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スタートアップのOSは「人の気持ち」──マネーフォワード辻氏は、組織づくりの難しさをどう乗り越えたのか?

登壇者
辻 庸介

京都大学農学部を卒業後、ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。ソニー株式会社、マネックス証券株式会社を経て、2012年に株式会社マネーフォワードを設立。新経済連盟 幹事、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム エグゼクティブ・コミッティー、経済同友会 第1期ノミネートメンバー。

西村 賢
  • Coral Capital Partner & Chief Editor 

大学在学中からPC・ネット情報誌「月刊アスキー」で連載を持ち、卒業後はアスキーの編集・記者としてネット・デジタルを幅広く取材。2006年にITmediaへ移籍し、ITエキスパート向けWebサイトの「@IT」で副編集長としてエンタープライズITやソフトウェア技術の動向を取材。2007年から2009年にかけてDropboxやAirbnbなどY Combinatorの創業者らを数多くインタビュー。2013年にTechCrunch Japan編集長に就任して日本のスタートアップ、起業家らを取材。2018年にGoogleに移籍してスタートアップ支援や投資関連業務に従事後、2019年8月にCoral Capitalにジョイン。早稲田大学理工学部物理学科卒。上智大学非常勤講師。Rubyエンジニアでもある。

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2020年2月8日に開催されたスタートアップにフォーカスしたキャリアイベント『Startup Aquarium by Coral Capital』。パネルディスカッションに、今やユーザー数950万人超えを誇る、マネーフォワードの辻庸介CEOが登壇した。

個人向けの家計簿サービスと、企業向けのクラウド会計サービスを軸に、お金にまつわるさまざまな仕組みをSaaSとして提供する同社。創業者でCEOの辻庸介氏は、ソニーからの出向先だったマネックス証券を飛び出し、まさにゼロからのスタートを経験した。

創業当時から今まで、数々の苦難に遭遇してきたという。スタートアップで働くとはどういうことなのか、起業するときは、どのような覚悟をもつべきなのか、マネーフォワードの経験から学ぶ。

  • TEXT BY SATOSHI HINUMA
  • EDIT BY EMI KAWASAKI
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ときには「権威」も交渉材料に

マネーフォワードを創業したのは辻氏が36歳の頃。20代の若手が次々とスタートアップに飛び込む様子を横目で見ながら、「起業するか否か深く悩んだ」と話す。

株式会社マネーフォワード 代表取締役社長CEO 辻庸介氏

一番難しく、一番時間がかかったのは、会社を辞めるという決断でした。勤めていたマネックス証券が大好きだったので、新しいサービスも本当は社内でやりたかった。ですが、リーマンショックの影響もあり難しい状況だったんです。考えた末に「じゃあ、辞めます」とは言ったものの、“やめるとどうなるのか”、“怖い”という気持ちは拭えませんでした。

辻氏がマネーフォワードの前身にあたるマネーブックを創業したのは2012年。大胆な行動に出られなかったのは、現在との情報量に大きな違いがある。「当時はこんなにスタートアップのイベントはなかったですし、起業に関する情報も少なかった」と辻氏。

情報量だけでなく、他にも障壁はある。現在でも変わらず聞く話だが、起業やスタートアップへの就職は、生計を共にするパートナーに理解されないこともある。この壁は辻氏や創業メンバーにも立ちはだかった。

モデレーターを務めたCoral Capital Partner & Chief Editor 西村賢氏(左)

妻には「騙された!詐欺だ!」と言われ続けました(笑)。結婚後にソニーからネット証券会社に行き、しまいには起業。オフィスはワンルームマンションですから。納得はしていないですし、説得は無理、でしたね……。

創業メンバーを集める際も、相手方のパートナーも含めて面談をしたこともあります。2016年にはForbes JAPANの起業家ランキングに選出されたのですが、その記事を見せて「マネーフォワードは怪しい会社じゃない、って説得の材料にして」とお願いすることもありました。権威のあるメディアは、意外と効きます。

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「10年やり続けたら勝てる」という独自の信念

新しいサービスをゼロから開発していくのは、辻氏にとって未知の領域だった。ところが、新会社を設立したタイミングで、辻氏は6人の創業メンバーを集めた。本人がそのビジネスに成功の可能性を感じ、「一緒にやりたい」と思わせられたからといえるが、どのようにして集めたのだろうか。

