「まず少数に圧倒的に刺す」がプロダクトの正攻法。
前田ヒロも唸る『hacomono』のUXは、“幾度ものサービス撤退”から生まれた

インタビュイー
蓮田 健一
  • 株式会社まちいろ 代表取締役 

青山学院大学 卒業(体育会サッカー部)。株式会社エイトレッドの製品開発マネージャとして、ワークフロー製品 X-point、AgileWorksを生み出す。業界No.1プロダクトへ。2013年7月 株式会社まちいろ創業。b-monster、クリスプサラダワークスなど、業界で話題となる店舗のデジタル化を推進。小さい頃から大学まで続けていたのはサッカー。現在の趣味はランニング・フィットネス・アウトドア。バンタンデザイン研究所 キャリアカレッジ修了。

前田 ヒロ
  • ALL STAR SAAS FUND マネージングパートナー 

日本をはじめ、アメリカやインド、東南アジアを拠点とするスタートアップへの投資活動を行うグローバルファンド「BEENEXT」マネージングパートナー。2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。世界中で100社を超えるスタートアップに投資を実行。過去の投資実績は、SmartHR、dely、ANDPAD、HRBrain、POL、Fril、Qiita、Fond、WHILL、Giftee、Viibar、Instacart、Everlane、Thredupなど。

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UX設計がウェブサービスの成否を分ける──そんな言葉は聞き飽きたという読者も多いだろう。しかし、すべてのサービスが秀逸なUXを設計できているわけではない。その原因は“U”、すなわち念頭に置くべきユーザーが誰なのかはっきりしていないことにあるのではないだろうか。

価値を届けるべきユーザーをいかにして選定し、どう向き合うべきかを考えるうえで示唆を与えてくれるサービスは、人知れず生まれている。そのひとつが、店舗型ビジネスに特化したクラウド型会員管理・予約・決済用SaaS『hacomono』だ。

同サービスの魅力は、あのBtoB SaaS専門の投資家である前田ヒロ氏も認めている。『hacomono』の運営元であるまちいろは、2020年8月に前田氏が率いるALL STAR SAAS FUNDから1億円を調達した。そこでFastGrowは、まちいろ代表取締役・蓮田健一氏と、ALL STAR SAAS FUNDでマネージングパートナーを務める前田ヒロ氏を招き、プロダクト設計の秘密に迫る対談を実施。「UXが最大の武器」と前田氏が評するサービスは、いかにして生み出されたのだろうか。5度ものサービスクローズを経験した蓮田氏がたどり着いた、「顧客のために機能を削る」ミニマリズムの内実に迫った。

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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UXを向上させる、“引き算”のプロダクトづくり

前田個人的な好みなのですが、僕は自分の弱みを見せてくれない人とは、仕事はできないと考えているんです。蓮田さんは全てをさらけ出してくれますし、何かを隠そうとする人ではない。だからこそ、長く伴走しながら、まちいろが描くビジョンを共に実現していきたいと思っています。

前田氏の言葉の通り、蓮田氏は過去の失敗も包み隠さず語ってくれた。インタビュー中、いくつかの質問に、じっと考え込む姿を見せた蓮田氏。回答をまくしたてることなく、言葉が的確かを確かめるように話すその姿に、誠実さを感じた。

まちいろが展開する『hacomono』は、月額課金制の店舗型ビジネスを展開する企業を対象とした、会員管理・予約・決済システムだ。メインターゲットは、ジムやヨガスタジオなどを運営するフィットネス業界の企業で、会員の予約から店舗でのセルフチェックイン、会費の決済までをオートメーション化する。導入企業は100社を超え、利用店舗も毎月数十店舗ずつ増加しているという。

最大の特徴は、UXを追求したプロダクト設計。予約システムとして利用するエンドユーザーだけではなく、店舗スタッフにとっての使いやすさにも徹底的にこだわっている。

株式会社まちいろ 代表取締役 蓮田健一氏

蓮田デモ画面を操作した店舗のスタッフさんは、「これまでの管理システムと比べて、圧倒的に使いやすい」と言ってくださることが多い。例えば、従来の管理システムではスタッフさんが目視で未払いを確認し、会員への支払い催促も手作業でしたが、『hacomono』ではこれらが自動化されています。「こんなに便利になるんですか!」と喜んでいただけています。

蓮田氏にUXを向上させるポイントを聞くと「とにかく削ること」だと、あっけらかんと明かす。余計な機能、説明、ボタンは徹底的に排除した。一例を挙げれば、会員が来店した際のチェックインは、QRコードを端末で読み込めば済むようにするなど、ユーザーが迷わずに操作できることに注力している。

この設計が、業界で影響力を持つ大手クライアントに受け入れられたことが、一気に注目を浴びるきっかけになったという。

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最初からマジョリティを狙ってはいけない

SaaS専門の投資家として数々のサービスを見てきた前田氏も、『hacomono』のUX設計の秀逸さを認める。導入企業へヒアリングした際も「10個ほどの類似サービスを試したが、使いやすさが圧倒的」という声を聞いたそうだ。前田氏はその理由を、「業界に寄り添う姿勢にある」と推察する。

