連載Smartround Academia イベントレポート

2022年はクリーンテックや国産SaaSが来る!?──インキュベイトファンド村田氏、ALL STAR SAAS FUND前田氏が語るスタートアップ注目領域

登壇者
村田 祐介

2003年にエヌ・アイ・エフベンチャーズ株式会社(現:大和企業投資株式会社)入社。主にネット系スタートアップの投資業務及びファンド組成管理業務に従事。2010年にインキュベイトファンド設立、代表パートナー就任。2015年より一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会企画部長を兼務。その他ファンドエコシステム委員会委員長やLPリレーション部会部会長等を歴任。Forbes Japan「JAPAN's MIDAS LIST(日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキングBEST10)」2017年第1位受賞。

前田 ヒロ

シードからグロースまでSaaSベンチャーに特化して投資と支援をする「ALL STAR SAAS FUND」マネージングパートナー。2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2015年には日本をはじめ、アメリカやインド、東南アジアを拠点とするスタートアップへの投資活動を行うグローバルファンド「BEENEXT」を設立。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。

冨田 阿里

神戸大学海事科学部を卒業後、インテリジェンス入社。スタートアップの採用支援と新規事業開発を行う。2016年にセールスフォース・ドットコム入社、インサイドセールスを経て、スタートアップ戦略部を立上げ。2019年に『スタートアップが可能性を最大限に発揮できる世界をつくる』をミッションに掲げるスマートラウンドへCOOとして入社。2023年6月より取締役チーフエバンジェリストに就任。

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起業家と投資家の間に生じる情報の非対称性を解消し、イノベーターの成長を促進すべく誕生したのがスマートラウンド運営の『Smartround Academia』。

当コミュニティでは、CxOや資本政策に深く関わるVCらと共に、IPOを遂げたスタートアップにフォーカスを当て、創業からの資本政策の軌跡を各々の経験交えて披露してきた。

2022年初となった『Smartround Academia』は、過去最大規模となる豪華な4セッションで開催。第一部はインキュベイトファンド村田氏とALL STAR SAAS FUND前田ヒロ氏。第二部ではKnot, Inc.小林氏、Off Topic宮武氏、シニフィアン朝倉氏。そして第三部ではナレッジワーク麻野氏といった豪華メンツによるセクションの他、第四部では総勢27名の投資家が集結する交流セッションも開催された。

本記事では、2022年1月18日(木)に開催された本イベントの第一部をお伝えする。

  • TEXT BY WAKANA UOKA
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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インキュベイトファンド、ALL STAR SAAS FUNDらシード投資家が見据える2022年の注目領域

第一部のテーマは、シード投資家が2022年に注目する領域について。登壇者はインキュベイトファンドGeneral Partnerの村田 祐介氏、ALL STAR SAAS FUND Managing Partnerの前田 ヒロ氏だ。ファシリテーターはスマートラウンドCOOの冨田 阿里氏が務めた。

さっそく、両名が注目している2022年のトレンドについて聞いていこう。

村田まず私からいくと、メタバースやカーボンニュートラル、医療サービスや創薬など、事業規模の大きなテーマが溢れていて、それらすべてに高い関心を持っているというのが現状ですね。

インキュベイトファンド株式会社 General Partner 村田 祐介氏

前田10年前にも、世界規模の課題解決を主としたクリーンテックがブームになった時期がありましたが、ここ1、2年でなぜまたそこに注目が集まっているのでしょう。

村田直近で言えば3ヵ月ほど前にイギリスで開催されたCOP26(気候変動枠組条約締約国会議)というフラグが大きかったと思います。遡ると2017年のTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)による提言や、2021年4月に発足したGFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zero)の発足が非常に大きいです。

これにより、国主導ではなくて民間企業がカーボンニュートラルにコミットしなければならなくなった。自分たちの事業でどれくらいのCO2を出しているのかを開示しなければならないルールに決まったんですよね。それにより新しい事業テーマが生まれてきたのかなと思っています。

前田なるほど、一方で僕は引き続きB2B SaaSに関心を持っています。僕はインターネット大好き人間で、これまでは主にB2BのSaaSに携わってきました。しかし、B2B SaaSが台頭しながらも、業界全体としてはこれまでに大きな波はきていなかった。そしてその波が突如現れたのが、昨今の出来事だと捉えています。

