得るのはもちろん、製品や市場発展の「啓蒙」を目的としている側面もあるという。

庵原そもそも、アプリは“must have”ではなく、“better to have”なものなんですよね。だからこそ、丁寧に存在意義を伝えないといけません。なぜアプリを作る必要があるのか、どう活用すればいいのかをしっかり伝えるには、オンラインだけでは不十分なんです。

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「カスタマーサクセス」なんて知らなかった創業初期

ヤプリのカスタマーサクセス体制は、時間をかけて形成されたものだ。庵原氏は創業期を振り返り、「顧客に成功してもらうために、徹底的に寄り添って、開発でも運用でもできることは何でもした。そうしないと、自分たちが死んでしまう状況だった」と語る。カスタマーサクセスという言葉は、知らなかったそうだ。

庵原創業初期には、キャッシュが残り数百万円となっていた時期もありました。なかなか成長への道筋が見えなかった頃、やっとつかんだ大事な契約1件1件を絶対に失いたくない、という強い想いがありました。

また振り出しに戻ってしまう恐怖が大きかったんですね。成功事例を作って次の営業の成功確率を上げたいと思い、顧客になんとか成功してもらえるよう手を尽くしました。「自分たちがやってきたのは、カスタマーサクセスだったんだ」と気付いたのは、だいぶ後になってのことでしたね。

創業当時は、営業もカスタマーサクセスも、庵原氏が1人で担っていた。創業者ゆえに製品を深く理解しているため、商談も受注後のコミュニケーションも、スムーズに進められ、顧客満足度は高かったという。ほとんど解約を出すことなく、新規受注も順調に積み上がっていった。

問題が生じたのは、組織が拡大し始めた2017年頃からだ。顧客数の増加に伴い、営業チームを拡充したが、受注後のケアに手が回らない状態に。解約が増えはじめていたため、営業チームからアフターフォローの機能を切り離し、カスタマーサクセス本部が設置された。

庵原氏は、今でも苦悩した日々を忘れないように、会社のバリューとして「カスタマーサクセス」を入れており、企業文化の中心になるように働きかけている。多くのSaaS企業と同様に、カスタマーサクセス本部も解約率をKPIに置いているが、その背景には庵原氏の強い想いがある。

庵原創業当初の「解約されたら振り出しに戻る」という感覚を、消したくないんです。当時、自然とカスタマーサクセスを実践できていたのは、成長への渇望と危機意識を、同時に持っていたからだと思います。その感覚を忘れないよう、常に解約率、つまり顧客の成功というKPIを意識してもらっています。

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「なぜ解約率を下げる必要があるのか?」徹底的にWHYにこだわる

特筆してヤプリのカスタマーサクセスから学ぶべきは、本質的な“WHY”から考え抜く姿勢だろう。

庵原氏は、カスタマーサクセスの役割──製品を深く理解したうえで顧客により良い提案を行い、成功に導く。結果、顧客の満足度が上がって解約率が下がり、MRR(月間経常収益)が向上する──だけでなく、その先にある存在意義を定義している。

庵原ある日、社員から「解約率を下げた先に何があるんですか?」と質問されたことがあったんです。最初は「解約されたら売上が減るからだよ」と答えました。だけど、ふとしたタイミングで「解約率を下げたら何が起きるのか?」と考えてみたら、気づいたんです。

最終的には「僕ら、いい仕事してるな、誰かの役に立っているな」と実感したいだけなんだと。カスタマーサクセスを通して、いい仕事をして、顧客に感謝され、さらに信頼関係がうまれてネットワークが広がり、キャリアも人生も楽しくなる。解約率の先には、そういった自身の人生のサクセス、大切な人たちとのコミュニティが生まれるな、と感じるようになりました。

顧客の中には、特に用事がなくてもヤプリのオフィスに訪れ、社員と雑談したりノマドワーキングしたりする人もいるという。また、YappliのTシャツを贈った際に、着用した姿をSNSへアップしてくれる顧客もいるそうだ。

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オフィスや社員への投資も、すべてはカスタマーサクセスのために

顧客が進んで訪れるヤプリのオフィスにも、カスタマーサクセスの成果を高める工夫があった。顧客に対して最大限のパフォーマンスを発揮するべく、オフィス環境を整備し、カスタマーサクセス体験の向上に努めているのだ。

提供:株式会社ヤプリ

六本木の一等地に構えられた新オフィスは、エントランスには太陽光が注ぎ、部屋の仕切りも少ない。ビルの最上階とあって、窓からの眺望もよく開放感がある。

オープンスペースには、コーヒーマイスターが常駐するカフェバーが設置され、高品質なコーヒーを楽しめる。ドリンクのストローまでYappliのロゴと同じ色で統一されており、細部にも企業色を表現するこだわりが感じられた。

このオフィス内のスペースを活かしたユーザーミートアップをはじめ、東京・大阪・福岡でも定期的にイベントを開く。年に一度は、既存顧客を対象とした数百名規模の「Yappli Summit」も開催している。今後はさらにリアルイベントを増やし、顧客とのつながりを深めていくという。

また、社員向けの環境も充実させている。ワークスペースにはスタンディングデスク、畳、集中部屋など、様々な作業スペースが設けられ、作業内容や気分に合わせて選べる。

なかでも印象的だったのが、新入社員に贈られる「ヤプリボックス」だ。ヤプリのロゴが刻まれたボックスに、課題図書とTシャツが詰められている。庵原氏は「社内向けのエンプロイーサクセスも強化したいんですよね」と語った。

従業員体験を良くして、ヤプリのカルチャーが良くなればなるほど、顧客へ提供できる体験レベルも向上する。そういう信念を抱いているからこそ、社内環境へ徹底的に投資できるのだろう。ふとした瞬間に「ヤプリで働くことの素晴らしさ」を実感できる設計がなされていると感じた。

「なぜ解約率を下げなければいけないのか?」

解約率1%以下を誇るヤプリのカスタマーサクセスには、手法だけに留まらない根源的な問いがあった。この問いを自社らしく考え抜くことで、強力なカルチャーを軸としたカスタマーサクセス組織を構築するヒントが見つかるのかもしれない。

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執筆

水落 絵理香

フリーのライター・編集。CMSの新規開拓営業、マーケティングポータルサイト「ferret」のライター・編集、スタートアップでの編集・集客を経て独立。

写真

藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

こちらの記事は2020年01月06日に公開しており、記載されている情報が異なる場合がございます。