ALL STAR SAAS FUND マネージングパートナー 前田ヒロ氏

前田ターゲットとしている顧客の課題や、現場のスタッフが抱えている悩みを理解しているからこそ、機能はミニマルでも十分すぎる価値を提供できるプロダクトが設計できるのだと思います。

優れたUXを提供するためには、何を捨てるか決めることが重要です。欲を出して「あの顧客のこのニーズも満たしたい」と手当たり次第に機能を増やしていくと複雑になってしまい、結局は全ての顧客の利用体験を妨げることになる。

『hacomono』は、価値を届けるターゲットが明確でした。最初に興味を持ってくれたのは、フィットネス業界のアーリーアダプター層。蓮田さんは「アーリーアダプター層にとって最高のプロダクトとは何か」だけを考え、設計を進めた。どの顧客の声を聞くかを明確にしていたことが、シンプルかつ正確にニーズを満たす要因につながったんです。

ターゲットを絞ることの重要さは、過去の失敗を通して学んだと蓮田氏。『hacomono』を開発する前には、ECやHR領域など数回のWebサービスを手掛けたが、いずれもグロースさせられず、撤退を余儀なくされたという。

蓮田多くの人に使われるものを作ろうとしていたことが、失敗の原因だったと思っています。自分たちの目線で良いと思ったものでも、顧客にとって圧倒的に必要不可欠なものにならなければ自己満足に終わってしまう。ローンチ当日に100人以上が会員登録してくれるなど、走り出しではバズったサービスもありました。マーケットサイズも大きく、ターゲットも広く設定していたので、多様なユーザーが集まったのですが、結局は誰も満足させられなかった。

こうした経験を繰り返したことで、“たくさんの誰か”ではなく、"目の前のこの人”に圧倒的に喜んでもらうために設計しなくてはならない、ということを学びましたね。

成功を収めている他領域のサービスからも、照準を絞ることの大切さを知った。デザインやブランディングの知識を得るために通い始めたデザインスクールで学んだ内容を、今も実直に活かしている。

蓮田表面的な見た目のデザインだけでなく、マーケット視点での広義のデザインやユーザーオリエンテッドなデザイン設計を学びました。プロダクト・サービスをコモディティ化させないためには、まずは特定のユーザーに圧倒的な支持を得る必要がある。そのためには、デザインに入る前の業界リサーチだったり、ユーザーインタビューなどのワークショップを行う過程が大切。そして、シンプルな設計でユーザーの選択肢を減らし、少ない選択肢でもユーザーのニーズを満たせるプロダクトにすることが重要なのだと知ったんです。

初めからマジョリティを狙うのではなく、まずはイノベーターやアーリーアダプターに圧倒的に刺さるサービスをつくる。そうすれば、マジョリティは後から付いてくる。『hacomono』にもこの考えを活かそうと思ったんです。

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“幽霊会員ビジネス”を駆逐する──その想いが生んだ、共感と信頼

ジムやヨガスタジオを展開するフィットネス業界の企業をメインのターゲットに設定したのは、デジタル化が進んでいないために、働くスタッフと会員の双方に不利益が生じてしまっている現状を変えるためだという。

大学時代、サッカー部に所属していた蓮田氏。フィットネス業界に就職したチームメイトの働く姿から、業界の課題を感じ取った。

蓮田彼らはチームスポーツで培ったコミュニケーション能力や、体づくりに関する知識を活かすために、フィットネス業界で職を得たはずでした。それなのに、その能力を発揮しきれていないように思えたんです。理由は、事務作業で忙しすぎるから。

会員とのコミュニケーションを通して健康な体づくりをサポートしたくても、多くの時間が事務作業などに充てられていた。そうした仕事をテクノロジーで代替できれば、彼らが持つ能力や知識をもっと活かせる環境になるのではないかと思い、この業界のデジタル化に貢献できるプロダクトを次のチャレンジにしようと決めました。

フィットネス業界のデジタル化を考える際に避けて通れないのが「幽霊会員」だ。来店はしないものの、料金だけを払い続ける会員を指すが、「フィットネス業界の売り上げは、彼らによって支えられていると言っても過言ではない」と蓮田氏。そのため、売り上げを確保したい企業は、会員に支払いを続けている事実を思い出させないように、あえて放置しておこうとする力学が働く。実際、会員のメールアドレスすら取得しておらず、登録後に来店しなくなってしまった顧客との接点を持てないままでいる企業も少なくないという。

デジタル化の遅れは幽霊会員を生み、幽霊会員の存在がデジタル化の足を引っ張る──そんな悪循環が生じているのだ。

蓮田サブスクリプションサービスのあるべき姿は、契約してくれた顧客に継続的な幸せを与えていくこと。現在のフィットネス業界は、理想からかけ離れてしまっていると感じています。

