連載新たなPMのカタチの確立を目指す ──アンドゲートの挑戦

エンジニアチームをヒーロー軍団に変える。
利害関係者の多いプロジェクトでPMは何をすべきか?

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インタビュイー
田村 謙介

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科を修了後、2017年8月に株式会社アンドゲートを設立。エンジニア人生で培った泥臭さとテクノロジー、学術に基づいた理論を武器に、プロジェクトのディレクションやマネジメントを行う。知識ではなく方法によって複雑化する世の中をシンプルに解明し、ビジネス社会における構造変革を追求。その独自性が高評価され、すでにメジャーな成長企業の複数プロジェクトで継続的に成果を重ねている。

山形 賢一
  • 伊藤忠ケーブルシステム株式会社 クロスメディアソリューション本部 本部長代行/メディアサービス営業部 部長 
宮崎 剛
  • 伊藤忠ケーブルシステム株式会社 クロスメディアソリューション本部メディアサービス営業部 事業開発グループ課長 
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複雑化が進む現代の事業構築とプロジェクトマネジメント。事業会社は専門分野での先進性を問われる一方で、異領域とのコラボレーションを通じて革新的な価値を生み出さなければいけない状況にある。そんな中、最も煩雑な対応を迫られるのがPM、プロジェクトマネジャーだ。専門分野の異なるメンバーたちを理解し、高度なコミュニケーションスキルをもって束ね、同じゴールに向かって走る……。聞こえは良いが「誰よりも風当たりの強いポジション」とも言えるこのPMを担うことで、成長を果たしているのがアンドゲートだ。彼らが手がけた映像メディア界の最新プロジェクトを追った。

  • TEXT BY NAOKI MORIKAWA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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連合チームが挑む、新技術を駆使した動画配信サービス。しかし壁は、技術ではなかった

伊藤忠ケーブルシステム(以下、ICS)は、ケーブルテレビ、CS/BS放送、地上波、ポストプロダクションをはじめ、映像・通信・音響の分野で製品・サービス・サポート・コンサルティングを提供するソリューションプロバイダ。

とりわけ山形氏と宮崎氏が率いるクロスメディアソリューション本部は、IPリニア配信(テレビ放送の番組コンテンツをインターネット上で配信していくサービス)分野において、他を圧倒する実績をあげてきた。

そんなICSを見込んで昨年飛び込んできたのが、従来のリニア配信とは一線を画す複合的サービス事業の立ち上げ話。

山形複数の民放局とBS放送局、そして新聞社や大手広告代理店などが出資して会社を立ち上げ、いわゆる放送番組の見逃し配信に加え、他の映像コンテンツのVOD(ビデオ・オン・デマンド。有料動画配信)も展開していこうという大きなプロジェクトです。

宮崎従来から放送局は、オンエアを見逃した視聴者のために各社独自のフォーマットで「見逃し配信」と呼ばれる無料サービスをインターネット上で提供してきましたが、視聴者からは「見たい番組によって、いちいち異なる放送局のサイトにアクセスをしなければいけない」という不便さを指摘されていました。

そこで、この問題を解消するために民放各社がコラボレーションをして、「1つのポータルサイトに行けば民放の見逃し配信をすべて見ることができる」というワンストップの無料配信サービスをスタートさせました。

ところが、これは言ってみればキュレーションサービスのようなもの。無料を前提としていることから画質や音質のクオリティも高くありませんし、視聴できる期間が限られているなど、様々な問題点も指摘されていました。

山形我々が依頼された新会社による事業は、宮崎が話したような視聴者救済のための無料サービスではなく、新しい動画配信の形を追求する複合的な有料サービスを事業化しようというものです。

見逃し配信であっても高品位の画質・音質で提供し、なおかつNetflixやAmazonプライム・ビデオといった外資系企業が優勢を誇るVOD市場にも、独自の強みで打って出ていこうというチャレンジ。

技術的観点だけでも、間違いなく難易度の高い挑戦でしたが、ICSとしてもこの画期的なトライに賭けてみよう、ということになりました。

非エンジニアには、なかなかピンとこない話ではあるが、「テレビ局が放送用に制作し、編集した映像データをインターネット配信用に加工し、それをマルチデバイス(スマホ、タブレット、PCなど)に対応させながら、高画質・高音質を担保し、なおかつ動画を再生する時の操作上の利便性や、見たい番組を検索する際のわかりやすさ等もケアして、ユーザーエクスペリエンスを高めていく」というだけでも、多様な技術が必要となる。