そもそも、SaaSには20年近くの歴史があり、いわゆる第一世代がエンタープライズ向けのものになります。『Salesforce』や『Workday』、『Veeva』といった、トップダウンセールスでやっていくものですね。

ALL STAR SAAS FUND Managing Partner 前田 ヒロ氏

続く第2世代はボトムアップ型のSaaSで、『Zoom』や『Slack』といった、1人2人でも使い始められるようなものが普及した。

前田そして今は第3世代に入ろうとしているところだと思っています。この世代ではいろいろな組み合わせが起き始めていると感じていますね。IoTのハードウェアを使ったSaaS企業が上場したりですとか。ここが一つ面白いテーマかなと思っています。

村田僕も第3世代に高い関心を持っているんですが、日本に第3世代の国産SaaSが生まれてくるタイミングはどう読めばいいんでしょうか?

村田氏から投げかけられた質問に対し、前田氏は「日本はアメリカと比べて5年ほど遅れている」とし、「この1、2年で仕込み始めるのが適切なタイミング」だと答えた。これに対し、村田氏は「5年も遅れて日本に国産SaaSが生まれるイメージが湧かないが、具体的にはどんなものなのか」と切り返す。

前田プロダクトの利用シーンや国や業界ごとのエコシステムによって全然違うと思っています。例えば、ボトムアップ型のホリゾンタルSaaSは日本に結構普及しているんですね。『Zoom』とか『Slack』とか『Salesforce』とか。

一方、バーティカルSaaSは出遅れている感がある。建設・製造業・医療など、国によって法整備や業界特有の商慣習が異なり、海外勢が容易に踏み込める領域ではないんです。

ですから、5年経ったとしても海外プレイヤーが入り込めない隙間が出てくるのではないかと。国産のAPI型SaaSであったり、何かしらソリューションへの需要がこれから現れると思います。逆に、ボトムアップ型ホリゾンタルSaaSは海外がすぐに入ってきてしまうので、厳しい戦いになるでしょうね。

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足で稼ぐ出会い。
それこそが時代の一歩先を読むVCの情報収集術

株式会社スマートラウンドCOO 冨田 阿里氏

ここで冨田氏が2人に投げかけたのは、こうしたマーケットの先を読むための情報収集の仕方だ。日頃どういったところにアンテナを張って注目領域を定めているのか。この疑問に対し、村田氏と前田氏はそれぞれ次のように答える。

村田私は人に教えてもらいますね。COP26の話などは、テスラの社外役員をされている水野 弘道さんから教えてもらったんです。気候変動に関わる部分やSDGs、ESGの文脈も、彼が日本で1番発信していると思っているので、いろいろと学ばせていただいていますね。

その他、起業家とともに関心のある領域におけるルールづくりを推進、一緒に仕掛けていくなかで、次の潮流といいますか、市場に必要なプロダクトに関する議論がなされていくんです。すると自然と次の投資テーマや人との繋がりが生まれていく。僕らはゼロの状態から仕掛けていくVCなので、同じくゼロからつくっていこうとする起業家と出会う、この繰り返しですね。

前田僕は社内でとにかく雑談をしている感じです。メンバー同士で「こういう流れがあるよね」「最近、経営者ってこういう課題を持ってるよね」と話したり、支援先が戦略を考えるときに社内でもそのテーマについてディスカッションしています。とにかく、会話を重ねている。

村田あと、僕は創業時から毎年、インキュベイトファンドのGP陣でシリコンバレーに行き続けています。できれば年2回は行きたいところなんですが、投資活動が忙しくなってきてからは年1回ペースで行っています。向こうの空気を吸いに行くという感覚が近いんですが、現地の起業家や投資家とたくさん会って、共に飲みながら次のテーマを議論しています。

たしかに、スタートアップにおける最先端の知見が集まる海外現地に行くことで得られるものは多いだろう。しかし、起業家が情報収集のために海外に赴くことに対し、冨田氏は「理想ではあるが、目の前の事業に奔走する起業家からすれば、リソース的に現実的ではないのでは?」と投げかける。事業を止めてまで行くべきなのか、はたまた、何かしらの条件が重なった時に行くべきタイミングというものがあるのだろうか。

