【トレンド研究:地方創生】
地方創生は日本創生。
隆盛する地方創生ビジネス

地方創生──。過疎化や少子高齢化が進む日本において、このワードの存在感が大きくなっているのは、決して最近の話ではない。列島全土という広大な空間的スケールがあり、時間軸の長さも数十年スパンで取り組む必要がある、壮大な課題である。地方で人、モノ、金、情報を循環させることについて、誰もが考えるべきタイミングを迎えている。

しかし、スタートアップのビジネスに興味関心の強い読者諸君は、こんなイメージを抱いてしまっているのではないだろうか。公共性は高いが、ビジネスとして成立しにくい。そもそも、事業としてそのようなアプローチができるのかわからない。スケールできる見込みが小さそうだから、踏み込みたくない──。

そんなイメージに「待った」をかけたい。本記事で紹介するのは、スタートアップがきっかけをつくり、自治体や地方企業が形にし始めた、ユニークなアイデアたちだ。公共性はもちろんのこと、着実に収益を伸ばしている持続的なスタートアップが増えていることを押さえておこう。地方創生をリードする事例を、いくつかお伝えしたい。まずは、ビジネスの創出には欠かせない金融から見ていこう。

  • TEXT BY REI ICHINOSE
SECTION
/

合併による業務の煩雑化、人材不足を救え!
地方金融DX

地方経済は地方銀行の存在なくして語ることはできない。地銀が機能しなければ、必要な投資ができないどころか、地方企業の存続すら危ぶまれる事態になってしまうからだ。

PKSHA Technologyも、AIをツールに地方創生を金融DXという側面から支える企業のひとつであり、FAQの共通データベースを開発し、非競走領域で地銀同士のナレッジ共有ができる仕組みを構築することでDXに着手しやすい環境を提供している。提携しているのは、京都銀行や十六銀行といった地銀大手を含む、中部、九州、近畿、関西、北陸各地に及び、影響力は絶大だ。

FastGrow読者には特記することもない同社だが、改めて紹介する。PKSHA Technologyとは、創業から5年で上場、最近では東証グロース市場からスタンダード市場に区分変更するなど、常に話題に事欠かないAIビジネスのリーディングカンパニーだ。FastGrowでも過去「隠れユニコーン企業」として紹介している。ぜひこちらを読んでみてほしい。

自然言語処理技術を利用した『PKSHA Chatbot』は煩雑な質問と応答を、精度高く自動化することを可能にした画期的なツールだ。名古屋銀行の導入例では、対一般顧客だけでなく、営業店と本店間での社員同士の問い合わせにも活路を見出した。問い合わせの数を削減することで、余剰の時間を別の業務に充てることができる。クライアントからは「地域のお客様へ提供する価値をさらに発展させていくことにも繋がります」との声が寄せられている。

PKSHA FAQ』はクラウド型CRMの市場シェアNo.1(デロイト トーマツ ミック経済研究所の調査による)を誇り、サービスの質にも定評がある。

特に地方では、人手不足に対応するために省力化、効率化は至上命題だ。実際に、問い合わせ業務が随分と減った地方金融機関は多いという。

地方中小企業の補助金申請を支援するStaywayもまた、地方創生を金融の観点からサポートする。

当事者として危機感を強く持つ各地方自治体は、課題解決のため、地方企業を支援する補助金や助成金を多数設けるようになった。だが、多忙なスタートアップや人材不足の中小企業であれば、審査にかかるコストを大きな業務負担に感じ、敬遠してしまうケースも少なくない。つまり、制度を充分に活かしきれていない現状もあるのだ。

そこで立ち上がったのは、公認会計士でもある同社の代表、佐藤淳氏だ。補助金に関する情報提供や複雑な申請業務などが可能な『補助金クラウド』を通して、地方創生の加速を目指す。2022年9月には北海道銀行とビジネスマッチング契約を締結したことを発表。同行の顧客となる企業に対し、情報提供、相談対応、セミナー提供、申請支援までを一気通貫で支援する。

2021年には類型2億円の資金調達を発表し、さらなる事業拡大へアクセルを踏み込んでいる。以前FastGrowに登場した際、佐藤氏はこう語った。

補助金関連の事業は、資格もなく始められる上に稼ぎやすいと思われているので、中には自分達が儲かることだけを考えている人もいます。そういった業界の中で、国家資格を持っている私がこの事業を担っていく意味合いは、非常に大きいと考えています。