もちろんICSはその道のリーダー企業ではあるが、今回の対象は単一の放送局ではなく複数。すでに各局が独自配信していたものも含め、フォーマットを統一する必要もあって、技術的難易度は過去に例を見ないものだと予測できたという。

宮崎私たちだけでは無理だ、という判断のもと、頼れるパートナーを探し求めていたところ、出会ったのがクラウドに精通する田村さんでした。

田村もともと私はクラウド領域のエンジニアでしたから、ICSさんがクラウドを活用しながら、新しくて難しいプロジェクトに挑むという話を聞き、参画を決めました。

映像配信分野の技術に詳しかったわけではないのですが、話を聞けば聞くほど「技術どうこうの問題じゃない」ということがわかってきたので(笑)、むしろ迷うことなく引き受けました。

そもそも、アンドゲートの価値は、マネジメントの業務を細分化して効率化し、エンジニアがエンジニアリングに集中できる世界を創ること。「こういう複雑で難解なプロジェクトでこそ、アンドゲートが真価を発揮できると考えた」と言ったほうがカッコイイですかね(笑)

ともあれ、設立から間もないアンドゲートがこのプロジェクトのPMの役割を担うことが決定した。そこで、田村が言った「技術どうこうの問題じゃない」というセリフの意味を問うと、山形氏と宮崎氏が声を合わせてこう答えた。「技術以外の問題こそが最大の壁だった」のだと。

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プロジェクトスタートと共に起こる、夢の連合チームが故の問題

ICSの2人が声を合わせた「技術以外の問題」とは、プロジェクト進行における意思決定を健全に維持することだったという。放送局はもとより、メディア界において圧倒的な影響力を持つ複数企業による連合チームが今回のクライアント。「それぞれがそれぞれの業界・会社の論理・カルチャー・価値観で主張をしていては収拾がつかない」と考えていた。

宮崎システム開発や運用の協力会社も含めると、このプロジェクトには10を超える企業が集まります。各々の立場によって「正解」が異なって、なかなか折り合えなくなる場面がありました。しかも1度や2度ではなく何度も。

そんな混乱する現場の会議を乗り切るファシリテーションやコミュニケーションの能力が、どうしても必要だった。アンドゲートがPMのプロ集団だと知ったことから、田村さんへの期待は一気に高まりました。

山形通常、我々が携わっているプロジェクトではスコープが明確になっています。「いつまでに、誰が、何を引き受けて、どういう結果を出せば良いのか」が見えた上で、そのために必要な専門性の持ち主が集まってきます。役割分担さえ済めば、あとはそれぞれが得意領域で頑張れば良い。PMは工程管理を担うだけで良いのです。

ところが新事業のための新会社にあるのは「最高の映像コンテンツを、今までにない形で、多くの人に届けて満足してもらう」という理想や志。「では、それをどういうスコープでやっていこうか」を決める会議が必要ですし、連合軍ゆえに一筋縄ではありませんでした。

ICSのメンバーをはじめ参加したエンジニアたちが専門性を十分に発揮するためには、「技術以外の問題」を解決してくれるPMが必要でした。

先行き不透明な前例なき新しいビジネスを始める時、「経営戦略上の理想を実現するために具体的なスコープやビジョンを描いていく」という、いわゆる最上流のプロセスが必要になる。担い手が大企業である場合には、コンサルティングファームなどがその専門性を駆使して行っていくケースが多い。

しかし、「2018年のいつにサービスを立ち上げる」というスケジュールが設定されており、時間がない中で発進した今回のプロジェクトではICSがその役割を担う。

技術に立脚したコンサルティングであれば、ICSの得意とするところだが、今回はそれだけでなく政治的な要素も発生する。アンドゲートはその解決も担った。

宮崎例えば放送局各社には「うちはこういう場合にはこうやって問題解決してきた。だからこうしたい」という主張があります。どちらが正解でどちらが間違い、というわけでもない中で「こうしましょう」と決めていく胆力のようなものが問われたりします。

関係者全員を納得させることができなければ、たちまち不協和音や摩擦が発生してプロジェクトが止まってしまいます。

事実、そうした危機も幾度かあったというが、それらを乗り切ってきた。なぜ可能だったのか?