村田世界の投資家も起業家も、昔からフランクに会ってくれる印象があります。僕は2007年にアメリカ稀代の投資家であるジョン・ドーアにメールを打って会ってもらったことがあるんです。

日本のマーケットのことを知らないアメリカ人は多いですから、お土産となる話を持って積極的に交流をしていくのはオススメです。特に今はオンラインでもコミュニケーションが取れますから、関心の高いテーマの最前線の方に積極的にコンタクトを取るべきでしょう。

前田例えば、取り組む領域が最先端であればあるほど、そこに関わる起業家や投資家の絶対数は少ないです。つまり、コミュニティが未成熟なので、会いたい人に比較的会いやすい環境にある。そういう意味で起業家にアドバイスをするとしたら、時間をつくることも仕事の一つだと。

目の前の事業にコミットすることはもちろん大事ですが、時には事業から一歩離れて、業界や世の中の動き全般を俯瞰してみる。そしてそこで得たインプットをまた自身の事業に活かすといった取り組みも重要です。

情報収集というテーマでいくと、海外のベンチャー/スタートアップ事情に詳しい二人だ。そこで冨田氏が次に投げかけたのは「海外で急成長しているサービスで、日本版をやったら伸びると思うサービスはあるか」という興味深い問いかけだ。

村田Laceworkが面白いと思います。サイバーセキュリティのスタートアップは国内ではまだこれからかと思いますが、秘匿性の高い情報を取り扱うプロダクトが増えてくるほどセキュリティ問題も発生します。よって、このマーケットは必ず大きくなると思うんです。

前田僕はSamsaraですね。これはIoTを使ってクライアントが所有するトラックなど大型機械のパフォーマンス状態を遠隔感知し、機械のメンテナンス時期の把握や分析ができるサービスです。日本でも面白い機会がありそうだなとは思っています。

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起業家の仕事は90%が「決断」、残り10%は「思考」にある

新たな事業機会の模索や展開中の事業をよりドライブさせるためにも、人との出会いや思考の時間をつくることが重要だと教えてくれた二人。その姿勢はなにも起業家だけではなく、投資家にとっても同じことが言えそうだ。そんな村田氏、前田氏は普段VCとしてどのような時間の使い方をしているのだろうか。

村田インキュベイトファンドは事業の立ち上げから起業家と伴走するため、各社と週1で定例ミーティングをするのが基本スタイルです。現在、担当しているのは約25社くらいですね。

その他、出資先ではない起業家たちと会う目的のMTGがあったり、出資先の採用支援にがっつり関わって僕が採用面談をやったりもしています。こうした1日のアポは10件近いですかね。1時間くらいのアポがカレンダーをダーッと埋め尽くしている状態で、朝か夜かにインプットの時間をつくっています。

村田またVCの業界団体である、日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)の活動にも注力しています。ここではキャピタリストの質的、量的向上を目的にナレッジのシェアをしています。この活動の大きな役割の1つに政策提言も含まれているんです。

最近では政府の方とお会いする機会も増えていて、昨年の終戦記念日には首相官邸で当時の首相だった菅総理とお会いしたこともあります。それだけ国としてもベンチャー/スタートアップに注目してくれているということですね。

前田僕の場合、起業家にはまったく参考にならないと思います(笑)。それがわかるのが、インターネット業界の発明家であり、アメリカ最大級のVC創業者でもあるマーク・アンドリーセンの名言です。彼は「起業家の仕事は90%が決断、10%が考えること。一方で、投資家の仕事は90%が思考、10%が決断である」と述べています。

たしかに、起業家は1日の中で数えきれない決断をしますが、投資家は1日じっくり考えて過ごすことが多いんですよね。僕の場合は午前中は何らかのテーマに対して考えることに時間を費やし、午後は村田さんと同じようにMTGが1日6~7件詰まっているという過ごし方をしています。

支援先25社ほどを担当している村田氏に対し、前田氏は何社を担当しているのか。そんな冨田氏の質問に、前田氏は「僕らは担当制にしていないんです」と答える。

前田すべてチームで支援しています。投資先は30社ほどですが、そのうち10社は卒業しているといいますか、手が離れている状態ですね。残りの20社も、関わり方は経営者に合わせています。毎週30分話したい起業家もいれば、月1回や隔月1回でいいという方もいます。