従来型の補助金申請関連事業は、いわば「申請代行業者」が属人的に進めていたわけだ。そんな現状を、テクノロジーの力で、抜本的に効率化しようとするStayway。佐藤氏自身が地方でセミナーを行うことも多く、需要の拡大が伺える。

人材不足により地方の発展が進まない地方金融DXは地方の、日本の閉塞感を打開する一手として期待できそうだ。

SECTION
/

働き方改革と子育て支援は表裏一体。
果ては経済成長まで担うBabyTech

現時点で、地方において特に深刻な働き手不足を補っていく社会の動きとして、BabyTechと称される事業群の重要性が増している。働き手が心置きなく仕事にコミットできるのは、その一つが、家庭を安心して預けられる存在があるからだ。日本経済を20年後に成長させるのではなく、子育て支援は今の地方創生に不可欠といえる。

たとえば、grow & partnersの展開する一時保育マッチングサービス『あすいく』はまさに、「働く時間」の確保に不可欠な、時代に即したサービスだ。保育でいえば、幼保施設向けICTサービス『コドモン』に代表されるプロダクトたちも大きな価値を生んでいる。子供の体調やお迎え時間といった毎日の連絡をよりスマートなものにすることで、両親の負担減に一役買っているのだ。

この業態では、FastGrowが以前に取材したMJも見てみよう。提供するのは幼児施設向けのSaaSプロダクト『Brain』。全国500以上の施設で利用されている。代表を務める藤田氏は、FastGrowのインタビューでこう語っている。

各施設では質を高めるため、たゆまぬ努力を重ねています。業務の簡素化と情報共有、情報の発信、データの蓄積。そして検証。このサイクルの一端を効率化できるのがITシステムです。保育の質にこだわり続ける体制作りがとても大切と考えています。

業務のフローを抜本的に改善し、効率化することで、子どもの安全や保育の質を向上させる業務に時間を割く事ができるようになります。そうすれば、より良い保育環境を作ることにつながりますから、ITシステムのニーズが高まっているんです。

なお、コドモンやMJが見ているのは、現状の課題解決に関連しての地方創生貢献だけではない。今の保育や教育に関するデータがしっかり蓄積されていけば、よりよい保育や教育を実現するための基盤が整備されることにつながる。

つまり、短期的にも、中長期的にも、地方創生から日本経済・世界経済への貢献に繋がる事業というわけなのだ。

SECTION
/

アフターコロナは地方のアセットに注目せざるをえない

地方のアセットに注目するスタートアップの存在にも注目したい。

豊かな自然は、観光客を呼び込むだけでなく、現地に住む人々をも常に魅了する。コロナ禍をきっかけに、地方都市での起業や、親の介護やよりよい住環境を求めて地方への移住を検討しているビジネスパーソンも増えているようだ。

だが、こうした人の動きが実現し続けていくためには、その土地に足を運んでもらうきっかけや、人が育ち住み続けられる良好な環境が不可欠。さらに言えば、そうした実態が伝わってくる発信も必要になる。

そんな課題意識のもと、全国12の都道府県で滞在型宿泊施設の運営、イベントの主催、物販など多岐に及ぶ事業を展開しているのがFounding Baseだ。進め方も特徴的で、地方自治体にコンサルティングをするのではない。自社スタッフが現地に赴き官民共同で新規事業を創っていくスタイルを貫く。

代表取締役CEOの佐々木喬志氏はFastGrowの連載「やめ3」でこう述べた。

私が自らトップ営業を開始して以降、昨年2021年はいろいろな自治体とのつながりが増え、新規で9案件も増えました。「自分たちのサービスを創ろう」から、「日本のインフラとなるサービスにしていくためにはどうしたらいいのか」という発想に近頃は変わってきました。

1年で9件も事業が動くとは。しかも、単にコンテンツを発信するといったレベルではない。運営施設のインフラ化といった大きな構想も視野に入っている。同社の勢いを感じずにはいられない。