創業時の写真

おすすめしたいのは、小さく巻き込むことです。まずは、そのビジネスに必要な機能を書き出す。そして、開発やセキュリティ、アプリケーションなどの領域ごとに必要となる経験者にひたすら会いに行くんです。平日時間が取れない人には、週末ミーティングと称して「こんなのあったら便利じゃない?」といった話をして、少しずつ巻き込んでいく。

議論して知恵を出し合うと、はじめは僕のプロジェクトだったのが、だんだんメンバーみんなのものになっていくんです。人間は作ったものを手放すと損した気持ちになる。だから、「こんなに時間をかけてアイデアを固めてきたし、もったいないからジョインしたい」と心が動くんですよね。

6人で第一歩を踏み出した後、リリースしたのは「マネーブック」というサービス。個人が運用している株式や家計のやりくりなどをオープンにして、共有する匿名SNSのようなものだった。しかし、反響は得られず事業は苦戦。利用者は100人にも満たないという「地獄」を見た。

それでも、辻氏は「10年やり続けたら勝てる」という信念のもと、社名を現在のマネーフォワードに変更し、事業も個人向けの家計簿サービスへピボット。結果的にその決断は正解だった。

名刺サービスのSansanを創業した寺田親弘さんも、 最初の数年間は誰にも相手にされずとも、自分が信じる世界を10年間やり続けることで、すばらしい会社に成長させた。すごいですよね。最近上場したスタートアップを見ていても、10年やり続けるとなんとかなるんじゃないかな、と思えます。

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スタートアップに必ず訪れる組織のアクシデント

個人向けの家計簿サービスとして成長を続けるなか、辻氏が次に狙ったのは法人向けサービスの開拓だった。

しかし、toC向けサービスを作る会社が、toB向けのビジネスを手がけようとする際によくあるのは、社内メンバーからの反発だ。

マネーフォワードが提供するサービスの変遷

社員が10名くらいの頃です。個人向けのサービスでそこそこうまく回り始めていたので、当然このまま行くんでしょ、という感じでした。でも、ユーザーが一番求めていたのは確定申告の機能。マネーフォワードの仕組みを確定申告にも使えるようになれば、カスタマーのペインは解消するだろうと。

ただ、スタートアップはリソースが少ないので、それをどこに投下するのかが肝になります。社員と議論を重ねるなかで「なぜ自分たちの可能性を狭めるのか、何が制限要素なのか」と聞いたら「人と金」だと。「人と金は僕が引っ張ってくるからやらせてくれ」と伝えて資金調達し、toB向けの事業をはじめたんです。

企業が成長し、規模が拡大していくにしたがって、問題は姿形を変えて現れる。マネーフォワードにおいても社員数が100名を超えたあたりで次の「痛み」が発生した。

30人の壁、100人の壁というのがあると言われますが、スタートアップだと絶対に起こるんですよ。マネーフォワードでは、社員が100名くらいのときに組織がガタガタになってしまいました。最近だと経験談やノウハウを先回りして集めれば、組織作りに生かせるんですが、当時は情報がありませんでしたから。

処方箋としては、もう一度我々が何のためにやっているのか、何を大事にするのか、ミッション、ビジョン、バリュー、カルチャーを再定義しました。これらはパソコンでいうOSみたいなものだと思うんですよね。

OSがちゃんとワークしないと、アプリケーションをいくら使ってもワークしない。スタートアップのOSは、人の気持ち、マインドがすべてです。給料は高くないし、職場環境も良くないし、誰にも知られていない会社だし、つらい状況が続きます。

だから、何のためにやるのか、どんな世界を作りたいのか、といったことをみんなで共有できると強くなる。その議論は何日かけてでもやる価値があると思います。

起業して、ありとあらゆるものが初めての経験というなかで大きな困難が立ちはだかると、日常業務に忙殺されて対策が後手に回りがち。そのうち取り返しがつかない事態に陥ってしまうこともある。

そうならないためにも、辻氏は先に情報を得て心構えをしておくことの大切さを説く。また、もう1つの方法として、起業前に他のスタートアップで経験を積んでおくこともおすすめだという。

マネックス証券に入ったときは社員が40人でしたが、9年間で1,000人になりました。おかげで、急成長する事業を経験できた。いきなり起業する勇気がないという人は、ある程度大きくなっているスタートアップに入って疑似体験する形で学ぶのもいいと思います。

