"新陳代謝は当たり前か?"非連続成長を追求する組織の落とし穴━Asobica×ナレッジワークが挑む、新・スタートアップの成功方程式とは

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インタビュイー
望月 達矢

大学卒業後、新卒でアフラック生命保険株式会社に入社。その後、株式会社ビズリーチ(現:ビジョナル株式会社)等を経て2017年12月に株式会社メルカリへ入社。メルカリグループの幅広い人事機能(人事制度企画・HRBP・組織開発・人事労務)および子会社人事の責任者を歴任。merci boxやYOUR CHOICEといったメルカリを象徴する人事制度の企画から子会社の組織立ち上げ等に従事し、メルカリグループの2000名規模までの組織拡大を牽引。2023年4月に株式会社Asobicaに入社し、人事・広報領域の統括を担当している。

徳田 悠輔
  • 株式会社ナレッジワーク 執行役員 VP of HR 

2014年、東京大学文学部卒業。 株式会社ディー・エヌ・エー入社。セールス職、人事職に従事。子会社管理部長、 HRBP等を務める。2022年、株式会社ナレッジワーク入社。人事職に従事。 執行役員 VP of HRを務める。

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スタートアップの成功方程式が、静かに、しかし確実に書き換えられている──。

かつて「カオス」と「スピード」を武器に急成長を遂げてきたスタートアップ。しかし今、その常識が大きく変わりつつある。ロイヤル顧客の蓄積・分析・育成ツール『coorum(コーラム)』等を提供するAsobicaと、セールスイネーブルメントツール『ナレッジワーク』を提供するナレッジワーク。シリーズBを経た両社は、従来のスタートアップの常識を覆す組織づくりを実践しているという。

その最前線に立つのが、AsobicaのVP of HR、望月達矢氏(元メルカリ)と、ナレッジワークの執行役員 VP of HR、徳田悠輔氏(元DeNA)。メガベンチャーでの豊富な経験を持つ両氏が口を揃える。

「スタートアップの成功の鍵は、もはや『勢い』だけではない。『思想』と『設計』こそが、真の成長をもたらす」と。

シリーズB以降の成長ステージにおいて、両社はどのようにしてこの新たな哲学を実践しているのか。その秘訣に迫り、見えてきたのは従来とは異なるスタートアップの姿だった。

  • TEXT BY REI ICHINOSE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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“ハイキャリア”と“新卒”の相乗効果が生む、次世代型採用戦略

スタートアップ・ベンチャー企業の採用トレンドに、大きな変化が起きている。事実、ふたたび新卒の採用数が増加しているのだ。特にエンジニア採用において顕著で、新卒市場は中途採用と比べて供給量が多く、かつ競合も少ない。中途エンジニア採用市場と比較すると、より良い人材を獲得しやすく、さながらブルーオーシャンとまで言えてしまうという。

かつても、新卒採用と比べると高給となる中途採用はスタートアップ・ベンチャー企業において困難を極めた。そのため、新卒の学生に「スタートアップはたくさんのチャレンジがある」と訴え、才能と機会を掛け合わせることで成果を生み出そうとしてきた。

しかし、この流れを変えたのがメルカリだった。メルカリは、適切な環境さえ整えれば、優秀なハイキャリア人材を確実に集められることを証明した。この成功は、スタートアップ・ベンチャー企業の人材戦略に大きなパラダイムシフトをもたらしたのだ。この事実を両者は「かつてのスタートアップ市場における採用のテーゼに対するアンチテーゼ」と表現した。

“スタートアップ・ベンチャー企業といえば新卒採用”というテーゼ、そしてメルカリの成功というアンチテーゼ。これを受けた新しいアプローチ、いわばアウフヘーベンとしてスタートアップ市場がたどり着いたのが今のトレンド。つまり、「ハイキャリア人材を採用し、その人材が持つ経験やスキルを活用することで、新卒採用・育成にも影響力や恩恵を与える」状態だと両者の意見は一致した。

