グローバルに戦う二人の若手投資家が「SaaSに注目すべき理由」を語る

インタビュイー
前田 ヒロ

シードからグロースまでSaaSベンチャーに特化して投資と支援をする「ALL STAR SAAS FUND」マネージングパートナー。2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2015年には日本をはじめ、アメリカやインド、東南アジアを拠点とするスタートアップへの投資活動を行うグローバルファンド「BEENEXT」を設立。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。

James Riney
  • Coral Capital Founding Partner & CEO 

Coral Capital 創業パートナーCEO。2015年より500 Startups Japan 代表兼マネージングパートナー。シードステージ企業へ40社以上に投資し、総額約100億円を運用。SmartHRのアーリーインベスターでもあり、約15億円のシリーズB資金調達ラウンドをリードし、現在、SmartHRの社外取締役も務める。2014年よりDeNAで東南アジアとシリコンバレーを中心にグローバル投資に従事。

2016年にForbes Asia 30 Under 30 の「ファイナンス & ベンチャーキャピタル」部門で選ばれる。ベンチャーキャピタリストになる前は、STORYS.JP運営会社ResuPress(現Coincheck)の共同創業者兼CEOを務めた。J.P. Morgan在職中に東京へ移住。幼少期は日本で暮らしていた為、日本語は流暢。

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近年、SaaSへの注目が増している。

SaaSの市場規模は2015年には2,223億円だったが、2020年には3,802億円になった。年間の平均成長率では10%超が期待されている。ソフトウェアにおけるSaaS比率も21%から28%へと大幅に増加する見込みだ。クラウド人事労務ソフトの「SmartHR(スマートエイチアール)」のような、どんな業界でも使えるSaaSはもとより、レストラン・飲食店向け予約管理システム「トレタ」など特定業種に特化したSaaSも登場してきている。

今回は、SaaSへの投資に注力している投資家が「SaaSに注目すべき理由」を語り合った。登場するのは、世界中のスタートアップに投資を行うBEENEXTの前田ヒロ氏と、500 Startups JapanのJames Riney(ジェームズ・ライニー)氏だ。

  • TEXT BY JUMPEI NOTOMI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY NAOKI TAKAHASHI
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今後はデータを用いて「決断を下すSaaS」に注目

VCから資金調達をしているSaaS企業が増加していますが、お二人が注目しているのはどういった分野でしょうか?

James 日本独特のカルチャーや法規制がある分野には可能性を感じています。ローカルルールがあるので、海外のプレイヤーが扱いにくい。海外から競合サービスが入ってきたとしても、営業活動やロビー活動が難しいんですよね。

そういった意味で注目している領域は、リーガル、ヘルスケア、ガバメント。特にガバメントは、政治や行政で働いた経験があり、業界への課題意識と人脈を持つ方がいる企業であれば、ぜひ投資を検討したいですね。

前田 わたしは今後は「決断を下すSaaS」が登場してくると思っています。たとえば、病気の診断を行うメディカル系のサービスや、与信を自動で行う金融系のサービスなどが考えられます。

従来のSaaSはワークフローの最適化に主眼を置いていましたが、これからは「集めた情報をどのように経営に活かしていくのか」といった視点が重要になっていくと思います。

James 決断するためにはデータが必要になりますが、その領域における重要な情報をもってさえいれば、後追いで同じようなサービスが出てきても優位に立つことができます。プロダクト自体は真似できても、情報は真似できないんですよね。

前田 これからSaaSをはじめる会社は集まったデータをどう活かすかを考えておいたほうがいいですね。既存のプレイヤーをディスラプトするにはデータを用いた意思決定の精度は重要になると思います。

SaaS企業に注目が集まっている理由を、どのように捉えていますか?

JamestoB向けのスタートアップに、ジーンズで働くような「クールでエンジニアリング思考な」プレイヤーが登場し、積極的に情報発信をはじめていることが大きいと思います。その影響で、新たにスタートアップの立ち上げを考えている人たちのなかに、SaaSという選択肢が上がっているのではないでしょうか。

前田同時に、消費者の動向が変わってきたことも関係しているでしょう。SpotifyやNetflixのようなサブスクリプションモデルが主流となり、アメリカのインターネット5大事業者であるGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)もtoC向けにサブスクリプションサービスを提供しています。SaaSの導入が広まっている背景には、サブスクリプションの浸透が関係していると思います。

加えて人口構造も影響しています。日本では労働人口が減少していて、建築、製造、サービス業などではとくにその傾向が顕著です。従来と同じ業務をこなすにしても生産性を上げる必要があるので、SaaSを含めたテクノロジーの需要が高まりますよね。

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経験よりも「パッション」。ベンチャーキャピタリストが投資を判断する基準

VC内のほかのパートナーと投資についての意見が食い違ったときには、どのように投資決定しているのでしょうか。

前田 BEENEXTでは各パートナーが一定金額までは投資権限をもっているので、わたし個人の判断で投資することができます。ただ、投資額を相談することはあります。反対があったときは、稀にですが、考え直すこともありますね。

James 反対に、500 Startups Japan では澤山(澤山陽平氏、500 Startups Japan マネージングパートナー)とわたしの二人が承認しないと投資はできません。ただ、スタートアップは往々にしてコンセンサスのなかった会社が成長するものです。「とがった」スタートアップに投資できなくなる可能性がありますから、500 Startups Japanは「シルバーブレット(銀の弾)」という制度を設けています。これは年に1回、澤山とわたしが1社だけ、自身の判断のみに基づいて投資できる、という制度です。

ただ、投資の結果はあくまで500 startups Japan全体として責任を持ちます。シルバーブレットを使って投資した会社がどこなのかは絶対に開示しません。個人的な投資判断と思われてしまっては、わたしたちを選んでくれた支援先にも申し訳ありませんからね。

先程、Jamesさんから「日本独特の規制やカルチャーがある分野は魅力的」というお話がありました。業界特化型のSaaSは、他業界から参入するのは難しいでしょうか?