また、投資先の課題によって関わるメンバーも変動していて、採用が課題の場合はそのスペシャリストとのMTG頻度が高かったり、営業が課題の場合はそのスペシャリスト中心に毎週MTGを組むといったスタイルでやっています。

こう答える前田氏に、冨田氏は「昔、SmartHRさんでは全社員と1on1をされていたと聞きました」と水を向ける。前田氏は「やりました、大変だった(笑)けど、自分にとっても大きな学びにも繋がった」と言い、次のように答えた。

前田5年連続で従業員インタビューをさせてもらいましたが、50人を超えるまではほとんどのメンバーと対話していました。

投資家は経営者や社長としか話していないことが多いんですが、経営者たちは現場のことを意外と知らなかったりするんですよね。ですから、彼らとだけ話していては、現場のことを正しく理解できない。なので経営と現場、双方から話をきくことが重要だと思ってます。

続いて冨田氏が取り上げたのは、VCとしての困難。村田氏は「日々困難ですよね…」と苦笑する。

村田投資先のチームが瓦解する、プロダクトが終了するなど、いくらでも困難はあります。ただ、VCとしての1番大きなダメージは投資をしなかったこと。投資先で失敗することより、しない判断をした会社が伸びていることが最も悔しいですね。

前田村田さんがいうように、何かしらのハプニングが毎日起きる仕事なので、むしろ何も起きなかったら少し不安になる。

村田全能感といいますか、自分がやっていることが上手くいって仕方がないと思っているときが本当にやばいときだなと思います。

そして最後に、冨田氏は参加者から寄せられた質問を取り上げた。ずばり、「今後の日本のVCはどのように変わっていくべきか?」という問いだ。

村田VCから独立して一人で活動するソロVCがもっと増えていいんじゃないでしょうか。一時期と比べてソロVCをやりたい人が少なくなってきている感覚があります。それなりの額のファンドサイズじゃないとVCの土俵では勝負にならないと思っている方が多い印象。でも、まったくそんなことはない。

この村田氏の回答を受け、冨田氏は「シードで投資先に入っていくことになると、まだ事業が確立していないが故に課題も多い。さらに自身がVCの代表として投資することは初めてで苦戦しているソロVCの話も耳にします。こうした問題はどうすれば解消できるか?」と重ねて質問する。

前田“VCとしてのPMF”が存在するかなと思っています。僕も自分のPMFが見つかったなと思ったのは、この仕事を10年やってて7年目くらいのことなんですが…。VCを始めた当初は、投資先のCSとして顧客のメールに返信したり営業同行したりと、何でもやりました。そのなかで自身の好き嫌いや得手不得手が見えてきて、尖らせるべき提供価値を掴んでいった感覚です。スタートアップと同様、VCとしても市場に求められているものを探していくことが大切ですね。

そしてトークセッションの最後に、起業家に向けて両氏は次のようなメッセージを寄せてくれた。

村田2021年でスタートアップの資金調達額が8,000億円を超えました。しかし、一方で足元のマーケットは大きく動いていて、グロース株の低迷も見られています。その状況下で不安に思っている方もいらっしゃるでしょうが、こういう時期はとにかく業績をつくりにいくべきなのかなと思います。

ファイナンス活動は本来、起業家にとって本質的な営みではなく、あくまでプロダクトづくりに集中すべきだと考えています。なので、マーケットが動いても左右されず、真っすぐに志を全うしてほしいと思いますし、そのための支援は惜しみません。

前田昨今SaaSの株価こそ下がっていますが、成長の勢いが落ちている傾向はまったくないんですよね。むしろ、加速している会社すら出てきている。

まだまだSaaS市場は伸びると思いますし、現在1兆円の市場規模が3兆、4兆円になる余地もある。ひたすらにお客様と向き合い続けていいプロダクトをつくり、組織を拡大していけば道は開けると思っています。ぜひ、起業家の皆さんはがんばってください、そしてもし困っていることがあれば、いつでもご連絡ください。

村田氏、前田氏の頼もしいメッセージに勇気づけられた起業家も多くいることだろう。ぜひ、ここで得た知見を自身の血肉とし、明日の事業に活かしてほしい。

なお、『Smartround Academia』は今回のみの単発イベントではなく、今後も実施を予定している。参加希望の起業家は、ぜひ次回開催の情報もこまめにチェックしておこう。

こちらの記事は2022年03月01日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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