ここまで話が進んだところで、そもそもスタートアップ市場自体の前提が変化している、という提言が出た。

徳田スタートアップ市場の前提が変化した理由を具体的に挙げるなら次の3つでしょうか。

1つ目は、国策も相まって資本市場におけるスタートアップへの期待感が高まり、一つひとつのスタートアップに求められる成長のスケール感が年々拡大していること。

2つ目はスタートアップ企業の数も増え、インターネットビジネスの空白地帯が以前より小さくなってきているということ。10年前、20年前のインターネット市場では、顕在的な課題が色々転がっていて、いかにそこにスピーディーに着手していくかが重要でした。しかし、今はそういった明確な課題が少なくなってきています。

スモールスタートで事業を展開しても資本市場で期待されている成長カーブを描けないケースも多く、創業期から大きなビジョンと戦略を描いて大胆に勝負するスタートアップの好事例が増えてきているように思います。

そして、3つ目は、我々が在籍していたDeNA、メルカリ、ビズリーチのような“成功した先人ベンチャー”のおかげで、市場全体の経験値がアップし、その人材がスタートアップ市場で2周3周と流動していること。

資本市場での成長期待感が高まり大胆な勝負をしなければいけない中に、経験豊富な人材がスタートアップに2-3周目の挑戦をしてくれるという環境だからこそ、先々の課題を見越した中長期的な成長戦略を描くことを、創業期の組織作りでも求められています。

望月徳田さんと同じ感覚で、実際に、今、人が集まるスタートアップ企業には共通点があると考えています。

それは、「先人の成功体験」をふまえ、スタートアップ企業のアーリーなタイミングから“事業拡大” “持続的な成長”を意識したモデルを創り、しっかり足元の人事施策に落とし込んでいるということです。

もはや、カオスを楽しもう、やりたいことがたくさんあるんです、といった打ち出しでは優秀な人材は集まらず、先人たちが学んできた道は最初からシステム設計することで早期にクリアし、先人たちも未開拓な新たなカオスを受け入れているスタートアップ企業に優秀な人材が集まっていると思っています。

newmoやPeopleXがプロダクトがないフェーズからでも、経営者や人事をつかさどる人がその雰囲気やそんな組織哲学を纏っていれば、多くの優秀な人材を創業初期から獲得することができていると感じています。

一方で、冒頭にメルカリの話もありましたが、こうすべきだったなというのもありまして、それは明確に中途偏重から中途&新卒の適度なミックスへのシフトを中長期的に進めていくという動きをもう数年早く始めるという強い意思決定をしていけたらよかったと考えています。

ビジネスの成功のためには多様なお客様のニーズに応えられるプロダクトを提供する必要があり、そのためには、プロダクトをつくる側も多様なバックグラウンドを持つメンバーで構成されなければならないと考えています。ですが、実際には同質性の高い組織になってしまっていて、中長期でのビジネスの成功確度を自ずと下げてしまっていたと思います。この経験は、現在のAsobicaでの取り組みに活かしていこうと思っています。

「先人の成功経験を手に入れた企業と、持たざる企業に二分されている印象」と両者は続けた。これまでスタートアップといえば「挑戦の場」だったが、市場に成功体験が生まれたことにより、スタートアップは「洗練された価値創造の場」へと変化しているという。

ベンチャーからメガベンチャーへと成長する過程をHRとして経験し、まさに“成功した先人”といえる両者に、ズバリ、これからスケールする企業・しない企業の違いを伺った。

徳田スケーラビリティに関わる重要な要素として、私は「理念・戦略・製品・文化」の4つを挙げます。

それぞれを創業時から適切に設計できているかが、スケールできるかどうかの分水嶺になると感じています。走り出してから考えるのではなく、入念な事前準備をしておいて、大規模なファイナンスを行って速やかにスケールするような戦い方が今は求められています。これは単なる理想論ではなく、実際に成功している企業の共通点なんです。

徳田氏の発言をより深く理解するために、ALL STAR SAAS BLOGに掲載されたナレッジワーク代表麻野氏のインタビューが参考になる。以下、その一部を紹介しよう。

麻野 クローズドβ版でのリリースはこだわりのポイントでした。特に、このプロジェクトに2年間ステルスモードで取り組んでいました。その理由は、競争戦略に基づくものです。僕の興味は、既存のビジネスを単純にオンライン化やクラウド化するようなものではなく、まだ存在しない市場を自分でゼロから創出することにありました。