幽霊会員が増えてしまう問題の根底にあるのは、スタッフが会員とのコミュニケーションに十分な時間を割くことができないという業務上の構造です。足が遠のいてしまった会員にモチベーションを取り戻してもらうためには、丁寧なコミュニケーションを取り続ける必要があります。

簡単な文章をメールで一斉送信するだけならできるかもしれませんが、それでは不十分。まずは予約管理や決済といった事務作業のオートメーション化を推進できれば、スタッフは足が遠のいてしまっている会員とのコミュニケーションにも時間を費やせるようになる。会員と企業がwin-winの関係を築けるはずなんです。

前田氏は『hacomono』を、長らく停滞していたフィットネス業界にイノベーションをもたらす存在だと評した。そして、産業の既存の仕組みを変えていくためには、共感と信頼を得ることが重要だと私見を述べる。

前田顧客が共感してくれるストーリーを持っていることが大切です。先ほど蓮田さんがおっしゃったように、フィットネス業界全体が「幽霊会員によって支えられている現状を、なんとかしたいけどできない」というジレンマを抱えていたのだと思います。『hacomono』が描くストーリーが、業界の担い手たちのそういった想いに共鳴し、受け入れられた。

そして、その共感が会社への信頼につながる。利用している顧客の声を聞いた際、「まちいろさんが新しいサービスを出すなら、絶対に使いたい」「フィットネス業界のこんな課題も解決してほしい」とおっしゃる方が多かった。まちいろを信頼していなければ、こうした声は出てこないですよね。業界の課題に寄り添い、本気で向き合っているからこそ得られた信頼だと思います。

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あらゆる業界のサブスクリプションサービスを支えるインフラになる

獲得してきた信頼を武器に、まちいろがこれから挑むのは、日本全体のフィットネスクラブ利用率の向上だ。

蓮田「便利になったね」で終わりではなく、フィットネス業界に数字でも分かるような変化を起こしたい。日本の全人口に占めるフィットネスクラブ利用率は3.3%。アメリカは18%、スウェーデンだと21%、韓国でも7%と、先進国の中で日本はかなり低い水準だと言われています。

フィットネス業界と協力して、この数字を上げていきたいんです。テクノロジーを活用して作業を効率化できれば、会員獲得のためのマーケティングに割く時間も増やせますし、顧客データを活用してより高い成果を挙げていけると考えています。

さらには、「多様な業界のサブスクリプション化に挑んでいきたい」と、フィットネス業界以外への参入にも取り組む。蓮田氏は、FastGrowのインタビューで語られた前田氏の言葉「SaaSは、矛盾がない美しいビジネスモデルである」を引用し、意気込む。

蓮田SaaSに代表されるサブスクリプションモデルは、美しいビジネスモデルだと思っているんです。「一度購入してもらえればOK」ではなく、契約してくださった顧客の方々に価値を提供し続けなければ、ビジネスとして成立しませんから。「顧客を幸せにする」というビジネスの本質的な部分と、ダイレクトに向き合えるモデルなんです。

スクールビジネスを始めとした月謝制ビジネスに加えて、これからの時代はエステや美容院などでもサブスクリプションモデルを採用する企業が少しずつ増えてくるはずです。「リアル店舗のサブスク化」のリーディングカンパニーとして、この美しいビジネスモデルを世の中にもっと広げていくことが、中長期的な目標ですね。

この蓮田氏の意気込みに対して、前田氏は「ビジョンを実現するためには、今後いくつもの壁を乗り越えなければいけない」と発破をかける。

前田フィットネス業界以外も狙っていくために、事業戦略面では市場選定とターゲティングが重要になるでしょうね。新たな市場へと踏み出してアーリーアダプターは掴めても、何らかの理由でアーリーマジョリティに受け入れられずに成長が鈍化してしまう企業は多い。誰がアーリーアダプターで、どんな人がアーリーマジョリティなのか。それを意識して事業戦略を構築していく必要があります。

組織面では、蓮田さんが細かいところまで見なくても、事業が成長していく環境を整えることがARR(年間経常収益)10億円に到達するための最大のポイント。豊富なスキルや経験を持ち、安心して権限を持たせられる人を採用・育成しなければなりません。理想を言えば、ARR3億円に至るまでに、権限を複数人に分散しておきたいですね。

とはいえ、壮大なビジョンを実現するポテンシャルは十分にあります。どんなことでもサポートをしたいと思っていますし、あらゆる面で僕をこき使ってください(笑)。思う存分、好きなようにやってほしいです。

こちらの記事は2020年10月01日に公開しており、
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Presented by

執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

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小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

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長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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タテイシサエコ

校正/校閲者。PC雑誌ライター、新聞記者を経てフリーランスの校正者に。これまでに、ビジネス書からアーティスト本まで硬軟織り交ぜた書籍、雑誌、Webメディアなどノンフィクションを中心に活動。文芸校閲に興味あり。名古屋在住。

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