James 事実として、SaaSのスタートアップを起業するうえで、業界出身者であることは有利に働きます。業界出身というのは、言い換えるならば、問題点がピンポイントでわかっているか、営業や採用に活きるネットワークがあるか、ということですね。

たとえば、BEENEXTと500 Startups Japanの両社で出資しているユリシーズ株式会社というスタートアップがあります。食品工場向けのSaaS「KAMINASHI(カミナシ)」を運営していて、ファウンダーはもともと食品工場関係の仕事をしていました。このようなニッチな業界は新規参入が難しく、ネットワーキングもしにくいので、仕事をしていた経験をもっているのは投資対象としては魅力的ですよね。

前田 業界特化型のSaaSは、一見地味なサービスがいいですよね。地味だから、いい意味で人気が出ないですし、ほかの投資家に目を付けられにくい(笑)。

同じようなケースでは、保険セールス向けSaaSの「hokan(ホカン)」というサービスがあります。経営陣は保険業界が好きでプロダクトへの愛もあるのが印象的です。投資をする際の後押しになりました。

ただ、特定業界の知識がなくとも、参入は十分に可能だと思います。重要なのは「その業界のことが好きか」「プロダクトへのパッションがあるか」という点です。分野にもよりますが、この2点さえあれば、サービスを展開する前に情報収集したりネットワーキングしたりと、業界情報をキャッチアップすることは可能ではないでしょうか。

投資に際して、地味な分野だと市場規模も小さく、対象になりくいのですか?

James そんなことはありません。食品管理という意味では全国に何万社と工場がありますし、保険は巨大な産業です。ほかにもHolmes(ホームズ)というLegalTechのスタートアップに投資していますが、法務部は全国に何千社とあります。薬剤師向けSaaSの「Musubi(ムスビ)」を考えても、薬局はコンビニより数が多い。いずれも市場規模は大きいです。一見地味だけど規模が大きい市場というのは沢山あります。

前田スタートアップもVCも投資するからにはインパクトを出さなければならないので、成長したときの市場規模は重要な判断材料の一つです。ひとつの目安にしているのはARR(Annual Recurring Revenue、年間定額収益)が50億円に達する見込みがあるかどうかですね。

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SaaSの利点は、ユーザーと営業のインセンティブが一致する商材であること

SaaSを提供する企業において、組織上、ほかのサービスと異なるところはありますか?

前田 一番違うのは営業のスタンスだと思います。

従来のベンダー販売というのは、極端にいえば担当の人を説得して買ってもらえばよかったわけです。ユーザーは買った商品に不満があっても、すでに高いお金を払っているので、そう簡単には新しい商品に変えることもできません。買い手と売り手でインセンティブが整合していないんです。

一方で、SaaSは、導入費用は少ないし月額も数十万円程度と低く、解約だって簡単です。営業にとって重要なのは販売そのものではなく、ユーザーのLTV(顧客生涯価値)を上げること。つまり、長く使ってもらうことなんです。そうすると、当然売り方も変わってきます。

サービスが良くないとユーザーは離れていきますので、スタートアップはサービスの改善に注力しサービスを販売することで本当にユーザーが成功するのかを考える必要が出てきます。ユーザーの視点に立つと、長く使うごとにサービスが良くなっていくのは嬉しいですよね。

すると「サービスを長期利用するほどメリットがある」という点で、販売側とユーザーのインセンティブが整合するようになるんです。これもわたしがSaaSを好きになった理由のひとつですね。

James 「大企業はSaaSに取り組みにくい」といわれたりもします。前田さんの言ったとおり、営業力のある企業がSaaSをやろうとしても営業に対するマインドが異なるので学び直しが必要になる、というのがその一因かと思います。

SaaSのスタートアップにおける人材採用での留意点はありますか?

前田 SaaSに限らず、いい人材を採用できないことは、組織が成長するためのボトルネックになってしまいます。特に、特定の業界に情熱をもてるエンジニアを集めるのは大変で、ニッチな分野での採用は難しいですよね。だからこそ、人や組織の魅力をアピールして採用活動する必要があるかと思います。

James toC向けサービスだと「楽しいから」という理由でジョインする傾向が強いのですが、toB向けのSaaSだと業界課題をテクノロジーを使って解決することに魅力を感じるケースが多いようには思いますね。色んな角度から候補者を口説くのが大事だと思います。

こちらの記事は2018年08月23日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

納富 隼平

合同会社pilot boat 代表社員CEO / ライター 1987年生まれ。2009年明治大学経営学部卒、2011年早稲田大学大学院会計研究科修了。在学中公認会計士試験合格。大手監査法人で会計監査に携わった後、ベンチャー支援会社に参画し、300超のピッチ・イベントをプロデュース。 2017年に独立して合同会社pilot boatを設立し、引き続きベンチャー支援に従事。長文スタートアップ紹介メディア「pilot boat」、スタートアップ界隈初心者のためのオンラインサロン「pilot boat salon」、podcast「pilot boat cast」、toCベンチャープレゼンイベント「sprout」を運営。得意分野はFashionTechをはじめとするライフスタイル・カルチャー系toCサービス。各種メディアでスタートアップやイノベーション関連のライターも務める。

写真

藤田 慎一郎

編集

高橋 直貴

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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