(中略)

今回は2年間ステルスモードで事業を進め、一気に攻めるタイミングまで進めることにしたんです。

(中略)

1年以上は、僕1人で営業、導入支援、運用支援などを行なっていました。大切なのは、ソリューションとして提案書を作成し、実際に市場で受け入れられるかを検証することです。その後に、製品として具体化する開発に移るわけですが、この段階で人員を増やしすぎると組織が膨れ上がってしまうので、限られた人数で効率的に動くことが重要だと考えています。

ジェフ・ベゾスの「ピザ2枚のルール(1つのチームは、ピザ2枚を囲める人数以下にしなければならない)」の考え方などが参考になりました。それが最もスピーディですし、各々が責任感を持ちますからね。だからとにかく人を増やさないことを意識しました。

湊 初期段階での組織は、人数を絞りながら、開発ドリブンな組織体制にされていたと。

麻野 そうですね。まずはソリューションとしての製品が顧客のニーズにしっかりと応えられるかを確認すること。これができて初めてビジネスとしてスケールする意義が出てきます。

──『2年間の「潜伏期間」で達成したPMF──T2D3を超えるスピードで駆け抜ける、ナレッジワークの徹底」ALL STAR SAAS BLOG』より引用

このインタビューから、徳田氏が語る「理念・戦略・製品・文化を創業時から適切に設計することが、スケールの可否を分ける」という考えを、ナレッジワークが実践していることがわかる。

一方、Asobicaの望月氏はこれからスケールする企業の特徴を次のように語った。

望月自身で明確なロジックが確立できているわけではありませんが、成功したとされるスタートアップ企業の特徴は、わかりにくい組織カルチャー(文化)というものにこそ多くのコストを投資していると感じています。

「組織カルチャーに多くのコストを投資する」というのは実に難しいと思っています。企業の成功は「賢明さと健全さ」の両立とよく言われています。「賢明さ」は事業戦略に現れ、「健全さ」は組織カルチャーに表れると考えています。

そして、多くの会社は事業戦略という「賢明さ」に多くの時間やコストを投資しますが、組織カルチャーというファジーなテーマには投資できていないような気がします。ただ、自身がいたビズリーチやメルカリなど成功したとされる会社は優れた事業戦略以上に、優れた組織カルチャーに徹底的にまで投資した会社だと感じています。

両者の意見を踏まえると、今やスタートアップの成功には事業面での準備はもちろん、組織面での周到な準備が不可欠だということだった。

望月事業と組織、どちらかをおろそかにしていてはスケールできません。また、組織づくりの過程で、社員一人ひとりの成長機会を作り出すことも重要視しています。「企業の成長」と「個人の成長」を両立させる。これこそが、現代のスタートアップに求められる真の挑戦なのだと思います。実際、Asobicaではこの意味で「成長に備えた組織づくり」を進めています。

以前、FastGrowがAsobicaの代表・今田氏に行った取材のなかで、同氏はこう語った。

Asobicaの強みはこれまでと変わらずそのカルチャーにあります。

自分の仕事を超えて協力できる。ミッションのために協力できる。自走できる。当事者意識を持てる・リスペクトし合える。

これまで作り上げてきたこれらのカルチャーと、シームレスにデータが連携することで、価値が複利で高まるコンパウンドスタートアップのモデルが非常にマッチする。複数のプロダクトを同時並行的に立ち上げていくためには、ベースにあるカルチャーがとても重要だと考えています。

──FastGrow『“コンパウンド化”の過程で直面した、3つの難しさの正体━Asobicaが見据える業界変革の鍵となる「データの統合と活用」のプロセスに迫る』より引用

これまでFastGrowでは何度もAsobicaへの取材を行ってきたが、Asobicaはカルチャードリブンな企業だ。プロダクトだけに集中するのではなく、組織づくりにも妥協しない姿は編集部一同、重々承知。

このように、両社とも「組織づくり」を重視している点で共通している。しかし、その具体的なアプローチには違いがあり、それぞれの企業の特性や目指す方向性を反映していると言えるだろう。

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“スタートアップだから”は通用しない。
新陳代謝という美名の落とし穴

