INTERVIEW

HRのトップは「社長の分身」であれ──組織力を上げる“経営視点と逆算思考” メルカリCHRO 木下達夫

日本のスタートアップシーンにおいて、独自のCxOを配置する動きが活発になっている。

COOやCFO、CTOといった役職が一般化しつつある一方、 CSO(Strategy)、CCO(Culture)、CWO(Workstyle)など、 企業体系・事業戦略に合わせたCxOを置く会社がみられるようになった。

こうした背景には、企業独自の社会の展望・戦略がある──。

本連載『スタートアップのCxO図鑑』では、各社のCxOへインタビューを行い、 その設置に至った経緯とストーリーに迫る。

第4回は、株式会社メルカリのCHRO(Chief Human Resource Officer)を務める木下達夫氏に話を伺った。P&Gで5年、GEで17年の計22年に渡って人事業務に携わり、2018年12月にメルカリへジョインした木下氏は、「CHROは単なる人事担当者の“最終到達点”ではない」と力説する。

ミッション・バリューの高い浸透度合いや、優れたHR施策が話題にのぼることも多いメルカリ。「今は『採用に強いメルカリ』に加えて、『人が成長できるメルカリ』への進化途中」たる同社でCHROが設置された理由とは、いかなるものか。あらゆるCxOに求められる「社長の分身」としての役割から、組織全体の挑戦を後押しするマネージャー育成術までが明らかにされた。

  • TEXT BY TAKUMI OKAJIMA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE

インタビュイー

木下 達夫 (きのした・たつお)

株式会社メルカリ 執行役員CHRO

木下 達夫

きのした・たつお

株式会社メルカリ 執行役員CHRO

慶應義塾大学卒。P&Gで5年、GEで17年の計22年に渡って人事業務に携わる。環太平洋10ヵ国を訪れ、次世代のエグゼクティブを発掘しグローバルリーダーを育成する業務に携わるなどプラスチックスやキャピタルなどの部門人事責任者を経験。2018年12月、メルカリへ参画。

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「人事に売上は関係ない」は、もってのほか。経営陣の一角として、会社の成長に責任を負うのがCHRO

創業初期メルカリでは、いま木下氏が果たしている役割を、社長兼COOを務める小泉文明氏が担っていた。しかし、組織の拡大とともに人事業務の専門性を備えたリーダーが必要になった。そこで“社長の分身”としてCHROに就任したのが、木下氏だったのだ。

過去にも小泉氏は、人事領域に限らず、複数の“分身”を招聘している。創業から2年弱経った2015年6月にCFOに就任した長澤啓氏は、その好例だ。前職のミクシィでCFOを務めていた小泉氏は、自分でファイナンス業務全般を任せられるだけの専門性を持っている。

株式会社メルカリ 執行役員CHRO 木下達夫氏

木下会社の規模が小さいうちは、社長自ら組織づくりを手がければ良いでしょう。しかし規模が拡大するにつれ、社長は中長期的な視点での事業や組織づくりに集中し、人事領域は“分身”に振り分けたほうが良いタイミングが訪れます。そのタイミングが、組織の規模が数百人のときなのか、1,000人を超えたときなのかは、社長のキャパシティや組織構造によって違います。社長が兼任できるのであれば、分身をつくる必要はないかもしれません。

CHROに求められるのは、単なる人事部長にとどまらない“経営視点”を持ち、事業戦略を成立させるための人事戦略を実行することです。ファイナンスの専門家と同じレベルで詳細にP/Lを理解している必要はありませんが、社長と「この数字は必ず抑えたい」という認識は揃えなければいけません。

私の場合、前職のGEで財務や営業を経験するなかで得た事業に関する知見が、CHROとしての日々の仕事に活かされていると感じます。「人事に売上は関係ない」と考えるのはもってのほかだし、会社の売上に責任を負う経営陣のひとりでなければいけません。何せ、社長の“分身”ですからね。

木下氏は「事業戦略に紐づく人事戦略」の例として、2019年2月にリリースされた決済サービス「メルペイ」の開発時に行われた施策「All for One連携」を挙げる。

メルカリは「Go Bold(大胆にやろう)」「All for One(全ては成功のために)」「Be Professional(プロフェッショナルであれ)」をバリューとして掲げている。そのうち「All for One」は文字通り、ひとりでは達成できない困難なミッションを、チームの力を合わせて成し遂げることを目指すものだ。最高の状態でメルペイをリリースするため、国内事業の四半期目標を「メルカリ体験の拡張」に設定。メルペイのリリース成功を事業目標達成のための柱と位置づけ、メルカリの開発メンバーの一部に、一時的にメルペイの開発に専念してもらう策が実行された。

