ホームレス支援のクラウドファンディング、投票で経路を決めるバス── 都市密着型スタートアップを育てる「Tumml」とは?

2014年時点では、世界人口の54%が都市圏に住んでいるというデータがある。2050年までには66%まで数値が上昇すると予測されている。

それに伴って、渋滞や地価の高騰といった、都市圏独特の問題が発生している。こうした課題解決に取り組むスタートアップ支援に特化したインキュベーターが「Tumml(タムル)」である。

  • TEXT BY TAKASHI FUKE
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非営利でスタートアップ育成

米国では全人口の81%が都市部に住んでいるというデータが発表されている。世界の中でも都市人口比率の多い事情を汲んで、2017年にサンフランシスコで創業したのがTummlである。彼らの特徴は非営利法人である点だ。

通常、インキュベーターやアクセラレーターは、大企業などから集めた資金で有望なスタートアップに初期投資し、投資収益を得ることを目的としている。

一方、Tummlは非営利法人であるためリターンは求めない。企業や組織から寄付金という形で資金を集める。そして投資利益を得たとしても、資金は還元されず、Tummlのプログラムに参加する企業への投資に回される。企業側は、資金提供した事実がCSR(企業の社会的責任)活動になるうえ、投資先スタートアップとの事業提携も見込める。

Tummlが支援する都市特化型スタートアップの中から、企業価値が10億ドル(約1,100億円)以上まで成長するユニコーン企業や、大手企業に買収される有望企業、創業から2〜3年以内に数百億円を調達するスタートアップが登場する可能性も高い。

事実、配車サービス「Uber」「Lyft」、電動スクーターシェアリングサービス「LimeBike」「Bird」に代表されるように、都市交通分野の課題解決を目指す大型スタートアップには多額の資金が支援された。

本記事では、Tummlが支援する2つのスタートアップを紹介し、都市特化型スタートアップインキュベーターの可能性を探っていきたい。

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クラウドファンディングでホームレス支援 ── HandUp(ハンドアップ)

2013年にサンフランシスコで創業し、累計87万ドル(約9,660万円)を調達したHandUpは、Tummlが輩出した代表的な非営利スタートアップである

ユーザーがホームレス支援のために資金援助ができるプラットフォームを提供する。サービス形態は以下の3つだ。

1つ目は、ホームレスを支援したい組織が目標資金額と利用用途を投稿し、締め切り日までに資金集めに成功すると、キャンペーンが成立する形。従来のクラウドファンディングと同様の仕組みだ。

2つ目は、インターネットへのアクセス環境を持つホームレス自身が、キャンペーンを作成する形。一定額以上を集めればキャンペーンが成立する。資金は特定のホームレス支援組織を通じて提供されるため、その用途は徹底的に管理される。

3つ目は、25ドル相当のギフトカードを、ユーザーがホームレスに直接手渡す形。近所にいるホームレスを助けたいと思うユーザーが、カードを贈呈する。カードは米国大手スーパー「Safeway」や「Walgreens」で利用できる。

いずれの場合も、資金提供をしたユーザーへのリターンはない。しかし、資金用途についての詳細な報告メールと、お礼のメッセージが届く仕組みになっている。

HandUpが拠点とするサンフランシスコは、地価の高騰が原因で、ホームレスが非常に多い。

サンフランシスコの平均家賃(1室)は3,300ドル(約36.6万円)だと示すデータもある。筆者はサンフランシスコに約3年ほど住んでいたが、相場は30〜40万円ほどであると感じた。さらに、家賃が急に5〜10万円上がる友人も見てきた。

UberやTwitterに代表される大手テック企業が拠点を構えることで、年収の高いIT人材が多く住むようになり、地価が高騰したと言われている。

サンフランシスコエリアは陸続きではなく、四方が海に囲まれており、法令で高層マンションの建設が制限されている。そのため、移住需要の増加と共に家賃が上がらざるを得ない仕組みになってしまったのだ。結果、昔から住んでいた人の中には、家賃を払えなくなりホームレスにならざるを得なくなった者も現れはじめた。

地価高騰によるホームレスの急増は、どの都市でも発生する可能性がある問題だ。HandUpのようにホームレス支援資金の流れを透明化させる取り組みは、ますます重要性が高まっていくだろう。

サンフランシスコの投資家やファンドも、HandUpのサービスを支援している。Uberに初期投資をした著名エンジェル投資家であるJason Calacanis(ジェイソン・カラカニス)氏や、Salesforce(セールスフォース)のCEOであるMarc Benioff(マーク・ベニオフ)氏など、スタートアップ界隈の著名人が投資を実行。