スケールする企業の特徴を探ってきたが、ここで視点を変えてみよう。なぜ多くのスタートアップが成長の壁にぶつかるのか。その理由の一つが、実は「新陳代謝」にあるという。

徳田多くのスタートアップが陥る罠の一つが、無計画な人材の新陳代謝、つまり「急激な変化をしていればこそ、人材退職も致し方なし」という考え方です。健全な新陳代謝は組織の活性化に不可欠ですが、急速な成長を目指すあまり、無計画に人材が入れ替わることは避けるべきです。実際に財務面や組織面など、様々な側面で相当な痛みが伴います。これを頻繁に繰り返しそのたびにスケールがストップしてしまうのはもったいないです。

退社する社員側の負担も看過できませんし、昨今の風潮を鑑みても「スケールは大変なもの」と言って新陳代謝を当然視するのはNGですね。

重要なのは、不運な新陳代謝を極力減らし、組織のフェーズ転換をシームレスに行える仕組みを埋め込んでおくことです。特に重要なのが、人材要件とフォーメーションの設計です。どのフェーズでどういう力を発揮してもらうのか、それを実現するための組織の骨格の作り方や人材要件を事前に考えておく必要があります。これができているかどうかで、新陳代謝のストレスの有無が大きく変わってきます。

望月短期的な成長のみを目指す企業であれば、新陳代謝は良いのかもしれません。しかし、スケールを見据え持続的な成長を目指すのであれば、話は別です。

新陳代謝というより「活性化を意図してつくっていく」ことが重要だと思っており、この活性化のポイントは「カオスの演出」だと考え、意図的に演出することを心がけています。人間の営みとは、無秩序な状態から、なんらかの「秩序」を作ろうとする活動であり、秩序を壊した混沌とした状況に活性化の源泉が生まれると思っており、組織づくりにおけるカオス演出の中軸は「抜擢及び降格」と「定期的な組織変更」そして「採用」です。

「理想論だ」、「事業フェーズの変化に応じて、ある程度の人材の入れ替わりは避けられない」などという意見もまだまだ聞こえてきそうだが……。

徳田事業のフェーズが変われば、当然フォーメーションの組み替えは必要ですし、人材ポートフォリオも変わるべきです。グローバルに目を向ければ、CEOさえもフェーズごとに交代することが当たり前という世界観。しかし、だからこそ事前の準備が重要なのです。そしてフェーズの変化を見据えて事前に整えたうえで起こす新陳代謝はサクセッション(継承)と呼ぶべきでしょう。

望月新たな人材の参画も広い意味では新陳代謝と言えますし、それは必要不可欠ですよね。問題なのは、「スタートアップだから」という理由で退職が相次ぐような状態を容認してしまうことです。そういった文脈での新陳代謝は明らかに悪です。

徳田その通りですね。優秀な社員が働き続けられなかったり、成長し続けられなかったりする組織では、多くの課題が生じます。例えば、知識やスキルの蓄積が難しくなり、長期的な戦略の実行が困難になります。また、頻繁な人材の入れ替わりは、チームの連携や組織文化の維持にも悪影響を及ぼします。

これまでの話を振り返ると「スタートアップだから激しい新陳代謝は当たり前」という考え方も、もはや過去のもの。スケールを見越した組織戦略がある企業が人材獲得で優位に立ち、スケールできる。「スタートアップだから」という従来の組織論は通用しないということだ。

この「スタートアップだから」について書かれた記事を徳田氏のnoteで見つけた。その記事の一部をご紹介しよう。

エキセントリックに振り過ぎてもいけないのですべてに逆説的な判断をするわけではないが、都度、逆説的な選択肢と、トレードオフな選択をする意志は持たねばならないと感じるのである。

──『「逆説のHR」徳田氏のnote』より引用

これは2023年5月時点に書かれている。「スタートアップだから」で語れる組織の有様を“従来の常識”とすると、「スタートアップなのに」で語られるのは従来の常識に対する逆説だった。

しかし、この記事から1年経った今、両者の話を聞く限り「スタートアップだから」という従来の常識はもはや過去のもの。「スタートアップなのに」という逆説的なアプローチが、むしろ新たな常識として定着しつつあるのだ。この変化は、スタートアップ業界の成熟と、より洗練された組織運営の必要性を反映していると言えるだろう。