木下単なる会社都合のアサインメント変更ではなく、事業目標やバリューの実現との関連性が高かったからこそ、一人ひとりのメンバーが納得して、変化に対応できていたんです。

メルカリでは、発揮したパフォーマンスと同じくらい、3つのバリューに沿った行動を評価している。つまり、メルペイの開発の応援に行ったメンバーも、送り出した側もさらには、受け入れ先も、「All for One」のバリューに基づいた行動で、会社に貢献したことがしっかりと評価される仕組みとなっているのだ。

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「採用に強いメルカリ」に加えて「人が成長できるメルカリ」へ。数年先を見通す人事戦略

木下氏がCHROのミッションとして掲げるのは、「組織と人材のWin-Winを最大化する」こと。メルカリでは「カスタマー・エクスペリエンス(CX)の最大化を実現するためには、エンプロイー・エクスペリエンス(EX)の最大化が必要だ」という考えが重視されている。異なる想いを抱えてメルカリに入社した一人ひとりのメンバーのWinを最大化することが、事業成長のモメンタムを生むと考えているのだ。

EXを最大化できる組織体制をつくるために必要なのは、「経営視点で会社の5年後、10年後の姿を考え抜き、取るべきアクションを導き出す逆算思考だ」と木下氏は話す。

木下たとえば、現在メルカリでは人事システムの切り替えを検討しています。しかし、ここで安易に「現在働いている約1,800人の社員が使いやすいかどうか」だけで人事システムの良し悪しを判断してはいけません。

新しいシステムを導入するとなれば、たとえば「数年後も利用できるか?」など、中長期的な視点に立って組織の先を見据えなければならない。数年後のメルカリは、日本とアメリカ以外の国にもオフィスを設置し、現地で採用活動を行っているかもしれない。であれば、日本とアメリカだけでなく、世界各国で採用された人たちが違和感なく利用できる人事システムを導入する必要があります。

「今は『採用に強いメルカリ』に加えて、『人が成長できるメルカリ』への進化の途中だ」と木下氏は話す。これまでは「とにかく採用に力を入れてきた」が、1,000人を超える規模になると、採用力は引き続き強化しながらも、同時に「既存メンバーの成長加速」が人事戦略の主眼になるフェーズに突入したのだ。

大きな結果を残す個人はいるものの、社員の一人ひとりが圧倒的な成長を果たすための仕組みは、まだ整備している段階。最近、経営陣でハイポテンシャル人材の育成計画を議論する「人材開発会議」が実施されたばかりだ。またメルカリでは、社員が成長できる環境づくりの一環として、英語学習を支援する体制などが強化されている。

木下メルカリのミッションは「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」こと。「世界」を目指すからこそ、外国籍の優秀な人材を集めているんです。全員が英語圏から来ているわけではありませんが、彼らの共通言語は英語。

これまでは通訳のサポートを受けながら社内のコミュニケーションを行ってきましたが、外国籍の社員が1割以上を占め、これからますます英語を話すメンバーが増えていくにあたり、自分で英語を話せるほうが仕事がスムーズに進む場面が多くなります。

メンバーのキャリア形成の観点からも、英語を使えるほうが活躍の場が広がります。グローバルなキャリアを築くための足がかりとなる会社にしていきたいんです。とはいえ闇雲に全社員へ英語力の上達を訴えるのではなく、「高い英語力が必要になるのはどの業務を担当するメンバーなのか?」をしっかり見極め、優先順位づけを行わなければいけません。

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「1on1ワークショップ」でマネージャーの評価力を高め、「Go Bold」な挑戦の背中を押す

組織が拡大しても、守りに入ることなく、新しい挑戦を続けるメルカリ。「あらゆる領域がまだまだ試行錯誤の段階で、未だ仕組みが整備されきっていないカオスな状況だ」と木下氏は話す。

木下2019年初頭に代表の山田進太郎から、「Back to Startup」というメッセージが全社に伝えられました。会社の規模は1,000人を超えるほどに大きくなったが、世の中にインパクトを与えるイノベーションを生むため、「Go Bold」な挑戦を続けていこう、というものです。

革新的な取り組みは、失敗を恐れないスタートアップ精神がなければ実現できません。そもそもメルカリは、創業からたった6年しか経っていない会社。どんどん新しいやり方に挑戦していくフェーズだと認識しています。

