「理想のチャーンレート」だけを追い求めるな。3年連続300%成長のヤプリが語る、SaaSスタートアップが乗り越えるべきハードシングス

国内のSaaS(Software as a Service)市場は拡大を続けており、
2021年には約5,800億円に達する見通しだ
そんなSaaS市場の成長を後押しすべく、
「じっくり話して、一つひとつの議論をプラスに繋げる」ことを目的に、
SaaSのスペシャリストが集結するトークイベント「SaaS Conference TOKYO」が開催された。

主催者であるBEENEXT Managing Partnerの前田ヒロ氏のファシリテーションのもと、
豪華ゲストを招いたさまざまなセッションが行われた。
本記事では、株式会社ヤプリ代表取締役社長の庵原保文氏を迎えたセッション
「3年連続300%増のSaaS企業のHard Things」の内容をレポートする。

クラウドベースのアプリ開発プラットフォーム「Yappli」を開発・提供する同社は、
3年連続前年比300%成長を達成。
しかし、PMF(プロダクトマーケットフィット)に至るまでの道のりは決して平坦なものではなく、
創業初期からさまざまな困難──いわゆる“ハードシングス”を乗り越えてきたという。
ハードシングスに打ち勝ってきたプロセスから、
同社のグロースを大きく後押しする秀逸なマーケティング手法まで、
SaaSスタートアップの「勝ち方」が語られた。

  • TEXT BY YUSUKE KANAMORI
  • EDIT BY MASAKI KOIKE

登壇者

前田 ヒロ (まえだ・ひろ)

BEENEXT Managing Partner

前田 ヒロ

まえだ・ひろ

BEENEXT Managing Partner

日本をはじめ、アメリカやインド、東南アジアを拠点とするスタートアップへの投資活動を行うグローバルファンド「BEENEXT」マネージングパートナー。2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。 世界中で100社を超えるスタートアップに投資を実行。過去の投資実績は、SmartHR、dely、ANDPAD、HRBrain、POL、Fril、Qiita、Fond、WHILL、Giftee、Viibar、Instacart、Everlane、Thredupなど。

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創業期において、「理想のチャーンレート」はない

株式会社ヤプリは、創業6年目。今でこそ3年連続成長率300%増という急成長を誇る同社だが、創業直後の2年間は、PMFを探り、右往左往する日々だった。

まず直面したハードシングスは、「攻めるべき業界が分からなかった」こと。ヤプリが提供するのは特定業種に特化した「バーティカル型SaaS」ではなく、業界を問わず使える「ホリゾンタル型SaaS」。それゆえに当初は、売り込む企業や開発すべき機能がイメージできなかったという。

メディア業界を対象に薄利多売でシェアを伸ばそうとするも、市場が小さすぎて失敗。次に攻めた音楽業界でも、業界全体のシステムへの投資金額の費用感が、ヤプリが求める単価感とマッチせず頓挫した。創業後の1年間で、2度の挫折を経験。しかし、めげずにトライ&エラーを繰り返した庵原氏のもとに、ついに「3度目の正直」が訪れた。

株式会社ヤプリ 代表取締役社長 庵原保文氏

庵原たまたま遭遇した古い知人の紹介で、有名アパレルブランド「niko and ...」に提案できることになりました。すると、先方がちょうど顧客接点を増やすためにアプリ開発を検討していたタイミングで、Yappliが深く刺さったんです。

「3度目の正直だ」と思って先方の要望に従ってクーポン機能を開発したところ…これが大当たり。クライアントの費用対効果を大きく向上させることに成功し、店舗で何千回も使ってもらえる機能になりました。

アパレルブランドでの成功をきっかけに、PMFへの道を辿ることになったヤプリ。「いま振り返ってみて、どういったプロセスを経れば、攻めるべき業界をより早く見つけられたと思うか?」という前田ヒロ氏の問いかけに対し、庵原氏は「不確定要素の多い創業期において、再現性のある勝ちパターンはない」と答える。

庵原創業当初の打ち手は、サンプル数が少ないため、再現性が低いことが多い。たとえば、クライアントが数社しかいない段階で「チャーンレートの理想値」を議論しても意味がないと思うんですよね。理論化できないからこそ、創業期はビジネスセンスに基づいて試行錯誤するしかないです。

ただ、狙っている市場の拡大可能性はよく調べておくべきです。Yappliも、当初はアパレルブランドのために作ったクーポン機能を、商業施設など広く小売流通業界に拡大できたことが大きな勝因となりました。

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「君たちのアプリ、全然簡単じゃないよ」ヤプリがオフラインマーケに注力する理由

「攻めるべき業界が分からなかった」という壁に加えて、創業期に立ちはだかったもうひとつのハードシングスがある。

ヤプリは当初、中小企業をターゲットにオンラインベースで販売をかけ、低価格でサービスを提供する「セルフサーブ(=自分で作る)」という手法を取っていた。しかし、創業から3年が経った頃、国内外のSaaSビジネスに詳しいSalesforce Ventures(セールスフォース・ベンチャーズ)日本代表の浅田慎二氏の一言をきっかけに、その誤りに気付かされることになる。

庵原「君たちのアプリ、全然簡単じゃないよ」と指摘をいただき、ハッと気がつきました──中小企業にオンラインで自発的に使ってもらえるようなサービスではなかったのだと。そこで、断腸の思いでセルフサーブをやめることにしたんです。

セルフサーブを完全に断ち切ったヤプリは、ターゲットユーザーを大企業に限定する戦略へとシフト。販売戦略も大きく変更し、より価値を理解してもらうために料金表を非開示にして、営業による対面での販売へと変えた。大企業の場合、顧客単価が高く、一社あたりの獲得コストを多くかけられるので、展示会やイベントをはじめとしたオフラインマーケティングも積極的に行うようになった。