その後2017年10月に、ホームレス支援を行うSouth Oakland Shelter(サース・オークランド・シェルター)に買収された。

一般的なスタートアップとは違い、非営利の方向性を示しながらもイグジットを果たした好例がHandUpである。大きなテクノロジー優位性を持っているわけではなかったが、「社会的道義を果たすこと」とイグジットの両立に成功した功績は大きい。

また、大規模な投資リターンのみを追求すると見られている著名投資家を巻き込み、こうしたスタートアップを支援した座組を作った点も高く評価されるべきだろう。

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バスの経路をオンライン投票で決定── Chariot(シャリオット)

Chariotは2014年にサンフランシスコで創業し、累計300万ドル(約3.3億円)を調達したスタートアップ。

Chariotは、住宅街とオフィス街を繋ぐ約5〜8人乗りのバンを運用する。ユーザーの投票によって路線が開通する仕組みを導入したのが特徴だ。投票路線は長くとも30分ほどの移動時間がかかる通勤路が対象になる。投票数のデータをもとに、乗車需要や見込み売り上げを事前に把握できるため、赤字を出しにくいビジネスモデルとなっている。

都市で発生する移動コストを緩和すべく、利便性の良さと低価格を両立している。いわば、「電車と配車サービスのいいとこ取り」といえる。電車移動や配車サービスより安く、かつ路線バスよりも時間に正確な点が魅力だ。

サンフランシスコは、全米の中でも移動手段に恵まれているほうだ。電車や地下鉄が整備されており、配車サービスもアプリを通じて呼べば約10分以内に利用できる。

しかし、住宅街から最寄り駅への移動は時間がかかる。だからといって駅の近くに住もうとすると家賃が高くなり、ただでさえ30万円以上もする平均家賃を、さらに上回ってしまう。

Chariotでは1つの路線に対して4〜5台のバンが常時運用されており、アプリを通じて常にバンの位置を把握できる。そのため、最適なタイミングで乗車でき、時間を無駄にすることもない。また、住宅街を走っているため、家の近くから乗車できる。

急増する都市人口と、高騰する地価の問題。こうした背景をもとに、住宅街とオフィス街を繋ぐ、安定した路線ビジネスを開拓したのがChariotであった。結果として、2016年の9月に大手自動車メーカーのFord Motor(フォード・モーター)に買収された。

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先進技術ばかりが勝ち筋ではない。都市特有の事情が契機になる

ここまで紹介したHandUpとChariotは、AIやブロックチェーンといった先進的な技術を導入したわけではない。都市ならではの問題を把握し、ユーザー視点のプラットフォーム構築に徹してきた点が評価されたのだ。

HandUpは、スタートアップ企業の急増による家賃の高騰やITエリート層の移住などの背景を掴めていなければ、買収されるまでの成長はできなかっただろう。同じくChariotも、家賃高騰により駅から遠くに住まざるをえない人たちの生活環境を踏まえ、クラウドファンディングの事業モデルを踏襲した赤字を出さないビジネスで急成長を遂げた。

Tummlは、深く根付いた都市課題を解決するスタートアップを発掘することに長けている。立ち上げ当初から見込みのあるスタートアップを育てたことで、次の育成へ繋がる好循環を生み出すことに成功している。

実際、HandUpとChariot以外にも2社の都市型スタートアップがイグジットを果たしており、投資リターンはインキュベート運営費に充てられている。

成功の秘訣は、都市事情の変遷と5〜10年単位の人口変化に目をつけたスタートアップを選定できている点にあるだろう。本記事で紹介した2社は、どちらとも立ち上げから買収されるまで約5年の時間を要している。買収されてサービスが終わるわけではなく、これからも活用され続けるサービスになるに違いない。

Chariotは、Ford Motorが考える、自動車からバス、スクーターまでの都市交通サービスを全て提供するスマートシティ戦略に合致したことで買収合意に達した。このように、長期スパンで都市環境を考えられる企業にチャンスは巡ってくる。

日本の都市では、「東京一極集中」と呼ばれるように米国と事情が違う。だからこそ、日本ならではの都市型スタートアップが登場する可能性は大いにある。各国、各都市の事情に合わせた課題解決に注力すれば、ChariotやHandUpのように成長できる可能性が高まるだろう。

短期で企業を売却して利益を求めるのではなく、真に都市問題の解決を目指すスタートアップを輩出し続けるTummlのように、都市環境の改善を加速させる好循環が、日本にも訪れることを期待したい。

こちらの記事は2018年11月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

福家 隆

1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。

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