多様な目的や背景を持ったメンバーが変化を恐れず挑戦するためには、国籍や年齢、性別に関係なく、誰が見ても納得できる評価制度が必要だ。現在のメルカリの評価の仕組みは、組織づくりに強い関心を抱いていた小泉氏が、書籍『ワーク・ルールズ!』を参考に、Googleのベストプラクティスをメルカリ流にチューニングして築き上げたものだ。

創業初期はメンバー全員の距離が近く、各メンバーへの期待値が明確で、評価基準に対する暗黙知が共有されており、人事評価に納得感を持ちやすかった。また、経営陣にバリューの解釈や評価の根拠を気軽に聞くこともできた。しかし、組織が拡大した現在は、メンバー全員が自分の評価のために経営陣を訪ねることは、現実的に難しい。

そこで、メルカリではマネージャーがメンバーとの期待値をすり合わせ、タイムリーにフィードバックやコーチングを行う場としての「1on1」を重視している。「1on1の量と質を担保することで、マネージャーとメンバーの間に強い信頼関係が生まれ、評価への納得感も高まるはず」と木下氏は話す。同時に、誰もが「Go Bold」な挑戦を行える状況をつくるため、1on1を通じてメンバーの背中を押すことも、メルカリのマネージャーの役割となっている。

メルカリではマネージャーの「1on1力」を底上げするために、マネージャー同士がノウハウを共有する「1on1ワークショップ」を開催している。

木下1on1でマネージャーに一番期待しているのは、メンバーの思い込みを解放し、「Go Bold」な打ち手を議論して背中を押すことです。その際に本人の強みが最大限発揮されるよう助言し、やる気スイッチを押してほしい。同時に、出来ていないことは成長機会として早めに率直に伝える。そして本人の夢や志を実現するために、今できる一歩は何かを真剣に一緒に考えてあげて欲しいんです。

透明性が高く、納得感を持てる評価を実現するのはマネージャーの責任だが、マネージャー本人も入社したばかりで、メルカリのカルチャーを自分の言葉で伝えきれない場合もある。

メルカリでは四半期に一度の評価サイクルで、マネージャーが部下からのフィードバックを受け取れる仕組みがある。メンバーからフィードバックされる機会を定期的に持つことで、マネージャーとして実践できている点や意識的に取り組むべきことを自己認識できる仕組みがある。

メルカリでは2019年2月にOTD(Organization & Talent Development)部署が設置されて、組織サーベイの設計や人材開発に関するプロジェクトが推進されている。また、同じく2月からHRBP(部門担当人事)制を導入。OTDとHRBPのファシリテートのなか、マネージャーサーベイの結果をもとにチーム力を高めるためのフィードバックミーティングを実施している。

木下マネージャーの良いところや、より意識して取り組むべき点について、サーベイの結果をもとにメンバーと対面で話し合う場を設けています。単にマネージャーだけが成長するのではなく、メンバー全員がチームをより良くするために働きかけられる点で、効果的な施策だと思っています。

CHROは人事担当者の最終到達点ではなく、経営視点と逆算思考を併せ持ち、社長の分身の役割を果たせなければいけないとわかった。そのためには、木下氏が前職のGEで得た財務や営業の知見を活かしているように、人事以外の業務経験も大いに役立つはずだ。必ずしも人事畑を歩んできた人ばかりでなく、事業戦略の創出に役立つ経験を持ち、組織づくりに大きな関心を抱く人であればこそ、強い組織体を築けるのではないだろうか。

インタビュイー

木下 達夫 (きのした・たつお)

株式会社メルカリ 執行役員CHRO

木下 達夫

きのした・たつお

株式会社メルカリ 執行役員CHRO

慶應義塾大学卒。P&Gで5年、GEで17年の計22年に渡って人事業務に携わる。環太平洋10ヵ国を訪れ、次世代のエグゼクティブを発掘しグローバルリーダーを育成する業務に携わるなどプラスチックスやキャピタルなどの部門人事責任者を経験。2018年12月、メルカリへ参画。

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執筆

岡島 たくみ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。

写真

藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。東京大学(教育思想)→某AIスタートアップ(マーケティング・事業開発)→現職。関心領域は、ビジネス・テクノロジーから人文知まで。

デスクチェック

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

こちらの記事は2019年07月03日に公開しており、記載されている情報が異なる場合がございます。