では、Asobicaとナレッジワークは、この新たな常識をどのように実践しているのか。無計画な新陳代謝を防ぎ、スケールを見据えた組織づくりのために、どんな具体的な施策を行っているのだろうか。

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凡事徹底が導く非凡な成長。
シリーズB以降の"当たり前"革命

約1年前、望月氏がFastGrowに登場した記事で語った「高い組織力、そして実績が積み上がってきたプロダクト力、この両輪が驚異的なスピードで回り始めた」という言葉。

それから1年、その組織力はさらに進化を遂げている。しかし、多くのスタートアップがこの段階で躓く。その原因は意外にも「当たり前のこと」を軽視してしまうことにあるようだ。

望月先ほど賢明さ以上に、地道に愚直に健全さを徹底し続けた企業が成功している気がしていますとお話しさせていただきましたが、たとえばAsobicaではマネジメントの360度サーベイを実施し、ギャップがあれば埋めていくような取り組みをしています。必要であれば1on1を行い、HRだけでなく、横のマネージャーとも話し合い……次々と出てくる課題に対してギャップを埋めていくんです。

この過程ってどの会社でも行われているような地味で当たり前のこと。そのためなかなか会社のPRのためのコンテンツには登場しません。ただ、こうした凡事徹底を、日々に忙殺されるスタートアップだからといってないがしろにせずにやりきる、やり続けることが重要なんですよね。

徳田やりきるって大事ですよね!僕らHRの仕事って、究極的には「風が吹けば桶屋が儲かる」という構造を設計する取り組みです。5年後にスケールするための種を、周りがピンと来ていなくても必死に埋め込んでいく仕事は大変ですが本当に大切。

ナレッジワークでも、サーベイを踏まえてPDCAを回すことを徹底しています。具体的には3種類のサーベイをすべて四半期単位で実施しています。まずはエンゲージメントサーベイ、これは組織全体の健康状態を測るものです。続いてはマネジメントサーベイとメンバーサーベイ。マネジメントサーベイはマネージャーのスキル、メンバーサーベイは一般社員のスキルとスタイルを測ります。これらのサーベイ結果を基に、全社ミーティングで全社・部署・個人が振り返りと次のアクション設定を行っています。

特にマネージャーに関しては、毎月2時間のマネジメント振り返りセッションを行っています。ここでは単なる数値の確認だけでなく、各マネージャーが直面している課題や成功事例を共有し、互いに学び合う場となっています。「どんな意味があるのか!」と声が聞こえてきそうなものですが、スケールのためにはそんな意見を振り切って必ずやりきることが重要なんです。

例えば、あるマネージャーから「長いマネジメントキャリアで初めてマネジメントを体系的に学べた。」というフィードバックや「マネジメントのPDCAを回すことで組織と成果が安定してきた。」といった声も上がっています。このように、地道な取り組みが確実に成果につながっているんです。

両氏の話から、単純にヘッドカウント(従業員数)を増やせばケイパビリティ(組織の強み)を強化できる、という組織づくりでは不十分だということが伝わる。

事業は利益を出してこそ意味があるため、人員を増やしても売上や利益が人数に比例して伸びず、結果として1人当たりの生産性が低下してしまう企業も少なくない。特に事業のフェーズが進むほど、この課題は深刻になる。

そこで重要になるのが、「そもそも利益率を意識して組織を作っているか」、「一人ひとりの成果のばらつきを抑え、人に依存しない状態で価値を出せる状態か」だと両者は語る。特に、スタートアップ特有の課題として、トップラインを伸ばすことに集中するあまり、利益率を軽視してしまう傾向がある。これを避けるためには、早い段階から生産性を意識した組織設計が必要だという。

また、両氏が経験してきたメガベンチャーでは「仕事の報酬は仕事」という考え方で、「人は仕事の機会で育つ」と宣言していたそうだ。そこで経験を積んだ先人である両者は、これからスケールする企業はこの通りにはいかない、という。