庵原稟議プロセスや意思決定が複雑なエンタープライズの方にとって、オンラインでいきなり購入するのはハードルが高いため、リアルな接点を持つことが重要です。それゆえ、マーケティング施策として展示会や自社イベントへの投資を増やしていきました。

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呼び込みもセミナーも、社員はノータッチ。3つのオフラインマーケ手法

ヤプリが行っているオフラインマーケティング施策は主に3つ。展示会、カンファレンス、そして年に3回開催している自社イベントだ。これらのステップを踏んで成約へと至るよう、カスタマージャーニーが設計されている。特に、SaaS業界でも評判の高い、展示会ノウハウは秀逸だ。

庵原社員以外のプロフェッショナルを活用し、徹底的に分業化を行なっています。ブースへの呼び込みから商談まで、全てのプロセスを社員が担当するのは体力的に難しい。そこで社員の役割を商談だけに限定しました。来客はプロのコンパニオンの方に任せ、来場者に立ち止まってもらうためにブースで行なっているセミナーも、プロの講師にお願いしています。

また、頂いた名刺をすぐに分類することも効果的です。後日、インサイドセールス担当が架電を行えるように「情報収集中」「ホットリード」「アポ確定」など、確度に応じて名刺を分けて保管するようにしています。

展示会で獲得したリードに対しては、その後もリアルでの接点を増やし、ヤプリのファンへとナーチャリングしていく。

まず、企業の重役が集うような招待制のカンファレンスで、新機能や成功事例を発表し、期待感を高めてもらう。そして、最も密にコミュニケーションが取れる自社イベントで、親密度を深めるのだ。自社イベントでは、できる限り関係値を深めるため、必ず懇親会もセットで行うようにしている。

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「社員のカスタマーサクセス」も不可欠。成長を志向する限り、ハードシングスは続いていく

プロダクト開発や事業推進のみならず、組織面においても、ヤプリは数々のハードシングスに直面してきた。会社が急成長する中で、初期に採用した社員メンバーの離職、オンボーディング体制の整備不足など、さまざまな問題が発生。原因としては、開発や事業推進に忙殺されるあまり社員のケアへの優先度が下がったこと、人事やエンジニアの採用が遅れてしまったことが挙げられた。

庵原人事担当の社員がジョインすると、新メンバーの入社日に机に風船や手紙を置いてくれたり、最初の3ヶ月間のオンボーディングプログラムが組まれるなど、組織のパフォーマンスを最大化するための制度が次々と整備されていきました。

まさに、「社員のカスタマーサクセス」が推進されたといえます。いま振り返ると、10〜20人くらいのフェーズで、優先して人事担当のメンバーを仲間に加えるべきでした。

また、2年ほど前にプッシュ通知の機能がエラーを繰り返し、クライアントに謝罪をしにいく日々が続いた時期があったのですが、高い技術力のあるQAエンジニア(品質保証等をするエンジニア)を2人採用することで、品質が劇的に向上したことがありました。採用の重要性を痛感した瞬間でしたね。

最後に、「来年も300%増を達成するために、これからやるべきこと、解決すべき課題とは?」という前田ヒロ氏の問いかけに対し、庵原氏は「成長を求める限り、ハードシングスは永遠に続く」と語る。

庵原「0→1」フェーズは、創業者の粘り強さという精神面での勝負になり、なんとか乗り切りました。法人サービスである限り、最初の20〜30社のクライアントとの契約を取れるかどうかは、創業者がもともと持っているネットワークにかかっています。

「1→10」フェーズは、株式会社セールスフォース・ドットコムの「The Model」を参考に、SaaSらしく事業の因数分解を行うことで乗り越えました。

そして、これからの「10→100」フェーズで何が起きるかは、はっきり言って未知数ですね(笑)。 さらなる組織と役割を細分化してSaaS事業を科学していく重要性と、同時により全社がまとまるカルチャーを作るという、一見相反する会社作りのチャレンジになります。

そのため、それを実現できる優秀なタレント人材の採用が求められることは明らかですが、これだけで十分というわけではありません。成長を求める限り、ハードシングスは永遠に続いていくでしょう。

3年連続成長率300%増という輝かしい実績を誇るヤプリだが、そこへ到達するまでに、数々のハードシングスに直面していた。

狙っている市場の拡大可能性を事前に十分リサーチしたうえで、対象顧客の特徴を捉えたマーケティング施策を展開し、優秀な人材の採用も怠らない──それこそが、ヤプリから学べる、SaaSスタートアップのひとつの「勝ち方」だといえるだろう。

登壇者

前田 ヒロ (まえだ・ひろ)

BEENEXT Managing Partner

前田 ヒロ

まえだ・ひろ

BEENEXT Managing Partner

日本をはじめ、アメリカやインド、東南アジアを拠点とするスタートアップへの投資活動を行うグローバルファンド「BEENEXT」マネージングパートナー。2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。 世界中で100社を超えるスタートアップに投資を実行。過去の投資実績は、SmartHR、dely、ANDPAD、HRBrain、POL、Fril、Qiita、Fond、WHILL、Giftee、Viibar、Instacart、Everlane、Thredupなど。

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執筆

金森 悠介

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。東京大学(教育思想)→某AIスタートアップ(マーケティング・事業開発)→現職。関心領域は、ビジネス・テクノロジーから人文知まで。

デスクチェック

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

こちらの記事は2019年01月21日に公開しており、記載されている情報が異なる場合がございます。