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PMの腕次第で、利害が異なるチームもアベンジャーズに変わる

田村アンドゲートでは2つの軸の掛け合わせで、独自の価値を出しています。技術分野の問題に向き合っていく側面と、プロジェクトそのものの推進にコミットする側面とを同時に進めていき、相乗効果を出していきます。

その独自性は1人では実現が難しいため、途中から他のメンバーも追加してチームとして対応していきました。今回は映像配信という専門性の高い領域のエンジニアと向き合うことになりましたが、知識をキャッチアップしながら共通理解や共感できる部分を増やしていきました。

一方、プロジェクト自体を進めていく側面では、山形さんや宮崎さんが仰った通り、会議でのやりとりが鍵を握っていました。ファシリテーションで心がけたのは例えば「意思決定のポイントを予め用意する」こと。発散しがちな議論では抑えるポイントを特定することで意思決定の議論を収束させることができます。

また、会議で全体の流れを否定するような意見が出た場合にも、言下に「それはダメです」とは言わないようにしました。「わかります」がまずあって、その上で「でも、こう考えることもできますよね」が続くような備えを、予測不能な中でも心がけていきました。

宮崎私が一番感心したのは、絵を描いて情報の整理をしていった点です。会議参加者がそれぞれの言い分をぶつけあって、話がどんどんややこしくなっていくように感じていても、ホワイトボードに絵で整理されると、皆が同じ理解をすることができる。止まっていた会議が動き出す。

田村プロジェクトを動かすためのノウハウの1つです。言葉を交わす議論って、話す側の表現力と聞く側の理解力とが問われるコミュニケーションですよね。話す側がどんなに上手に表現しても、聞く側の理解力が人によってまちまちだと、全員が同じレベルの理解に到達しないまま終わってしまったりします。

だから絵や図で整理する。言葉を聞くよりも、絵を理解する能力のほうが個人差は小さいですから。そもそも、みんなの意見を絵のように抽象化していくと、目指す方向性はほとんど同じだったりします。絵に書くことで、 不要な議論を減らすことができます。

山形私が驚いたのは、プロジェクトがある程度進んだ段階から、エンジニアたちがいきいきと仕事をし始めた点です。技術者というのは仕事を突き詰めるうちに無口になるものですし、それ自体はいちがいに悪いこととも言えないのですが、「あの人(田村)と一緒にやると仕事が進む」と複数の人間が言い出したりもしました。

専門的なことをやっているエンジニアもいるので、さすがに彼らと同等の知識までキャッチアップできたわけでもないはずなのに…。でも、わかります。私は昔、先輩から「V字型のエンジニアになれ」と言われましたから。

田村ありがとうございます!…「V字型」というのはどういう意味ですか?

山形技術なんていうものは領域が無限に広がっているし、1人ですべてを習得できるわけじゃないですが、何か1つの領域に深く刺さるところまでやったエンジニアは、まったく別の領域に挑戦しても、「刺さり方、その手応え」というのを知っているから大切な勘どころのようなものを早いタイミングで理解できるようになる、という教えです。

「V字型に尖って深いところまで刺さるエンジニアになれ」ということだと、私は理解しています。田村さんにも同じようなニオイをきっと感じて、エンジニアは共感したのだと思います。

田村素敵な教えですね。共感します。先ほども言ったように、私たちは技術支援の側面と、プロジェクトを動かす側面の2つを掛け合わせてプロジェクトに携わっていますが、プロジェクトが変わるたびに使う技術もプロジェクトの進め方も違ってきますし、時代が変われば古い技術が淘汰されて、新しい技術が登場してきます。

PMがコミットするべきなのは、固有の分野に精通することではなくて、精通している人たちに本来の力を出し切ってもらうこと。ですから、さっき言っていただいた「エンジニアがいきいきしていた」が最高の褒め言葉です。

宮崎変な例えかもしれませんが、プロジェクトの関係者が途中からアベンジャーズみたいに見えていました(笑)。1人ひとりは専門家として凄腕だけども、頑固だったり、無口だったり、クセがあったり、少し抜けていたりする人たち。その人たちがチームを組んでヒーロー集団みたいになっていました。

今回取り上げたプロジェクトはめでたく予定通りに今春スタートし、事業としての成長も順調に推移しているとのこと。そして、ICSとアンドゲートはこのプロジェクトとは別の取り組みをスタートしている。オープンイノベーションなどコラボレーションが始まった他の業界よりも一歩遅れて動き出した映像業界だが、今後映像の領域は異なる立場のプレイヤーが動きはじめる、と宮崎氏は語る。

そのとき問われる力が利害の異なる人たちをまとめ、プロジェクトを通じて共創を生み出す力である。田村は最後にこう言った。

田村共創できるアベンジャーズのヒーローを増やしていければ、ヒーローたちはもっと尖ることができ、世の中にも更に便利なことや面白いことを提供することができますね。その未来を実現するために、ヒーローを生み出すマーベルのようなポジションも重要になると考えています。

こちらの記事は2018年11月29日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

森川 直樹

写真

藤田 慎一郎

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