徳田ナレッジワークに入って学んだのですが、成功の法則やメソッドを業務に埋め込めば、高い生産性を生み出せるんです。我々はこれを「イネーブルメント」と呼んでいます。具体的には、業務の可視化・標準化を行う「ワーク」、知見を展開共有する「ナレッジ」、人材スキルを可視化する「ピープル」、学習プログラムを提供する「ラーニング」という4つの領域の活動で構成しています。

このフローはそのままプロダクトにも埋め込んであるのですが、その効果は強烈です。例えば、新入社員の立ち上がりが早くなったり、中堅社員のスキルアップが加速したりと、組織全体の底上げにつながっています。”挑戦の機会”の提供も重要ですが、”挑戦の仕方”を提供することで人の成果や成長は加速するのだと学びました。

本記事の冒頭でも少し触れたが、ここで補足。ナレッジワークが提供する『ナレッジワーク』は、営業力強化や営業生産性向上をサポートする。属人的になりがちな営業活動の成果創出や能力向上といったイネーブルメントを、網羅的にサポートするツールだ。

徳田CEOの麻野は再現性を生み出すためのプロセスやメソッドに並々ならぬこだわりがあります。だから、ナレッジワークの組織には創業時からイネーブルメントの種が埋め込まれていたんですよね。ナレッジワークの組織づくりは一貫した思想とメソッドでこれまで取り組まれており、これにより自身のHRとしての成長をまだまだ感じられています。

ただ挑戦する機会を提供するだけでなく、一人で成果を出せるための「補助輪」のような支援ってやって損はないですし、スタートアップの迅速なスケールには必要だと感じています。

望月そうですよね。Asobicaでは、“成果を最大化するマネージャー”に求められることを要素分解して、いわば大学の受験科目のような“成果を最大化するマネージャーとして求められるスキル”を設定しているんです。例えば、「戦略マネジメント」という大項目があるのですが、その中に「ビジョン・ロードマップ策定」「組織構築/リソース管理」「振り返り(PDCA)」などのスキルを設定し、それぞれについて具体的な基準を設けています。

それに対してさきほどお話しましたが、マネジメントの360度サーベイを実施し、ギャップがあればフィードバックを行い、HRも介入します。特に、横断的な介入を重視しており、チームで起きているギャップを埋めるための支援を行っています。現在100人規模の会社なので、できることは限られていますが、これらの取り組みを地道に続けています。

メガベンチャーでの経験と、現在の企業での経験を積んだ両者がたどり着いた結論はやはり、スケールを見据えて、シリーズBの段階から凡事徹底を行うことの重要性ということだ。

実際にAsobicaではこれらの取り組みを通じて、会社のフェーズにかかわらず、本人の意志や家庭の事情が変わっても、チャレンジし続けられる環境がすでに整いつつあるという。その様を感じられる事例については、下記の記事などをご覧いただきたい。

このように、「当たり前」を徹底することで非凡な成長を遂げるAsobicaとナレッジワーク。しかし、その裏には緻密な戦略と不断の努力がある。そこで、次のセクションでは、両社が取り組む「非合理性の受容」という、一見矛盾するアプローチについて深掘りしていきたい。

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人間の本質は非合理。
だからこそ非合理性を認める組織でありたい

HRとして組織づくりを手掛ける両者。前章で、徳田氏は組織づくりを「風が吹けば桶屋が儲かる」ような「回り回って少し先の未来に活きてくることだ」と語った。

両者が凡事徹底して起こす“風”はどのように“桶屋”を儲けさせるのか。多くのスタートアップが見落としがちな「非合理性の重要性」について、両社の具体的なエピソードとともにみていこう。

望月新しい取り組みを始めるにあたって、多くの人は最初は反対したり、様子見の態度を取ったりします。そこで重要なのは、人の顔色を見すぎずに、自分のモメンタムを保ちながらやり切れるかどうかですよね。

たとえば、去年Asobicaでは「祭タスクフォース」というイベントを始めたんです。これは会社全員の目標達成に向けての動きを強めることを目的とした取り組みで、その中の1つに、お客様と成約が決まるごとに、朝会でドラを鳴らすというAsobicaらしい動きを行ってみました。