また、地方でのレジャーに特化した企業も存在する。山野智久氏率いるアソビューだ。「生きるに、遊びを。」というミッションのもと、コト消費による人生の充実を提案する。レジャー予約サービスが中心事業だ。

同社といえばコロナ禍のV字回復が記憶に新しい。それは、新型ウイルスの拡大にともなって売上が反比例し、前年比-95%を記録したことから始まった。コロナ前に類型15億円のエクイティ・ファイナンスを実施し、2020年初頭には次なるシリーズDラウンドの準備段階にあったが、その予定はすべて吹き飛んだ。

しかし、10年間売上を伸ばしてきたノウハウを活かし、コンサルティングサービスの提供にかじを切る。同社同様、コロナ禍で打撃を受けたレジャー施設との共同プロジェクトやGo toキャンペーンへの政府提言まで幅広く活動した(詳しくは山野氏のnoteをご参照)。

アイデア勝負でも輝きを放った。外出自粛真っ只中の2020年4月、グランドオープンを延期した四国水族館を支援するプロジェクトを成功させる。地方でこうした動きを重ね、同年12月に発表したシリーズDラウンドの資金調達には、ALL-JAPAN観光立国ファンドや、地銀系VCである南都キャピタルパートナーズなども参加。

そうした積み重ねの結果、以前のインタビューによれば、2020年4月時点で『アソビュー!』の掲載施設数は810だったが、2022年2月時点で3,000を超えるほどに全国で広がった。

地域アセットがアフターコロナにおいてどれほど重要か。この2社をみることで十分伝わるだろう。

SECTION
/

未来の日本を地方から創る──地方での起業家育成

最後に、地方の”情報”をアップデートする取り組みを紹介しよう。地方創生といえば徳島県神山町、というのはご存知だろうか。インターネット普及時から町内全域に光ファイバーが敷かれ、10社以上のサテライトオフィスがあり、世界のアーティストの拠点となっている。もはや田舎とは呼べない。

そんな徳山町に2023年4月、神山まるごと高専が開校する。Sansan株式会社CEO 寺田親弘氏、認定特定非営利活動法人 グリーンバレー理事 大南信也氏、株式会社2100CEO 国見昭仁氏が10年以上かけて構想した高専だ。「テクノロジー×デザインで人間の未来を変える学校。」をコンセプトに掲げ、起業家たちが心からほしいと思える学校を目指す。

また、同校はメルカリの代表取締役山田進太郎氏が企業版ふるさと納税を用いて1億円を寄付したことでも知られる。ふるさと納税やクラウドファンディングを合わせると設立資金は21億円にも上る。世間の期待の大きさが伺える金額感だ。開校の余波が日本全域に広がることは間違いない。

このように、2012年に福岡市がスタートアップ都市宣言を行って以降、さまざまな地方自治体でスタートアップ・エコシステムの整備が進む。

愛知県では2018年に「Aichi-Startup戦略」が策定された。世界に類例のないスタートアップ・コミュニティの形成を目指し、世界最大級のスタートアップ支援拠点『STATION Ai』をオープンさせる。

その戦略の一環として、県内の小中高生向けに『AICHI STARTUP SCHOOL』がスタートした。自身の強みの活用法や問題解決能力の育成など、様々なフィールドで活躍できる人材育成を目指す、広義の意味での起業家育成スクールとなる。小学生は企画立案・発表を、高校生は企画立案から検証・ピッチ・ネットワーキングまでも行う。 同スクールのTwitterには小学生らしい柔軟な発想が集まる様子が見られる。

早期起業家教育を研究する平井由紀子氏、角川ドワンゴ学園の起業部顧問を務める鈴木健氏など、国内外で活躍する起業家や現役の教師など経験豊富なメンバーが講師/メンター/審査を務める。

プロジェクトの大きさからも、愛知県が重要としているプロジェクトであることは十分伝わるだろう。

ご紹介のように、様々な分野で地方から日本を、ひいては世界を考える地盤が創られている。当たり前だが、日本の大部分は地方なのである。地方創生はもはや日本創生であるように感じる。地方創生は十分重要で緊急なタスクといえよう。

こちらの記事は2022年10月31日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

記事を共有する
記事をいいねする

執筆

いちのせ れい

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。

新規会員登録/ログイン