企業が成長する過程において、先にこういうことをやっておけば問題にならない、ということを学んでおけるとよいでしょう。問題が起こった後に解決するのはとても大変なので、予測して先手を打つのが理想形です。それができれば、もっと本質的なことに時間をかけられますから。

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スタートアップで失敗しても命が取られることはない

2020年2月の時点で個人向けの「マネーフォワード ME」のユーザー数は950万人、課金ユーザー数は21万人にまで伸びている。社員は700名を超えるなど、一般的にはメガベンチャーと言える規模にまで成長した。

企業が大きくなると、「攻めの経営」から「守りの経営」に変わることもあるだろう。リスクを避けて守るだけでは事業拡大が望めず、社員のモチベーションの維持も難しくなるのではないか。モデレーターを務めるCoral Capitalの西村氏はそれを「成長痛」と表現するが、辻氏は「感じない」と言い切る。

海外に開発拠点を作っていて、外国人の方も入社してくれます。若い人がどんどん入ってきて、どんどんチャレンジしてくれることで、組織は元気になり続けることができます。マネーフォワードに来たら優秀なメンバーと働けて能力も伸びるし、責任ある仕事も任されるので、他の会社より成長できるはず。そういう環境をどうやって作るか、最近はよく考えます。

経営陣が、一番難しくチャレンジングなことをやり続ける会社でありたいんですよね。閉じたサービスの数は自慢できるくらい多くて、そのたびに社長への信頼が減っていく(笑)。つらいこともありますけど、チャレンジは大事ですから。10個やって10個とも成功するはずがないんですよ。1個か2個成功すればいいくらい。それを恐れてチャレンジできない組織にだけはしたくないと思っています。

現在は大企業の先達に学ぶなどして、成長にともなう問題に「先手」を打てるよう備える日々。起業家として「知らないことばかり」と、飾ることなく、正直な胸の内を明かす辻氏だが、最後にスタートアップを始めたい人、ジョインしたい人に向けてアドバイスを送った。

つらいとき、ダメかもしれないとき、僕は社員に「これを乗り越えたら参入障壁が高くなる」とよく言っていました。競合もつらいので、僕らがこれを乗り越えて壁の向こう側に行けたら、壁を乗り越えられる人が少ないから勝てるぞと励ましたんです。

スタートアップで失敗しても命が取られることはありません。人間は見えないものを怖がりますが、「スタートアップにおける最大のリスクは何か」を書き出してみるといいんです。たとえば30歳でスタートアップを始めて、35歳までやったときに最悪どうなっているのか。

日本だと、そのリスクは自分たちが思うほどではないと私は考えています。たとえ失敗しても、人を裏切ったりせず信頼関係を築けていれば、そこまで頑張った人には引き合いがあると思うんですよね。これは、自分が36歳で創業したときに感じたことです。

起業し、事業を続けていくのには信念というエネルギーはいるものの、失敗を必要以上に恐れることはない。

辻氏は「経営陣は、課題解決するための引き出しがどれだけあるかが重要」とも語っていたが、すでに数多のスタートアップが歩み、得たノウハウがオープンになっている時代。それらの情報を集め、成長にともなう障害をあらかじめ予想し、先手を打つことが円滑な経営にもつながるはずだ。

100ある自分の能力をフルに出しても、スタートアップでは行き詰まる。「今は必死でストレッチして100以上の力を出そうとしている」と辻氏も打ち明ける。

「日本の大企業には優秀な方が多い。その能力をスタートアップでストレッチして出したほうが、日本の経済は良くなると思う」と言い切るとともに、自分の能力をストレッチできる場所へ積極的に飛び込んでほしいと語った。

こちらの記事は2020年03月24日に公開しており、
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執筆

日沼 諭史

北海道生まれ。Footprint Technologies株式会社代表取締役。なんでもやる系ライターとして、モバイル、オーディオ・ビジュアル、エンタープライズ向けソリューションなどのテクノロジー分野のほか、オートバイを含むオートモーティブ分野やトラベルといったジャンルもカバーする。

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編集

川崎 絵美

編集者。メディアの立ち上げや運営をしています。2006年インプレス入社後、企画営業、雑誌・ムックの編集者を経て、ニュースサイト『Impress Watch』の編集記者に。2014年ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン入社後、スポンサードコンテンツのディレクション、編集、制作に従事。2019年に独立。現在は「ランドリーボックス」などを手がける。

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デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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