最初は「こんなのでいいの?」という反応でしたが、今では文化となっています。ドラを鳴らすに限らずこのタスクフォースの取り組みが後押しとなって、結果として会社としての年間目標を達成でき、それだけではなく、社内が一丸となることでコミュニケーションが活性化し、部署間の壁が低くなったといった副次的な効果も見られました。

このように、思いがけない形で「風が吹く」ことがあるんです。とにかくアクションを起こすこと、思った以上に来た玉を打つことが重要だと考えています。

徳田社員の感覚ってとても鋭いんですよね。社員が「このままではうまくいかない」と思っていたら、その思考はエンゲージメントスコアに如実に表れます。事業が順調で退職率が低くても、社員が本当に納得して仕事ができているかどうかは、このスコアに表れるんです。

私は全社員のスコアとコメントを必ず読みますし、麻野も一言一句逃さずに必ず読んでいます。ここに常にアンテナを張っているんです。四半期ごとのエンゲージメントサーベイの後には必ず部署毎に全メンバーが集まってロングミーティングも実施しています。これにより、組織の強みや課題を全員で共有し、次のアクションにつなげています。また、部署毎の組織作りの課題・方針・アクションプランは必ず全部署が提出します。「Build your company」と掲げていますが、自分たちの組織は自分たちで作るという思想で、自分たちの組織を磨き上げてもらっているんです。

望月大切ですね。社員が誇りを持って働けているかどうか。PLやBSには直接現れませんが、組織や人に投資をすることで企業および事業成長に大きなリターンを得ることが人的資本経営の本質だと思っていますので、私も注視しています。

徳田はい、同感です。経営やマネージャーとしてPLは嫌というほど見ますが、それ以上に社員が幸せにやる気を持って働けているかどうかを見ることで、私たちHR自身のモチベーションも上がりますしね。

HRとして両者が徹底的に起こす“風”により、組織全体が“風”を起こせるようになる。そしてその熱風で桶屋が儲かるということだ。桶屋が儲かる頃には、両者はどんな組織になっていると想像しているのだろう。

徳田ナレッジワークとして目指す組織作りは次の3つです。まず、事業の繁栄と組織の幸福を高次元で両立させ続けること。次に、イネーブルメントを世の中に届けることに熱狂する組織を作ること。そして、我々自身がイネーブルメントを中心とした組織のモデルケースとなることです。

望月Asobicaとしては2つです。まず、事業成長と社員の自己実現の両立を諦めないこと。そして、不合理や矛盾に満ちた人間と組織をあるがままにとらえ、正しい方向に導いていくことです。

人間の行動や意思決定で合理的なものは一部であると思っています。みなさん、人の愚痴とか噂話とか、SNSでちょっとした影の部分の会話をするのが好きですよね(笑)。

多くは畏れと嫉妬なんだと思いますが、これが人間の本質であり、情緒性や感情こそ人間の行動に重大な影響を及ぼすと思っています。そこに、効率性と合理性を優先させる組織論は、人間存在の一方の重要な側面を無視しており、だからこそ効率的・合理的な組織づくりを追求すればするほど上手くいかなくなるということが多く発生しているんだと思います。

徳田そうですね。人への投資は最後は非合理なんです。麻野がいつも言うんです。「人に1円を投資して、1円以上のリターンで返ってこなかったことはない。」って。これってもはや経営の思想だと思うんです。その色気みたいなものを失った瞬間に多分事業と組織の縮小均衡が始まる。その色気を大切にしたいですね。

望月その通りです。HRの仕事は、この非合理な部分を消し去らない仕事だと思っています。

「スケールを見据えて準備できる企業がスケールできる」。この考えは、両氏の意見交換を通じて揺るぎないものとなった。

確かに、これまでのスタートアップの辞書には「準備」という言葉はなかったかもしれない。しかし、"幸運の女神が微笑むのは準備をしていたものにだけ"というのが世の常だ。そして、その「準備」には、合理性だけでなく、非合理性を受け入れる柔軟さも含まれているのかもしれない。

スタートアップHRの真髄は、この合理と非合理のバランスを取ることにあるのではないだろうか。

こちらの記事は2024年08月06日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

いちのせ れい

写真

藤田 慎一郎

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